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132話◆女として散る覚悟。
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夜が明け、不穏な空気が立ち込めていたヒールナー邸の中に陽射しが射し込む。
邸の中が明るく見えるだけで、平和な朝が訪れたような錯覚が起こる。
「私にとっては、平和ではあるんだけどねー。」
いつもの様に侍女服に身を包み、侍女としての朝の仕事を始めたメイが、騎士服のまま佇むカチュアに聞こえる様に呟いた。
神聖国への旅路から帰ってからのメイは、スファイのせいで平和で静かな朝を迎える事が難しくなっていた。
毎朝スファイはメイに、けたたましく話し掛けるわ、飛び付くわ、抱きしめるわ、キスをねだるわ。
「じゃかぁしいわぁ!しばくぞ!クソボケ!」
と、下町のゴロツキにも負けない位の悪口雑言をスファイに向け吐き捨てるメイ。
そんなアホな光景も、ヒールナー伯爵家の毎朝のルーティンみたいになっていた。
「久しぶりの静かな朝だな。一見穏やかだが。
だが…そう見えるだけで、何も解決していない。
父が襲われて怪我をした事も、今邸にスファイが居ない事も、出来れば若奥様には知らせたくない。」
「奥様だって、今は体調崩してるから部屋にこもってるけど、いつかスチュワート様やスファイの不在に気付くわよね。
サイモン様次第だけれど隠し通すのにも限度はあるわよ。」
「………早期解決を目指すさ。
だが、全てはヒールナー家の方々を守る為にする事。
場合によっては、スファイの無事は切り捨てる。
メイも覚悟だけはしておけ。」
カチュアはメイの肩をポンと叩いて邸を出て行った。
カチュアに叩かれた肩に手を置いたメイは、苦虫を噛み潰したような嫌ーな顔をした。
「スファイを切り捨てる覚悟なんて今更だっつの。
私の場合はさぁ……あのクソボケがさぁ。
無事に戻った時のが、覚悟がいるんだよね。
つか…私の好みじゃないけどクッソイケメンだな…カチュア。」
カチュアは今日一日、休みを取った。
青毛の愛馬に跨り、王都内の貴族街地を走る。
目的地に到着したカチュアは馬を降り、門番に取り次ぎを頼みに手綱を引いて門に駆け寄った。
アポイント無しでの急な訪問、しかも平民であるカチュアが貴族家の子息にお目通り願いたいとの分不相応な申し出。
門前払いされる可能性もあったが、正式な訪問の手順を踏む時間の余裕など無かった。
後は、この邸の者が自分を覚えており、その子息にすぐ取り次いでくれる事に賭けた。
黒い騎士服に赤い髪のカチュアの印象は強く、先日この邸に訪れた際に見た者のほとんどが記憶していた。
子息自らが邸にカチュアを招き入れた事も知っており、それだけで警戒の段階も下がる。
ここ、ウィットワース伯爵邸では。
「急な訪問、誠に申し訳御座いません。
どうか、オースティン様に…………。」
「カチュア殿!!!」
門から遠く離れたアプローチの先で、邸玄関の大扉を開いてオースティンが立っていた。
いつもの艶やかな女装はしておらず、先日王城で会った時の様な貴族紳士らしい格好もしていない。
部屋着に乱れた白い髪と白い無精ひげ姿のオースティンは、まるで老人の様だ。
いつもの青年従者が横におり、オースティンの手を取りながら身体を支え、まるで老人を介護する人のようである。
「オースティン様。御身体、悪くされましたか?
昨日はお元気そうでしたが。」
門番に断りを入れてからカチュアがアプローチを進み、邸の玄関に近付く。
扉を出てすぐ、アプローチに一歩足を踏み出したオースティンは、カチュアを前に感極まった様にボロボロと涙を流した。
アルビノゆえの白髪と無精ひげのせいで、本当に老人にしか見えない。
「オースティン様は、昨日、屍の様になって王城から戻られてから、食事も取らずに部屋にこもったきりになりまして…」
カチュアの問いに答えた従者の若者は、「昨日、貴女が王城でふったのが原因です」と目で訴えた。
そんな従者の視線を一瞥し、カチュアはオースティンの前に片膝をつき、騎士の礼をした。
「急で申し訳ありませんが、本日はウィットワース伯爵家のオースティン様にお願いがあって参りました。」
オースティンの身を支えた従者の若者が、カチュアの唐突な申し出に驚きの表情を見せる。
「お願い?
