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123話◆ヒールナー伯爵家、護衛騎士カティス。
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燃え盛る炎の様な赤いドレスを身に纏った美しい白髪の長身の令嬢。
荷物を持たせた従者を二人従えた彼女いや彼は、ヒールナー邸のアプローチをしゃなりしゃなりと歩いていた。
令嬢の様に見える出で立ちではあるが、彼はウィットワース伯爵家の次期当主である嫡男オースティンである。
ここ最近贈り物と称し、それを届けたいとヒールナー伯爵邸を訪問しては、優秀な侍女であるカチュアを高待遇で引き抜きたいと訴えて来る。
対応をするのはヒールナー伯爵と、侍女頭のモーリン。
伯爵は幾度となくオースティンに
「カチュアは亡くなった妻の親友の娘であり、ヒールナー伯爵家にて大事にすると誓ったので。」
と言って何度も断ったのだが、懲りないオースティンは無下に断わられる事が無いようにと正式な手順を踏んでは度々訪問して来る。
その鬱陶しさに苛立った今は亡き、ヒールナー伯爵夫人のグレイスが
「化けて出たって事にして、私が斬りつけてやろうかしら?
呪われたくなかったら、もう来んなって。」
なんて呟いてしまう程に、彼の身勝手極まりない行動と言い分に、使用人を含むヒールナー伯爵邸の皆が度重なる彼の訪問に辟易としていた。
邸に続くアプローチを歩くオースティンの前に、此度初めてミランダが立ちはだかった。
「まぁ、ミランダ様。ご機嫌麗しゅうございます。」
「こうやって、面と向かってご挨拶するのは初めてですわね、オースティン様。」
ミランダは、初めて近くでオースティンを見た。
ゲームの中では、学園のOBとしてチャラいプレイボーイの様なキャラとして出ていた。
まさか現実で会ってみたら、ゲーム舞台から数年を経てオネェになっているとは思わなかったが。
「オネェじゃなくて単なる女装だっけ。
女なんて、とっかえひっかえ出来るモンだって思ってるような生粋の女好きキャラだったもんな…。
サイモンに聞いた時に違和感あったのよね。」
ミランダはカチュアから聞いた情報を頭に思い浮かべ呟いた。
━━現在の彼は、身(見た目)も心も女になったと周りから思われているようですが、実際は身も心も立派に男のままです━━と。
以前までは、とっかえひっかえ女遊びを繰り返していたが、今は遊ぶ相手を選ぶようになったとの事。
どちらにしろ節操無しだ。
「まぁ…カチュアさんの主であるミランダ様が直々にわたくしを出迎えて下さるなんて光栄ですわ。」
オースティンの視線が、値踏みをする様にミランダの頭から爪先までをスゥっと流れた。
そして扇を開いて口元を隠し、ポツリと呟く。
「地味…ですわね。」
「はぁ!?聞こえてるんだけど!!
そういう台詞はね、口に出さずに心で思ってなさいよ!
ゲームん中でもムカつく奴だったけど実物もムカつく!
いっそ、ゲーム通りオフィーリアさんにコナ掛けて、けちょんけちょんにされてしまってれば良かったのに!」
ゲーム上では、OBとしてたまたま訪れた学園で主人公のオフィーリアを見掛けたオースティンが主人公をナンパする様に声を掛けるのが始まり。
オフィーリアは軽薄そうな彼を警戒して無視するが、自分になびかない女が居る事に納得出来ない彼は、ずっとあの手この手でオフィーリアにちょっかいを出してくる。
今のカチュアに対しての行動と何ら変わり無い。
そんな彼は主人公と他の攻略対象との親密度が一定値以上になるとフェードアウトする様に主人公に関わらなくなってくる。
なのでオースティンを攻略するには、他のキャラとの親密度を上げない事が条件。
━━サイモンとの親密度を上げない、それがどんなに辛かった事か!
推しとの会話の選択肢を、すべて駄目な方を選んでゆくなんて!
