ハーフ&ハーフ

黒蝶

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隠暮篇(かくれぐらしへん)

不思議な気配

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「おはよう」
「ん、はよ...」
欠伸を噛み殺して、いつの間にか腕から抜け出していた七海に言葉を返す。
「ご飯できてるよ」
「ありがとう。昨日結構乱暴に噛んじゃったけど、痛くない?」
「うん。全然大丈夫だよ」
僕が1番嫌なのは、僕のせいで七海が傷つくことだ。
もし彼女の身体に消えないような傷痕が残ってしまったらと思うと、かなり怖い。
最近少しずつ呑む頻度が増えてきているのも気になる。
「木葉?」
「ごめん、まだちょっとぼんやりしてた...。いただきます」
席に着いてふたりで同じものを食べる。
こうして同じ時間を共有できることの尊さを1番よく知っているのは僕だ。
それは、ラッシュさんや母が望んでも手に入らなかったものだと幼い頃から理解している。
だからこそ、それを大切にしたいのだ。
「私、これから打ち合わせに行かないといけないからそろそろ行くね」
「七海」
「どうしたの?」
「...帰り、迎えに行ってもいい?夕飯の買い物に丁度いい時間帯だから」
過保護すぎるのかもしれない。
だが、万が一シェリを襲った相手が人間でないとしたら...華奢な七海では勝てないだろう。
そんな話をするわけにもいかず、結局苦し紛れに出た言葉がそれだった。
「勿論。いつものカフェでやる予定だから待ってる。
多分3時くらいには終わるはずだけど、遅くなりそうだったら連絡するね」
「ありがとう。それじゃあ、いってらっしゃい」
「...うん。いってきます」
いってきますといってらっしゃいがある生活に浮かれながらも、やるべきことから目を背けるつもりはない。
七海のことは僕が護る。
...必ずそうすると、シェリと約束したから。
食べ終わった食器を片づけ、掃除をして...そうこうしているうちに、時間なんてあっという間に過ぎていた。
「...そろそろ行かないと」
カフェまで走っていると、何やら不思議な気配を感じる。
それが悪意であることには気づいたが、誰に向けられたものまでかは分からない。
...まだまだ修行が足りないということなのだろうか。
少し離れた場所から七海と担当の男性が出てくるのが見える。
そのとき、気配が強くなったのを全身で感じた。
「七海」
「木葉...。時間ぴったりにありがとう」
頬が緩んでいるところを見ると、原稿が上手くいったことくらいすぐ分かる。
そんな姿が瞳に映り、できるだけ不安を感じさせないように気をつけながら動くことしかできなかった。
「ごめん、ちょっと早かった?」
「ううん。本当に丁度終わったところだったから」
楽しく話しているうちに、悪意がこもった気配は消えていた。
先程のあれは偶然か必然か...そんなことを考えていることさえ悟られないようにしつつ、担当者の男性に一礼する。
それから七海の手を繋ぎ、目的の店へと向かって歩き出す。
周囲を警戒しながら自らに言い聞かせる。


──七海を襲うような不安要素なんて、全て僕が消し去ってしまえばいい。
僕だけが背負えばいいのだと。
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