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第1章『幸福を招くこっくりさんもどき』
第4話
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「ただいま」
「お姉ちゃん、何してたの?」
穂乃はむう、と頬を膨らませて出迎えてくれた。
「ごめん。急に仕事が入って帰れなくなったんだ」
「それってバイトの?忙しくしているのは、お金がないから…?」
小学5年生にそんなことを気遣わせてしまうとは思わなかった。
穂乃に笑ってほしいからあの場所を出たのに、これじゃ意味がないじゃないか。
「違うよ。今日は監査部の緊急案件が入ったんだ。私が帰ったら他の人が困るから、できるだけ片づけて帰ろうって思ったんだよ」
わしわし頭を撫でると、穂乃はほっとしたように笑った。
「ご飯作ったよ。今日はお姉ちゃんがアク抜きしてたたけのこの天ぷら!」
「ありがとう。それにしても、穂乃はすごいな。私が知らない間にどんどん料理が上達してる」
こんなふうにふたりで食事をするのが1番楽しい。
朝か夜は必ず一緒に食べられるように心がけているが、仕事で遅くなる日は先に寝ているように言ってある。
ただ、今日のように起きて待っていてくれることがほとんどだ。
「学校は楽しいか?」
「うん!今日はね、コンクールに出す絵を描いたんだ。湖の写真を見て描いたら、先生が綺麗な色だねって褒めてくれたんだよ」
「それはすごいな。今度私にも見せてくれるか?」
「うん!」
今でこそこんなふうに何気ない会話を楽しむことができるが、私が高校にあがるまでは毎日淀んでいた。
だからこそできるだけ穂乃との時間を大切にしたい。
「明日は早く帰ってこられそう?」
「仕事の進み具合によるから、まだ分からない。ごめんな」
「ううん。お姉ちゃんが帰ってきてくれたらそれだけでいいの」
「穂乃はいい子だな。…けど、そろそろ寝ないと朝起きられないんじゃないか?」
「でも…」
まだ自分の部屋に入りたがらない理由はなんとなく分かっている。
「今日は一緒に寝るか。寝間着に着替えたら部屋に行くから、先にベッドで待っててくれ」
「うん!」
ひとりで留守番させて寂しくないはずがない。
だったら、もう少し一緒にいる時間が増えてもバチは当たらないだろう。
すやすや眠る穂乃の顔を確認して体を起こす。
多少時間をかけてでも道具の手入れや使った分の補充はしておかないと明日困るだろうから。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
妹を送り出した直後、同じ学校の制服を着た少女から悍しい気配を感じる。
《近ヅクナ。邪魔、スルナ》
「…心配しなくても近づいたりしない」
昨日寝る前に作った札を思いきり投げつけると、なんとか黒いものを燃やすことができた。
「あ、あれ…憲兵姫!?」
「突然で悪いが教えてほしいことがある。一緒に来てくれるか?」
「は、はい!」
さっきまでぼんやりしていた瞳には光が戻り、話し方もはきはきしているような気がする。
そのまま監査室の隣の部屋に入ると、中では陽向が女子3人から事情を聞いているところだった。
「人目につかないようにここを使わせてもらおうと思ったんだけど…無理そうだな」
「いやいや!だってその子も願いを叶えた子ですよね?それなら一緒に話を聞かせてもらいましょう」
「悪い。こっちに座って質問に答えてほしいんだ」
私が座った直後、わいわいと女子たちが話しはじめた。
「憲兵姫も何かお願いを叶えてもらいたいとか?」
「陽向君はともかく、憲兵姫にはそのイメージはなかったな…」
「なんでも自分で出来ちゃいそうだもんね」
小さい声で話しているつもりなのだろうが、全部完璧に聞こえている。
…というより、騒がしい後ろの音とともに厭でも入ってきてしまう。
「どんなことを願ったのか聞かせてくれないかな?その後体調がおかしくなったとか、そういうのはないのか気になってて…教えてくれない?」
こういうとき、陽向のコミュニケーション能力の高さに驚かされる。
陽向の言葉に私が連れてきた方の女子生徒が口を開いた。
「私は、成績があがりますようにってお願いしたんです。一応クラスで最高点を取ることはできました。
ただ、いつも1番の子が事故に遭ったみたいなんです。それから誰も会えていないって言っていました」
その話が終わった後、3人組のうちのひとりが首を傾げながら話してくれた。
「あたしは保険委員になりたいってお願いしました。白井先生優しいから、どうしても入りたくて…。
一応叶ったんだけど、もうひとり立候補してた子が泣きながら降りたのは不思議だったな」
後者は相手を驚かす程度だったのかもしれないが、前者は確実に襲われている。
ここまで凶暴となると早めに決着をつけるしかない。
「誰から噂を聞いた?」
3人組の残りのふたりがすかさず答える。
「旧校舎2階廊下にいた男の人からです。だけど、みんなして顔が思い出せなくて…」
「どんな人だっけって話してたんだけど、ずっと分からないままです」
「ありがとう。4人とももう行っていい。授業に遅れないようにな」
「折原先輩、お疲れ様です!」
4人が揃って出ていくのを確認した後、陽向が苦笑しながら呟いた。
「みんな詩乃先輩のこと好きすぎでしょ…。一応全員同級生なのに、俺のこと忘れてるし、あんなのくっついてるし」
「心配しなくてもそれなら追い祓ったぞ」
3人の背中では、今頃あのどす黒いものが悲鳴をあげている頃だろう。
陽向に向き直り肩に軽く手を置く。