サイモンの問掛けに、『はい…(赤面)』ではなく、『べつに…(真顔)』を選択したわたしの胸の痛みが分かるか!テメェ!━━
それはゲームの中での話ではあるが、この世界が現実である以上オースティンもオフィーリアに会った事はあるハズであろう。
だが、現実でのサイモンがオフィーリアを恐ろしい女だと認識していた様に、オースティンもそうだったのかも知れない。
と、言うかオースティン攻略でもディアーナは悪役令嬢として現れる。
オースティンに何度も声を掛けられる主人公に対して、隙を見せて男を惑わせる、はしたない女だと嫌味を言いに現れる。
ミランダの淑女にあるまじき言葉遣いと勢いに、少しばかり面食らった様になったオースティンだったが、ミランダの口から出た言葉に反応したのか目線がフイと逸らされた。
「あらオースティン様、もしかしてわたくしの友人……
オフィーリアさんをご存知なのですか?」
━━めっちゃ反応したよね?オフィーリアさんって名前に。
ゲーム同様、学園に居た頃にナンパしたのかしら?
あれをナンパって、勇者だわね。━━
「ご、ご友人なんですの!?
あんな、おっかないのと……!!」
ミランダは悟った。
コイツ、やはりゲームと同じ様にオフィーリアさんをナンパしやがった事があるんだ。
で、玉砕したと。
「今までの人生であんな、恐ろしい女に会った事無い!
声を掛けた途端に俺の前髪が思い切り掴まれて……
「引っ込んでろ、しらが頭。むしるぞ。」と可愛い声で言われた時の恐怖…!
女どもに無理心中させられそうになった時より怖かったんだが!」
恐怖の瞬間を思い出したせいか男としての素が出てしまっているオースティンに、ミランダがフッと小馬鹿にした笑みを浮かべた。
「ディアーナを手に入れるために殿下を攻略中だったレオン…いえ、オフィーリアさんの邪魔をすりゃ…まぁ、そうなるでしょうね。ざまあみろ。
そもそもが女をナメ過ぎなんですよね、オースティン様は。
ホント、マジで一回けちょんけちょんにされたらいーのに。」
ハンッと息を吐いて悪態をつくミランダにオースティンが険しい顔をする。
「……いくら、伯爵家の奥方であろうと口が過ぎるのでは無くて?」
ミランダは、ついついゲームプレイヤー側での本音を口にした事に「あら?」と口をつぐんだ。
それでも、大事なカチュアを自分本位に奪い取ろうとしている事は、やはり許しがたい。
「貴方こそ、貴族のぼんぼんだからって度が過ぎますのよ。
おわかり?」
ゲームの登場人物としての彼を見知っているせいか、ミランダは貴族の令息を前に怯む事が無かった。
大事なカチュアを強引に自分のモノにしようとする態度も気に食わないが、愛するサイモンが兄弟子である彼に対してへりくだった態度を見せたら嫌だという思いもある。
━━サイモンの兄弟子だからって、サイモンがこんな奴に頭を下げたりする姿なんて見たくないもん!
サイモンには会わせたくないし、そうなる前にわたしがカチュアの主として出張るわ。さっさと追っ払ってしまおう。
で、もう二度と来んな!ってね。
それに………
かつて暮らしていた日本でも、「女のクセに」とか言って女性を男性より下に見る人は居た。
こちらの世界にも、女性を蔑視するような男は少なからず居るみたい。
貴族の男性となると特に差別傾向が強くなりがちだそうで、カチュアの父親をしていたライオット子爵は男尊女卑や平民侮蔑の傾向が強いオッサンだったと聞いた。
実は一番無能だった癖にな。
そんなムカつくオッサンと同じニオイがするのよ、オースティン!お前は!━━
「貴方はカチュアを……女だと、平民だと、自分より下の者だと見下しているのですわよ。
わたし達、ヒールナー伯爵家の者にとってカチュアは家族と同じですわ。
女だとか平民とか関係なく。モノじゃないのです。
ホイホイくれてやったり出来ませんのよ!
アンタみたいなヤリチン野郎にはな!!」
ヒートアップしたせいで、ビシッと白髪オネエを指を差して、本音をぶちまかしてしまったわたし。
前世でゲームの中のオースティンに向けていた苛立ちが、まんま口から出たような感じになってしまった。
「失礼な女だな!!
ここんとこ自重気味だし今の俺はヤリチン野郎じゃない!
サイモンの女房、口が汚いな!」
「口が汚い?これでもディアーナよりは幾分かはマシなんだから!!
