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116話◆日常に戻るとは…再び優しさの無い世界に戻る事。
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此度、起こり始めていた戦争において━━
ラジェアベリア国民が、自国がその危うい状況にあった事さえ気付かぬままに平和な日常を送れるのは、ある意味奇跡だとスティーヴンは思う。
ジャンセンは神であるが、自身が住むラジェアベリアという国を神の立ち場で優遇する事は無い。
ただ、今回の戦争の原因については『特別』だったのだと言った。
国と国とが諍いを起こしての戦争ならば、理由が理不尽であろうが、規模がひどく凄惨であろうが、ジャンセンからすれば「蟻同士で勝手にすりゃいい」らしい。
スティーヴンにさえ詳しくは話されなかったが、その『特別』は一人の女の事だと分かる。
その特別は忽然と姿を消し、ラジェアベリアの騎士であるサイモンが間違いなく殺したと言ったが、その遺体さえ見つかる事は無かった。
「ま、もう姿を見る事は無いだろうな。」
スティーヴンはポツリと無表情で呟いた。
ジャンセン他、あのドタバタ神一族が関わっており、その中でも群を抜いてドタバタ大好きな暴れ女神が何事も無かったかのようにウィリアの所に遊びに来ている。
あの彼女がどうなってしまったのか…知りたい気もするが……
全てはもう、終わった事なのだろう。
「……この国は平和だな。ふふふ…あはは。」
ラジェアベリアは一応はな………。
▼
▼
▼
「お前は確か、ミランダんトコの侍女じゃねぇか。
お前らなんでまだ、こんな所に居るんだよ。」
神聖国の街中、中央通りで馬を売って欲しいと行き交う人々をつかまえては交渉していたメイが、不意に声を掛けられてハッと背後を振り返る。
メイの背後には兵士を連れずに一人で街中をブラブラと歩く、新しい国王のマグスの姿があった。
「ああっ!その頭の悪そうな髪型!
あんたはもしや、グリーンヤンキー!!
また、奥様を狙って来たの!?奥様なら居ないわよ!」
「……そりゃ、居ないだろうな。
ミランダはラジェアベリアに帰ってるし。
普通に城に仕事しに行ってんの見かけたぞ。」
「はぁぁ!?どーゆー事!?何か色々、どーなってんの!?」
メイが興奮のあまり、マグスの胸ぐらを掴む。
この手癖の悪さに、メスゴリラと呼ばれた暴力三昧の女神を思い出したマグスは口元を引き攣らせた。
新しい王を離れて護衛していた兵士が国王が胸ぐらを掴まれた姿に驚き、慌てて駆け寄ろうとしたのをマグスが手の平を見せて止めた。
「ちびメイド、こう見えて俺は国王なんだがな。
俺はさっきまでラジェアベリアの城に呼ばれてて、今帰ったトコなんだがよ……
お前らだけ、なんで主にこの国に置き去りにされてんだよ。」
「知らんがな!コッチが聞きたいわ!
すべて丸く収まったから、このボケとゆっくり帰って来いって金だけ渡されたんだけど!」
話が見えて来ないマグスは、ボケと呼ばれながらもメイの背後でテレテレと嬉しそうなスファイに目を向けた。
「サイモン様は、俺達が何処かで所帯を持って夫婦として新しい人生を歩めば良いと言って下さって…」
「黙れ!クソが!!」
マグスの胸ぐらから離れたメイの手は、早々にスファイの胸ぐらにあった。
本当に手癖が悪い。
ラジェアベリアの女ってのは、こんなオッカねぇのばかりなのかと、少し引いたマグスだったが…。
「まぁ、俺の国はラジェアベリアに散々迷惑かけたし……
お前らにも色々と面倒掛けたしな。
何なら送ってやろうか?
俺の転移石なら一瞬でラジェアベリアの城に飛べる。
数時間前に、城ん中でミランダを見かけたからまだ居るだろうし」
「ウソッ!!嬉しい!!グリーンヤンキー、ありがとう!
