夜紅の憲兵姫

黒蝶

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第1章『幸福を招くこっくりさんもどき』

第8話

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「おかえり」
「また起きてたのか…。しかも夕飯も食べずに待っててくれたんだな」
「今日は猫カフェのバイトが終わったら帰ってくるんだと思ってたから、多めに作ってたんだ」
必死に笑顔を作っている姿を見ていると、本当に申し訳なくなる。
「本当にごめん。まさかこんなに遅くなるなんて思ってなかったんだ」
「…お姉ちゃん、もしかして恋人ができた?」
「なんでそうなる」
「デートしてるのかと思って…違うの?」
「私は恋人なんて作れないよ。知ってるだろ?」
「そうだったね」
穂乃はそう言うと小さく笑ってご飯をよそってくれた。
やっぱりこういう平穏な時間は大切だ。
とんかつを温めなおしていると、携帯が鳴り響く。
『先輩、お疲れ様です!』
「随分早いな。あと、ビデオ通話になってる」
『俺は別にいいんですけど、先輩は、』
画面を見た穂乃がわくわくした様子で画面に声をかける。
「あ、陽向君だ!」
『穂乃ちゃん、今日も先輩を待ってたの?いいね…そういう健気なところ』
「陽向君、元気そうだね」
私がどうしても帰れないときや出掛けなければいけなかったとき、穂乃と遊んでいてくれたことがある。
それから仲良くなったらしく、私の帰りが深夜になるときは陽向が穂乃を預かってくれることが多い。
『ごめんね、お姉ちゃんと遅くまで仕事して…』
「陽向君が頑張ってくれるから、お姉ちゃんは前より早く帰ってこられるようになったんだよ。ありがとう」
『穂乃ちゃん優しい…』
「しばらくふたりで話しててくれ」
タイミングを見計らって食事をはじめる。
陽向もこれから夜食を食べるところだったらしく、3人で話しながら食事を楽しんだ。
ふたりが楽しそうに話しているのを邪魔しないよう気をつけつつ、取り敢えず食器を片づける。
そうこうしているうちに穂乃が眠っていた。
『穂乃ちゃん、相変わらずいい子ですね』
「だろう?私もそう思う。自慢の妹だよ」
寝室まで運んだ後、今日あったことの整理をすることにした。
「噂が残ったらまずそうな気がするが、そのあたりはどう片づけるべきか…困ったな」
『ああ、その辺は任せてください。こっちで片づけられそうなので』
「そうか。なら任せた」
噂が少しでも残っていれば、再び流行りだすのも時間の問題だ。
詳しい方法は知らないが、陽向がこんなふうに話すときは解決策を用意してある。
「…ひとつ疑問が残ったな」
『疑問ですか?』
「あの怪異が言ってたことがずっと引っかかってる。
…力が手に入るとそそのかしたのは誰なんだ?」
力が欲しくて暴れていたのは分かっている。
ただ、あんな方法を最初から知っていたなら今になって暴走する必要はなかったはずだ。
『たしかに…。最初からその方法をとっていたならともかく、あの気配は随分前からいるみたいでしたよね。
しかも、階段から離れられなかったってことは地縛霊みたいな立ち位置ってことですよね?』
「学園内をうろつけた可能性はあるが、それにしてもやっぱり疑問が残るな」
本人を祓ってしまった以上もう訊くことはできないが、もやもやする終わりになってしまった。
『俺も疑問が残りました』
「どんなことだ?」
『ずっと気になってたんですけど、先輩っていつから夜紅なんて呼ばれてるんですか?』
突然の質問にただ固まる。
今更訊かれたことに少し笑ってしまった。
『え、詩乃先輩!?もしかして壊れました?』
「壊れてない。夜紅って呼ばれる理由か…」
どこから説明すればいいんだろう。
「あの弓は夜しか使えないだろ?それがいつも炎の矢を放つ為に使われる」
『そこからなんですね。それなら納得です』
「そろそろ寝ないと明日に…正確には今日に響く」
『そうですね。おやすみなさい』
「おやすみ」
通話を切った後、誰もいない部屋で組み立て式の矢を取り出す。
さっきの話は半分嘘で半分本当だ。
この弓は夜しか使えないので、戦うときは大抵札しか武器がない。
「まあ、こっちにも意味があるなんて誰も思わないだろうな」
リップクリームのスティックを握りしめ、月が独り浮かぶ空を見上げる。
【これは詩乃が持っていて。きっとふたりを護ってくれるわ】
昔のことを思い出して、じわっとほろ苦いものがひろがる。
月が沈むまで道具の手入れをしていたが、寝る前にもうひとつ疑問が浮かんだ。
「なんであの呼び方を知っていたんだ?」
恐らくだが、これはあんなやり方を教えた犯人を探す手がかりになる。
それから深く考える力は残っておらず、そのまま目を閉じた。
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