ハーフ&ハーフ

黒蝶

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隠暮篇(かくれぐらしへん)

離さない

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「最近眠れてなかったの?」
「...ごめん。実はずっと起きてた」
夕飯を作りながら、強引にソファーに横にならせた七海と話をする。
...自分が作ると無理をしようとしたのを止めるのに苦労した。
「眠れないなら言ってくれればよかったのに...」
「どうせ起きているなら、その時間を有効に使おうって思ったんだ。
でも結局、それが裏目に出ちゃった」
環境が変わったストレスもあるからだろう、少なくとも僕はそう思っている。
いつもと違う生活リズムに、自分の物がほぼないという状態。
それに、誰かに狙われているかもしれない恐怖だってあるはずだ。
「僕は活動時間がほぼ夜になるから、もし寝つけなかったらいつでも部屋に来て」
煩くして睡眠を阻害してはいけないからと思っていたが、夜に目が冴えてしまうのならふたりでいたい。
それに、今夜だけは離したくないと思ってしまった。
もしまた無理をして、あんなふうに倒れてしまったら...そう思うと不安で仕方がないのだ。
「今日はご飯とお風呂を済ませたら一緒に寝よう」
「でも、それじゃあ木葉の迷惑になるんじゃ、」
「恋人が部屋を訪ねてくるのを迷惑だなんて思わないよ。
...それに、僕は七海が近くにいてくれた方が嬉しいな」
「ありがとう。それじゃあ今夜はお邪魔させてもらおうかな」
できあがったご飯を一緒に食べながら、そんな平凡な話をする。
時の流れは穏やかで、ずっとそのままでいたいほど心地よかった。
「後片づけは僕がするから、そのままお風呂に入ってきて」
「いいの?」
「勿論。ゆっくりしてきてね」
「ありがとう」
七海の笑顔を見る度に鼓動が高鳴るのを感じる。
...それと同時に、沸きあがってはいけない衝動も高まってきた。
「...っ、はあ」
なんとか食器を洗い終わるのとほぼ同時に限界を感じた。
クレールが入った小瓶を乱暴に取り出し、そのまま部屋に籠る。
こんなときでさえ渇きを感じてしまうことに罪悪感でいっぱいだ。
体調が万全ではない七海から血液をもらうわけにはいかない。
だからといってクレールなしでは限界だった。
「...どうするのが1番いいんだろう」
そんな呟きは真っ暗な夜空に吸いこまれ、そのまま消えていく。
少しだけ嫌なことを思い出しながら、七海がやってくるのを待った。
「木葉、お風呂上がったよ」
「呼びにきてくれてありがとう」
「この部屋で待っててもいい?」
「え、あ、うん!どうぞ」
クレールの瓶を上手く隠し、その場を離れる。
飲むところを見せて気を遣わせてしまうのが嫌だった。
これはなんとか成功させるしかない...そう思っていたが、予想よりも隠すのは簡単だったらしい。
やはり穏やかな生活を送りたいと祈りながら、まだ中身が残っている手の中の小瓶を見つめた。
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