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第2章『音楽室の亡霊と最後の逢瀬』
第9話
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「折原、少しいいか?」
いつもどおり陽向とふたりだった放課後の監査室、先生に呼ばれて席を離れる。
「どうしたんだ?」
「この前話したいじめ案件の被害生徒の話を聞いてきた。明日か明後日、予定を空けられないか?」
「明後日はバイトのシフトがどうなるか分からないけど、明日なら時間を作れると思う」
相手の事情を考えると、バイトが終わるまで待ってほしいとは言えない。
「分かった。当該生徒には伝えておく。それから、相手は友人を亡くしたばかりなんだ。…詳しくは言えないが、相当ショックを受けている」
先生が知ってるということは、この学園の生徒だろうか。
私には、ひとりだけ思い当たる人物がいた。
「これだけ教えてくれ。亡くなった生徒って、森川彩なのか」
「そういえば知り合いだったな。…そうだ。もう葬式は終わった」
「…そうか」
怪我をして病院に通っていた頃、しょっちゅう話をしていた。
会いに行っていた時期もあったが、数ヶ月前テレビ電話で話したのを最後に画面越しでも話していない。
以前彼女は体が弱くて通信制にいると教えてくれたが、まさかそこまで体調を崩しているとは思っていなかった。
「取り敢えず、明日は必ず時間を作るよ」
「頼む」
先生は苦々しい表情を浮かべ、辛そうに職員室に向かって歩いていった。
もう少し詳しい情報がほしいところだが、流石に生徒のプライベートをべらべら話すわけにはいかないのだろう。
バイト先と穂乃に連絡しようと携帯電話を触りながら歩いていたせいで、誰かにぶつかってしまった。
「ごめん。大丈夫か?」
「…はい。僕の方こそすみません」
その少年の目は寂しいと言っているような気がして、なんとなく放っておけない。
「何かあったらここを頼ってほしい」
「…分かりました」
監査部まで、なんて書かれた紙切れだけでどこまでできるか分からない。
ただ、何もせず見ているだけでいたくなかった。
「ただいま」
穂乃は珍しく寝ていて、近くに置かれていた表彰状に目を通す。
本当は直接祝いたいところだが、今はその時間さえとれない。
「…ごめん」
祝の言葉を綴り、それを賞状の近くに置く。
それから少し寝て朝食の準備をすませ、ぎりぎりまで休んでおくことにした。
「いってきます」
朝早くに家を出ると、非通知設定で連絡がくる。
どうせいつものところだろうと考えつつ出ると、そこから流れてきたのは懐かしい人物の声だった。
『《詩乃先輩、私、分かりますか?》』
驚きはしたが、その声を聞き間違えるはずがない。
「…森川彩なのか?」
『《そうです。私、もう…だから──で、──を》』
途中からラジオの電波が上手くとれなかったときみたいに、ガーとかピーとか雑音が入る。
「彩、どうした?」
『──《お願いします》』
「待ってくれ」
その直後、通話はすぐに切れた。
かけ直そうにも相手が非通知では不可能だ。
何を言っていたのか分からないが、取り敢えず夜仕事案件になることは理解した。
「あれ、詩乃先輩?」
「陽向か」
「大丈夫ですか?顔色悪いみたいですけど…」
「変なこと訊いてもいいか?」
「俺でよければ」
陽向はいつものように笑って、私に向き直る。
「死者から電話がかかってきた場合、何を望まれていると思う?」
「その反応、かかってきたってことですよね…。噂で1番多いのは、相手を一緒に連れて行く為だと思います」
それにしては彩の言葉は長かった。
ただ連れて行くだけなら、一緒に来てとか連れて行くでよかったはずだ。
「もしそうじゃないとしたら、先輩に頼みがあるのかもしれません」
「もしそうなら、どうして私なんだろうな」
他に交流していた友人がいるならそちらにかければいい。
私にしかかけられなかった理由はなんだろう。
「付き合いますよ。先輩が納得するまでとことん調べましょう!」
「いいのか?私個人の案件なのに…」
「全然。先輩は俺の恩人ですから!」
目の前の後輩の笑顔に私はいつも救われている。