さっさと帰れ!元ヤリチンのカマ男め!!」
伯爵家の敷地内に響き渡る、低俗で低次元な言葉の応酬。
低次元過ぎて周りが唖然となり、ヒールナー伯爵邸の使用人達も、オースティンが連れてきた従者も、誰も二人の口論を止めに入れない。
邸に近付くなとばかりにアプローチの真ん中に立ちはだかるミランダの背後に、邸から出て来た喪服ドレスを着たアセレーナが立った。
「若奥様、わたくしの娘を守って頂きありがとうございます。
ですが…もう良いのです。」
「アセレーナさん!!よく無いわよ!!
こんなヤリチンにカチュアを渡せないわ!」
顔を隠す黒いヴェールの向こう側で、アセレーナが赤くなった頬を押さえている。
年の割に純でうぶなアセレーナには、ミランダの口から発せられた『ヤリチン』の単語も刺激が強いらしい。
「まぁ、カチュアさんのお母様ですの?
話の通じる方がいらして下さって良かったわ。
カチュアさんは、わたくしの邸で侍女を勤めた方が幸せになれますわよ。
お給金も、待遇も、全てここより良い条件での……」
言い終わらない内に、口をつぐむ様にとオースティンの口の前にアセレーナの持つ剣の切っ先が向けられた。
「ペラペラと五月蝿い口ですこと。
わたくし達の弟子であるアリエスには、見る目が無いのかしら?
指輪を渡すには剣の腕だけではなく、人となりも見なさいと教えた筈なのだけれど。」
━━おお!そっか、表向きはグレイスお義母様がアリエス先生の師匠だけど、銀狼鬼であるアセレーナさんも師匠となるのね!多分!
つか、アリエス先生の奥様はカチュアのお姉さんでアセレーナさんの娘さん。
だからアセレーナさんはアリエス先生のお義母様になるものね!━━
ミランダが一人納得し、ふんふんと鼻息を荒くして何故かドヤ顔をする。
一方、剣先を顔に向けられたオースティンは不愉快そうな表情を隠しもせずにアセレーナを睨め付けた。
「我が師アリエスの師だからと言って、この私が女に剣を向けられるのは腹が立つわね。」
「ホホホ、嫌ですわね。
貴女も女なのでしょう?お互い様ではなくて?
女の貴女に城で剣を向けられたと聞きましたわよ。
わたくしの息子から。」
「へ?息子………」
アセレーナの言葉に、ミランダが「ン?」と不思議そうな顔をする。
ポケッとしたミランダの背後で邸の玄関の大扉が開き、邸から執事の姿をしたスチュワートと男性騎士の軽装を身に着けたカチュアが出て来た。
「こちらのヒールナー伯爵邸には、もうカチュアという侍女はおりません。
申し訳ございませんが、お引取り願えますでしょうか。」
髭をたくわえたロマンスグレーのスチュワートさんは、柔らかい笑顔に柔らかい口調で、オースティンに強い圧を飛ばす。
強い剣士でもあるオースティンは、それでも怯まずにスチュワートの背後に立つ男装のカチュアを見た。
「そこに居るじゃないの。
カチュアさん、わたくし貴女の様な女性は初めてですの!
わたくし、貴女をもっと知りたいわ!
