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遡暮篇(のぼりぐらしへん)
七海の話
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「七海」
「どうしたの?」
「...ありがとう」
「私は普通のことをしただけだよ」
七海の言葉に僕は救われた。
それを彼女は普通のことだと言って笑うのだから、本当に尊敬に値するものだと沁々思う。
僕だと絶対に真似できないと内心苦笑しながら七海の表情をうかがうと、それは真剣そのものだった。
「...木葉、私どうしても行きたい場所があるの」
「危ない場所じゃない?」
「美桜さんのところに行きたくて...。でもひとりじゃ辿り着けないかもしれない」
包帯を換え終わった体をじっと見つめる。
相変わらず酷い怪我のようで、完治するまでにはやはり時間がかかりそうだ。
「僕でよければ、どこまでだってついていくよ」
「ありがとう」
どんなことがしたいのか、ただ訪ねるだけなのか...本当は訊いた方がよかったのだとは思うが、なんとなく聞かれたくなさそうな雰囲気を感じて口を閉じる。
楽しみだねとだけ話し、そのまま眠りについた。
そして翌日の夜、ふたり一緒に外に出る。
少し急な斜面をのぼっていこうとしたが、僕は途中で足を止めた。
「七海、もし嫌じゃなければおぶっていくよ」
「え、あ、でも、」
「誰も見てないから平気だよ」
半ば強引におぶると、七海の細い腕が首筋にまわされる。
「あ、ありがとう...」
小さく聞こえたその言葉に喜びのあまり声をあげてしまいそうになるが、そのまま無言でお社の近くまで運んだ。
「美桜さん...?」
「いないのかな...。ちょっと裏の方を見てくるよ」
傷だらけの七海を歩かせるわけにはいかない。
近くを探してみると、さわさわと箒がしなる音がした。
「美桜さん?」
「木葉...どうしたの?」
「七海が話したいことがあるみたいだから来たんだけど、そっちは何があったの?」
「...狐が来ていたから話を聞いていただけ。すぐに行くから中で待ってて」
神様となるとそんなこともできるのかという驚きが半分、何か隠しているなというのが半分という印象を持ちつつ、そのまま七海がいる場所へ戻る。
「ここで座って待っててほしいって」
「...分かった」
足をひきずるように歩く七海を横抱きにして部屋まで連れていくと、照れたような様子でゆっくりと椅子に腰かける。
何か言葉をかけようとしたところで、美桜さんがやってきた。
「今日はどうしたの?」
「...あのね、美桜さん」
七海はひと呼吸おいて遠慮がちに告げた。
「私、お母さんのことをもっと詳しく知りたい。
...お願い、お母さんのことを教えて」
「どうしたの?」
「...ありがとう」
「私は普通のことをしただけだよ」
七海の言葉に僕は救われた。
それを彼女は普通のことだと言って笑うのだから、本当に尊敬に値するものだと沁々思う。
僕だと絶対に真似できないと内心苦笑しながら七海の表情をうかがうと、それは真剣そのものだった。
「...木葉、私どうしても行きたい場所があるの」
「危ない場所じゃない?」
「美桜さんのところに行きたくて...。でもひとりじゃ辿り着けないかもしれない」
包帯を換え終わった体をじっと見つめる。
相変わらず酷い怪我のようで、完治するまでにはやはり時間がかかりそうだ。
「僕でよければ、どこまでだってついていくよ」
「ありがとう」
どんなことがしたいのか、ただ訪ねるだけなのか...本当は訊いた方がよかったのだとは思うが、なんとなく聞かれたくなさそうな雰囲気を感じて口を閉じる。
楽しみだねとだけ話し、そのまま眠りについた。
そして翌日の夜、ふたり一緒に外に出る。
少し急な斜面をのぼっていこうとしたが、僕は途中で足を止めた。
「七海、もし嫌じゃなければおぶっていくよ」
「え、あ、でも、」
「誰も見てないから平気だよ」
半ば強引におぶると、七海の細い腕が首筋にまわされる。
「あ、ありがとう...」
小さく聞こえたその言葉に喜びのあまり声をあげてしまいそうになるが、そのまま無言でお社の近くまで運んだ。
「美桜さん...?」
「いないのかな...。ちょっと裏の方を見てくるよ」
傷だらけの七海を歩かせるわけにはいかない。
近くを探してみると、さわさわと箒がしなる音がした。
「美桜さん?」
「木葉...どうしたの?」
「七海が話したいことがあるみたいだから来たんだけど、そっちは何があったの?」
「...狐が来ていたから話を聞いていただけ。すぐに行くから中で待ってて」
神様となるとそんなこともできるのかという驚きが半分、何か隠しているなというのが半分という印象を持ちつつ、そのまま七海がいる場所へ戻る。
「ここで座って待っててほしいって」
「...分かった」
足をひきずるように歩く七海を横抱きにして部屋まで連れていくと、照れたような様子でゆっくりと椅子に腰かける。
何か言葉をかけようとしたところで、美桜さんがやってきた。
「今日はどうしたの?」
「...あのね、美桜さん」
七海はひと呼吸おいて遠慮がちに告げた。
「私、お母さんのことをもっと詳しく知りたい。
...お願い、お母さんのことを教えて」
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