13 / 302
第2章『音楽室の亡霊と最後の逢瀬』
第11話
しおりを挟む
「失礼します」
音楽部の生徒たちも誰一人残っていない教室で、ピアノの音が鳴り響く。
それはとても拙い音だったが、心がこめられているのはたしかだった。
《ああ、音が違いました…》
「先輩」
「分かってる。今はもう少し様子を見よう」
その女子生徒には見覚えがあるが、今声をかけてしまったらきっと演奏が台無しになる。
最後まで弾き終わったところで彼女は歓喜した。
《できました!》
「いやあ、素晴らしい演奏だった!」
「陽向…」
自分が拍手したことにようやく気づいた陽向は、はっとしたように手をたたくのをやめる。
それと同時に振り向いた少女は私と目が合った。
「久しぶりだな、森川」
《詩乃先輩?》
「先輩の知り合いですか?」
「まあ、一応な。ピアノが弾けるのは初めて知った」
森川彩はこちらを向いて、私たちに固まった笑顔で話しかけてきた。
《まさか先輩たちに私が視えているとは思っていませんでした》
「彼女は森川彩。…この前死んだばかりで、私に連絡してきた子だ」
森川は苦笑いしながらゆっくり一礼する。
その姿は1年前とあまり変わらないような気がした。
「えっと…彩ちゃんでいいのかな?もしかして、最近ずっとここでピアノを弾いてた?」
《練習はしていました。生きている頃、こんなに長い時間弾いたことがなかったので、つい夢中になってしまって…》
「私に連絡してきた理由を訊いてもいいか?」
目の前の少女の表情は困惑しているように見える。
ただ、何故私だったのかとても気になった。
《穂村奏多さんって知っていますか?》
「ああ。さっきも一緒にいただろ?」
《彼は私の大切な友人なんです。だけど、私が視えるわけではないみたいで…彼の問題を解決してくれる誰かに連絡したかったんです。
私には知り合いが少ないから、室星先生と詩乃先輩以外に連絡できませんでした。
意思疎通が取りたいと考えていると、本来の使い方と違うけどと言いながら、携帯電話を貸してくれた人がいたんです》
「それが私だったのか」
誰にでも連絡できるわけではないのなら理解できる。
その相手がたまたま私であったとしても問題はないが、ひとつ疑問が残った。
「なあ、あの穂村奏多って奴に憑いてるなら、どうして今ここに存在できるんだ?」
憑かれている相手がここにいるなら話は別だが、そういうわけでもなさそうだ。
すると、ずっと黙っていた陽向が何かを思いついたように話しはじめた。
「もしかして、今はここから出られないとか?噂があんな急速に広まったんだから、もしあれが彩ちゃんのことを言ってたならそうなるかなって…」
「そういうことか」
森川は困ったように答えた。
《そうなんです。今日奏多さんと一緒にいたら、突然学校の外に出られなくなってしまって…。どうすればいいでしょうか?》
「それなら穂村奏多を呼び出すしかないな。あとは噂を変えるか壊すしかないだろう」
森川はただ穂村奏多と一緒にいたかっただけなのかもしれない。
それでも現状維持は不可能だ。
「森川は、私が穂村奏多が抱える問題を解決したら成仏するか?」
「ちょ、先輩!?」
「自分が死んだことを自覚しているにも関わらず成仏してないってことは、それなりの理由があるからだろ?
