ハーフ&ハーフ

黒蝶

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日常篇

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「ごちそうさまでした。すごく美味しかったよ」
「それならよかった」
「食器は僕が片づけるね!疲れちゃったでしょ?七海は休んでて」
「ありがとう」
そんな話をして、せっせと食器を磨きあげていく。
それはあっという間に片づいて、ゆっくり七海の側に向かいながら考える。
彼女が話してくれた少女は恐らく生者ではない。
だが、それだけではないのを僕はよく知っている。
(どうしてそんなことになったんだろう...)
そのとき、くらっと甘い匂いに誘われて七海を押し倒すような形になってしまった。
「ごめん、転びそうになっちゃってつい...!」
「ちょっとだけ吃驚した...」
彼女はそう言って笑ってくれる。
なんとか誤魔化せたと思ったそのとき、その瞬間は突然訪れた。
「木葉、また噛みたいのを我慢してるでしょ」
「...どうして七海には分かっちゃうんだろうね」
いつだって誰にも分からないようにしてきたのに、何故か七海には見破られてしまう。
限界が近い。本当は耐えきりたかったけれどもう限界だ。
「ごめん、ちょっとだけ頂戴...」
「勿論」
どうして七海は怖がらないのだろうか。
こんな化け物じみた僕と、一緒にいてくれるんだろう...。
口の中には既に甘さが広がっているのに、まだ足りないような感覚に陥る。
だが、これ以上七海に負担はかけられないと牙を痛くないように抜いた。
「大丈夫...?」
「私は平気だよ。だから、そんな哀しそうな顔をしないで」
「ごめんね。ありがとう...好き!」
「...今のタイミングは狡い」
耳まで真っ赤にしている七海の頭を撫で、僕はそのまま玄関へ向かう。
「今夜はこのまま帰るけど、明日のデートは楽しみにしてるから!」
「私も楽しみ。おやすみなさい」
本当はもっと一緒にいようと思っていたが、残念なことに今夜は別の用事ができた。
七海の寂しげな表情を見ていると罪悪感しかないが、一刻も早く事実確認が必要だ。
魔界に通じる鏡を使い、そのままある邸宅へと足を踏みいれる。
そこにいるのは屋敷の主だけだった。
「あら、木葉...珍しいわね。こんな時間にどうしたの?人間界ではとっくに、」
「お母さん、どういうこと?使い魔を七海の近くにわざわざ放置するなんて...彼女の善意と使い魔の忠誠心を踏みにじる行為だよ。
どうしてそんなことをしたの?」
「何の話をしているの?」
その様子は本当に何も知らないようだった。
「私自身は偶然彼女に会ったわ。体調を崩していることに気づいて支えてくれた。
でも、私が遣いに何か無礼を働いたというのはどういうこと?」
説明しようとすると、申し訳なさそうな表情で1人の少女がこちらに近づいてきた。
「申し訳、ありません...。傘を、盗られてしまって、それで、」
「...シェリ、君に悪意はなかったんだね?」
彼女はしゅんとしたまま小さく首を縦にふる。
七海が話していたのは、母の遣い魔であるシェリのことだった。
その部分の予想は間違っていなかったらしい。
「シェリ、あなた気配を辿ったのね?」
「いい人だったので、どうしても、傘、返したくて...申し訳、ありません。木葉様の、恋人だとも、知らずに」
「状況は理解した。だけど七海には魔界こっちのことは話していないから、あまり混乱させないように」
「...はい」
この状況をどう説明すればいいのだろうか。
そんなことを考えながら、僕はある1つの答えに辿り着く。
「シェリ、それなら明日の午後3時にこの場所にいて。...ちょっとだけいいことを思いついたんだ」
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