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追暮篇(おいぐらしへん)
少しだけ不便な生活
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翌朝から、私は苦戦することになる。
「...っ!」
少し体勢を変えただけで痛む体を動かして、フライパンを握る。
本当はこんなことをしてはいけないのかもしれないけれど、木葉を起こして迷惑をかけたくなかった。
(結構痛い...打ったからかな)
飛び降りたとき、自分がどんなふうに着地したのかなんて全く覚えていない。
幸い骨は砕けていないという話だったけれど、それでも家の中で杖が必要になるような状態だった。
「...いただきます」
それから、強く打ちつけてしまったのか腕にも多少の痛みがはしる。
箸さえ上手く持てずに、結局食べ終わるのに随分時間がかかってしまった。
「おはよう...」
「おはよう。ご飯できてるよ」
「...ごめん」
「どうして謝るの?」
「本当なら、僕が早く起きられれば、それで...」
寝起きだからなのか、いつも以上に声が落ちこんでいるように聞こえる。
「無理をしてほしくない。木葉が側にいてくれれば大丈夫だから」
「...それなら、今日からしばらく夕飯は僕がひとりで作ってもいい?」
「それはありがたいけど、本当にいいの?」
「お昼ご飯を作るのは無理でも、夕飯や夜食ならできるよ」
気を遣わせたくないとは思っているけれど、手伝ってもらうしかないのが現状だ。
「ありがとう。それならお願いします」
「了解です」
ふたりでそんなことを話しながら笑いあう。
怪我をしようが寝込もうがずっと独りだった。
...木葉に出会う前は、いつだってどんな痛みにも独りで耐えるしかなかったのだ。
だからこそ、今のこの状況がどれだけありがたいことか身に染みて分かる。
いつでも助けてくれる人が側にいるとは限らないのだから、本当にありがたい。
「木葉、申し訳ないんだけど、」
「飲み物、何がいい?」
「...紅茶」
「すぐ用意するね」
以心伝心のような感覚に胸が熱くなる。
こんなふうに気遣ってくれる人がいるのだから、次はここまで酷い怪我を負わないように注意しなければならないと内心猛省した。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
久しぶりの平穏にほっとしながら、黙々とスクランブルエッグを食べている木葉の横顔を見つめる。
今の私にできることは少ないのだろうけれど、なんとか力になれることを探していきたい。
「食器は片づけておくから気にしないで」
「ごめんね」
「謝らないで。...頬の傷、また深くなっちゃったんだったね」
伸ばされようとしていた手が宙を舞う。
私はその手を両手で包みこむ。
(すごく冷たい...)
水仕事をしてくれているのだから当然ではあるけれど、やっぱり申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「僕はごめんよりもありがとうって言ってもらえた方が嬉しいな」
「木葉...」
目頭が熱くなるのを堪えながら、せいいっぱいの笑顔でありがとうと一言告げる。
それだけで彼を笑顔にできるなら、沢山この気持ちを伝えよう。
早くも沈みはじめた夕陽にそう誓ったのだった。
「...っ!」
少し体勢を変えただけで痛む体を動かして、フライパンを握る。
本当はこんなことをしてはいけないのかもしれないけれど、木葉を起こして迷惑をかけたくなかった。
(結構痛い...打ったからかな)
飛び降りたとき、自分がどんなふうに着地したのかなんて全く覚えていない。
幸い骨は砕けていないという話だったけれど、それでも家の中で杖が必要になるような状態だった。
「...いただきます」
それから、強く打ちつけてしまったのか腕にも多少の痛みがはしる。
箸さえ上手く持てずに、結局食べ終わるのに随分時間がかかってしまった。
「おはよう...」
「おはよう。ご飯できてるよ」
「...ごめん」
「どうして謝るの?」
「本当なら、僕が早く起きられれば、それで...」
寝起きだからなのか、いつも以上に声が落ちこんでいるように聞こえる。
「無理をしてほしくない。木葉が側にいてくれれば大丈夫だから」
「...それなら、今日からしばらく夕飯は僕がひとりで作ってもいい?」
「それはありがたいけど、本当にいいの?」
「お昼ご飯を作るのは無理でも、夕飯や夜食ならできるよ」
気を遣わせたくないとは思っているけれど、手伝ってもらうしかないのが現状だ。
「ありがとう。それならお願いします」
「了解です」
ふたりでそんなことを話しながら笑いあう。
怪我をしようが寝込もうがずっと独りだった。
...木葉に出会う前は、いつだってどんな痛みにも独りで耐えるしかなかったのだ。
だからこそ、今のこの状況がどれだけありがたいことか身に染みて分かる。
いつでも助けてくれる人が側にいるとは限らないのだから、本当にありがたい。
「木葉、申し訳ないんだけど、」
「飲み物、何がいい?」
「...紅茶」
「すぐ用意するね」
以心伝心のような感覚に胸が熱くなる。
こんなふうに気遣ってくれる人がいるのだから、次はここまで酷い怪我を負わないように注意しなければならないと内心猛省した。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
久しぶりの平穏にほっとしながら、黙々とスクランブルエッグを食べている木葉の横顔を見つめる。
今の私にできることは少ないのだろうけれど、なんとか力になれることを探していきたい。
「食器は片づけておくから気にしないで」
「ごめんね」
「謝らないで。...頬の傷、また深くなっちゃったんだったね」
伸ばされようとしていた手が宙を舞う。
私はその手を両手で包みこむ。
(すごく冷たい...)
水仕事をしてくれているのだから当然ではあるけれど、やっぱり申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「僕はごめんよりもありがとうって言ってもらえた方が嬉しいな」
「木葉...」
目頭が熱くなるのを堪えながら、せいいっぱいの笑顔でありがとうと一言告げる。
それだけで彼を笑顔にできるなら、沢山この気持ちを伝えよう。
早くも沈みはじめた夕陽にそう誓ったのだった。
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