「ありがとう」
ふたりで監査室に向かうと、そこには既に先客がいた。
いつもどおり陽向とふたりだった放課後の監査室、先生に呼ばれて席を離れる。
「どうしたんだ?」
「この前話したいじめ案件の被害生徒の話を聞いてきた。明日か明後日、予定を空けられないか?」
「明後日はバイトのシフトがどうなるか分からないけど、明日なら時間を作れると思う」
相手の事情を考えると、バイトが終わるまで待ってほしいとは言えない。
「分かった。当該生徒には伝えておく。それから、相手は友人を亡くしたばかりなんだ。…詳しくは言えないが、相当ショックを受けている」
先生が知ってるということは、この学園の生徒だろうか。
私には、ひとりだけ思い当たる人物がいた。
「これだけ教えてくれ。亡くなった生徒って、森川彩なのか」
「そういえば知り合いだったな。…そうだ。もう葬式は終わった」
「…そうか」
怪我をして病院に通っていた頃、しょっちゅう話をしていた。
会いに行っていた時期もあったが、数ヶ月前テレビ電話で話したのを最後に画面越しでも話していない。
以前彼女は体が弱くて通信制にいると教えてくれたが、まさかそこまで体調を崩しているとは思っていなかった。
「取り敢えず、明日は必ず時間を作るよ」
「頼む」
先生は苦々しい表情を浮かべ、辛そうに職員室に向かって歩いていった。
もう少し詳しい情報がほしいところだが、流石に生徒のプライベートをべらべら話すわけにはいかないのだろう。
バイト先と穂乃に連絡しようと携帯電話を触りながら歩いていたせいで、誰かにぶつかってしまった。
「ごめん。大丈夫か?」
「…はい。僕の方こそすみません」
その少年の目は寂しいと言っているような気がして、なんとなく放っておけない。
「何かあったらここを頼ってほしい」
「…分かりました」
監査部まで、なんて書かれた紙切れだけでどこまでできるか分からない。
ただ、何もせず見ているだけでいたくなかった。
「ただいま」
穂乃は珍しく寝ていて、近くに置かれていた表彰状に目を通す。
本当は直接祝いたいところだが、今はその時間さえとれない。
「…ごめん」
祝の言葉を綴り、それを賞状の近くに置く。
それから少し寝て朝食の準備をすませ、ぎりぎりまで休んでおくことにした。
「いってきます」
朝早くに家を出ると、非通知設定で連絡がくる。
どうせいつものところだろうと考えつつ出ると、そこから流れてきたのは懐かしい人物の声だった。
『《詩乃先輩、私、分かりますか?》』
驚きはしたが、その声を聞き間違えるはずがない。
「…森川彩なのか?」
『《そうです。私、もう…だから──で、──を》』
途中からラジオの電波が上手くとれなかったときみたいに、ガーとかピーとか雑音が入る。
「彩、どうした?」
『──《お願いします》』
「待ってくれ」
その直後、通話はすぐに切れた。
かけ直そうにも相手が非通知では不可能だ。
何を言っていたのか分からないが、取り敢えず夜仕事案件になることは理解した。
「あれ、詩乃先輩?」
「陽向か」
「大丈夫ですか?顔色悪いみたいですけど…」
「変なこと訊いてもいいか?」
「俺でよければ」
陽向はいつものように笑って、私に向き直る。
「死者から電話がかかってきた場合、何を望まれていると思う?」
「その反応、かかってきたってことですよね…。噂で1番多いのは、相手を一緒に連れて行く為だと思います」
それにしては彩の言葉は長かった。
ただ連れて行くだけなら、一緒に来てとか連れて行くでよかったはずだ。
「もしそうじゃないとしたら、先輩に頼みがあるのかもしれません」
「もしそうなら、どうして私なんだろうな」
他に交流していた友人がいるならそちらにかければいい。
私にしかかけられなかった理由はなんだろう。
「付き合いますよ。先輩が納得するまでとことん調べましょう!」
「いいのか?私個人の案件なのに…」
「全然。先輩は俺の恩人ですから!」
目の前の後輩の笑顔に私はいつも救われている。
「ありがとう」
ふたりで監査室に向かうと、そこには既に先客がいた。
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