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隠暮篇(かくれぐらしへん)
近くて遠い道のり
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雲のおかげで日差しがそこまで強くない間に、僕たちは急ぎ足で家を出る。
「シェリは蜜柑が好きなんだ」
「そうなの?なら、持っていくのは蜜柑がいいかな...」
七海が何を隠しているのかなんて分からない。
だが、それが僕を気遣ってのことだということはよく理解しているつもりだ。
ただ...それを寂しいと思ってしまうのは、いけないことだろうか。
「木葉、そろそろ行こう」
「そうだね」
果物屋での買い物を済ませ、そのままバス停へと向かう。
バスが来るまでそんなに時間がないわけでもないのに、無性に手を繋ぎたくなった。
「こうしててもいい?」
「それはありがたいけど、蜜柑重くない?」
「これくらいなら軽々持てるよ」
片手で持ち上げてみせると、七海は楽しそうに笑っていた。
そのまま空いていた方の手を取りバスを待つ。
「ちょっと早く出てきすぎちゃったかもしれないね」
「遅いよりはいいんじゃないかな...?」
しばらく話していると病院行きのバスがやってくる。
乗り間違えれば1時間待ちという難所だが、どうやら大丈夫だったらしい。
ひと安心しつつ15分ほどで辿り着いたその場所は、見た目は最早マンションのようだった。
「間違えてない、よね?」
「ラッシュさんの住所によるとここらしいんだけど...」
入ってみるまで分からないという恐怖はあったものの、ふたりで顔を見あわせそのまま受付で訊いてみる。
「すみません、ここの普通病棟501号室にシェリという女の子が入院しているはずなんですけど、」
「面会の方ですね。どの棟か分かりますか?」
「えっと、南棟です」
「それでしたらあちら側のエレベーターから行くことができます」
「ありがとうございます」
病棟は4つだと聞いていたのに、まさか6つもあるとは思わなかった。
迷うこと数分、ようやく病室に辿り着く。
「ごめん、もっとちゃんと調べておくべきだったね」
「ううん。でも、こんなに広いと患者さんでも迷子になっちゃいそうだね...」
その言葉に頷いてから扉を2回ノックする。
車椅子の相手にわざわざ出てきてもらうわけにはいかないので、そのまま中に入った。
「シェリ」
「え、あ、ふたりとも...?」
前回会ったときよりは元気そうだったものの、やはり傷が癒えるまでには時間がかかるらしい。
今は魔族とはいえ、元々は人間なのだから治りは人間に近い...昔母が話していたのを思い出す。
「こんにちは。今日はお見舞いに来たの」
「あ、ありがとう...」
結局ここに辿り着くまでに時間がかかってしまい、時計は3時を示していた。
「丁度おやつどきだし、よかったら一緒に食べよう」
「み、蜜柑...。ありがとう、ございます」
相変わらず僕相手には敬語が外れないことに少し寂しさを感じつつ、楽しそうに話すふたりを後ろからそっと見守ることにした。
「どうかな?できるだけ酸っぱくなさそうなものを選んだつもりだったんだけど...」
「甘い、美味しい」
「喜んでもらえてよかった。他に欲しいものはない?」
「えと、その...」
「シェリ、こういうときは正直に話していいんだよ。
それからこれ、ラッシュさんに届けてくれって頼まれたから」
本やぬいぐるみ、それにクレールが入っている小瓶を渡す。
「飲めば多少は傷の痛みを和らげるくらいはできるだろうって」
「ありがとう、ございます」
会話に加わり和やかな雰囲気に包まれているのを感じていると、背後の空気が一気に変わった。
...間違えるはずがない。この気配は絶対にそうだ。
「私も交ぜてもらって構わないかしら?」
──そこには母がにこやかな笑みを浮かべて立っていた。
「シェリは蜜柑が好きなんだ」
「そうなの?なら、持っていくのは蜜柑がいいかな...」
七海が何を隠しているのかなんて分からない。
だが、それが僕を気遣ってのことだということはよく理解しているつもりだ。
ただ...それを寂しいと思ってしまうのは、いけないことだろうか。
「木葉、そろそろ行こう」
「そうだね」
果物屋での買い物を済ませ、そのままバス停へと向かう。
バスが来るまでそんなに時間がないわけでもないのに、無性に手を繋ぎたくなった。
「こうしててもいい?」
「それはありがたいけど、蜜柑重くない?」
「これくらいなら軽々持てるよ」
片手で持ち上げてみせると、七海は楽しそうに笑っていた。
そのまま空いていた方の手を取りバスを待つ。
「ちょっと早く出てきすぎちゃったかもしれないね」
「遅いよりはいいんじゃないかな...?」
しばらく話していると病院行きのバスがやってくる。
乗り間違えれば1時間待ちという難所だが、どうやら大丈夫だったらしい。
ひと安心しつつ15分ほどで辿り着いたその場所は、見た目は最早マンションのようだった。
「間違えてない、よね?」
「ラッシュさんの住所によるとここらしいんだけど...」
入ってみるまで分からないという恐怖はあったものの、ふたりで顔を見あわせそのまま受付で訊いてみる。
「すみません、ここの普通病棟501号室にシェリという女の子が入院しているはずなんですけど、」
「面会の方ですね。どの棟か分かりますか?」
「えっと、南棟です」
「それでしたらあちら側のエレベーターから行くことができます」
「ありがとうございます」
病棟は4つだと聞いていたのに、まさか6つもあるとは思わなかった。
迷うこと数分、ようやく病室に辿り着く。
「ごめん、もっとちゃんと調べておくべきだったね」
「ううん。でも、こんなに広いと患者さんでも迷子になっちゃいそうだね...」
その言葉に頷いてから扉を2回ノックする。
車椅子の相手にわざわざ出てきてもらうわけにはいかないので、そのまま中に入った。
「シェリ」
「え、あ、ふたりとも...?」
前回会ったときよりは元気そうだったものの、やはり傷が癒えるまでには時間がかかるらしい。
今は魔族とはいえ、元々は人間なのだから治りは人間に近い...昔母が話していたのを思い出す。
「こんにちは。今日はお見舞いに来たの」
「あ、ありがとう...」
結局ここに辿り着くまでに時間がかかってしまい、時計は3時を示していた。
「丁度おやつどきだし、よかったら一緒に食べよう」
「み、蜜柑...。ありがとう、ございます」
相変わらず僕相手には敬語が外れないことに少し寂しさを感じつつ、楽しそうに話すふたりを後ろからそっと見守ることにした。
「どうかな?できるだけ酸っぱくなさそうなものを選んだつもりだったんだけど...」
「甘い、美味しい」
「喜んでもらえてよかった。他に欲しいものはない?」
「えと、その...」
「シェリ、こういうときは正直に話していいんだよ。
それからこれ、ラッシュさんに届けてくれって頼まれたから」
本やぬいぐるみ、それにクレールが入っている小瓶を渡す。
「飲めば多少は傷の痛みを和らげるくらいはできるだろうって」
「ありがとう、ございます」
会話に加わり和やかな雰囲気に包まれているのを感じていると、背後の空気が一気に変わった。
...間違えるはずがない。この気配は絶対にそうだ。
「私も交ぜてもらって構わないかしら?」
──そこには母がにこやかな笑みを浮かべて立っていた。
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