悪いようにはしませんわ、わたくしといらして!?」
ミランダは憎々しげにオースティンを見た。
ゲームの中では女性陣の取り巻きを連れたチャラい、プレイボーイだった。
主人公とエンディングを迎えれば、真実の愛を知っただの有りがちな台詞を吐いて、他の女のコ達との縁は切っていたが。
今のオースティンを見ていれば、真実の愛なんて言葉とは程遠い人種だ。
女性を可愛がりはするが尊重する気は薄い。
カチュアの様なタイプは初めてだからと執着する。
その様子は、女性をタイプ別にコンプリートしたいコレクターの様で反吐が出る。
こんなオースティンを、ゲームの主人公はどうやって虜にしたんだろうなと思う。
ゲーム上では、誰よりも多く普通のイベント起こしただけだしな。うん。
「頭が悪い奴だな。
カチュアという女はもう居ないと言ったろう。」
スチュワートの背後から男装姿のカチュアが前に進み、オースティンの前に立つ。
カチュアは女性としては長身だが、男性の中でも長身のオースティンよりは背が低い。
見上げるような態勢になるが、カチュアには萎縮した態度が一切見られない。
女性らしさを一切出さないカチュアに、オースティンがニッと笑った。
「ああ…そういう……
それも面白いですわね…ふふ…申し訳ございません。
申し遅れましたが、わたくしオリビアと申します。
貴方様のお名前をお伺いして、よろしいかしら。」
━━オースティンの馬鹿は、これを男女の立場を入れ替えた遊びだと思っているんだ。
確かに、貴族の中には自身が女装をし、相手の女性に男装させて遊ぶ人も居るらしいけど……━━
この世界ならではのコスプレプレーなのだろうか。
それをカチュアが提案したと思っているらしい。
「俺の名前はカティス。
この邸では侍女に身を扮して若奥様のミランダ様の護衛騎士をしている。」
「まぁ…護衛騎士を…うふふ…悪くないですわ…。
その騎士服に包まれた痩躯の御身体…美しいのでしょうね…」
脱がせた男性衣装の中身が女性の肉体。
その先に続く行為まで良からぬ想像をしたのか、白い頬を薄紅色に染めて熱に浮かされたような艶めいた表情を見せるアルビノのオースティンは、顔だけ見ていれば神秘的で儚げで本当に美しい女だ。
いかんせん、儚いには程遠い程ガタイがデカい。
「確かに細身ではあるが、美しいかどうかは分からんな。
見せてやっても構わないが……
見せるからには、ただでは返せんな。」
カチュアはオースティンの作り物の胸の膨らみに、指先を当てた。
「ちょ、ちょっとカチュア!!何を言ってんの!!
ま、まさか…アレにアレを許す気!?」
思わずミランダが濁しながらも声を上げて止めた。
こんなゴリラみたいなオネエと二人きりにしたら、カチュアが強引に『女』にされてしまうかも知れない。
『女』を奪われてしまうかも知れない。
「ふふっ…まさか。
許しはしませんが、俺も覚悟を決めないと。
アレに奪われるようでは、所詮その程度って事ですよ」
カチュアはスチュワートから手渡された剣を腰に携え、オースティンの元に進み、その手を取り甲に口付けた。
「レディをお邸にお送り致します。」
━━ああっカチュア!
手籠めにされたりせずに無事に帰って来て!!━━
ミランダはオースティンについて邸の門を出て行くカチュアを不安げに見送った。
荷物を持たせた従者を二人従えた彼女いや彼は、ヒールナー邸のアプローチをしゃなりしゃなりと歩いていた。
令嬢の様に見える出で立ちではあるが、彼はウィットワース伯爵家の次期当主である嫡男オースティンである。
ここ最近贈り物と称し、それを届けたいとヒールナー伯爵邸を訪問しては、優秀な侍女であるカチュアを高待遇で引き抜きたいと訴えて来る。
対応をするのはヒールナー伯爵と、侍女頭のモーリン。
伯爵は幾度となくオースティンに
「カチュアは亡くなった妻の親友の娘であり、ヒールナー伯爵家にて大事にすると誓ったので。」
と言って何度も断ったのだが、懲りないオースティンは無下に断わられる事が無いようにと正式な手順を踏んでは度々訪問して来る。
その鬱陶しさに苛立った今は亡き、ヒールナー伯爵夫人のグレイスが
「化けて出たって事にして、私が斬りつけてやろうかしら?
呪われたくなかったら、もう来んなって。」
なんて呟いてしまう程に、彼の身勝手極まりない行動と言い分に、使用人を含むヒールナー伯爵邸の皆が度重なる彼の訪問に辟易としていた。
邸に続くアプローチを歩くオースティンの前に、此度初めてミランダが立ちはだかった。
「まぁ、ミランダ様。ご機嫌麗しゅうございます。」
「こうやって、面と向かってご挨拶するのは初めてですわね、オースティン様。」
ミランダは、初めて近くでオースティンを見た。
ゲームの中では、学園のOBとしてチャラいプレイボーイの様なキャラとして出ていた。
まさか現実で会ってみたら、ゲーム舞台から数年を経てオネェになっているとは思わなかったが。
「オネェじゃなくて単なる女装だっけ。
女なんて、とっかえひっかえ出来るモンだって思ってるような生粋の女好きキャラだったもんな…。
サイモンに聞いた時に違和感あったのよね。」
ミランダはカチュアから聞いた情報を頭に思い浮かべ呟いた。
━━現在の彼は、身(見た目)も心も女になったと周りから思われているようですが、実際は身も心も立派に男のままです━━と。
以前までは、とっかえひっかえ女遊びを繰り返していたが、今は遊ぶ相手を選ぶようになったとの事。
どちらにしろ節操無しだ。
「まぁ…カチュアさんの主であるミランダ様が直々にわたくしを出迎えて下さるなんて光栄ですわ。」
オースティンの視線が、値踏みをする様にミランダの頭から爪先までをスゥっと流れた。
そして扇を開いて口元を隠し、ポツリと呟く。
「地味…ですわね。」
「はぁ!?聞こえてるんだけど!!
