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140話◆サイモンを怒らせちゃった。
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「めぐみ、溜め息ばかりついて…どうしたんだ?」
朝、目が覚めたわたしは寝室の巨大なベッドの上で上体を起こし、何度も大きな溜め息をついた。
ベッドに入らず、ベッド脇の椅子に腰掛けたサイモンがわたしの頬を優しく撫でる。
━━わたし今日もまた、ベッドの中で過ごさなきゃならないの?
いやもう、こんなの限界だわ━━
お城でのお務めを休んだサイモンがベッドにいるわたしを守る様にずっと側に居てくれてる。
それは嬉しいし、ありがたくもあるのだけれど…。
「あのですね…赤ちゃん出来たかも知れない、わたしを大事に思っての事なんでしょうけど。
わたし、病人じゃないんですよ!?
ずっとベッドに寝たきりで寝室から出られないって、おかしくないですか!?」
わたしはたまらず、ベッドの中からサイモンに訴える。
分かってる、分かってマスけどね!
スファイが拐われた事件が目的不明で未解決なワケだから神聖国の時みたいに、またわたしが危険な目に遭ったりしないようにって目の届く安全な場所にって配慮なんでしょうけど!
だからって寝たきりは無いわ。
「懐妊しているのだとすれば、今は大事な時期だ。
絶対安静が必要だろう。」
「いやいや赤ちゃん居たとしても適度に身体を動かしとかないと体が弱っちゃって逆に駄目ですって!
産む時に体力が無かったら大変ですよ。
邸からは出ませんから、邸の中くらいは自由に歩かせて貰えませんかね!」
サイモンと常に一緒に居れば、そう危険な目にも遭わないだろうし、いざとなれば女番長ディアーナも召喚出来る。
とにかく!ベッドから下ろさせてくれい!
「分かった…だが、俺の側から絶対に離れないと約束してくれ。」
「はい!」
渋い顔をしたサイモンの許可を得て「やった!」と喜び勇んでベッドから出たわたしの身体が、スリッパを履く前にフワッとサイモンに抱き上げられた。
喜び勇んでいたわたしの顔から笑顔が消える。
「では邸の中を歩いて回ろう。」
「………いや、これわたしの言う『自由に歩かせて』とは違います。
自分の足で歩きたいんです。」
「それでは、大事なめぐみの身体が…」
うぉぉ!大切にされ過ぎて色々しんどいわ!
分かる!分かるけどね!
室内犬だって、屋外で散歩させてやんなきゃストレス溜まって神経質になったり、運動不足で太ったりするんだぞ!
たまに抱っこして散歩してるオバチャン見たけど!
それと同じだよ意味がネェ!
「サイモン!一週間以上ベッドから出ない生活を送った後すぐ、アリエス先生のブートキャンプを完遂出来ると思います!?
体力も筋力も落ちてるだろうし無理ですよね!
そーゆー事になるっつーんです!
身体がなまるから邸の中くらいは自分の足で歩かせて!」
わたしの剣幕に折れたサイモンに、やっと床に足を着く事を許された。
ここ最近、トイレに着いた時と入浴の時位しか床に足を着かなかった気がする。
ずっと抱っこで運ばれていたし。
そんなん足腰なまるわ!