私の奥様を奪おうとするクソだと思っていたけど感謝するわ!」
「……………………私の奥様。」
マグスは不穏な言葉を聞いた気がした。
喜ぶメイとは対称的に、スファイが不満げに口を尖らせている。
その表情を見た途端、マグスにドッと不安感が押し寄せたが吐いた言葉は戻せない。
━━こいつらラジェアベリアの城に置いて、すぐ帰って来よう。
ミランダに会いたい気持ちもあるが…ディアーナ嬢が関わってるから、もう恐ろしくて手を出す事も出来ねーし…━━
マグスは短い間とはいえ、自身の心を奪ったミランダの姿を胸に思い描いてしまった。
マグスの転移石は細工がされ、神聖国内とラジェアベリアの城内のみ転移出来る様になっている。
元々のエリーゼが作った転移石の特性、顔を浮かべた相手の居場所に飛べる仕様に基づき、その限られた範囲内でなら思った人物の前に飛べる。
その相手のプライバシーをも無視し、状況も関係無く。
▼
▼
▼
「奥様ァァァ!!お会いしたかっっ……」
「めっめっメイぃ!?ちょ、駄目っ!出てってぇぇ!!」
マグスの転移石によりラジェアベリアの王城内、ミランダの仕事部屋に一瞬で転移をしたメイ、スファイ、マグスの目の前には
ミランダの仕事用の椅子に深く腰掛けたサイモンと、開かされたた足を隠す様にスカートの裾を広げてサイモンの膝に座るミランダの姿があった。
━━これ、スカートの下で繋がってるよな!?━━
全員がそれを確信する。
なぜなら縦にユサユサと揺れている。サイモンの上のミランダが。
「ちょっ!解散!一時解散!とにかく!散れぇ!!!!!」
真っ赤になったミランダは皆から顔を隠す様に両手で顔を覆い、声にならない超音波のような奇声をあげ始めた。
一方サイモンは、不意に現れた部外者達に苛立ちをあらわにするが、動揺は見せずにミランダとの行為を止めようとはしない。
サイモンの膝に跨ったままのミランダの身体がユサユサと揺れて動き続ける。
「………緑の頭。貴様は我が妻ミランダをみすぼらしい小屋に拐った上に、自分の妻だと言ったヤツだな。
再び俺の前に現れるとは、よほど死にたいと見える。」
マグスの姿を見たサイモンが、以前ミランダが誘拐された時に、小さな小屋の中で剣を交えた相手だと気付いた。
サイモンの指摘にマグスも思い出した!とポンと手の平を叩き
「あん時の帽子の騎士か!凍えるほど凄まじい殺気混じりの冷気をバンバン出していた!
………あー……あん時は色々と悪かった。」
マグスは冷や汗をダラダラ垂らし始め、サイモンから視線を逸らした。
サイモンはマグスを睨みつけながらも、ミランダの中を突き続ける事をやめなかった。
━━こんな状況でも、嫁さんを平然と抱き続けるってコイツのメンタルの強さ何なの?
何か色々とぶっ壊れたヤバい奴にしか思えない。━━
「本当、色々すまん。お前の女房に手を出そうとした事も今となっては申し訳無いと思う。……………たがな!
こいつら連れて今、この場に現れてしまった事!
何よりも、すまんかったと思う!ゴメンな!!」
マグスはダッと駆け出す様にして転移石により姿を消し、その場から一人で逃亡した。
メイとスファイを真っ最中の二人の前に置き去りにして。
「ギャー!!グリーンヤンキー、あいつ逃げやがった!!