そういう台詞はね、口に出さずに心で思ってなさいよ!
ゲームん中でもムカつく奴だったけど実物もムカつく!
いっそ、ゲーム通りオフィーリアさんにコナ掛けて、けちょんけちょんにされてしまってれば良かったのに!」
ゲーム上では、OBとしてたまたま訪れた学園で主人公のオフィーリアを見掛けたオースティンが主人公をナンパする様に声を掛けるのが始まり。
オフィーリアは軽薄そうな彼を警戒して無視するが、自分になびかない女が居る事に納得出来ない彼は、ずっとあの手この手でオフィーリアにちょっかいを出してくる。
今のカチュアに対しての行動と何ら変わり無い。
そんな彼は主人公と他の攻略対象との親密度が一定値以上になるとフェードアウトする様に主人公に関わらなくなってくる。
なのでオースティンを攻略するには、他のキャラとの親密度を上げない事が条件。
━━サイモンとの親密度を上げない、それがどんなに辛かった事か!
推しとの会話の選択肢を、すべて駄目な方を選んでゆくなんて!
サイモンの問掛けに、『はい…(赤面)』ではなく、『べつに…(真顔)』を選択したわたしの胸の痛みが分かるか!テメェ!━━
それはゲームの中での話ではあるが、この世界が現実である以上オースティンもオフィーリアに会った事はあるハズであろう。
だが、現実でのサイモンがオフィーリアを恐ろしい女だと認識していた様に、オースティンもそうだったのかも知れない。
と、言うかオースティン攻略でもディアーナは悪役令嬢として現れる。
オースティンに何度も声を掛けられる主人公に対して、隙を見せて男を惑わせる、はしたない女だと嫌味を言いに現れる。
ミランダの淑女にあるまじき言葉遣いと勢いに、少しばかり面食らった様になったオースティンだったが、ミランダの口から出た言葉に反応したのか目線がフイと逸らされた。
「あらオースティン様、もしかしてわたくしの友人……
オフィーリアさんをご存知なのですか?」
━━めっちゃ反応したよね?オフィーリアさんって名前に。
ゲーム同様、学園に居た頃にナンパしたのかしら?
あれをナンパって、勇者だわね。━━
「ご、ご友人なんですの!?
あんな、おっかないのと……!!」
ミランダは悟った。
コイツ、やはりゲームと同じ様にオフィーリアさんをナンパしやがった事があるんだ。
で、玉砕したと。
「今までの人生であんな、恐ろしい女に会った事無い!
声を掛けた途端に俺の前髪が思い切り掴まれて……
「引っ込んでろ、しらが頭。むしるぞ。」と可愛い声で言われた時の恐怖…!
女どもに無理心中させられそうになった時より怖かったんだが!」
恐怖の瞬間を思い出したせいか男としての素が出てしまっているオースティンに、ミランダがフッと小馬鹿にした笑みを浮かべた。
「ディアーナを手に入れるために殿下を攻略中だったレオン…いえ、オフィーリアさんの邪魔をすりゃ…まぁ、そうなるでしょうね。ざまあみろ。
そもそもが女をナメ過ぎなんですよね、オースティン様は。
ホント、マジで一回けちょんけちょんにされたらいーのに。」
ハンッと息を吐いて悪態をつくミランダにオースティンが険しい顔をする。
「……いくら、伯爵家の奥方であろうと口が過ぎるのでは無くて?」
ミランダは、ついついゲームプレイヤー側での本音を口にした事に「あら?」と口をつぐんだ。
それでも、大事なカチュアを自分本位に奪い取ろうとしている事は、やはり許しがたい。
「貴方こそ、貴族のぼんぼんだからって度が過ぎますのよ。
おわかり?」
ゲームの登場人物としての彼を見知っているせいか、ミランダは貴族の令息を前に怯む事が無かった。
大事なカチュアを強引に自分のモノにしようとする態度も気に食わないが、愛するサイモンが兄弟子である彼に対してへりくだった態度を見せたら嫌だという思いもある。
━━サイモンの兄弟子だからって、サイモンがこんな奴に頭を下げたりする姿なんて見たくないもん!