わたしは久しぶりに寝室から出て自分の足で邸の中を歩いた。
隣にはサイモンが居るが、少ししょんぼりして見える。
大事にされてるのは嬉しいんだけど、過保護も度が過ぎると鬱陶しいんだよね。
寝室を出て温室の方に向かいながら、違和感に首を傾げた。
いつもと何が違うのかを考え、気付いたわたしはハッとしてサイモンの顔を見る。
「カチュアがウィットワース伯爵家に行っていて、スチュワートさんも怪我をして別邸だとは聞きましたけど。
メイもこの邸に居ないんですか?」
わたしの気配を察知すれば腹を空かせた犬みたいに、わたしの胸を目掛けて飛び付いて来るメイの姿が何処にも見当たらない。
わたしの問いに、サイモンは渋い表情をした。
「…メイは…実家に帰るそうだ。」
サイモンが重い口を開き、そうにわたしに答えた。
「そう…なんですか……。」
メイが実家に帰った━━サイモンの答えを聞いたわたしも、何だか口が重くなる。
確かに…誘拐されるなんて怖い目に遭った上に、その拐った一味の男が刺殺されてる。
スチュワートさんも刺されて、一緒に誘拐されたスファイは再び拐われて行方不明だし…。
事件は何ひとつ解決していない。また何か起こるかも知れない。
若い女の子のメイが、こんな怖い目にはもう遭いたくない、巻き込まれたくないと思っても仕方がないのかも。
でも……
メイは好きじゃなかったのかも知れないけど、あんなにメイを好きだったスファイに何も言わずに邸を去るの?
メイはスファイの無事を見届ける余裕すら、もうもないの?
………何だか、メイらしくなくて……モヤっとする。
口と共に足取りも重くなり、わたしは邸の廊下で立ち止まってしまった。
あからさまに落ち込む様子を見せたわたしに、サイモンが額に手を当て、ハァッと大きな溜め息を吐いた。
「……奴の祖父が語り部だか吟遊詩人だったかとかで、伝承や古い物語に詳しいそうだ。」
「え、もしかして…わたしが話した、『あの神の封印』とやらについて調べてくれてるの?メイが?」
「あぁ、だからまた邸に帰って来るんだ。」
そう答えたサイモンの顔は、とてつもなく不愉快そうだ。
厄介払いが出来たと思っていたのに━━と言いたげに。
サイモンには悪いけど、メイが戻って来るのは嬉しい。
だけど、わたしの思い過ごしみたいなと言うか、回収不可能だったゲームの伏線と言うか……それを調べる為に里帰りって。
そんなモノ、現実となったこの世界に本当に存在するのかしら。
無駄足になっていたら何だか悪い気がするわ。
「ディアーナやジャンセンさんに聞いて答えてくれたら一発で解決するんだけどな。
神様だし、絶対知ってるハズ。
でも、教えてくれそうもないし…。」
独り言つ様にブツブツ呟きながら、お義母様の温室に到着した。
温室には、お義父様のヒールナー伯爵もいらっしゃって、王城の若い兵士さんが2人来ていた。
2人は、上司にも当たるのかサイモンの姿を見てビシッと姿勢を正す。
「非番の俺に会いに来たのではないのだな。
ヒールナー伯爵家に、何かを知らせに来たのか?」
「はい!昨夜、ウィットワース伯爵邸に賊が侵入致しました。
賊は捕らえられましたが、その報告をヒールナー伯爵家に伝えて欲しいとウィットワース伯爵家の方に依頼されまして。」
ウィットワース伯爵邸は今カチュアが行っているオースティンの家だ。
ウィットワース伯爵邸に賊が入った報告をわざわざヒールナー家に知らせるよう兵士に依頼するなんて、きっとただの賊じゃない。
今回の事件絡みに違いない。
カチュアは強いし、あのヤリチンボンボンもサイモンの兄弟子だというのだから強い騎士なのだろう。
それでも、戦場の狼と呼ばれていたスチュワートさんに怪我を負わせたほどの剣士が相手だとしたら…。
「あのっ…!ウィットワース伯爵家の方々に被害は無かったのでしょうか。
怪我をなさったり…。」
わたしは胸に手を当てサイモンの隣から不安げに2人の若い兵士に訊ねた。
カチュアとオースティン2人がかりで倒して捕らえたって事にしても、スチュワートさんに怪我を負わせたような強いヤツを相手に無傷では済まないのでは。