こ、この状況、どうしろってんだぁ!!あっ!あん!」
下から突き上げられながらパニックに陥っているミランダに反し、サイモンは全く動じる様子も無く、メイとスファイに対して舌打ちした。
「……チッ……厄介払いが出来たと思ったのに…余計な事をしやがって……。
お前らは一足先に城から出ろ。邸に帰りたくなければ、何処でも行ってくれて構わん。
とにかく俺の邪魔をするな。」
シッシッと追い払う様に部屋を出るよう促され、メイは憎々しげにサイモンを睨みながらペコッと軽く頭を下げ、ブスっとした表情でミランダの仕事部屋を出た。
侍女が主にして良い態度ではない。
スファイが慌ててメイの代わりにか何度も頭を下げ、メイを追うように部屋を出た。
メイは既に廊下を歩き出しており、スファイが小走りで後につく。
「雇い主のご主人様とはいえ、サイモン様ムカつく。
そして奥様を独り占めして、クッソ羨ましい…。」
「ねぇ…マメシバは……これからどうするの?邸に…帰るの?」
不安そうに尋ねるスファイに、メイはフンッと鼻息で返事をする。
「当たり前じゃない。
ラジェアベリアに帰って来れたんだから、お邸に帰るわよ。
城に居たって仕方が無いもの。」
「…………そっか…じゃあ、俺はもうマメシバとは居られないんだね…。」
ミランダの仕事部屋を出た二人は、王城には不釣り合いな旅人のいでたちのまま、広い城の中を玄関を目指して歩いて行く。
初めて来た城の中は広く、何処に何があるのかサッパリ分からない。
勘だけを頼りに何となく城内を練り歩く二人は、ポツリポツリと会話を交わした。
「そうね。私はヒールナー邸の侍女に戻るだけなんだけど。
そういうお前はどうすんのよ。」
「……下町に戻る。あとは…また、誰かが声を掛けてくれんの待つだけかな。何か仕事をくれんのを。」
「私が言うのも何だけどさー下町で、あんたみたいなチョロい若造に回ってくる仕事なんてロクな仕事じゃないでしょ?
あのエリーゼみたいに犯罪まがいの仕事よこされたらどうすんのよ。
今度こそ、命が無くなるかも知れないじゃん。」
言葉を交わしながら、なんとなく城の中を歩き回った二人は迷いながらもやがて、王城の玄関エントランスに辿り着いた。
この城を出れば、スファイは再びラジェアベリアの下町に住む平民の中でも下層に位置する「宿無し」のゴロツキに近い者となる。
貴族家に侍女として勤めるメイとは、スファイの意思で逢う事は出来なくなる。
「お前、頭悪いから絶対にいい様に利用されてしまうわよ。」
「…そうかな。」
二人は王城の玄関エントランスで歩みを止めたまま、その場から動く事が出来なくなった。
正確には、メイがその場を離れる事が出来なくなってしまった。
スファイがメイの袖口を摘んで離さない。
振り払えば済む話なのだが、袖口を摘んだまま俯いてしまったスファイをメイは振り払う事が出来なかった。
「そうだ、サイモン様がくれた旅の資金をお前にあげるわ。」
「何のために?いらないよ。」
「何のためって…そのお金でボロくても良いし部屋を借りて住む場所を決めてさ、何かちゃんとした仕事探しなよ。」
旅の資金という言い方をしたが、実際には「お前ら二人で所帯を持て」と、サイモンに勝手に押し付ける様に渡された祝い金。
それをスファイに渡そうと手にしたメイは、受け取りを拒否する様に首を振ったスファイにキィーッ!と苛立ち、歯噛みした。
「このボケ!
お前のタメを思って言ってやってんじゃんよ!!」
「俺のタメだって言うなら俺を見捨てないで!マメシバ!」
王城の玄関エントランスにスファイの大きな声が響く。
多くの貴族や、国の有力者、その令息や令嬢の視線がスファイとメイに集中した。
「………げ」
自分よりも身分が上の者達からの注目を浴び、メイが焦った。
分不相応な身分の自分達が、きらびやかな王城のエントランスでこ汚い旅人の格好のまま騒ぎを起こしている。
これはマズイ。そのうち兵士が来て捕まるかも知れない。
「す、スファイ、一回城を出よう…何かヤバい。」
「誰も僕を愛してくれない、好きになってくれない!
僕を置いて離れていく!父上が死んで…母さまも死んで…!」
ザワザワと人が集まり始め、遠巻きに二人に注目が集まる。
こんな場所で目立つなんて、と焦るメイも混乱しており、目立ちたくない筈が思わず声を張ってしまった。
「まるで私がイジメてるみたいじゃないの!
このボケが!いきなり子ども返りしてんじゃないわよ!
