ハーフ&ハーフ

黒蝶

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隠暮篇(かくれぐらしへん)

初めての年越し蕎麦

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夕飯のものや蕎麦を買っていると、後ろから質問が飛んでくる。
「どうして蕎麦を食べるの?」
唐突な木葉の問いかけにただ困惑してしまった。
「私の勝手な憶測を話してもいい?」
「勿論だよ」
「あのね、私は...」
わくわくしたこちらに視線を向けてくる木葉に話そうとした瞬間、膝の辺りに何かが当たった。
「...シェリ?」
「え、あ、も、申し訳、ありません...」
シェリは真っ青な顔で車椅子を後ろにさげた。
運転技術がこれだけ上がっているということは、かなり練習したのだろう。
「大丈夫だった?」
「少し、よそ見をして、それで...」
「大丈夫だよ。...私、怒ってないから」
しゃがんで目を合わせて伝えると、シェリはほっとしたようにこちらを見つめ返してくる。
(何度見てもお人形さんみたいに綺麗な顔だな...)
「あの...そんなに、見られると、て、照れます」
「ごめんなさい、つい...。シェリは本当に綺麗だね」
「そ、そんなことなくて、えっと、」
焦らせるつもりはなかったのだけれど、このままではいけないと話を変える。
「今日は1人で来たの?」
「は、はい。買い忘れを、頼まれて...」
「シェリ1人じゃ危ないし、僕たちと一緒に行こう」
木葉の提案は理にかなっているのに、シェリは首を大きく横にふった。
「恋人の、邪魔は駄目って...」
「ラッシュさんがそう言おうと、僕たちは邪魔だなんて思わないよ」
「...お醤油を、探してて」
「こっちのでいいかな?」
そうして自分たちの買い物も済ませて、早速軽めの夕食を仕上げていく。
「シェリ、少し顔色がよくなってたね」
「うん。...でも、今はもうちょっと僕のことを見てほしいな」
「え?」
木葉がそんなことを言うのは珍しくて、思わず聞き返してしまう。
けれど、その後に返ってきた言葉はなんでもないという一言だった。
「...あと10分だね」
「そうだね」
ふたりで話をするけれど、何故かどんよりとした空気が流れてしまう。
「そうだ、蕎麦を食べよう」
「...うん」
気が進まなそうな木葉に、私はあやふやになってしまった話をすることにした。
「私は、蕎麦を側にいたい人と一緒に食べると末永く幸せでいられるんじゃないかって思うんだ。
...だから、大切な人と食べるんじゃないかって思ってる」
何も言葉が返ってこなくてどうしようと思っていると、いきなり唇に熱が触れた。
「ん...!?」
「そんなに可愛すぎる理由、反則だよ。...ごめん、本当は七海と仲良く話すシェリに嫉妬したんだ。
でも、そんなことを言うのはかっこ悪いなって...」
「かっこ悪くなんかないよ。...私はどんな木葉も好きだから」
「本当?」
「本当。だから...蕎麦食べよう?」
恥ずかしくなって一息に告げると、木葉は嬉しそうに頷いてくれる。
今年は不思議な恋をして、他にも色々な人と出会って...大切な恋人に助けてもらいながら過ごした。
人生最高の1年だったと言っても過言ではないだろう。
「あっという間になくなっちゃったね」
「そうだね。七海...来年も、僕とこうやって過ごしてくれる?」
「勿論。...あ、年を越える」
ふたりきりのお祝いを、柔らかな月光だけが照らしてくれる。
これからも側にいられますようにと祈りながら、隣に座っている恋人と口づけを交わした。
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