昨日の王城での態度を詫びに来たとかじゃなく…?
いやいや無理ですよ、オースティン様、今こんなんですよ?
言いたくはありませんが、まずはカチュア様が謝意を示すのが先でしょう。」
「なぜ。」
カチュアは首を傾げた。
従者が「なぜって……」と声に出さずに口だけ動かした。
何で分からないの?と言いたげな表情をカチュアに見せる。
「私は、不必要な謝罪を受けたから、それは必要無いと答えただけです。
それに対して、なぜ私が謝る必要が?
私が今日、訪問したのはオースティン様にしか、お願い出来ない頼み事があったからです。
頼みを聞いて頂く条件として謝罪を求めるのであれば、いくらでも致しますが。」
「それ、謝罪のポーズだけならって意味ですよね?
オースティン様に対する罪悪感など、全く感じてらっしゃらないと!」
「もう、いい。黙っていてくれ…
カチュア殿がわざわざ顔も見たく無いであろう俺を訪ねて来てくれたんだ。
その頼み事とやらは、カチュア殿にとって大事な事なのだろう…。
どうぞ中へ。話をお聞かせ下さい。」
オースティンは、スッと姿勢を正して先に邸に入った。
従者に応接室に案内するよう促したオースティンは、身なりを整える為に一回その場を離れた。
オースティンが来るまでの間、カチュアと応接室に二人きりとなった従者の若者がボソボソとカチュアに聞こえる位の声で呟き始めた。
「正直に申しますと、オースティン様の今までを知っている私からすれば自業自得だと思ってます。
ですけれど…今回のオースティン様の消沈ぶりが凄すぎて…余りにも気の毒で…。
すみません、カチュア様に当たってしまいました。」
「主人に代わり怒る事も謝る事も出来る。
貴方は良い従者だ。
オースティン様には、貴方の様に親身になってくれる方が側に居るのですね。
若奥様が仰る様なただのヤリチンボンボンでは無い様だ。」
「どうしようもない方ですが、ああ見えて根は優しい方なんですよ。
……ヤリチンボンボン?ヤリチンボンボンとは…?」
カチュアに微笑を向けられてそのイケメンぶりに何故か焦り一瞬スルーしたが、何だか元令嬢や貴族の若奥様が口にしちゃならない単語を聞いた気がする。
思わず聞き返したが、カチュアはフフッと良い笑顔を見せているだけで、それ以上は何も話さなかった。
しばし時間を置いて
取り急ぎ人前に出られる程度に身なりを整えたオースティンが現れた。
衣服を着替え、乱れた髪を梳かして縛った程度ではあるが、急を要するらしいカチュアを待たせない為の配慮を見せた。
「髭も剃らず、この様な姿で申し訳ない。
貴女が私を訪ねて来るなど…何かよほどお困りの事があったのでしょう。」
カチュアの向かいのソファに腰を下ろしたオースティンは挨拶もそこそこに、すぐに話を聞く態勢に入った。
カチュアは頷き、すぐさま本題に入る。
「オースティン様は幾つもの社交の場に赴き、多くの貴族の方々との交流があると伺いました。
爵位は存じませんが、マンバドナという貴族名をご存知無いでしょうか。」
「マンバドナ……子爵の事でしょうか?」
まさか、訊ねてすぐに答えが返って来るとは思わなかったカチュアは、思わず席を立ちテーブルに手を置いて身をオースティンの方に乗り出した。
「ご存知か!
その方が今何処におり、どのような事をしてるのか…
知ってらっしゃるなら教えて頂きたい!」
「あの方は、グイザール公爵の子飼いでした。
公爵の悪事に表立って加担してはなかったので粛清の対象とはなりませんでしたが、爵位を剥奪されたと聞いております。
今現在、あの方の動向については……調べれば分かるかも知れませんが……。」
「是非、お願いしたい!
財の無い私には礼として差し出せる物が我が身一つしか無いが、私を自由にして良い。
それで、お願い出来るだろうか。」
カチュアの申し出に、オースティンより先に従者がいち早く反応した。
常にオースティンと行動を共にする彼にも、オースティンと同じ位に貴族の情報が頭に入っている。
「カチュア様の申し出、それはカチュア様がオースティン様の妻になる事も受け入れるって事ですか?
破格の条件ですよね。
ですが、グイザール公爵様に関わった方をお調べするのは勘弁願いたい。」
「なぜ?私が調べて頂きたいのはマンバドナ子爵の事です。
元がグイザール公爵様の子飼いだったとしても、公爵様はもう亡くなった。今は関係無いのでは?」
グイザール公爵は、王家に次ぐ権力を有した貴族だったが、欲深く悪辣で、長くラジェアベリアという国を冒し続けてきた。
カチュアは詳しく知らないが、スティーヴン王太子妃殿下のウィリア様の両親が彼らによって亡くなったと聞いた事がある。
「グイザール公爵様には、多くの庶子がいました。
それに、粛清には至らなかったが関わった貴族は思いの外多い。
そして彼らはまだ「何か」を諦めてはいない。」
最期をポツリと呟いたオースティンは一回目を伏せ、深い溜め息を吐いた。
「いいでしょう、お調べします。
と、言いましても私の方で手に入れられるのは、噂話程度でしょうが。」
「オースティン様!危険です!」
従者がオースティンを危険だからと止めようとした。
亡くなったグイザールに関わる、危険な動きが今現在ある事をオースティン達は知っているのだとカチュアは確信した。
そこにスファイが巻き込まれた可能性がある。
ヒールナー伯爵家の使用人としてではなく、恐らくグイザール公爵の庶子の一人として。
これをヒールナー伯爵家には累が及ばないと考えるのは早計だろう。
「危険を承知でお願いしたい!
私の大切な方たちの平穏を取り戻す為に…どうか…
私に出来る事ならば何でもする。頼む!
この通りだ!」
カチュアが床に正座をし、両手を床について頭を深く下げた。
土下座はこの世界には無い文化だが、ミランダが何処からか取り出す薄い本の住所欄までも熟読するカチュアには、顔文字を含めてこの所作が謝罪や頼み込む時の姿勢として頭に入っている。
「女として扱ってもいい!
どのような扱いも受け入れる!だから…お願いだ!」
カチュアは自身の処女を差し出しても良いとさえ思った。
一生、女として扱われるつもりは無かったが、そんな事でヒールナー家に不幸が持ち込まれる可能性が僅かでも減るならば、それで良いと思った。
一夜限り弄ばれて終るのも、愛人として飼われるのも、望む通りに応じるつもりだ。
それと引き換えに情報が手に入るならば安いものだと。
邸の中が明るく見えるだけで、平和な朝が訪れたような錯覚が起こる。
「私にとっては、平和ではあるんだけどねー。」
いつもの様に侍女服に身を包み、侍女としての朝の仕事を始めたメイが、騎士服のまま佇むカチュアに聞こえる様に呟いた。
神聖国への旅路から帰ってからのメイは、スファイのせいで平和で静かな朝を迎える事が難しくなっていた。
毎朝スファイはメイに、けたたましく話し掛けるわ、飛び付くわ、抱きしめるわ、キスをねだるわ。
「じゃかぁしいわぁ!しばくぞ!クソボケ!」
と、下町のゴロツキにも負けない位の悪口雑言をスファイに向け吐き捨てるメイ。
そんなアホな光景も、ヒールナー伯爵家の毎朝のルーティンみたいになっていた。
「久しぶりの静かな朝だな。一見穏やかだが。
だが…そう見えるだけで、何も解決していない。
父が襲われて怪我をした事も、今邸にスファイが居ない事も、出来れば若奥様には知らせたくない。」
「奥様だって、今は体調崩してるから部屋にこもってるけど、いつかスチュワート様やスファイの不在に気付くわよね。
サイモン様次第だけれど隠し通すのにも限度はあるわよ。」
「………早期解決を目指すさ。
だが、全てはヒールナー家の方々を守る為にする事。
場合によっては、スファイの無事は切り捨てる。
メイも覚悟だけはしておけ。」
カチュアはメイの肩をポンと叩いて邸を出て行った。
カチュアに叩かれた肩に手を置いたメイは、苦虫を噛み潰したような嫌ーな顔をした。
「スファイを切り捨てる覚悟なんて今更だっつの。
私の場合はさぁ……あのクソボケがさぁ。
無事に戻った時のが、覚悟がいるんだよね。
つか…私の好みじゃないけどクッソイケメンだな…カチュア。」
カチュアは今日一日、休みを取った。
青毛の愛馬に跨り、王都内の貴族街地を走る。
目的地に到着したカチュアは馬を降り、門番に取り次ぎを頼みに手綱を引いて門に駆け寄った。
アポイント無しでの急な訪問、しかも平民であるカチュアが貴族家の子息にお目通り願いたいとの分不相応な申し出。
門前払いされる可能性もあったが、正式な訪問の手順を踏む時間の余裕など無かった。
後は、この邸の者が自分を覚えており、その子息にすぐ取り次いでくれる事に賭けた。
黒い騎士服に赤い髪のカチュアの印象は強く、先日この邸に訪れた際に見た者のほとんどが記憶していた。
子息自らが邸にカチュアを招き入れた事も知っており、それだけで警戒の段階も下がる。
ここ、ウィットワース伯爵邸では。
「急な訪問、誠に申し訳御座いません。
どうか、オースティン様に…………。」
「カチュア殿!!!」
門から遠く離れたアプローチの先で、邸玄関の大扉を開いてオースティンが立っていた。
いつもの艶やかな女装はしておらず、先日王城で会った時の様な貴族紳士らしい格好もしていない。
部屋着に乱れた白い髪と白い無精ひげ姿のオースティンは、まるで老人の様だ。
いつもの青年従者が横におり、オースティンの手を取りながら身体を支え、まるで老人を介護する人のようである。
「オースティン様。御身体、悪くされましたか?
