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断暮篇(たちぐらしへん)
『お守り』
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「美味しかったね」
「うん」
いつもよりトーンダウンした会話...無理もない。
あれからなんとか見つからずに帰ることができたけれど、もしも何かの拍子に出くわしたら終わりだ。
(もし捕まったらどうなっちゃうんだろう...)
考えても意味なんてないのに、どうしてもそうせずにはいられない。
「七海、またコンビニに行こうか」
「うん」
そうしてできるだけいつもどおりに振る舞って、なんとか切り抜けることができた。
...そう思っていたのに。
「木葉、明日も打ち合わせが入っちゃったんだけど大丈夫かな...」
「断るわけにはいかないし、大丈夫だよ。僕が近くで護るから」
「私にも護らせてね」
そんな話をして迎えた翌日、事件は突然おこった。
いつもどおりのカフェに、いつもどおりの打ち合わせ...何も変わらない日常にほっとする。
「すみません。少し会社から連絡が入ったので席をはずします」
「ちゃんと待ってるので、慌てないでください」
最終選考まで残った原稿と連載分の原稿の話を詰めていたところで、渡瀬さんは申し訳なさそうにしながら席をはずした。
打ち合わせの時間に電話がかかってくるということはかなり珍しい。
それだけ急ぎの用事ならと、私はすっかり油断していた。
「...すみません。あなたのテーブルの方にハンカチが落ちていませんか?」
「えっと、探してみますね」
話しかけてきたのは見知らぬ男性だったけれど、どこかで見たような気がする。
一先ずハンカチを探していると、後ろからいきなり手が回ってきた。
「ようやく捕まえられた。...一緒に来てもらうよ」
満足に歩けない私が走ってふりきれるはずもなく、なす術がないまま引きずられそうになる。
震える指先にやっと触れたのは、スマートフォンと大切なものだった。
(お願い、助けて...!)
ポケットで何かが弾ける音がしたかと思うと、さっきまで私の口元を押さえていた手が離れていた。
...美桜さんからもらったお守りが1度だけ力をくれたのだ。
「来ないでください」
お店にいた人たちも様子が変だと気づいたのか、視線が一気にこちらに集まってくる。
「すみません、お待たせしました。その方はお知り合いですか?」
「違います」
「...ちっ」
渡瀬さんの問いに即答すると、男はそそくさと店を後にした。
「野崎さん、大丈夫でしたか?」
「ありがとうございます。た、助かりました...」
「打ち合わせは、明後日テレビ電話でやりましょう」
「すみません」
渡瀬さんなりに気遣ってくれているのを強く感じる。
(人が多い場所なら狙われないと思っていたのに...)
相手はすぐそこまで迫ってきている、それを感じた瞬間だった。
「渡瀬さん、ありがとうございます」
「いえ。どなたか迎えは...」
「もう来てくれているみたいです。今日は失礼します」
...今外に見えたものも、きっと気のせいではないのだろう。
「うん」
いつもよりトーンダウンした会話...無理もない。
あれからなんとか見つからずに帰ることができたけれど、もしも何かの拍子に出くわしたら終わりだ。
(もし捕まったらどうなっちゃうんだろう...)
考えても意味なんてないのに、どうしてもそうせずにはいられない。
「七海、またコンビニに行こうか」
「うん」
そうしてできるだけいつもどおりに振る舞って、なんとか切り抜けることができた。
...そう思っていたのに。
「木葉、明日も打ち合わせが入っちゃったんだけど大丈夫かな...」
「断るわけにはいかないし、大丈夫だよ。僕が近くで護るから」
「私にも護らせてね」
そんな話をして迎えた翌日、事件は突然おこった。
いつもどおりのカフェに、いつもどおりの打ち合わせ...何も変わらない日常にほっとする。
「すみません。少し会社から連絡が入ったので席をはずします」
「ちゃんと待ってるので、慌てないでください」
最終選考まで残った原稿と連載分の原稿の話を詰めていたところで、渡瀬さんは申し訳なさそうにしながら席をはずした。
打ち合わせの時間に電話がかかってくるということはかなり珍しい。
それだけ急ぎの用事ならと、私はすっかり油断していた。
「...すみません。あなたのテーブルの方にハンカチが落ちていませんか?」
「えっと、探してみますね」
話しかけてきたのは見知らぬ男性だったけれど、どこかで見たような気がする。
一先ずハンカチを探していると、後ろからいきなり手が回ってきた。
「ようやく捕まえられた。...一緒に来てもらうよ」
満足に歩けない私が走ってふりきれるはずもなく、なす術がないまま引きずられそうになる。
震える指先にやっと触れたのは、スマートフォンと大切なものだった。
(お願い、助けて...!)
ポケットで何かが弾ける音がしたかと思うと、さっきまで私の口元を押さえていた手が離れていた。
...美桜さんからもらったお守りが1度だけ力をくれたのだ。
「来ないでください」
お店にいた人たちも様子が変だと気づいたのか、視線が一気にこちらに集まってくる。
「すみません、お待たせしました。その方はお知り合いですか?」
「違います」
「...ちっ」
渡瀬さんの問いに即答すると、男はそそくさと店を後にした。
「野崎さん、大丈夫でしたか?」
「ありがとうございます。た、助かりました...」
「打ち合わせは、明後日テレビ電話でやりましょう」
「すみません」
渡瀬さんなりに気遣ってくれているのを強く感じる。
(人が多い場所なら狙われないと思っていたのに...)
相手はすぐそこまで迫ってきている、それを感じた瞬間だった。
「渡瀬さん、ありがとうございます」
「いえ。どなたか迎えは...」
「もう来てくれているみたいです。今日は失礼します」
...今外に見えたものも、きっと気のせいではないのだろう。
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