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21・御剣走、真弓を抱きしめてみる。

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静かになった俺に気付いた真弓が、切ったリンゴを俺の唇にツンと当てた。
思わず寄り目になって、唇に当てられたリンゴを見る。


「なんだ拗ねたのか? 
そんなに仕返ししたかったのかよ。」


食え、とばかりに真弓がリンゴの切れ端を唇の隙間にグリグリとを突っ込んで来る。
引っ込む気配が無いので、口を開いてリンゴをかじった。


「仕返し…したかったよ。
でも、仕返し出来なくてもエプロンは買って欲しい。」


俺が黙りこくった本当の理由を口にする事が出来ず、俺は真弓の推測に乗った。
加速気味に真弓を好きになっていく自分と、俺を元ファンの近所の子ども位にしか思って真弓との温度差が切ないとか、分かるワケ無いし。


「仕返しって…腕を回して俺の腰をギュッと締める事か?
それでお前の機嫌が直るのか?
だったら、やってみろ。」


「は?やってみろ?っわ!!」


意味が分からなくて一瞬、呆けていた俺の両腕が掴まれてグイッと引き寄せられた。
真弓の胸の下辺りにボフッと顔が埋まる。

な、な、な、ナニ!?ちょ……!

薄いタンクトップ越しの真弓の腹筋に強く顔を埋めた状態で俺の両手が真弓の腰に回された。


「ほれ、ギュッと力入れてみろ。」


「ぎゅ、ギュッと?」


言われるままに、思い切り真弓の腰に回した腕に力を入れる。
俺がどれだけ力を込めても、真弓がギュエーなんて声を出す事は無く。
俺の目的も、真弓にギュエーと言わせる仕返しなんか頭からすっ飛んじゃってて。

真正面から真弓を抱き締めているんだという、この現状が嬉しくて。

ここぞとばかりに、思い切り抱き締めながら真弓の胸の下辺りに顔を押し付けて、真弓の匂いを思い切り吸い込んだ。

好きな人を強く抱き締めている。
抱き締めた真弓の静かな鼓動とは違い、俺の心臓がバクバクとうるさく音を鳴らす。


「ハッハッハッ!ほらほら、仕返しするんだろ?
まだまだ力が足りてねーぞ!」


「……真弓……好きだ………。」


豪快な笑い声をあげる真弓の声に隠して本音を口にする。
駄目だ……こんな真剣な顔で、訴えるような声で。
……俺の本当の気持ちを真弓に伝えたら…駄目だ。

子どもに懐かれている位に留めておかないと、根が真面目な真弓は絶対に俺から離れていく。
これ以上、自分に近付かせないようにと距離を取って会ってくれなくなる。
そんな事になったら、と考えただけで表情が曇る。
大きな声で「イヤだ!」と声を上げたくなる。
ヤバい、俺の本音を隠さなきゃ…。

フワッと、頭の上に真弓の手が乗った。
さっきまでの様に頭にポンッと手を置かれて髪を乱すようにグリグリ撫で回すのではなく、ただ優しく頭に乗せられた。

いけない、俺の態度や雰囲気で俺が悩んでるとか思ったりした真弓に深く追及されたら。
俺、隠し通す自信が無い。


「どうした?腕に力が入ってないぞ。
仕返しは諦めたのか?」


「俺の腕の長さじゃ、ぶっとい真弓のウエストを締め付けるのなんて無理だよ。」


真弓の手が頭に置かれたまま、俺は唇を強く結んでブスッと不貞腐れた表情を作って真弓を見上げた。
俺の、いつもの顔━━を見た真弓が、一瞬だけほっとしたような表情を見せて俺の頭を髪を乱さない様に優しく数回撫でた。


「じゃあ、仕返しは諦めたんだな。」


「諦めてないよ。身長が伸びたら腕も伸びるし。
もう少し背が伸びたら、またリベンジする。」


抱き着いていた真弓から離れた俺は、いつもの自分、を演じながらピーラーとリンゴを持って流しの前に立つ。
気持ちを抑え込み早る動悸を少しずつ落ち着かせながら、真弓の真似をして、なるべく途中でちぎれない様に長くリンゴの皮を剥き始めた。


「そうか。お前の両親も、それなりに身長あるしな。
お前、中学生になったら急に伸びるかもよ。」


真弓が俺の隣に立ち、まな板の上で皮を剥いたリンゴを切り始めた。
さっき俺の口に入れる為に、ひと欠片分だけ切り分けたらしい。
残りの分を切っていき、俺がリンゴを剥き終わるのを待っている。