未練がないならきっとこっちに留まることはない」
私の言葉に森川は頭を下げた。
《私は奏多さんともっと演奏がしたかったんです。だけど、そういうわけにもいきませんから…せめて彼の救いになりたいんです。
心を閉ざして、誰のことも信じられなくなってしまった彼に、私のことなんて忘れてもいいから幸せになってほしいんです。実現するために、どうか力を貸してください》
「頼まれる前からやるつもりだった。というより、私の仕事がそれ絡みなんだ。できるだけのことはする」
《ありがとうございます!》
こんなに楽しそうに笑う子ではなかった。
いつもどこか落ち着いていて、いつか訪れる死に怯えて…その子をこんなふうに変えてくれたのが穂村なのかもしれない。
「あの…それはいいんだけど、ひとつ問題があると思う」
《何か不備があるとか…》
「まあ、そんなところかな」
陽向の言葉の意味にすぐ気づく。
「森川が死んだのってどれくらい前だ?」
《もう45日くらいでしょうか》
「そうか。悪いが、今夜はこのまま学校にいてくれ。素敵な演奏だった」
《ありがとうございます。それでは、また明日》
森川を置いて音楽室を出る。
隣を歩く陽向は深刻さを理解しているらしい。
私も一言話すのでせいいっぱいだった。
「…まずいな、本格的に時間がない」
音楽部の生徒たちも誰一人残っていない教室で、ピアノの音が鳴り響く。
それはとても拙い音だったが、心がこめられているのはたしかだった。
《ああ、音が違いました…》
「先輩」
「分かってる。今はもう少し様子を見よう」
その女子生徒には見覚えがあるが、今声をかけてしまったらきっと演奏が台無しになる。
最後まで弾き終わったところで彼女は歓喜した。
《できました!》
「いやあ、素晴らしい演奏だった!」
「陽向…」
自分が拍手したことにようやく気づいた陽向は、はっとしたように手をたたくのをやめる。
それと同時に振り向いた少女は私と目が合った。
「久しぶりだな、森川」
《詩乃先輩?》
「先輩の知り合いですか?」
「まあ、一応な。ピアノが弾けるのは初めて知った」
森川彩はこちらを向いて、私たちに固まった笑顔で話しかけてきた。
《まさか先輩たちに私が視えているとは思っていませんでした》
「彼女は森川彩。…この前死んだばかりで、私に連絡してきた子だ」
森川は苦笑いしながらゆっくり一礼する。
その姿は1年前とあまり変わらないような気がした。
「えっと…彩ちゃんでいいのかな?もしかして、最近ずっとここでピアノを弾いてた?」
《練習はしていました。生きている頃、こんなに長い時間弾いたことがなかったので、つい夢中になってしまって…》
「私に連絡してきた理由を訊いてもいいか?」
目の前の少女の表情は困惑しているように見える。
ただ、何故私だったのかとても気になった。
《穂村奏多さんって知っていますか?》
「ああ。さっきも一緒にいただろ?」
《彼は私の大切な友人なんです。だけど、私が視えるわけではないみたいで…彼の問題を解決してくれる誰かに連絡したかったんです。
私には知り合いが少ないから、室星先生と詩乃先輩以外に連絡できませんでした。
意思疎通が取りたいと考えていると、本来の使い方と違うけどと言いながら、携帯電話を貸してくれた人がいたんです》
「それが私だったのか」
誰にでも連絡できるわけではないのなら理解できる。
その相手がたまたま私であったとしても問題はないが、ひとつ疑問が残った。
「なあ、あの穂村奏多って奴に憑いてるなら、どうして今ここに存在できるんだ?」
憑かれている相手がここにいるなら話は別だが、そういうわけでもなさそうだ。
すると、ずっと黙っていた陽向が何かを思いついたように話しはじめた。
「もしかして、今はここから出られないとか?噂があんな急速に広まったんだから、もしあれが彩ちゃんのことを言ってたならそうなるかなって…」
「そういうことか」
森川は困ったように答えた。
《そうなんです。今日奏多さんと一緒にいたら、突然学校の外に出られなくなってしまって…。どうすればいいでしょうか?》
「それなら穂村奏多を呼び出すしかないな。あとは噂を変えるか壊すしかないだろう」
森川はただ穂村奏多と一緒にいたかっただけなのかもしれない。
それでも現状維持は不可能だ。
「森川は、私が穂村奏多が抱える問題を解決したら成仏するか?」
「ちょ、先輩!?」
「自分が死んだことを自覚しているにも関わらず成仏してないってことは、それなりの理由があるからだろ?
未練がないならきっとこっちに留まることはない」
私の言葉に森川は頭を下げた。
《私は奏多さんともっと演奏がしたかったんです。だけど、そういうわけにもいきませんから…せめて彼の救いになりたいんです。
心を閉ざして、誰のことも信じられなくなってしまった彼に、私のことなんて忘れてもいいから幸せになってほしいんです。実現するために、どうか力を貸してください》
「頼まれる前からやるつもりだった。というより、私の仕事がそれ絡みなんだ。できるだけのことはする」
《ありがとうございます!》
こんなに楽しそうに笑う子ではなかった。
いつもどこか落ち着いていて、いつか訪れる死に怯えて…その子をこんなふうに変えてくれたのが穂村なのかもしれない。
「あの…それはいいんだけど、ひとつ問題があると思う」
《何か不備があるとか…》
「まあ、そんなところかな」
陽向の言葉の意味にすぐ気づく。
「森川が死んだのってどれくらい前だ?」
《もう45日くらいでしょうか》
「そうか。悪いが、今夜はこのまま学校にいてくれ。素敵な演奏だった」
《ありがとうございます。それでは、また明日》
森川を置いて音楽室を出る。
隣を歩く陽向は深刻さを理解しているらしい。
私も一言話すのでせいいっぱいだった。
「…まずいな、本格的に時間がない」
1
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説


ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる