満天の星空に願いを。

黒蝶

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本篇・1年目後期

箱に願いを。弥生side

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その日、葉月がくることはなかった。
やっぱり具合がよくないのだろうか。
「葉月...」
次の夜、私はそっと小さなオルゴール箱を撫でる。
この中には、色々な思い出の品が入っている。
人から見てくだらないものでも、私からすれば大切なものなのだ。
「...」
開けた瞬間、寂しげな夜の雰囲気を変えてくれる。
それは私が好きな曲で...大切な想い出がある曲だ。
『今の若い子はそういうのを聞くのか、そうか...』
『私が好きなだけだよ、おじいちゃん』
私に何かあればすぐ気づいてくれた人。
いじめに遭ったときも、すぐに勘づいて学校を辞めてもいいと言ってくれた人。
祖母を不器用ながらも一途に想っていた人...。
(おじいちゃん...)
『オルゴール?綺麗やな』
『一目惚れして買ってしまった...。曲が好きだなと思って調べたら、海外の曲だったよ』
『歌詞英語?覚えて歌って』
『それは難しいよ...』
「...そっか、そういうときもあったね」
箱を撫でながら、ただひたすらに思い出の海に溺れていく。
葉月がこないのかもしれないという現実から目を逸らしたくて、私はただひたすらに曲を聞き続けた。
その次の夜、久しぶりに葉月を見た。
「弥生、久しぶり...」
「葉月...ずっと連絡なかったから心配だったよ」
「え?メールなら送ったはず...あ」
「どうしたの?」
葉月が画面を見せてくれる。
「送ったつもりが、下書き保存してたみたい」
「下書き...」
「ええ、どうしてだろう...あ、アドレスが件名のところに入ってる!」
「...っ」
「弥生?」
私は堪えきれず、声を出して笑ってしまった。
「え、え...?」
「ごめん、ちょっともう...我慢できなくて...。こんなの、初めてかも...っ」
「そんなにツボに入らなくてもいいのに...」
ひとしきり笑った後、葉月の視線が私の箱に注がれていることに気づいた。
「弥生、それって、」
「私の大切なものが入ってるんだ」
「...そっか」
葉月の方を見てみると、目をキラキラとさせて私を見つめかえしていた。
「...中身を見ないなら、曲だけはかける」
「ありがとう。...お願いします」
「はい」
二人で笑いあって、ネジを回して曲をかける。
それはやっぱり夜の空に吸いこまれるような感覚になるような曲だったけれど、不思議と寂しさは感じない。
「弥生」
「どうかした?」
差し出したいちご大福を受け取りながら、葉月の声に耳を傾ける。
「綺麗な曲だね」
「...私もそう思う」
二人で月を見ながら、この時間を箱に閉じこめてしまいたいと思った。
この時間が続けばいいと、そう思ったことは秘密だ。
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