昨日はお元気そうでしたが。」
門番に断りを入れてからカチュアがアプローチを進み、邸の玄関に近付く。
扉を出てすぐ、アプローチに一歩足を踏み出したオースティンは、カチュアを前に感極まった様にボロボロと涙を流した。
アルビノゆえの白髪と無精ひげのせいで、本当に老人にしか見えない。
「オースティン様は、昨日、屍の様になって王城から戻られてから、食事も取らずに部屋にこもったきりになりまして…」
カチュアの問いに答えた従者の若者は、「昨日、貴女が王城でふったのが原因です」と目で訴えた。
そんな従者の視線を一瞥し、カチュアはオースティンの前に片膝をつき、騎士の礼をした。
「急で申し訳ありませんが、本日はウィットワース伯爵家のオースティン様にお願いがあって参りました。」
オースティンの身を支えた従者の若者が、カチュアの唐突な申し出に驚きの表情を見せる。
「お願い?
昨日の王城での態度を詫びに来たとかじゃなく…?
いやいや無理ですよ、オースティン様、今こんなんですよ?
言いたくはありませんが、まずはカチュア様が謝意を示すのが先でしょう。」
「なぜ。」
カチュアは首を傾げた。
従者が「なぜって……」と声に出さずに口だけ動かした。
何で分からないの?と言いたげな表情をカチュアに見せる。
「私は、不必要な謝罪を受けたから、それは必要無いと答えただけです。
それに対して、なぜ私が謝る必要が?
私が今日、訪問したのはオースティン様にしか、お願い出来ない頼み事があったからです。
頼みを聞いて頂く条件として謝罪を求めるのであれば、いくらでも致しますが。」
「それ、謝罪のポーズだけならって意味ですよね?
オースティン様に対する罪悪感など、全く感じてらっしゃらないと!」
「もう、いい。黙っていてくれ…
カチュア殿がわざわざ顔も見たく無いであろう俺を訪ねて来てくれたんだ。
その頼み事とやらは、カチュア殿にとって大事な事なのだろう…。
どうぞ中へ。話をお聞かせ下さい。」
オースティンは、スッと姿勢を正して先に邸に入った。
従者に応接室に案内するよう促したオースティンは、身なりを整える為に一回その場を離れた。
オースティンが来るまでの間、カチュアと応接室に二人きりとなった従者の若者がボソボソとカチュアに聞こえる位の声で呟き始めた。
「正直に申しますと、オースティン様の今までを知っている私からすれば自業自得だと思ってます。
ですけれど…今回のオースティン様の消沈ぶりが凄すぎて…余りにも気の毒で…。
すみません、カチュア様に当たってしまいました。」
「主人に代わり怒る事も謝る事も出来る。
貴方は良い従者だ。
オースティン様には、貴方の様に親身になってくれる方が側に居るのですね。
若奥様が仰る様なただのヤリチンボンボンでは無い様だ。」
「どうしようもない方ですが、ああ見えて根は優しい方なんですよ。
……ヤリチンボンボン?ヤリチンボンボンとは…?」
カチュアに微笑を向けられてそのイケメンぶりに何故か焦り一瞬スルーしたが、何だか元令嬢や貴族の若奥様が口にしちゃならない単語を聞いた気がする。
思わず聞き返したが、カチュアはフフッと良い笑顔を見せているだけで、それ以上は何も話さなかった。
しばし時間を置いて
取り急ぎ人前に出られる程度に身なりを整えたオースティンが現れた。
衣服を着替え、乱れた髪を梳かして縛った程度ではあるが、急を要するらしいカチュアを待たせない為の配慮を見せた。
「髭も剃らず、この様な姿で申し訳ない。
貴女が私を訪ねて来るなど…何かよほどお困りの事があったのでしょう。」
カチュアの向かいのソファに腰を下ろしたオースティンは挨拶もそこそこに、すぐに話を聞く態勢に入った。
カチュアは頷き、すぐさま本題に入る。
「オースティン様は幾つもの社交の場に赴き、多くの貴族の方々との交流があると伺いました。
爵位は存じませんが、マンバドナという貴族名をご存知無いでしょうか。」
「マンバドナ……子爵の事でしょうか?」
まさか、訊ねてすぐに答えが返って来るとは思わなかったカチュアは、思わず席を立ちテーブルに手を置いて身をオースティンの方に乗り出した。
「ご存知か!
その方が今何処におり、どのような事をしてるのか…
知ってらっしゃるなら教えて頂きたい!」
「あの方は、グイザール公爵の子飼いでした。
公爵の悪事に表立って加担してはなかったので粛清の対象とはなりませんでしたが、爵位を剥奪されたと聞いております。
今現在、あの方の動向については……調べれば分かるかも知れませんが……。」
「是非、お願いしたい!
財の無い私には礼として差し出せる物が我が身一つしか無いが、私を自由にして良い。
それで、お願い出来るだろうか。」
カチュアの申し出に、オースティンより先に従者がいち早く反応した。
常にオースティンと行動を共にする彼にも、オースティンと同じ位に貴族の情報が頭に入っている。
「カチュア様の申し出、それはカチュア様がオースティン様の妻になる事も受け入れるって事ですか?
破格の条件ですよね。
ですが、グイザール公爵様に関わった方をお調べするのは勘弁願いたい。」
「なぜ?私が調べて頂きたいのはマンバドナ子爵の事です。
元がグイザール公爵様の子飼いだったとしても、公爵様はもう亡くなった。今は関係無いのでは?」
グイザール公爵は、王家に次ぐ権力を有した貴族だったが、欲深く悪辣で、長くラジェアベリアという国を冒し続けてきた。
カチュアは詳しく知らないが、スティーヴン王太子妃殿下のウィリア様の両親が彼らによって亡くなったと聞いた事がある。
「グイザール公爵様には、多くの庶子がいました。
それに、粛清には至らなかったが関わった貴族は思いの外多い。
そして彼らはまだ「何か」を諦めてはいない。」
最期をポツリと呟いたオースティンは一回目を伏せ、深い溜め息を吐いた。
「いいでしょう、お調べします。
と、言いましても私の方で手に入れられるのは、噂話程度でしょうが。」
「オースティン様!危険です!」
従者がオースティンを危険だからと止めようとした。
亡くなったグイザールに関わる、危険な動きが今現在ある事をオースティン達は知っているのだとカチュアは確信した。
そこにスファイが巻き込まれた可能性がある。
ヒールナー伯爵家の使用人としてではなく、恐らくグイザール公爵の庶子の一人として。
これをヒールナー伯爵家には累が及ばないと考えるのは早計だろう。
「危険を承知でお願いしたい!
私の大切な方たちの平穏を取り戻す為に…どうか…
私に出来る事ならば何でもする。頼む!
この通りだ!」
カチュアが床に正座をし、両手を床について頭を深く下げた。
土下座はこの世界には無い文化だが、ミランダが何処からか取り出す薄い本の住所欄までも熟読するカチュアには、顔文字を含めてこの所作が謝罪や頼み込む時の姿勢として頭に入っている。
「女として扱ってもいい!
どのような扱いも受け入れる!だから…お願いだ!」
カチュアは自身の処女を差し出しても良いとさえ思った。
一生、女として扱われるつもりは無かったが、そんな事でヒールナー家に不幸が持ち込まれる可能性が僅かでも減るならば、それで良いと思った。
一夜限り弄ばれて終るのも、愛人として飼われるのも、望む通りに応じるつもりだ。
それと引き換えに情報が手に入るならば安いものだと。
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