お前、ナニが「僕」だ!」
「僕を一人にしないで!もう一人はヤダぁ!」
スファイはメイの足元に膝をつき、駄々っ子の様にメイの腰にしがみついた。
去ろうとする小柄な少女に、みっともなく子どもの様に泣いて縋る青年の姿は、より注目を集めて遠巻きに人だかりを作ってしまった。
「クッソ目立つ!いい大人が泣き喚くんじゃねーよ!!
ああ、もう!早く出るわよ………」
「あのオッドアイの青年、処刑されたグイザール卿の……」
「ああ、スティーヴン殿下暗殺を企てた…何でそんな国賊の血族が城に……」
「母親は下町の売女でしょう?厚顔無恥も良い所だ。」
貴族ではないメイはスファイの身の上を詳しくは知らなかった。
何となくカチュアから聞いた位で、へー、そー位にしか考えてなかった。
まわりの貴族から聞こえて来たスファイを揶揄する声に、メイは初めて、スファイが優しさを欠いた世界で生きるしかなかった事を知った。
だから、優しくしてくれたミランダを好きになり、邪険に扱うけど手を焼いてくれるメイから離れたくない。
メイは歯を食いしばり、ギギギギと苦しみに堪える顔をした。
メイに、大きな決断をする時が来てしまった。
ラジェアベリア国民が、自国がその危うい状況にあった事さえ気付かぬままに平和な日常を送れるのは、ある意味奇跡だとスティーヴンは思う。
ジャンセンは神であるが、自身が住むラジェアベリアという国を神の立ち場で優遇する事は無い。
ただ、今回の戦争の原因については『特別』だったのだと言った。
国と国とが諍いを起こしての戦争ならば、理由が理不尽であろうが、規模がひどく凄惨であろうが、ジャンセンからすれば「蟻同士で勝手にすりゃいい」らしい。
スティーヴンにさえ詳しくは話されなかったが、その『特別』は一人の女の事だと分かる。
その特別は忽然と姿を消し、ラジェアベリアの騎士であるサイモンが間違いなく殺したと言ったが、その遺体さえ見つかる事は無かった。
「ま、もう姿を見る事は無いだろうな。」
スティーヴンはポツリと無表情で呟いた。
ジャンセン他、あのドタバタ神一族が関わっており、その中でも群を抜いてドタバタ大好きな暴れ女神が何事も無かったかのようにウィリアの所に遊びに来ている。
あの彼女がどうなってしまったのか…知りたい気もするが……
全てはもう、終わった事なのだろう。
「……この国は平和だな。ふふふ…あはは。」
ラジェアベリアは一応はな………。
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「お前は確か、ミランダんトコの侍女じゃねぇか。
お前らなんでまだ、こんな所に居るんだよ。」
神聖国の街中、中央通りで馬を売って欲しいと行き交う人々をつかまえては交渉していたメイが、不意に声を掛けられてハッと背後を振り返る。
メイの背後には兵士を連れずに一人で街中をブラブラと歩く、新しい国王のマグスの姿があった。
「ああっ!その頭の悪そうな髪型!
あんたはもしや、グリーンヤンキー!!
また、奥様を狙って来たの!?奥様なら居ないわよ!」
「……そりゃ、居ないだろうな。
ミランダはラジェアベリアに帰ってるし。
普通に城に仕事しに行ってんの見かけたぞ。」
「はぁぁ!?どーゆー事!?何か色々、どーなってんの!?」
メイが興奮のあまり、マグスの胸ぐらを掴む。
この手癖の悪さに、メスゴリラと呼ばれた暴力三昧の女神を思い出したマグスは口元を引き攣らせた。
新しい王を離れて護衛していた兵士が国王が胸ぐらを掴まれた姿に驚き、慌てて駆け寄ろうとしたのをマグスが手の平を見せて止めた。
「ちびメイド、こう見えて俺は国王なんだがな。
俺はさっきまでラジェアベリアの城に呼ばれてて、今帰ったトコなんだがよ……
お前らだけ、なんで主にこの国に置き去りにされてんだよ。」
「知らんがな!コッチが聞きたいわ!