サイモンには会わせたくないし、そうなる前にわたしがカチュアの主として出張るわ。さっさと追っ払ってしまおう。
で、もう二度と来んな!ってね。
それに………
かつて暮らしていた日本でも、「女のクセに」とか言って女性を男性より下に見る人は居た。
こちらの世界にも、女性を蔑視するような男は少なからず居るみたい。
貴族の男性となると特に差別傾向が強くなりがちだそうで、カチュアの父親をしていたライオット子爵は男尊女卑や平民侮蔑の傾向が強いオッサンだったと聞いた。
実は一番無能だった癖にな。
そんなムカつくオッサンと同じニオイがするのよ、オースティン!お前は!━━
「貴方はカチュアを……女だと、平民だと、自分より下の者だと見下しているのですわよ。
わたし達、ヒールナー伯爵家の者にとってカチュアは家族と同じですわ。
女だとか平民とか関係なく。モノじゃないのです。
ホイホイくれてやったり出来ませんのよ!
アンタみたいなヤリチン野郎にはな!!」
ヒートアップしたせいで、ビシッと白髪オネエを指を差して、本音をぶちまかしてしまったわたし。
前世でゲームの中のオースティンに向けていた苛立ちが、まんま口から出たような感じになってしまった。
「失礼な女だな!!
ここんとこ自重気味だし今の俺はヤリチン野郎じゃない!
サイモンの女房、口が汚いな!」
「口が汚い?これでもディアーナよりは幾分かはマシなんだから!!
さっさと帰れ!元ヤリチンのカマ男め!!」
伯爵家の敷地内に響き渡る、低俗で低次元な言葉の応酬。
低次元過ぎて周りが唖然となり、ヒールナー伯爵邸の使用人達も、オースティンが連れてきた従者も、誰も二人の口論を止めに入れない。
邸に近付くなとばかりにアプローチの真ん中に立ちはだかるミランダの背後に、邸から出て来た喪服ドレスを着たアセレーナが立った。
「若奥様、わたくしの娘を守って頂きありがとうございます。
ですが…もう良いのです。」
「アセレーナさん!!よく無いわよ!!
こんなヤリチンにカチュアを渡せないわ!」
顔を隠す黒いヴェールの向こう側で、アセレーナが赤くなった頬を押さえている。
年の割に純でうぶなアセレーナには、ミランダの口から発せられた『ヤリチン』の単語も刺激が強いらしい。
「まぁ、カチュアさんのお母様ですの?
話の通じる方がいらして下さって良かったわ。
カチュアさんは、わたくしの邸で侍女を勤めた方が幸せになれますわよ。
お給金も、待遇も、全てここより良い条件での……」
言い終わらない内に、口をつぐむ様にとオースティンの口の前にアセレーナの持つ剣の切っ先が向けられた。
「ペラペラと五月蝿い口ですこと。
わたくし達の弟子であるアリエスには、見る目が無いのかしら?
指輪を渡すには剣の腕だけではなく、人となりも見なさいと教えた筈なのだけれど。」
━━おお!そっか、表向きはグレイスお義母様がアリエス先生の師匠だけど、銀狼鬼であるアセレーナさんも師匠となるのね!多分!
つか、アリエス先生の奥様はカチュアのお姉さんでアセレーナさんの娘さん。
だからアセレーナさんはアリエス先生のお義母様になるものね!━━
ミランダが一人納得し、ふんふんと鼻息を荒くして何故かドヤ顔をする。
一方、剣先を顔に向けられたオースティンは不愉快そうな表情を隠しもせずにアセレーナを睨め付けた。
「我が師アリエスの師だからと言って、この私が女に剣を向けられるのは腹が立つわね。」
「ホホホ、嫌ですわね。
貴女も女なのでしょう?お互い様ではなくて?
女の貴女に城で剣を向けられたと聞きましたわよ。
わたくしの息子から。」
「へ?息子………」
アセレーナの言葉に、ミランダが「ン?」と不思議そうな顔をする。
ポケッとしたミランダの背後で邸の玄関の大扉が開き、邸から執事の姿をしたスチュワートと男性騎士の軽装を身に着けたカチュアが出て来た。
「こちらのヒールナー伯爵邸には、もうカチュアという侍女はおりません。
申し訳ございませんが、お引取り願えますでしょうか。」
髭をたくわえたロマンスグレーのスチュワートさんは、柔らかい笑顔に柔らかい口調で、オースティンに強い圧を飛ばす。
強い剣士でもあるオースティンは、それでも怯まずにスチュワートの背後に立つ男装のカチュアを見た。
「そこに居るじゃないの。
カチュアさん、わたくし貴女の様な女性は初めてですの!
わたくし、貴女をもっと知りたいわ!
悪いようにはしませんわ、わたくしといらして!?」
ミランダは憎々しげにオースティンを見た。
ゲームの中では女性陣の取り巻きを連れたチャラい、プレイボーイだった。
主人公とエンディングを迎えれば、真実の愛を知っただの有りがちな台詞を吐いて、他の女のコ達との縁は切っていたが。
今のオースティンを見ていれば、真実の愛なんて言葉とは程遠い人種だ。
女性を可愛がりはするが尊重する気は薄い。
カチュアの様なタイプは初めてだからと執着する。
その様子は、女性をタイプ別にコンプリートしたいコレクターの様で反吐が出る。
こんなオースティンを、ゲームの主人公はどうやって虜にしたんだろうなと思う。
ゲーム上では、誰よりも多く普通のイベント起こしただけだしな。うん。
「頭が悪い奴だな。
カチュアという女はもう居ないと言ったろう。」
スチュワートの背後から男装姿のカチュアが前に進み、オースティンの前に立つ。
カチュアは女性としては長身だが、男性の中でも長身のオースティンよりは背が低い。
見上げるような態勢になるが、カチュアには萎縮した態度が一切見られない。
女性らしさを一切出さないカチュアに、オースティンがニッと笑った。
「ああ…そういう……
それも面白いですわね…ふふ…申し訳ございません。
申し遅れましたが、わたくしオリビアと申します。
貴方様のお名前をお伺いして、よろしいかしら。」
━━オースティンの馬鹿は、これを男女の立場を入れ替えた遊びだと思っているんだ。
確かに、貴族の中には自身が女装をし、相手の女性に男装させて遊ぶ人も居るらしいけど……━━
この世界ならではのコスプレプレーなのだろうか。
それをカチュアが提案したと思っているらしい。
「俺の名前はカティス。
この邸では侍女に身を扮して若奥様のミランダ様の護衛騎士をしている。」
「まぁ…護衛騎士を…うふふ…悪くないですわ…。
その騎士服に包まれた痩躯の御身体…美しいのでしょうね…」
脱がせた男性衣装の中身が女性の肉体。
その先に続く行為まで良からぬ想像をしたのか、白い頬を薄紅色に染めて熱に浮かされたような艶めいた表情を見せるアルビノのオースティンは、顔だけ見ていれば神秘的で儚げで本当に美しい女だ。
いかんせん、儚いには程遠い程ガタイがデカい。
「確かに細身ではあるが、美しいかどうかは分からんな。
見せてやっても構わないが……
見せるからには、ただでは返せんな。」
カチュアはオースティンの作り物の胸の膨らみに、指先を当てた。
「ちょ、ちょっとカチュア!!何を言ってんの!!
ま、まさか…アレにアレを許す気!?」
思わずミランダが濁しながらも声を上げて止めた。
こんなゴリラみたいなオネエと二人きりにしたら、カチュアが強引に『女』にされてしまうかも知れない。
『女』を奪われてしまうかも知れない。
「ふふっ…まさか。
許しはしませんが、俺も覚悟を決めないと。
アレに奪われるようでは、所詮その程度って事ですよ」
カチュアはスチュワートから手渡された剣を腰に携え、オースティンの元に進み、その手を取り甲に口付けた。
「レディをお邸にお送り致します。」
━━ああっカチュア!
手籠めにされたりせずに無事に帰って来て!!━━
ミランダはオースティンについて邸の門を出て行くカチュアを不安げに見送った。
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