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第1章『幸福を招くこっくりさんもどき』
第6話
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「ありがとうございました」
可愛い猫たちでいっぱいのその場所は私のバイト先のひとつだ。
下校時刻になってすぐのシフトだったので、今日はスケジュールが恐ろしく詰まってしまった。
「折原さん、もうあがっていいよ」
「でも、この時間って店長しかいませんよね?バイト代増やせとか言わないので、もう少し手伝っていってもいいですか?」
「本当にいい子だよね…ありがとう。正直いつも助かってるよ」
保護猫たちの新しい飼い主探しの場にもなっているこの猫カフェには、夕方になると人が集まってくる。
店長の人がいいからか、商品が可愛いもの好きな学生好みのものが多いからか…どのみち、バイトやパートの人たちが入りづらい時間帯に混雑することが多い。
「それじゃあその子たちに餌をあげてもらっていいかな?」
「勿論です」
子猫たちの世話にもだいぶ慣れて、今ではこうして餌や入浴を任されることもある。
「お疲れ様でした」
できるだけ笑顔を作って学校へ戻る。
「陽向、いるか?」
「え…先輩、もしかして今日バイトだったんですか!?」
「ああ。猫たちの写真見るか?」
「え、いいんですか?…じゃなくて!バイトならそう言ってくれればよかったのに」
「そんなことをしたら、おまえはひとりで調べに行くだろ?それで怪我したら大変だからな」
「詩乃先輩も俺のことを普通の人間みたいに扱ってくれるんですね」
「今更何を言い出すんだ?…ほら、行くぞ」
「はい!」
陽向は元気よく返事をして早歩きで例の廊下へ向かっている。
すぐ行動に移せるところは見習いたい…なんて呑気に思っていたのは1時間ほど前の話だ。
「こんなにいるなんて聞いてないですよ…」
「どこから沸いてきたんだろうな、これ」
例の廊下には原型を保てていない何かがいた。
それが今回の噂本体なのか或いは巻き添えをくらっただけの怪異なのか、もう判別できない段階まできている。
《邪魔ダ!》
「待って、そんな一気に来られても心の準備が…」
「陽向、掴まれ!」
手を伸ばしたものの間に合わず、陽向の体から血が溢れ出す。
そのまま動かなくなった後輩に近づくと、真っ黒い何かはけたけたと笑った。
《お揃イニ、シテあゲル》
「…そうか。できるか楽しみだ」
流石に陽向を抱えたまま戦うのは無理がある。
だが、下手な動きをしたら寧ろ私を狙ってくれなくなるかもしれない。
迷っていると、どこからか細い糸が飛んできた。
《何、コレ…糸?》
「さあ、何だろうな」
それだけ言ってその場を去る。
今はできるだけ距離を稼ぐしかない。
陽向が死んでからどれくらい時間が経っただろう。
そろそろ起きてくれないと道具の用意ができなくて困る。
「……は、」
「大丈夫か?」
「あれ…もしかして俺、さっき死んじゃいましたか?」
「ああ。随分痛そうだった」
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ!だって俺、死ねませんから」
傷が完璧になくなった状態で起きあがる陽向は、大きく伸びをしながらそんなことを言った。
「何度見ても痛そうなものは痛そうだ」
「そりゃあ痛いですけど、それで死んじゃったりはできないんです」
「分かっていても慣れない。…そういえば、さっきもいつもの糸が飛んできたおかげで助かったんだ」
「え、またですか?」
私たちがこんなふうに噂やトラブルを追いはじめて3ヶ月ほど経った頃、危機に陥ったところを誰かが糸を使って助けてくれた。
3年以上経った今でも正体はまだ分からないが、敵ではないことだけは確かだ。
「…一旦監査部室まで戻るぞ」
「このまま攻撃してもいいんじゃないですか?」
「それは自分の格好を見てから言え」
真っ赤なカッターシャツを着ているところを誰かに見られれば確実に騒ぎになる。
陽向の体にはもう傷が見当たらないだけに、あらぬ疑いをかけられるのは避けられない。
「どうせなら血が飛び散る前に傷がふさがってくれると助かるんですけどね…」
「どのみち痛いだろう。頼むから自分を投げ出すような攻撃はやめろ」
「今回は拳が当たらなかったんです。相手が憎悪の塊だったからですかね?」
「それなら私のあれで倒すしかないな」
普通に会話しているように見えるかもしれないが、内心いつも動揺している。
目の前の後輩は、滅多刺しにされようが心臓を貫かれようが死なない。
その様子を初めて見たとき、岡副陽向は言った。
どうやら自分は不死らしいのだと。
どんな病気や怪我も、死んでから3分程で綺麗さっぱりなくなるのだと。
