満天の星空に願いを。

黒蝶

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本篇・春休み

沈みゆく陽に願いを。葉月side

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次の日、あの人たちは帰ってこなかった。
それはそれでいいのだけれど、なんだか落ち着かない。
「弥生」
「...葉月」
いつもの場所、弥生は驚いた顔でこちらを見る。
「よかった、しばらく会えなくなるんじゃないかって思ってたから...」
そうか、心配してくれたんだ。
なんだか嬉しくなって、私は弥生の隣に腰をおろす。
「あの人たち、また帰ってこなかったんだ。捜索願いも出されてなかったみたいだし、本当によかった」
「...そうなんだ」
弥生の複雑そうな表情には、きっと何か理由がある。
「私は大丈夫だから、そんな顔しないで?」
「...ごめん、もう考えるのやめる。それより、楽しい話をしよう」
「うん!」
私はお弁当を広げて、弥生は大福セットを広げる。
「新商品?」
「そうらしいよ。いつものおばさんに買っていってって声をかけられて、断りづらくて...ただ、味は美味しいはず」
「いつも美味しいもんね」
「葉月のは...随分大きなお弁当だね」
「弥生がいるんじゃないかなって思ったら、色々作り過ぎちゃってたの」
弥生はそっかと笑って、遠慮がちに聞いてきた。
「これ、もらってもいい?」
「勿論!その代わり、大福ちょうだい?」
「好きなのをどうぞ。多分、そっちのピンクのウサギはいちごだと思う」
そんな話をしながら、ゆっくりと流れる時を楽しむ。
心安らぐひととき...楽しくてしかたがない。
嫌なことも辛いことも、この時間だけは忘れられる。
「うん、これ美味しい...!」
「葉月のお弁当も美味しいよ」
「いつもどおりのものしか作ってないよ?」
二人で笑いあいながら、一口、また一口と食べていく。
(この世界が私と弥生だけになればいいのに)
そんなことを考えてしまうほど、他の時間なんていらなかった。
ヒステリックな家の住人も、関わりさえない家の住人も、さぼりだとか言ってきた人たちも...みんなみんな、大嫌いだ。
「葉月?大丈夫?具合が悪いんじゃ...」
「ごめん、なんでもなくて...ただ、この時間が楽しいなって思っただけなの」
ふいに、弥生に聞いてみたくなった。
「弥生は、世界なんか壊れればいいのにって思ったことある?」
「ないとは言えないかな。だけどそのときに壊れなくてよかった」
「どうして?」
弥生は笑って、すらすらと答えた。
「世界は間違いだらけだけど、葉月に出会えたから。きっともうこの世界なんてとっくに崩壊しているんだと思うよ」
「嬉しいな...」
そんなふうに思ってくれているなんて予想していなかった。
(どうしよう、にやけちゃいそうだよ)
「葉月は素直で可愛いよね」
弥生はそう言って微笑む。
つられて私も笑顔になれた。
(もう夕日が沈んでる...気づかなかった)
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