110 / 258
隠暮篇(かくれぐらしへん)
御守りの力
しおりを挟む
「...っ」
「ごめん、滲みるよね」
七海の傷はまだ深いまま、なかなか塞がることがない。
薬を塗ったりガーゼを替える度、やっぱり申し訳なく感じる。
「ちょっとだけ出掛けてくるね。...誰か来ても絶対に出ないように」
「分かった。いってらっしゃい」
知り合いなら合鍵を持っている。
それなら、中から開けなくても入ってこられるはずだ。
やはりあの視線を七海も感じ取っていたらしいので、もしものときのことを考えてしばらくは買い物も控えてほしいとお願いした。
それに、ただでさえ僕のせいで無理をさせているのだ。
...体があまり強い方ではない七海にはあまり外に出てほしくない。
「ノワール、もし何かあったらすぐに知らせに来て。申し訳ないけどよろしくね」
ばさっと羽音がして、それが肯定の意味だとすぐに理解した。
「こんにちは...」
「おう、来たか。クレールを少し多めに仕入れておいた。それで...大丈夫なのか?」
七海は大丈夫なのかという意味も、きっと僕が眠そうだから大丈夫なのかという意味も含めての言葉なのだろう。
「ちょっと眠いけど大丈夫だよ。七海も元気そうだから、きっと大丈夫」
「それならよかった。疲れきってるんじゃないかと思ったけど、もしよかったらまた今度遊びにきてくれ」
「手伝いならお手柔らかに...」
そのとき、また鋭い視線を感じた。
「...木葉?」
「ラッシュさん、この前からずっと変な視線を感じるんだけど...誰かから恨まれてる?」
冗談半分本気半分でそんなことを訊いてみる。
すると、みるみるうちにラッシュさんの表情が曇っていく。
「それは多分、俺に対してじゃないな。...俺の責任ではあるが、人間ってやつは色々だな」
「どういうこと?」
「恐らくだが、あの視線は...」
その話を聞き終わった瞬間、いてもたってもいられなくなって七海のところへひたすら走る。
どうして気づけなかったのだろう。
いつも視線を感じるときは近くに彼女がいたのに、すぐに狙いを見抜けなかったのか...後悔ばかりが募っていく。
そのとき、目の前で鉄骨がばらばらと崩れていくのが目に入る。
その下では、ふたりの子どもが無邪気に遊んでいた。
「危ない!」
咄嗟にふたりを突き飛ばしてなんとか助ける。
よかった、ぎりぎり間に合った。
安心しきった僕は、そこで気を抜いてしまったのだ。
「お兄さん!」
ふたりは必死にてを伸ばしてくれたけれど、多分間に合わない。
もう駄目かもしれない...そう思った瞬間、左手首が光を放つ。
それは、昨日結んだばかりの七海からの贈り物だった。
「あれ、僕...」
どうやらかすり傷程度ですんだらしい。
周りの喧騒に、子どもたちの保護者の声、そして鉄骨を束ねていた業者からの謝罪...様々な声が遠くに聞こえるほどの疑問を持った。
...あの瞬間、どうして僕の体は宙に浮いたまま少しだけ前に進んだんだろうかと。
映画のように突き飛ばした勢いで転んだままの体勢で、しかも短時間での移動なんてどう頑張っても僕にはできない。
周りに大丈夫だからと伝えて、そのまま帰路につく。
──紐がちぎれたミサンガを、無意識のうちに左手で握りしめたまま。
「ごめん、滲みるよね」
七海の傷はまだ深いまま、なかなか塞がることがない。
薬を塗ったりガーゼを替える度、やっぱり申し訳なく感じる。
「ちょっとだけ出掛けてくるね。...誰か来ても絶対に出ないように」
「分かった。いってらっしゃい」
知り合いなら合鍵を持っている。
それなら、中から開けなくても入ってこられるはずだ。
やはりあの視線を七海も感じ取っていたらしいので、もしものときのことを考えてしばらくは買い物も控えてほしいとお願いした。
それに、ただでさえ僕のせいで無理をさせているのだ。
...体があまり強い方ではない七海にはあまり外に出てほしくない。
「ノワール、もし何かあったらすぐに知らせに来て。申し訳ないけどよろしくね」
ばさっと羽音がして、それが肯定の意味だとすぐに理解した。
「こんにちは...」
「おう、来たか。クレールを少し多めに仕入れておいた。それで...大丈夫なのか?」
七海は大丈夫なのかという意味も、きっと僕が眠そうだから大丈夫なのかという意味も含めての言葉なのだろう。
「ちょっと眠いけど大丈夫だよ。七海も元気そうだから、きっと大丈夫」
「それならよかった。疲れきってるんじゃないかと思ったけど、もしよかったらまた今度遊びにきてくれ」
「手伝いならお手柔らかに...」
そのとき、また鋭い視線を感じた。
「...木葉?」
「ラッシュさん、この前からずっと変な視線を感じるんだけど...誰かから恨まれてる?」
冗談半分本気半分でそんなことを訊いてみる。
すると、みるみるうちにラッシュさんの表情が曇っていく。
「それは多分、俺に対してじゃないな。...俺の責任ではあるが、人間ってやつは色々だな」
「どういうこと?」
「恐らくだが、あの視線は...」
その話を聞き終わった瞬間、いてもたってもいられなくなって七海のところへひたすら走る。
どうして気づけなかったのだろう。
いつも視線を感じるときは近くに彼女がいたのに、すぐに狙いを見抜けなかったのか...後悔ばかりが募っていく。
そのとき、目の前で鉄骨がばらばらと崩れていくのが目に入る。