「今日の放課後、調査してみますか」
「そうだな。それで決着をつけよう」
「お姉ちゃん、何してたの?」
穂乃はむう、と頬を膨らませて出迎えてくれた。
「ごめん。急に仕事が入って帰れなくなったんだ」
「それってバイトの?忙しくしているのは、お金がないから…?」
小学5年生にそんなことを気遣わせてしまうとは思わなかった。
穂乃に笑ってほしいからあの場所を出たのに、これじゃ意味がないじゃないか。
「違うよ。今日は監査部の緊急案件が入ったんだ。私が帰ったら他の人が困るから、できるだけ片づけて帰ろうって思ったんだよ」
わしわし頭を撫でると、穂乃はほっとしたように笑った。
「ご飯作ったよ。今日はお姉ちゃんがアク抜きしてたたけのこの天ぷら!」
「ありがとう。それにしても、穂乃はすごいな。私が知らない間にどんどん料理が上達してる」
こんなふうにふたりで食事をするのが1番楽しい。
朝か夜は必ず一緒に食べられるように心がけているが、仕事で遅くなる日は先に寝ているように言ってある。
ただ、今日のように起きて待っていてくれることがほとんどだ。
「学校は楽しいか?」
「うん!今日はね、コンクールに出す絵を描いたんだ。湖の写真を見て描いたら、先生が綺麗な色だねって褒めてくれたんだよ」
「それはすごいな。今度私にも見せてくれるか?」
「うん!」
今でこそこんなふうに何気ない会話を楽しむことができるが、私が高校にあがるまでは毎日淀んでいた。
だからこそできるだけ穂乃との時間を大切にしたい。
「明日は早く帰ってこられそう?」
「仕事の進み具合によるから、まだ分からない。ごめんな」
「ううん。お姉ちゃんが帰ってきてくれたらそれだけでいいの」
「穂乃はいい子だな。…けど、そろそろ寝ないと朝起きられないんじゃないか?」
「でも…」
まだ自分の部屋に入りたがらない理由はなんとなく分かっている。
「今日は一緒に寝るか。寝間着に着替えたら部屋に行くから、先にベッドで待っててくれ」
「うん!」
ひとりで留守番させて寂しくないはずがない。
だったら、もう少し一緒にいる時間が増えてもバチは当たらないだろう。
すやすや眠る穂乃の顔を確認して体を起こす。
多少時間をかけてでも道具の手入れや使った分の補充はしておかないと明日困るだろうから。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
妹を送り出した直後、同じ学校の制服を着た少女から悍しい気配を感じる。
《近ヅクナ。邪魔、スルナ》
「…心配しなくても近づいたりしない」
昨日寝る前に作った札を思いきり投げつけると、なんとか黒いものを燃やすことができた。
「あ、あれ…憲兵姫!?」
「突然で悪いが教えてほしいことがある。一緒に来てくれるか?」
「は、はい!」
さっきまでぼんやりしていた瞳には光が戻り、話し方もはきはきしているような気がする。
そのまま監査室の隣の部屋に入ると、中では陽向が女子3人から事情を聞いているところだった。
「人目につかないようにここを使わせてもらおうと思ったんだけど…無理そうだな」
「いやいや!だってその子も願いを叶えた子ですよね?それなら一緒に話を聞かせてもらいましょう」
「悪い。こっちに座って質問に答えてほしいんだ」
私が座った直後、わいわいと女子たちが話しはじめた。
「憲兵姫も何かお願いを叶えてもらいたいとか?」
「陽向君はともかく、憲兵姫にはそのイメージはなかったな…」
「なんでも自分で出来ちゃいそうだもんね」
小さい声で話しているつもりなのだろうが、全部完璧に聞こえている。
…というより、騒がしい後ろの音とともに厭でも入ってきてしまう。
「どんなことを願ったのか聞かせてくれないかな?その後体調がおかしくなったとか、そういうのはないのか気になってて…教えてくれない?」
こういうとき、陽向のコミュニケーション能力の高さに驚かされる。
陽向の言葉に私が連れてきた方の女子生徒が口を開いた。
「私は、成績があがりますようにってお願いしたんです。一応クラスで最高点を取ることはできました。
ただ、いつも1番の子が事故に遭ったみたいなんです。それから誰も会えていないって言っていました」
その話が終わった後、3人組のうちのひとりが首を傾げながら話してくれた。
「あたしは保険委員になりたいってお願いしました。白井先生優しいから、どうしても入りたくて…。
一応叶ったんだけど、もうひとり立候補してた子が泣きながら降りたのは不思議だったな」
後者は相手を驚かす程度だったのかもしれないが、前者は確実に襲われている。
ここまで凶暴となると早めに決着をつけるしかない。
「誰から噂を聞いた?」
3人組の残りのふたりがすかさず答える。
「旧校舎2階廊下にいた男の人からです。だけど、みんなして顔が思い出せなくて…」
「どんな人だっけって話してたんだけど、ずっと分からないままです」
「ありがとう。4人とももう行っていい。授業に遅れないようにな」
「折原先輩、お疲れ様です!」
4人が揃って出ていくのを確認した後、陽向が苦笑しながら呟いた。
「みんな詩乃先輩のこと好きすぎでしょ…。一応全員同級生なのに、俺のこと忘れてるし、あんなのくっついてるし」
「心配しなくてもそれなら追い祓ったぞ」
3人の背中では、今頃あのどす黒いものが悲鳴をあげている頃だろう。
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「そうだな。それで決着をつけよう」
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