満天の星空に願いを。

黒蝶

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本篇・春休み

書物に願いを。弥生side

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「...」
夜、今日は独りで木の下にいる。
(葉月、もしかしてまた体調を崩してるのかな...)
いつもなら行けないと律儀に連絡してくるはずの葉月からは、何も知らされていない。
メールを送れないほど体調が悪いのか、もしかするとご両親がいるのか...。
どちらにしても心配だ。
《葉月、大丈夫?お大事に》
取り敢えず体調を崩している方に賭けてみる。
本当は違うのかもしれないけれど、人の家の事情に土足で踏みこむわけにはいかない。
「...懐かしい」
読み進めていると、懐かしいものが挟まっていることに気づく。
それは、一通の手紙。
...もう届けられない相手からのものだ。
《弥生へ
私は少し遠くへ行くことになりました。
まさかこのタイミングでこうなるとは思ってなかったから、今も少し吃驚してる。
また連絡するから、そのときは...》
「...どこ行っちゃったの」
その答えがかえってくることは、きっともうない。
ただ、もう一度だけでいいから会いたい。
そう思ってしまうのは、いけないことだろうか。
(今日はもう寝てしまおう)
そう決心して部屋へと戻る。
寝つけないのを無理矢理抑えて、ベッドに沈みこんだ。
翌日、よく雨が降っていた。
本を買いに行くにはうってつけだと思った。
「いらっしゃいませ」
店員さんの声を聞くと何故か落ち着く。
...この場所なら、私が私でいられるからだろうか。
(個人として接してもらえるから、かもしれない)
葉月からの連絡はなく、今日も独りで過ごすことになりそうだ。
「すみません、この本って新書ですか...?」
「それは小説の最新作ですが、シリーズものなのでこちらから読むことをおすすめします」
「ありがとうございます」
本当に丁寧な人たちばかりで、いつもほっこりしている。
「...すみません、それじゃあこれとこれください」
「ありがとうございます」
目当ての本はなかったけれど、折角だから新しいものも読んでみようと思った。
(多分これ、前に葉月が読んでるって言ってたシリーズだし...)
話せる内容が増えれば、きっともっと楽しくなる。
「葉月...どうしたんだろう」
「私はここにきたの」
「え、葉月?」
家に入ろうとしたそのとき、目の前にいたのは大荷物の葉月だった。
「どうしたの、もしかして家を出てきたとか...?」
ゆっくり頷く葉月に、私はそっと手を伸ばす。
「何があったか知らないけど、取り敢えず中に入って?」
「お邪魔します。...事前に連絡できなくてごめん」
何か訳ありそうなのは事実...。
だから私は、覚悟を決めて葉月を招き入れた。
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