その下では、ふたりの子どもが無邪気に遊んでいた。
「危ない!」
咄嗟にふたりを突き飛ばしてなんとか助ける。
よかった、ぎりぎり間に合った。
安心しきった僕は、そこで気を抜いてしまったのだ。
「お兄さん!」
ふたりは必死にてを伸ばしてくれたけれど、多分間に合わない。
もう駄目かもしれない...そう思った瞬間、左手首が光を放つ。
それは、昨日結んだばかりの七海からの贈り物だった。
「あれ、僕...」
どうやらかすり傷程度ですんだらしい。
周りの喧騒に、子どもたちの保護者の声、そして鉄骨を束ねていた業者からの謝罪...様々な声が遠くに聞こえるほどの疑問を持った。
...あの瞬間、どうして僕の体は宙に浮いたまま少しだけ前に進んだんだろうかと。
映画のように突き飛ばした勢いで転んだままの体勢で、しかも短時間での移動なんてどう頑張っても僕にはできない。
周りに大丈夫だからと伝えて、そのまま帰路につく。
──紐がちぎれたミサンガを、無意識のうちに左手で握りしめたまま。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説


侍女から第2夫人、そして……
しゃーりん
恋愛
公爵家の2歳のお嬢様の侍女をしているルイーズは、酔って夢だと思い込んでお嬢様の父親であるガレントと関係を持ってしまう。
翌朝、現実だったと知った2人は親たちの話し合いの結果、ガレントの第2夫人になることに決まった。
ガレントの正妻セルフィが病弱でもう子供を望めないからだった。
一日で侍女から第2夫人になってしまったルイーズ。
正妻セルフィからは、娘を義母として可愛がり、夫を好きになってほしいと頼まれる。
セルフィの残り時間は少なく、ルイーズがやがて正妻になるというお話です。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?
せいめ
恋愛
政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。
喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。
そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。
その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。
閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。
でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。
家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。
その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。
まずは亡くなったはずの旦那様との話から。
ご都合主義です。
設定は緩いです。
誤字脱字申し訳ありません。
主人公の名前を途中から間違えていました。
アメリアです。すみません。
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
廃妃の再婚
束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの
父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。
ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。
それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。
身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。
あの時助けた青年は、国王になっていたのである。
「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは
結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。
帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。
カトルはイルサナを寵愛しはじめる。
王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。
ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。
引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。
ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。
だがユリシアスは何かを隠しているようだ。
それはカトルの抱える、真実だった──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる