ハーフ&ハーフ

黒蝶

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隠暮篇(かくれぐらしへん)

理由は秘密

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最近、毎朝訊かれることがある。
「木葉、何か欲しいものは...」
「急には決まらないよ」
苦笑しながらそう答えると、七海はしょんぼりとしてしまう。
ずっと考えてはいるが、何故突然そんなことを訊かれるのか分からない。
ぼんやりとしながら本の整理をしていると、背後から声をかけられる。
「どうしたの、木葉」
「柊...」
「顔色が悪い。少し休んだ方がいいよ。あとは僕がやっておくから」
実は最近、少しずつ吸血衝動までの時間が短くなってきている。
本当は今も喉が乾いていて、今すぐ血が欲しい。
それはもう、狂うほどに。
「最近血液を摂取していないんじゃない?」
「やっぱり分かっちゃうんだね」
「それは、恋人に心配をかけないようにする為?」
その言葉にただ頷くことしかできない。
七海のことを貪りたいわけではないが、愛だけで抑えが効くほど甘いものではないことはよく知っている。
暴走してしまったらという不安もあるし、彼女のことを傷つけたくない。
「...他にも理由があるように見えるけど、悩み事?」
「仕事が終わったら、話してもいい?」
「少しだけなら」
そう言いながら、柊がいつも真剣に聞いてくれることをよく知っている。
ただお礼を伝えることしかできないのがもどかしいが、近々きちんとお礼をしたい。
「それで、何があったの?」
「実は最近、七海に何か欲しいものはないか訊かれるんだ。
でも、理由が思いつかなくて...」
「...街、最近賑わってきたと思わない?」
言われてみればそうかもしれない。
なんとなくではあるが、赤や緑が目立っているような気がする。
「確かにそうだけど、それと何か関係があるの?」
僕の質問に、柊は盛大なため息を吐いた。
「年に1度だけあるもので、近年は感謝を伝えるいい機会とされているイベントだ。
...ごめん、そろそろ行かないと」
「ありがとう」
帰り道でも考えてみたが、結局答えには辿り着けなかった。
気づいたときには玄関の前に立っていて、そのまま鍵を開ける。
「ただいま」
「...おかえり」
七海はそわそわした様子でじっと見つめてきて、その態度にとてつもなく違和感を覚える。
「何かあったの?なんだかいいにおいもするけど...」
「秘密」
「ええ、教えてくれてもいいのに...」
本当はポケットに包みか何かを隠したのも分かっている。
だが、今は言いたくないということだろう。
その事にきっと意味があるはずだ。
「いつか暴くからね、その秘密」
「もうすぐしたらちゃんと話す。それより、今日のご飯...食べる?」
「勿論だよ!」
吸血欲求はいわば好意と食欲の象徴だ。
僕のようなハーフなら、普通の食事の量を増やせばいい。
しばらくはそれで誤魔化しが効くはずだ。
ただ、好意に関しては...
「そんなにくっつかれたら動けない。それに...照れちゃうよ」
「ちょっとだけこのままでいさせて」
こうしてスキンシップを増やすしかない。
秘密も気になるが、七海が恥ずかしがっているところが可愛くて仕方がないのだ。
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