「ご安心を。誰も大きな被害には遭っておりません。」
兵士が答え、わたしはホッと胸を撫で下ろす。
脱力して足から力が抜け掛け、少しフラついた。
サイモンが揺らいだわたしの肩を支えて抱き、わたしに替わって兵士に訊ねた。
「マン……賊の身元は分かっているのか?」
サイモンは、マンバドナと名を出し掛けて口をつぐんだ。
お義父様とアセレーナさんは、やり口が似ていると、かつての上官にあたるマンバドナって人を疑っていたけど、まだ確実にそうだと言える証拠は無いのだし…。
カチュアもそれを調べに行ったばかりだ。
「ウィットワース伯爵邸に侵入した賊は、元子爵のマンバドナです。
マンバドナは魔剣を所持しており、ウィットワース家のオースティン様の命を狙っての侵入の様です。」
「やはりマンバドナ……しかも魔剣だと?」
サイモンが訝しげに呟いた。
「事を起こした経緯について、早急に奴から問い質せ。」
わたしから早く不安を取り除きたいサイモンの焦りが見える。
わたしのためにも、早く事件を解決させてスファイや他の拐われた人達を無事に解放させたいのだろう。
「それが…マンバドナは今、話を聞ける様な状態ではないのです。
捕らえた時には既に恐怖で廃人の様だったのですが、魔剣との繋がりが断たれた為か一晩明けた今、息はしていますが、まるで干からびた屍の様になっております。
声を出す事も出来ません。」
「何だと…それでは、奴を雇った者への手掛かりを得る事も出来ないのか…。」
えっ、魔剣ってコワ。命吸い取られる系?
命を代償に、メチャクチャ強くなれる武器だとか?
そんな怖いモノがあるんだ、この世界。
まぁ、不思議な魔法アイテムがある世界だもんね。
それにしても、そんな怖い武器を持ったマンバドナさんに、よく勝てたなぁカチュアとオースティン。
「………………」
サラッと流した自分の思考に「えっ」と足を止める。
そうよ、魔法アイテム!
それがあれば、スファイの居るトコに一瞬で行けるじゃない!?
あの、エリーゼさんが作った人の顔を思い描くだけで、その人の居場所に飛べるアイテムが!
「あのね、サイモン!わたし………」
言いかけて気付いたが、サイモンがそれを思い付かないハズが無い。
だけど、それを実行に移さないのは理由があるからだ。
よく考えたら、敵陣ど真ん中のスファイが今どんな環境に置かれているかも分からないのに単身乗り込むなんて無謀にも程があるよね。
つか、あの石ってジャンセンさんがほぼ消滅させたわ。
「なんだい?ミランダ。」
「………何でも無いデス。」
いい考えだと思ったけど甘かった。
わたしのゲームの記憶に今回の事件に関わるイベントは無かったし、ろくなアイデアも出せないし。
わたしが何の役にも立たないのは分かってるけど、アアッもどかしいッッ!
何か役に立ちたい!何かしたい!
ぐぬぬと不満に顔をしかめるわたしの耳元でサイモンがボソッと囁いた。
「めぐみ、君はもう余計な事をしたり考えたりするんじゃない。
あんな思いをするのは、もうたくさんだ。」
サイモンの声には、僅かにだがわたしに対する怒りが含まれていた。
そうだ……わたし、エリーゼさんに殺され掛けたのをサイモンに助けてもらった。
いざとなったらディアーナを召喚出来るから大丈夫とか思っていたけど、サイモンにしてみれば、わたしがそんな危うい状況になる事自体が許せない筈だ。
愛する人の命が奪われそうだった━━
あの時のサイモンの姿をわたしは忘れていた。
わたしはサイモンの『心配』を軽く見て、ないがしろにした。
わたしに何かあれば、悲しみ苦しむサイモンの事を考えてなかった。
また自ら危険に近付こうとしたわたしに、サイモンが怒りをあらわにした。
「ご…ごめんなさい…」
初めてサイモンに冷たく突き放された気がしたわたしは、涙を浮かべた顔を隠す様に俯いた。
朝、目が覚めたわたしは寝室の巨大なベッドの上で上体を起こし、何度も大きな溜め息をついた。
ベッドに入らず、ベッド脇の椅子に腰掛けたサイモンがわたしの頬を優しく撫でる。
━━わたし今日もまた、ベッドの中で過ごさなきゃならないの?
