夜紅の憲兵姫

黒蝶

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第1章『幸福を招くこっくりさんもどき』

第3話

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夜仕事というのは陽向が勝手につけた活動名だ。
昼間調べられないことを調べるのだから、その名称はあながち間違っていない。
「この前うちのクラスの子たちが使った教室を教えてもらったんです。先輩さえよければ行ってみませんか?」
「そうだな。まずはそこからか…」
学園内をうろついていれば何か見つかるかもしれない、その程度のことしか考えていなかった。
「こっちだ」
「え?」
陽向を空き教室に引きこむのと同時に懐中電灯の明かりが近づいてくる。
今の時刻は午後9時…流石にこの時間にこの場所にいても不自然にならない言い訳が思いつかない。
「どうして分かったんですか?」
「ライトが近づいてくれば大体分かる。さっきは足音が聞こえたしな」
「全然分かりませんでした」
陽向がそう話すのと同時にライトを持った人物の姿が目に入る。
幸いこちらには気づいていないらしいが、見つかれば逃げ切れる保障がない。
「なあ、あれって室星先生じゃなかったか?」
「多分そうだと思います。あんなに背が高いイケメンが何人もいるはずありませんから」
「相変わらず雰囲気が人間っぽくないな」
昼間はともかく夕方以降室星先生と会ったとき、必ずと言っていいほどの確率で人間には感じない気配が漂っている。
それに、今日は宿直室にいる日じゃなかったはずだ。
一体こんな時間に学校で何をしているのだろうか。
「実は先生も人間じゃなかったりして。或いは、俺みたいなタイプなんですかね?」
「それならおまえにも同じような雰囲気が漂ってないとおかしいだろ?」
「それもそっか…あ」
陽向は意気揚々と床に落ちていた1枚の紙を拾い、それを近くの机に広げた。
「誰かが呼び出しに使ったものなら、何か分かったりしませんかね?」
「…私たちもやってみるか?」
「それいいですね!何お願いしようかな…」
冗談半分で言ったつもりだったのに、目の前の後輩は本気で準備している。
こうなってしまってはもう覚悟を決めてやってみるしかない。
「たしか5円玉がいるんだよな?これでいいか?」
「詩乃先輩も準備してたんですか?」
「いや、たまたま持ってた」
「それはさておき、この門の字のところに5円玉を置きます。…『いい神様いい神様、どうか俺の願いを叶えてください』」
彼がそう高らかに告げると、ずずずと音をたてて5円玉が動きはじめた。


ね、が、い、は、な、に


「どうか俺を生涯幸せにしてください!」
まるで結婚式のような台詞を聞いた直後、周囲に変化がおこりはじめる。
またずずずと音がして、5円玉はこう言った。


じ、ゃ、ま、な、も、の、け、す


「どういう意味ですかね?」
ぶわっと暗い雰囲気になったと思ったら、5円玉が割れて黒い何かがうじゃうじゃ出てきた。
「先輩、どうします?」
「そんなの、やる1択だろ」
陽向から離れた場所でいつも持ち歩いている道具一式を用意する。
調査だけだからと甘く見ないで正解だった。
「陽向、もう少し耐えろ」
「なんか首絞まってるんですけど…」
「頼む、あと少し耐えてくれ」
陽向の首に巻きついたものを引き離さなければ厄介なことになる。
すぐに札を用意し、彼がいる方向に思いきり投げた。
「──燃えろ」
黒い何かは札が当たった部分から炎を出して暴れはじめる。
ごうごうと音をたて、それはやがて燃え尽きた。
「……っ、ごほごほ!」
「悪い、遅くなった」
「どっち使うか迷ったんでしょ?先輩は優しいから、いくら俺がこんなでも死なせるのは嫌だって思ってくれたんですよね?」
「当たりどころが悪いと大変なことになりそうだったからな。大丈夫か?」
「もう平気です。ただ、これって相当深刻ですね」
「そうだな」
一時的だろうが永続的だろうが、これで代償が何なのかはっきりした。
「願いを叶えたって子を片っ端から調べてみるしかないな。あとは噂の出どころを突き止めないと終わらない」
「こんなのに憑かれちゃったらひとたまりもないですよ」
一先ず今夜はお開きにしようという話になり、そのままひとり夜道を歩く。
考えても仕方がないことだと分かってはいるが、相手の強さはどれくらいだろうか。
数はともかく、強いであろうということは折れた5円玉が物語っていた。
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