バッドエンド

黒蝶

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「禁忌の山に、人……?」
「そう。フードをかぶっていて顔は見えないんだけど、いつも渡しに帰るように言ってくるんだ」
「おまえ、あの山に入ったのか!?」
肩をがしっと掴まれて、顔を青くして訊いてくる。
「入ったけど、特に変わったことはなかったよ?」
「……その軽率な行動が災いを呼ぶと思わなかったのか?」
「どういうこと?」
穂高は黙りこんで、何も話してくれなくなってしまった。
(ちゃんと朝までには戻ってきているし、迷惑はかけてないはずなのに……)
「でも、入っただけで災いを呼ぶなら夜はどうなるの?」
「夜?」
「いつも山にいる人で、この前も助けてくれたんだ。だけど、いつも素っ気ない感じで突き放される。
今日は夜におにぎりを持っていって、プロフィール帳を書いてもらったの」
穂高に見せようとしたとき、紙の間から何か落ちた。
「これ、ハンカチ……?」
私のものではないから、夜のものを持ってきてしまったのだろう。
(次会ったときに返そう)
ハンカチを見た途端、穂高が小さく呟いた。
「……宵」
「宵?」
しまったという顔をしている穂高に詰め寄る。
「あの人、本当は宵っていう名前なの?」
「俺の友人が同じ刺繍があしらわれたハンカチを持っているはずだ。
しばらく会えていないから、その人物と同一かどうかは分からない」
いつも冷静な穂高がこんなふうに感情をむき出しにするなんて珍しい。
(それだけ大切な人ってこと……?)
「もしあいつが傷つけられることがあったら、俺は……」
強く拳を握る穂高の手を握ろうとすると、ばっと顔をあげる。
「もうこの件に関わるな。いいな?」
「あ、ちょっと……」
穂高は慌てた様子でそれだけ言うと、部屋を出てしまった。
程なくして、血相を変えた巫女が走ってくる。
「神子様、朝早くから申し訳ありません。至急儀式を執り行いますので神楽殿までいらしてください」
「分かりました。支度を整えたらすぐ向かいます」
残念ながら、今日も眠れそうにない。


××××××××××××××××××××


「ありがとうございました」
《危険だと思ったらすぐ引き返すんだよ》
「はい」
僕は嘘つきだ。
引き返すなんて選択肢は与えられていない。
(……早く止めないと)
「行きましょう」
ルナを抱えたとき、ハンカチがなくなっていることに気づく。
随分前に、おばあさんがお守り代わりにと作ってくれた大切なものだ。
(ごめんなさい、おばあさん)
それでも立ち止まっている場合じゃないから先を急ぐ。
昨日まではあったんだから、多分神子様が持っているんだろう。
……もしまた来たら、今度はなんて言って追い返そうか。
(ハンカチだけは返してもらいましょう)
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