いやもう、こんなの限界だわ━━
お城でのお務めを休んだサイモンがベッドにいるわたしを守る様にずっと側に居てくれてる。
それは嬉しいし、ありがたくもあるのだけれど…。
「あのですね…赤ちゃん出来たかも知れない、わたしを大事に思っての事なんでしょうけど。
わたし、病人じゃないんですよ!?
ずっとベッドに寝たきりで寝室から出られないって、おかしくないですか!?」
わたしはたまらず、ベッドの中からサイモンに訴える。
分かってる、分かってマスけどね!
スファイが拐われた事件が目的不明で未解決なワケだから神聖国の時みたいに、またわたしが危険な目に遭ったりしないようにって目の届く安全な場所にって配慮なんでしょうけど!
だからって寝たきりは無いわ。
「懐妊しているのだとすれば、今は大事な時期だ。
絶対安静が必要だろう。」
「いやいや赤ちゃん居たとしても適度に身体を動かしとかないと体が弱っちゃって逆に駄目ですって!
産む時に体力が無かったら大変ですよ。
邸からは出ませんから、邸の中くらいは自由に歩かせて貰えませんかね!」
サイモンと常に一緒に居れば、そう危険な目にも遭わないだろうし、いざとなれば女番長ディアーナも召喚出来る。
とにかく!ベッドから下ろさせてくれい!
「分かった…だが、俺の側から絶対に離れないと約束してくれ。」
「はい!」
渋い顔をしたサイモンの許可を得て「やった!」と喜び勇んでベッドから出たわたしの身体が、スリッパを履く前にフワッとサイモンに抱き上げられた。
喜び勇んでいたわたしの顔から笑顔が消える。
「では邸の中を歩いて回ろう。」
「………いや、これわたしの言う『自由に歩かせて』とは違います。
自分の足で歩きたいんです。」
「それでは、大事なめぐみの身体が…」
うぉぉ!大切にされ過ぎて色々しんどいわ!
分かる!分かるけどね!
室内犬だって、屋外で散歩させてやんなきゃストレス溜まって神経質になったり、運動不足で太ったりするんだぞ!
たまに抱っこして散歩してるオバチャン見たけど!
それと同じだよ意味がネェ!
「サイモン!一週間以上ベッドから出ない生活を送った後すぐ、アリエス先生のブートキャンプを完遂出来ると思います!?
体力も筋力も落ちてるだろうし無理ですよね!
そーゆー事になるっつーんです!
身体がなまるから邸の中くらいは自分の足で歩かせて!」
わたしの剣幕に折れたサイモンに、やっと床に足を着く事を許された。
ここ最近、トイレに着いた時と入浴の時位しか床に足を着かなかった気がする。
ずっと抱っこで運ばれていたし。
そんなん足腰なまるわ!