…いつから、どんな原因で自分がそうなったのか分からないのだと。
可愛い猫たちでいっぱいのその場所は私のバイト先のひとつだ。
下校時刻になってすぐのシフトだったので、今日はスケジュールが恐ろしく詰まってしまった。
「折原さん、もうあがっていいよ」
「でも、この時間って店長しかいませんよね?バイト代増やせとか言わないので、もう少し手伝っていってもいいですか?」
「本当にいい子だよね…ありがとう。正直いつも助かってるよ」
保護猫たちの新しい飼い主探しの場にもなっているこの猫カフェには、夕方になると人が集まってくる。
店長の人がいいからか、商品が可愛いもの好きな学生好みのものが多いからか…どのみち、バイトやパートの人たちが入りづらい時間帯に混雑することが多い。
「それじゃあその子たちに餌をあげてもらっていいかな?」
「勿論です」
子猫たちの世話にもだいぶ慣れて、今ではこうして餌や入浴を任されることもある。
「お疲れ様でした」
できるだけ笑顔を作って学校へ戻る。
「陽向、いるか?」
「え…先輩、もしかして今日バイトだったんですか!?」
「ああ。猫たちの写真見るか?」
「え、いいんですか?…じゃなくて!バイトならそう言ってくれればよかったのに」
「そんなことをしたら、おまえはひとりで調べに行くだろ?それで怪我したら大変だからな」
「詩乃先輩も俺のことを普通の人間みたいに扱ってくれるんですね」
「今更何を言い出すんだ?…ほら、行くぞ」
「はい!」
陽向は元気よく返事をして早歩きで例の廊下へ向かっている。
すぐ行動に移せるところは見習いたい…なんて呑気に思っていたのは1時間ほど前の話だ。
「こんなにいるなんて聞いてないですよ…」
「どこから沸いてきたんだろうな、これ」
例の廊下には原型を保てていない何かがいた。
それが今回の噂本体なのか或いは巻き添えをくらっただけの怪異なのか、もう判別できない段階まできている。
《邪魔ダ!》
「待って、そんな一気に来られても心の準備が…」
「陽向、掴まれ!」
手を伸ばしたものの間に合わず、陽向の体から血が溢れ出す。
そのまま動かなくなった後輩に近づくと、真っ黒い何かはけたけたと笑った。
《お揃イニ、シテあゲル》
「…そうか。できるか楽しみだ」
流石に陽向を抱えたまま戦うのは無理がある。
だが、下手な動きをしたら寧ろ私を狙ってくれなくなるかもしれない。
迷っていると、どこからか細い糸が飛んできた。
《何、コレ…糸?》
「さあ、何だろうな」
それだけ言ってその場を去る。
今はできるだけ距離を稼ぐしかない。
陽向が死んでからどれくらい時間が経っただろう。
そろそろ起きてくれないと道具の用意ができなくて困る。
「……は、」
「大丈夫か?」
「あれ…もしかして俺、さっき死んじゃいましたか?」
「ああ。随分痛そうだった」
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ!だって俺、死ねませんから」
傷が完璧になくなった状態で起きあがる陽向は、大きく伸びをしながらそんなことを言った。
「何度見ても痛そうなものは痛そうだ」
「そりゃあ痛いですけど、それで死んじゃったりはできないんです」
「分かっていても慣れない。…そういえば、さっきもいつもの糸が飛んできたおかげで助かったんだ」
「え、またですか?」
私たちがこんなふうに噂やトラブルを追いはじめて3ヶ月ほど経った頃、危機に陥ったところを誰かが糸を使って助けてくれた。
3年以上経った今でも正体はまだ分からないが、敵ではないことだけは確かだ。
「…一旦監査部室まで戻るぞ」
「このまま攻撃してもいいんじゃないですか?」
「それは自分の格好を見てから言え」
真っ赤なカッターシャツを着ているところを誰かに見られれば確実に騒ぎになる。
陽向の体にはもう傷が見当たらないだけに、あらぬ疑いをかけられるのは避けられない。
「どうせなら血が飛び散る前に傷がふさがってくれると助かるんですけどね…」
「どのみち痛いだろう。頼むから自分を投げ出すような攻撃はやめろ」
「今回は拳が当たらなかったんです。相手が憎悪の塊だったからですかね?」
「それなら私のあれで倒すしかないな」
普通に会話しているように見えるかもしれないが、内心いつも動揺している。
目の前の後輩は、滅多刺しにされようが心臓を貫かれようが死なない。
その様子を初めて見たとき、岡副陽向は言った。
どうやら自分は不死らしいのだと。
どんな病気や怪我も、死んでから3分程で綺麗さっぱりなくなるのだと。
…いつから、どんな原因で自分がそうなったのか分からないのだと。
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