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日常篇
閑話『私の世界』(前篇)
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私には、名前さえなかった。
そもそも、そういうものがあることさえ知らなかったんだ。
──あの方に出会うまでは。
「お呼び、でしょうか?」
「あなたが嫌でないならで構わないのだけれど、実は野菜のストックがなくなりそうなの。
シェリ、申し訳ないんだけど買ってきてもらえないかしら?
これから魔族たちの会議があるから、どうしても出掛ける時間がなくて...」
「分かり、ました」
ケイト様はとても優しい。
私以外にも遣い魔がいるけれど、みんなあの方に拾われた身なのだという。
私のように名前までいただけたのは珍しいらしいけれど、元はみんな愛されていたのだと感じる。
文字も読めなくて掃除や料理しかできなかった私に、新しい世界が見えたのは間違いなくこの方のおかげだ。
「...いってきます」
「気をつけてね」
本当は行きたくないけれど、ケイト様のお役にたちたい。
そう思って行ってみたのだけれど、やっぱり駄目だった。
買うのにも手間取ったし、その後は雨でなかなか帰れない。
帰り道が分からなくなって右往左往していると、歩いている人にぶつかってしまった。
「あ、ごめんなさ...」
気づいたときには傘がなくなっていて、私の傘を持った人間が走り去っていくのが目にはいる。
あの方からいただいた大切なものなのに、どうすればいいのか分からずに固まってしまう。
なんとか品物だけでも濡れないようにと思ったけれど、私の体では小さすぎてどうしても覆いきれない。
やっぱり私にとって、人間はとても怖いものだ。
殴ったり蹴ったり、冷たかったり...外は怖いものでいっぱいだと思う。
怒られてしまうと俯いていると、奇跡がおきたように雨が止んだ。
...はじめはそう思っていたけれど違ったらしい。
「あの...大丈夫?」
私が頷くと、その女の人は優しい笑顔で話してくれた。
普通の人間には見えづらくなるようになっているはずなのに、私が未熟なせいでこの人の目にうつってしまったのだろうか。
「濡れちゃったら風邪をひくから、それはそのまま使って」
「えっと、あの...」
「折り畳みのがあるから、それはあげる」
あまりに突然のことに呆然として、ぱたぱたと走り去っていく後ろ姿をただ見つめることしかできなかった。
本当はお礼を言いたかったけれど、私みたいなものがそんなことをしてしまってもいいのだろうか。
「ただいま、戻りました」
「おかえりなさ...お風呂に入ってきた方がよさそうね」
「申し訳、ありません...」
ケイト様は心配そうにしていて、そっと頭を撫でてくれる。
食材を運んでから、私はケイト様にお願いしてみることにした。
「ケイト様...お出掛けしても、いいですか?」
「珍しいわね。構わないわ。...傘のお嬢さんを探しに行くのでしょう?
陽が昇りきるまでには戻ってきてね。心配だから」
「...はい」
お気に入りの服に袖をとおして、片手に傘を持ってもう1度外に出る。
本当は怖いけれど、この傘はきっとあの人の大切なものだからちゃんと返したい。
(ちゃんとお礼を伝えないと)
そもそも、そういうものがあることさえ知らなかったんだ。
──あの方に出会うまでは。
「お呼び、でしょうか?」
「あなたが嫌でないならで構わないのだけれど、実は野菜のストックがなくなりそうなの。
シェリ、申し訳ないんだけど買ってきてもらえないかしら?
これから魔族たちの会議があるから、どうしても出掛ける時間がなくて...」
「分かり、ました」
ケイト様はとても優しい。
私以外にも遣い魔がいるけれど、みんなあの方に拾われた身なのだという。
私のように名前までいただけたのは珍しいらしいけれど、元はみんな愛されていたのだと感じる。
文字も読めなくて掃除や料理しかできなかった私に、新しい世界が見えたのは間違いなくこの方のおかげだ。
「...いってきます」
「気をつけてね」
本当は行きたくないけれど、ケイト様のお役にたちたい。
そう思って行ってみたのだけれど、やっぱり駄目だった。
買うのにも手間取ったし、その後は雨でなかなか帰れない。
帰り道が分からなくなって右往左往していると、歩いている人にぶつかってしまった。
「あ、ごめんなさ...」
気づいたときには傘がなくなっていて、私の傘を持った人間が走り去っていくのが目にはいる。
あの方からいただいた大切なものなのに、どうすればいいのか分からずに固まってしまう。
なんとか品物だけでも濡れないようにと思ったけれど、私の体では小さすぎてどうしても覆いきれない。
やっぱり私にとって、人間はとても怖いものだ。
殴ったり蹴ったり、冷たかったり...外は怖いものでいっぱいだと思う。
怒られてしまうと俯いていると、奇跡がおきたように雨が止んだ。
...はじめはそう思っていたけれど違ったらしい。
「あの...大丈夫?」
私が頷くと、その女の人は優しい笑顔で話してくれた。
普通の人間には見えづらくなるようになっているはずなのに、私が未熟なせいでこの人の目にうつってしまったのだろうか。
「濡れちゃったら風邪をひくから、それはそのまま使って」
「えっと、あの...」
「折り畳みのがあるから、それはあげる」
あまりに突然のことに呆然として、ぱたぱたと走り去っていく後ろ姿をただ見つめることしかできなかった。
本当はお礼を言いたかったけれど、私みたいなものがそんなことをしてしまってもいいのだろうか。
「ただいま、戻りました」
「おかえりなさ...お風呂に入ってきた方がよさそうね」
「申し訳、ありません...」
ケイト様は心配そうにしていて、そっと頭を撫でてくれる。
食材を運んでから、私はケイト様にお願いしてみることにした。
「ケイト様...お出掛けしても、いいですか?」
「珍しいわね。構わないわ。...傘のお嬢さんを探しに行くのでしょう?
陽が昇りきるまでには戻ってきてね。心配だから」
「...はい」
お気に入りの服に袖をとおして、片手に傘を持ってもう1度外に出る。
本当は怖いけれど、この傘はきっとあの人の大切なものだからちゃんと返したい。
(ちゃんとお礼を伝えないと)
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