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追暮篇(おいぐらしへん)
廻り合わせ
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「...木葉」
「もう、抑えられそうにない...」
目の前の白い首筋に思い切り牙を突き立てる。
「ん...!」
ふたりきり、通された部屋で僕は衝動を抑えられずに七海を噛んでしまった。
「ごめん。痛い、よね...」
甘くて美味しいと満たされるのが半分、こうしないといられない罪悪感が半分...。
欲望を抑えて体を離そうとすると、背中にゆっくり手がまわされる。
「私は大丈夫だから、もっと深く噛んでも大丈夫だよ」
「そんなこと、簡単に言わないで...」
できるだけ痕を残さないように気をつけながら、もう1箇所だけやんわりと食む。
「ごめんね。ありがとう」
「私、木葉になら噛まれても嫌じゃないよ。だから...」
「もう我慢してないから心配しないで」
そっと頭を撫でていると、その身体からふっと力が抜ける。
すやすやと眠る七海を布団に寝かせ、僕は部屋を抜け出した。
「美桜さん、お待たせ」
「...そんなに待ってない」
真夜中、ふたりで向き合う。
七海が寝静まってから話をしたいと、美桜さんにこそっと耳打ちされたのはつい先程。
「...ありがとう」
「何の話?」
「引っ越しのことも、七海のことも...何もかも」
「荷物を運んでくれたのは明日ここまで来てくれる人だし、僕は特に何かすごいことをした訳じゃないよ」
美桜さんは首を傾げながら、僕に淹れたてのお茶を渡してくれる。
「すごいことをしないと、お礼を受け取ってはいけないの?」
「そういうわけではないと思うけど...」
どう答えるべきか分からず、そのまま固まってしまう。
無垢な神様は優しく微笑みながらそんな僕の頭をゆっくり撫でた。
「ここともお別れかと思うと、少し寂しい」
「木材を再利用する部分もあるって言ってたから、全部がなかったことにはならないよ。
それに...全部ここに残ってるでしょ?」
とんとんと胸のあたりをたたいてみせると、彼女はほっとしたようにそうだねと呟いた。
その時、奥の部屋の扉が開かれる。
「ふたりとも起きてたの?」
「私は寝なくても平気だから」
「僕は夜型だから」
「...なんだか私だけ仲間はずれみたい」
子どもみたいに頬をふくらませる七海が可愛くて、つい抱きしめてしまう。
「ごめんね。ラッシュさんが来たら起こそうと思ってたんだけど...」
「...ラッシュ?」
美桜さんがその名前に反応するとは思わず、ふたりで顔を見あわせる。
「美桜さん、ラッシュさんと知り合いなの?」
「間違っていなければ...」
そのとき、かたんと表の扉の音がする。
そこには、今のうちに美桜さんごと僕たちを乗せていってくれる予定だったラッシュさんの姿があった。
「待たせたな。荷物は運び終わったし、そろそろ...」
「久しぶり」
「...おまえ」
先に渡しておいてほしいと言われたハンカチを握りしめ、美桜さんはラッシュさんに語りかけるように告げた。
「アイリーンのミシン、まだ持ってるんだね」
「まあな」
「あの、ふたりは一体どういう関係...」
呆然と立ち尽くす七海の代わりに尋ねてみることにする。
踏みこんではいけなかったのかもしれないが、ヴァンパイアと人柱の神様が知り合いなんて珍しい組み合わせでどうやって出会ったのかさえ想像がつかない。
「つまらない話でよければ車の中で聞かせてやるよ。...まあ、話したくないこともあるだろうしな」
ラッシュさんはどこか気まずそうに告げ、そのまま車に乗るように促される。
空で輝いていた月は雲に隠れ、姿をくらましてしまっていた。
「もう、抑えられそうにない...」
目の前の白い首筋に思い切り牙を突き立てる。
「ん...!」
ふたりきり、通された部屋で僕は衝動を抑えられずに七海を噛んでしまった。
「ごめん。痛い、よね...」
甘くて美味しいと満たされるのが半分、こうしないといられない罪悪感が半分...。
欲望を抑えて体を離そうとすると、背中にゆっくり手がまわされる。
「私は大丈夫だから、もっと深く噛んでも大丈夫だよ」
「そんなこと、簡単に言わないで...」
できるだけ痕を残さないように気をつけながら、もう1箇所だけやんわりと食む。
「ごめんね。ありがとう」
「私、木葉になら噛まれても嫌じゃないよ。だから...」
「もう我慢してないから心配しないで」
そっと頭を撫でていると、その身体からふっと力が抜ける。
すやすやと眠る七海を布団に寝かせ、僕は部屋を抜け出した。
「美桜さん、お待たせ」
「...そんなに待ってない」
真夜中、ふたりで向き合う。
七海が寝静まってから話をしたいと、美桜さんにこそっと耳打ちされたのはつい先程。
「...ありがとう」
「何の話?」
「引っ越しのことも、七海のことも...何もかも」
「荷物を運んでくれたのは明日ここまで来てくれる人だし、僕は特に何かすごいことをした訳じゃないよ」
美桜さんは首を傾げながら、僕に淹れたてのお茶を渡してくれる。
「すごいことをしないと、お礼を受け取ってはいけないの?」
「そういうわけではないと思うけど...」
どう答えるべきか分からず、そのまま固まってしまう。
無垢な神様は優しく微笑みながらそんな僕の頭をゆっくり撫でた。
「ここともお別れかと思うと、少し寂しい」
「木材を再利用する部分もあるって言ってたから、全部がなかったことにはならないよ。
それに...全部ここに残ってるでしょ?」
とんとんと胸のあたりをたたいてみせると、彼女はほっとしたようにそうだねと呟いた。
その時、奥の部屋の扉が開かれる。
「ふたりとも起きてたの?」
「私は寝なくても平気だから」
「僕は夜型だから」
「...なんだか私だけ仲間はずれみたい」
子どもみたいに頬をふくらませる七海が可愛くて、つい抱きしめてしまう。
「ごめんね。ラッシュさんが来たら起こそうと思ってたんだけど...」
「...ラッシュ?」
美桜さんがその名前に反応するとは思わず、ふたりで顔を見あわせる。
「美桜さん、ラッシュさんと知り合いなの?」
「間違っていなければ...」
そのとき、かたんと表の扉の音がする。
そこには、今のうちに美桜さんごと僕たちを乗せていってくれる予定だったラッシュさんの姿があった。
「待たせたな。荷物は運び終わったし、そろそろ...」
「久しぶり」
「...おまえ」
先に渡しておいてほしいと言われたハンカチを握りしめ、美桜さんはラッシュさんに語りかけるように告げた。
「アイリーンのミシン、まだ持ってるんだね」
「まあな」
「あの、ふたりは一体どういう関係...」
呆然と立ち尽くす七海の代わりに尋ねてみることにする。
踏みこんではいけなかったのかもしれないが、ヴァンパイアと人柱の神様が知り合いなんて珍しい組み合わせでどうやって出会ったのかさえ想像がつかない。
「つまらない話でよければ車の中で聞かせてやるよ。...まあ、話したくないこともあるだろうしな」
ラッシュさんはどこか気まずそうに告げ、そのまま車に乗るように促される。
空で輝いていた月は雲に隠れ、姿をくらましてしまっていた。
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