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追暮篇(おいぐらしへん)
退院祝い
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「シェリ、退院おめでとう」
「あ、ありがと...」
病院に漸く到着した頃には、空が紺碧色に染まっていた。
まだ車椅子ではあるものの、前回よりも傷がよくなっているような気がする。
「これ、お見舞いに持ってきたの。...よかったら食べて」
「お花綺麗...。それから、甘い、におい...お菓子?」
「うん。巷で美味しいって評判の焼き菓子セットなんだ。
これならお屋敷の人たちとも食べられるよね」
「それ、ど、して、」
「木葉に教えてもらったんだ」
『シェリがどんな場所で暮らしているのか、アレルギーがある人はいないのか教えてほしい。
どんな形でも、シェリにとっては家族みたいなものだから』...流石にこの言葉に答えないわけにはいかなかった。
それから花束とお菓子を選んだ結果、この時間になったのだ。
「まだ来てないなんて珍しいね」
「け、ケイト、様は...お忙し、ので」
「いつも間に合わせる人なんだけど、今夜はどうしたんだろう。...ちょっと連絡してみるね」
何かあったのかとメッセージを送ると、光のような速さで返信がきた。
《渋滞にやられました。しばらく一緒にいてあげて》...僕は思わずため息を吐く。
「リハビリ、頑張ってるんだね」
「早く、治して...みんなと、働き、た、から」
「私だったら心が折れちゃってるかもしれない。本当に尊敬する」
ふたりのほんわかとした会話を聞きながら、突然やってきた渇きに足元がふらつく。
「木葉、大丈夫?」
「ごめん、もうちょっとで転ぶところだったよ。...シェリ、あの人渋滞に巻きこまれたみたいで遅れてるみたい」
「そうな、ですね...安、心...」
いつも来てくれる人が来ないということは、漸く心の安寧の場所を手に入れたシェリにとっては地獄のようなものだろう。
きっと僕では想像できないほどの不安を抱えているはずだ。
「...ねえ、トランプなら持ってるんだけど何かしない?」
「シェリが嫌じゃなければ一緒にやろう」
「...やりたい」
「それじゃあ決まり。何がいいかな...」
どのくらいそうして遊んだだろう。
シェリは少しだけ眠そうだ。
「シェリ、寝てても大丈夫だよ。私たちが側にいるから」
「あり、がと...」
七海が然り気無く告げた言葉が心に残る。
『私たち』...シェリが眠ったのを確認して、そのまま後ろから七海を抱きしめた。
「木葉、」
「大きい声を出したら、シェリを起こしちゃうよ...?」
わざと耳に吐息がかかるようにしながら話し掛けると、七海は頬を赤らめたまま黙ってしまった。
少しからかいすぎたか心配になっていると、後ろの扉が開く音がする。
視線だけそちらへ向けると、そこにはにこやかな笑顔を浮かべて申し訳なさそうにする女性の姿があった。
「ごめんなさい、すっかり遅くなってしまったわ」
「あ、ありがと...」
病院に漸く到着した頃には、空が紺碧色に染まっていた。
まだ車椅子ではあるものの、前回よりも傷がよくなっているような気がする。
「これ、お見舞いに持ってきたの。...よかったら食べて」
「お花綺麗...。それから、甘い、におい...お菓子?」
「うん。巷で美味しいって評判の焼き菓子セットなんだ。
これならお屋敷の人たちとも食べられるよね」
「それ、ど、して、」
「木葉に教えてもらったんだ」
『シェリがどんな場所で暮らしているのか、アレルギーがある人はいないのか教えてほしい。
どんな形でも、シェリにとっては家族みたいなものだから』...流石にこの言葉に答えないわけにはいかなかった。
それから花束とお菓子を選んだ結果、この時間になったのだ。
「まだ来てないなんて珍しいね」
「け、ケイト、様は...お忙し、ので」
「いつも間に合わせる人なんだけど、今夜はどうしたんだろう。...ちょっと連絡してみるね」
何かあったのかとメッセージを送ると、光のような速さで返信がきた。
《渋滞にやられました。しばらく一緒にいてあげて》...僕は思わずため息を吐く。
「リハビリ、頑張ってるんだね」
「早く、治して...みんなと、働き、た、から」
「私だったら心が折れちゃってるかもしれない。本当に尊敬する」
ふたりのほんわかとした会話を聞きながら、突然やってきた渇きに足元がふらつく。
「木葉、大丈夫?」
「ごめん、もうちょっとで転ぶところだったよ。...シェリ、あの人渋滞に巻きこまれたみたいで遅れてるみたい」
「そうな、ですね...安、心...」
いつも来てくれる人が来ないということは、漸く心の安寧の場所を手に入れたシェリにとっては地獄のようなものだろう。
きっと僕では想像できないほどの不安を抱えているはずだ。
「...ねえ、トランプなら持ってるんだけど何かしない?」
「シェリが嫌じゃなければ一緒にやろう」
「...やりたい」
「それじゃあ決まり。何がいいかな...」
どのくらいそうして遊んだだろう。
シェリは少しだけ眠そうだ。
「シェリ、寝てても大丈夫だよ。私たちが側にいるから」
「あり、がと...」
七海が然り気無く告げた言葉が心に残る。
『私たち』...シェリが眠ったのを確認して、そのまま後ろから七海を抱きしめた。
「木葉、」
「大きい声を出したら、シェリを起こしちゃうよ...?」
わざと耳に吐息がかかるようにしながら話し掛けると、七海は頬を赤らめたまま黙ってしまった。
少しからかいすぎたか心配になっていると、後ろの扉が開く音がする。
視線だけそちらへ向けると、そこにはにこやかな笑顔を浮かべて申し訳なさそうにする女性の姿があった。
「ごめんなさい、すっかり遅くなってしまったわ」
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