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遡暮篇(のぼりぐらしへん)
クレールの話
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「木葉...!?」
がくりと項垂れるように首が落ちて、そんな様子を見るだけで不安になる。
「悪いな、お嬢さん。まだ調合してるときにあいつが来て、クレールをもらっていくと言うからあげたんだ。
...こいつに渡す分には、ちょっとした細工をしないといけないのに」
そう話しながら、ラッシュさんは奥の部屋まで木葉を運んでくれる。
慌てて追いかけようとすると転んでしまいそうになって、寸でのところで彼が支えてくれた。
「すみません。ありがとうございます」
「いや、気にするな。それよりも聞きたいなら話をしよう。...木葉のクレールについて」
「お願いします」
「いい返事だ」
ふっと笑ったラッシュさんの表情は柔らかくて、見ているこちらまで安心する。
「純血種が呑むタイプでは木葉にとって度がきつめの酒と変わらない。
だから毎回、俺が調節してから渡すようにしている。調合なり調節といっても、人間の部分に影響が出るものは何も入れてないけどな」
「そう、なんですね...」
全然知らなかった。
クレールには原料になる花があって、その蜜か何かから作られるものなのだと思っていた。
けれど、木葉に渡される分はそんな簡単にできているものではなかったのだ。
「そのことを木葉には...」
「ひと手間加えられてるとだけ話してある。...俺がやってるなんて言ったら、あいつは気にするだろ?」
ラッシュさんらしい気遣いだと思った。
確かに木葉なら真っ青な顔をして頭を下げ続けるに違いない。
私より彼を知る人もそう分析しているのなら、できることはただひとつだ。
「分かりました。何か訊かれるまでは黙っておくことにします」
「ありがとな」
ラッシュさんの目が優しく細められる。
どんな表情をしていいのか分からずにお茶のおかわりを淹れようとすると、彼の口がゆっくり開かれた。
「言おうかどうか迷ったが...首筋、しっかり隠しておかないとな」
「す、すみません!」
指をさされた場所は木葉に咬まれたあたりで、そこがどうなっているのかなんてすぐに想像できる。
「今のあいつは、クレールがないと喉が渇いて仕方ないはずだ。
...お嬢さん、あいつを頼む」
どうしてそんなお願いをされているのかいまひとつ意味が分からないまま、私はただ頷く。
「今度、木葉のクレールにどんなものが入っているのか教えてください」
「構わないが、とても手に入れられるようなものでは...」
「念のため美桜さんにも聞いてみます」
「ああ。正直すごく助かる」
ラッシュさんたちの言葉はいつでも温かい。
淹れ終わったお茶はいつもより熱いような気がしたけれど、手を止めることなくそのまま飲み干した。
がくりと項垂れるように首が落ちて、そんな様子を見るだけで不安になる。
「悪いな、お嬢さん。まだ調合してるときにあいつが来て、クレールをもらっていくと言うからあげたんだ。
...こいつに渡す分には、ちょっとした細工をしないといけないのに」
そう話しながら、ラッシュさんは奥の部屋まで木葉を運んでくれる。
慌てて追いかけようとすると転んでしまいそうになって、寸でのところで彼が支えてくれた。
「すみません。ありがとうございます」
「いや、気にするな。それよりも聞きたいなら話をしよう。...木葉のクレールについて」
「お願いします」
「いい返事だ」
ふっと笑ったラッシュさんの表情は柔らかくて、見ているこちらまで安心する。
「純血種が呑むタイプでは木葉にとって度がきつめの酒と変わらない。
だから毎回、俺が調節してから渡すようにしている。調合なり調節といっても、人間の部分に影響が出るものは何も入れてないけどな」
「そう、なんですね...」
全然知らなかった。
クレールには原料になる花があって、その蜜か何かから作られるものなのだと思っていた。
けれど、木葉に渡される分はそんな簡単にできているものではなかったのだ。
「そのことを木葉には...」
「ひと手間加えられてるとだけ話してある。...俺がやってるなんて言ったら、あいつは気にするだろ?」
ラッシュさんらしい気遣いだと思った。
確かに木葉なら真っ青な顔をして頭を下げ続けるに違いない。
私より彼を知る人もそう分析しているのなら、できることはただひとつだ。
「分かりました。何か訊かれるまでは黙っておくことにします」
「ありがとな」
ラッシュさんの目が優しく細められる。
どんな表情をしていいのか分からずにお茶のおかわりを淹れようとすると、彼の口がゆっくり開かれた。
「言おうかどうか迷ったが...首筋、しっかり隠しておかないとな」
「す、すみません!」
指をさされた場所は木葉に咬まれたあたりで、そこがどうなっているのかなんてすぐに想像できる。
「今のあいつは、クレールがないと喉が渇いて仕方ないはずだ。
...お嬢さん、あいつを頼む」
どうしてそんなお願いをされているのかいまひとつ意味が分からないまま、私はただ頷く。
「今度、木葉のクレールにどんなものが入っているのか教えてください」
「構わないが、とても手に入れられるようなものでは...」
「念のため美桜さんにも聞いてみます」
「ああ。正直すごく助かる」
ラッシュさんたちの言葉はいつでも温かい。
淹れ終わったお茶はいつもより熱いような気がしたけれど、手を止めることなくそのまま飲み干した。
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