「そうかな。
真弓ほど無くてもいいけど、背は高くなりたいんだよね。
ちなみに真弓って何センチ?」


「俺か。185センチ。
20代の頃は188あったんだが…なんか縮んだらしい。」


「身長って、縮んだりするの!?
それでも185って、お父さんより大きいよ!
俺、真弓越せるかな……。」


剥き終わったリンゴを、差し出された真弓の手の平に乗せる。
俺が皮を剥いた不格好なリンゴを何等分かに切って鍋に入れ、火にくべ始めた。
しばらくすると、甘く香ばしい匂いが漂い始める。


「俺を越したいのか。
まさか、さっきの仕返しの続きか。」


真弓は笑いながらリンゴが焦げ付かない様に鍋を揺すり、俺に尋ねてきた。

仕返しのつもりは無いけど、さっきの続きをしたい。
俺が大木の様な真弓に抱き着く様なのではなくて、恋人として正面から真弓を抱き締めたい。

今はまだ見上げる事しか出来ない真弓と、あの綺麗な目と同じ高さで見詰め合いたい。

それぐらい大きくなっている頃の自分なら俺の気持ちを伝えても、真弓が離れていかない様に何とか出来るんじゃないかと漠然とした展望がある。


「早く大きくなりたいな……。」


「仕返しのタメに?
意外に根に持つタイプだな。」


俺が否定しないもんだから、何だかそういう事になっちゃったみたいだ。
今はそう思っていて貰おう。

俺は真弓に言われてパイシートに皿を乗せ、縁に沿って丸く切っていく。
真弓はもう1枚パイシートを出してリボンみたいなサイズに切っていた。
どうもそれが、アップルパイの上にある網みたいなアミアミ部分になるらしい。


「何で、真弓はアップルパイなんか作れんの?
お菓子作りが得意ってワケじゃないんでしょ。」


「俺が父親のトコに行っていた時に、向こうのバァちゃんがよく作ってくれていてな。
コッチに来てから食べたくなった時に、真似して作る様になった。
まぁ、パイシート使って楽しているがな。」


父親のトコ……向こう?……ドコ?

俺の手が止まり、疑問を浮かべた顔をして真弓を見ていたら、真弓が「あ」って顔をした。


「アメリカ。
俺のオヤジはアメリカ人で、向こうに居る。」


「ハーフって聞いていたけど、そうなんだ!
じゃあ、お母さんは日本人てこと?
どこに居るの!?」


少し寂しそうに微笑んだ真弓は、人差し指を上に向けた。
真弓の指の先を追って天井を見る。
2階に居る……じゃないよな、平屋だし。
宇宙飛行士だから宇宙に居るってワケ無いよな……。
なるべく、悪い方向から目を逸らそうとする。
けど…結局、意味は無く。


「天国……?」


真弓がコクリと頷いて、俺が切った丸いパイシートの上に砂糖と何か粉を入れて煮詰めたリンゴを並べていった。


「オヤジと離婚して数年経ってから、母さんが病気になって入院する事になって。
それで、俺は父親んトコに世話になりに行ったり日本に戻ったりをしていたんだが。
まぁ、母さんが亡くなってジイさんも亡くなり。
母さんの実家だった、この家を受け取って今に至るワケだな。」


短冊切りしたパイシートを、編む様にして交互にリンゴの上に乗せていく真弓を見ながら、改めてこの古い日本家屋を見る。


「1人で住んでて寂しくない?」


平屋の小さめの家ではあるが、一人住まいには広くて寒々しい感じがしてしまう。
そんな気がして、何気なく口にした疑問だったが口にした途端に後悔した。


「は?まさかお前まで、嫁さんは来ないのかなんて言うんじゃないだろうな。」


真弓の返事を聞き、真弓が外野に結婚しないのかとせっつかれているのだと知る。
ヒュッと息を吸い込み、息を吐くのを忘れる。
呼吸する事も忘れた俺は、身に着けたエプロンをギュッと両手で握った。


「違う…俺はイヤだ…真弓が結婚するのはイヤだ。
真弓が結婚したら…

俺、ここに来れなくなるじゃん!!!」


こんな時でも本音を口にするのを俺は我慢した。
いや、真弓が結婚するって話だったら本音をぶつけていたかも知れないけど、今は結婚したらどうだと言われているに留まっているワケで。何とか我慢出来た。

本音を言うなら、真弓が俺以外の誰かのものになるのが嫌だ。
真弓は俺だけの真弓でいなきゃ嫌だ。
真弓とは


大人になった俺が結婚する!!


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