わたしは久しぶりに寝室から出て自分の足で邸の中を歩いた。
隣にはサイモンが居るが、少ししょんぼりして見える。
大事にされてるのは嬉しいんだけど、過保護も度が過ぎると鬱陶しいんだよね。
寝室を出て温室の方に向かいながら、違和感に首を傾げた。
いつもと何が違うのかを考え、気付いたわたしはハッとしてサイモンの顔を見る。
「カチュアがウィットワース伯爵家に行っていて、スチュワートさんも怪我をして別邸だとは聞きましたけど。
メイもこの邸に居ないんですか?」
わたしの気配を察知すれば腹を空かせた犬みたいに、わたしの胸を目掛けて飛び付いて来るメイの姿が何処にも見当たらない。
わたしの問いに、サイモンは渋い表情をした。
「…メイは…実家に帰るそうだ。」
サイモンが重い口を開き、そうにわたしに答えた。
「そう…なんですか……。」
メイが実家に帰った━━サイモンの答えを聞いたわたしも、何だか口が重くなる。
確かに…誘拐されるなんて怖い目に遭った上に、その拐った一味の男が刺殺されてる。
スチュワートさんも刺されて、一緒に誘拐されたスファイは再び拐われて行方不明だし…。
事件は何ひとつ解決していない。また何か起こるかも知れない。
若い女の子のメイが、こんな怖い目にはもう遭いたくない、巻き込まれたくないと思っても仕方がないのかも。
でも……
メイは好きじゃなかったのかも知れないけど、あんなにメイを好きだったスファイに何も言わずに邸を去るの?
メイはスファイの無事を見届ける余裕すら、もうもないの?
………何だか、メイらしくなくて……モヤっとする。
口と共に足取りも重くなり、わたしは邸の廊下で立ち止まってしまった。
あからさまに落ち込む様子を見せたわたしに、サイモンが額に手を当て、ハァッと大きな溜め息を吐いた。
「……奴の祖父が語り部だか吟遊詩人だったかとかで、伝承や古い物語に詳しいそうだ。」
「え、もしかして…わたしが話した、『あの神の封印』とやらについて調べてくれてるの?メイが?」
「あぁ、だからまた邸に帰って来るんだ。」
そう答えたサイモンの顔は、とてつもなく不愉快そうだ。
厄介払いが出来たと思っていたのに━━と言いたげに。
サイモンには悪いけど、メイが戻って来るのは嬉しい。
だけど、わたしの思い過ごしみたいなと言うか、回収不可能だったゲームの伏線と言うか……それを調べる為に里帰りって。
そんなモノ、現実となったこの世界に本当に存在するのかしら。
無駄足になっていたら何だか悪い気がするわ。
「ディアーナやジャンセンさんに聞いて答えてくれたら一発で解決するんだけどな。
神様だし、絶対知ってるハズ。
でも、教えてくれそうもないし…。」
独り言つ様にブツブツ呟きながら、お義母様の温室に到着した。
温室には、お義父様のヒールナー伯爵もいらっしゃって、王城の若い兵士さんが2人来ていた。
2人は、上司にも当たるのかサイモンの姿を見てビシッと姿勢を正す。
「非番の俺に会いに来たのではないのだな。
ヒールナー伯爵家に、何かを知らせに来たのか?」
「はい!昨夜、ウィットワース伯爵邸に賊が侵入致しました。
賊は捕らえられましたが、その報告をヒールナー伯爵家に伝えて欲しいとウィットワース伯爵家の方に依頼されまして。」
ウィットワース伯爵邸は今カチュアが行っているオースティンの家だ。
ウィットワース伯爵邸に賊が入った報告をわざわざヒールナー家に知らせるよう兵士に依頼するなんて、きっとただの賊じゃない。
今回の事件絡みに違いない。
カチュアは強いし、あのヤリチンボンボンもサイモンの兄弟子だというのだから強い騎士なのだろう。
それでも、戦場の狼と呼ばれていたスチュワートさんに怪我を負わせたほどの剣士が相手だとしたら…。
「あのっ…!ウィットワース伯爵家の方々に被害は無かったのでしょうか。
怪我をなさったり…。」
わたしは胸に手を当てサイモンの隣から不安げに2人の若い兵士に訊ねた。
カチュアとオースティン2人がかりで倒して捕らえたって事にしても、スチュワートさんに怪我を負わせたような強いヤツを相手に無傷では済まないのでは。
