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隠暮篇(かくれぐらしへん)
代用品
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木葉の瞳は不安げに揺れていたけれど、やがて冷蔵庫の中から何かを持ってきた。
(あの小瓶は...)
それは冷蔵庫の中に大量にあったもので、絶対に触らないでほしいと言われていた小瓶だった。
ヴァンパイアとのハーフとはいえ、どうして毎日血液を吸わなくても平気なのか疑問に思っていたけれど、何となく理解できたような気がする。
じっと見つめていると、木葉は笑ってそれを飲み干した。
「何が入っているの...?」
「これはクレール。フランス語で透明っていう意味があるらしいんだけど、名前どおり硝子みたいな花が原料なんだって。
血液の代わりになるもので、喉を潤す為には必要不可欠なんだ」
その言葉を聞いてそういうことだったのかと納得した。
私と出会う前は誰のことも噛んだことがなかったと話していた木葉がどうやって生きてきたのか、どれだけの時間を欲求と戦ってきたのか...考えただけで胸が苦しくなる。
「そのクレールはどこから仕入れているの?」
「仕入れているというより、毎月決まった日にラッシュさんが持ってきてくれるんだ。
...純血種の場合は僕よりも暴走状態にならないように気をつけないといけないから」
ラッシュさんは自分の大切な人がいつか生まれ変わってもう1度会えると信じている。
そんな人が人間を無差別に噛めるはずがない。
何かに怯えているような目をしている木葉の手をそっと握って、残っていた1滴だけ飲んでみた。
「七海、何を、」
「...ちょっと甘いんだね」
「もし何かあったらどうするの?」
「瓶の下の方に、『人体に影響はありません』って書いてあったから」
そこにはフランス語ではっきりと記されていて、思いきって飲んでみたのだ。
「それ、フランス語だったんだ...」
「もしかして、これがどういう意味なのか分からなかったから私には絶対触らないでって言ってくれてたの?」
木葉は首を縦にふると、小さな声で訊いてきた。
「僕のこと、嫌いにならないの?」
「ならないよ。...やっぱりそんなことを考えてたんだね」
繊細な彼のことだ、私がどう思うかずっと不安だったのだろう。
そこまでして会いにきてくれているのだと思うと、どんどん嬉しさがこみあげてくる。
「だって、どうしても僕は普通の人間にはなれないから...」
「前にも言ったでしょ、私は中津木葉が好きなんだって。
たとえどんな姿であったとしても、私は木葉が好き」
瞬間、ぎゅっと抱きしめられる。
あまりに突然のことで体のバランスを崩してしまうけれど、寸でのところでふたりしてソファーに倒れこんだ。
「七海、ありがとう。愛してる」
「私も負けないくらい、木葉が好きだよ」
優しいキスが降ってきたそのとき、私はある疑問を抱く。
「木葉、ひとつだけ教えて」
「どうしたの?」
「デートの時、自分のことを傷つけて抑えていたときはあったけど...クレールを飲んで抑えたら駄目だったの?」
(あの小瓶は...)
それは冷蔵庫の中に大量にあったもので、絶対に触らないでほしいと言われていた小瓶だった。
ヴァンパイアとのハーフとはいえ、どうして毎日血液を吸わなくても平気なのか疑問に思っていたけれど、何となく理解できたような気がする。
じっと見つめていると、木葉は笑ってそれを飲み干した。
「何が入っているの...?」
「これはクレール。フランス語で透明っていう意味があるらしいんだけど、名前どおり硝子みたいな花が原料なんだって。
血液の代わりになるもので、喉を潤す為には必要不可欠なんだ」
その言葉を聞いてそういうことだったのかと納得した。
私と出会う前は誰のことも噛んだことがなかったと話していた木葉がどうやって生きてきたのか、どれだけの時間を欲求と戦ってきたのか...考えただけで胸が苦しくなる。
「そのクレールはどこから仕入れているの?」
「仕入れているというより、毎月決まった日にラッシュさんが持ってきてくれるんだ。
...純血種の場合は僕よりも暴走状態にならないように気をつけないといけないから」
ラッシュさんは自分の大切な人がいつか生まれ変わってもう1度会えると信じている。
そんな人が人間を無差別に噛めるはずがない。
何かに怯えているような目をしている木葉の手をそっと握って、残っていた1滴だけ飲んでみた。
「七海、何を、」
「...ちょっと甘いんだね」
「もし何かあったらどうするの?」
「瓶の下の方に、『人体に影響はありません』って書いてあったから」
そこにはフランス語ではっきりと記されていて、思いきって飲んでみたのだ。
「それ、フランス語だったんだ...」
「もしかして、これがどういう意味なのか分からなかったから私には絶対触らないでって言ってくれてたの?」
木葉は首を縦にふると、小さな声で訊いてきた。
「僕のこと、嫌いにならないの?」
「ならないよ。...やっぱりそんなことを考えてたんだね」
繊細な彼のことだ、私がどう思うかずっと不安だったのだろう。
そこまでして会いにきてくれているのだと思うと、どんどん嬉しさがこみあげてくる。
「だって、どうしても僕は普通の人間にはなれないから...」
「前にも言ったでしょ、私は中津木葉が好きなんだって。
たとえどんな姿であったとしても、私は木葉が好き」
瞬間、ぎゅっと抱きしめられる。
あまりに突然のことで体のバランスを崩してしまうけれど、寸でのところでふたりしてソファーに倒れこんだ。
「七海、ありがとう。愛してる」
「私も負けないくらい、木葉が好きだよ」
優しいキスが降ってきたそのとき、私はある疑問を抱く。
「木葉、ひとつだけ教えて」
「どうしたの?」
「デートの時、自分のことを傷つけて抑えていたときはあったけど...クレールを飲んで抑えたら駄目だったの?」
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