「ご安心を。誰も大きな被害には遭っておりません。」
兵士が答え、わたしはホッと胸を撫で下ろす。
脱力して足から力が抜け掛け、少しフラついた。
サイモンが揺らいだわたしの肩を支えて抱き、わたしに替わって兵士に訊ねた。
「マン……賊の身元は分かっているのか?」
サイモンは、マンバドナと名を出し掛けて口をつぐんだ。
お義父様とアセレーナさんは、やり口が似ていると、かつての上官にあたるマンバドナって人を疑っていたけど、まだ確実にそうだと言える証拠は無いのだし…。
カチュアもそれを調べに行ったばかりだ。
「ウィットワース伯爵邸に侵入した賊は、元子爵のマンバドナです。
マンバドナは魔剣を所持しており、ウィットワース家のオースティン様の命を狙っての侵入の様です。」
「やはりマンバドナ……しかも魔剣だと?」
サイモンが訝しげに呟いた。
「事を起こした経緯について、早急に奴から問い質せ。」
わたしから早く不安を取り除きたいサイモンの焦りが見える。
わたしのためにも、早く事件を解決させてスファイや他の拐われた人達を無事に解放させたいのだろう。
「それが…マンバドナは今、話を聞ける様な状態ではないのです。
捕らえた時には既に恐怖で廃人の様だったのですが、魔剣との繋がりが断たれた為か一晩明けた今、息はしていますが、まるで干からびた屍の様になっております。
声を出す事も出来ません。」
「何だと…それでは、奴を雇った者への手掛かりを得る事も出来ないのか…。」
えっ、魔剣ってコワ。命吸い取られる系?
命を代償に、メチャクチャ強くなれる武器だとか?
そんな怖いモノがあるんだ、この世界。
まぁ、不思議な魔法アイテムがある世界だもんね。
それにしても、そんな怖い武器を持ったマンバドナさんに、よく勝てたなぁカチュアとオースティン。
「………………」
サラッと流した自分の思考に「えっ」と足を止める。
そうよ、魔法アイテム!
それがあれば、スファイの居るトコに一瞬で行けるじゃない!?
あの、エリーゼさんが作った人の顔を思い描くだけで、その人の居場所に飛べるアイテムが!
「あのね、サイモン!わたし………」
言いかけて気付いたが、サイモンがそれを思い付かないハズが無い。
だけど、それを実行に移さないのは理由があるからだ。
よく考えたら、敵陣ど真ん中のスファイが今どんな環境に置かれているかも分からないのに単身乗り込むなんて無謀にも程があるよね。
つか、あの石ってジャンセンさんがほぼ消滅させたわ。
「なんだい?ミランダ。」
「………何でも無いデス。」
いい考えだと思ったけど甘かった。
わたしのゲームの記憶に今回の事件に関わるイベントは無かったし、ろくなアイデアも出せないし。
わたしが何の役にも立たないのは分かってるけど、アアッもどかしいッッ!
何か役に立ちたい!何かしたい!
ぐぬぬと不満に顔をしかめるわたしの耳元でサイモンがボソッと囁いた。
「めぐみ、君はもう余計な事をしたり考えたりするんじゃない。
あんな思いをするのは、もうたくさんだ。」
サイモンの声には、僅かにだがわたしに対する怒りが含まれていた。
そうだ……わたし、エリーゼさんに殺され掛けたのをサイモンに助けてもらった。
いざとなったらディアーナを召喚出来るから大丈夫とか思っていたけど、サイモンにしてみれば、わたしがそんな危うい状況になる事自体が許せない筈だ。
愛する人の命が奪われそうだった━━
あの時のサイモンの姿をわたしは忘れていた。
わたしはサイモンの『心配』を軽く見て、ないがしろにした。
わたしに何かあれば、悲しみ苦しむサイモンの事を考えてなかった。
また自ら危険に近付こうとしたわたしに、サイモンが怒りをあらわにした。
「ご…ごめんなさい…」
初めてサイモンに冷たく突き放された気がしたわたしは、涙を浮かべた顔を隠す様に俯いた。
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