すべて丸く収まったから、このボケとゆっくり帰って来いって金だけ渡されたんだけど!」
話が見えて来ないマグスは、ボケと呼ばれながらもメイの背後でテレテレと嬉しそうなスファイに目を向けた。
「サイモン様は、俺達が何処かで所帯を持って夫婦として新しい人生を歩めば良いと言って下さって…」
「黙れ!クソが!!」
マグスの胸ぐらから離れたメイの手は、早々にスファイの胸ぐらにあった。
本当に手癖が悪い。
ラジェアベリアの女ってのは、こんなオッカねぇのばかりなのかと、少し引いたマグスだったが…。
「まぁ、俺の国はラジェアベリアに散々迷惑かけたし……
お前らにも色々と面倒掛けたしな。
何なら送ってやろうか?
俺の転移石なら一瞬でラジェアベリアの城に飛べる。
数時間前に、城ん中でミランダを見かけたからまだ居るだろうし」
「ウソッ!!嬉しい!!グリーンヤンキー、ありがとう!
私の奥様を奪おうとするクソだと思っていたけど感謝するわ!」
「……………………私の奥様。」
マグスは不穏な言葉を聞いた気がした。
喜ぶメイとは対称的に、スファイが不満げに口を尖らせている。
その表情を見た途端、マグスにドッと不安感が押し寄せたが吐いた言葉は戻せない。
━━こいつらラジェアベリアの城に置いて、すぐ帰って来よう。
ミランダに会いたい気持ちもあるが…ディアーナ嬢が関わってるから、もう恐ろしくて手を出す事も出来ねーし…━━
マグスは短い間とはいえ、自身の心を奪ったミランダの姿を胸に思い描いてしまった。
マグスの転移石は細工がされ、神聖国内とラジェアベリアの城内のみ転移出来る様になっている。
元々のエリーゼが作った転移石の特性、顔を浮かべた相手の居場所に飛べる仕様に基づき、その限られた範囲内でなら思った人物の前に飛べる。
その相手のプライバシーをも無視し、状況も関係無く。
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「奥様ァァァ!!お会いしたかっっ……」
「めっめっメイぃ!?ちょ、駄目っ!出てってぇぇ!!」
マグスの転移石によりラジェアベリアの王城内、ミランダの仕事部屋に一瞬で転移をしたメイ、スファイ、マグスの目の前には
ミランダの仕事用の椅子に深く腰掛けたサイモンと、開かされたた足を隠す様にスカートの裾を広げてサイモンの膝に座るミランダの姿があった。
━━これ、スカートの下で繋がってるよな!?━━
全員がそれを確信する。
なぜなら縦にユサユサと揺れている。サイモンの上のミランダが。
「ちょっ!解散!一時解散!とにかく!散れぇ!!!!!」
真っ赤になったミランダは皆から顔を隠す様に両手で顔を覆い、声にならない超音波のような奇声をあげ始めた。
一方サイモンは、不意に現れた部外者達に苛立ちをあらわにするが、動揺は見せずにミランダとの行為を止めようとはしない。
サイモンの膝に跨ったままのミランダの身体がユサユサと揺れて動き続ける。
「………緑の頭。貴様は我が妻ミランダをみすぼらしい小屋に拐った上に、自分の妻だと言ったヤツだな。
再び俺の前に現れるとは、よほど死にたいと見える。」
マグスの姿を見たサイモンが、以前ミランダが誘拐された時に、小さな小屋の中で剣を交えた相手だと気付いた。
サイモンの指摘にマグスも思い出した!とポンと手の平を叩き
「あん時の帽子の騎士か!凍えるほど凄まじい殺気混じりの冷気をバンバン出していた!
………あー……あん時は色々と悪かった。」
マグスは冷や汗をダラダラ垂らし始め、サイモンから視線を逸らした。
サイモンはマグスを睨みつけながらも、ミランダの中を突き続ける事をやめなかった。
━━こんな状況でも、嫁さんを平然と抱き続けるってコイツのメンタルの強さ何なの?
何か色々とぶっ壊れたヤバい奴にしか思えない。━━
「本当、色々すまん。お前の女房に手を出そうとした事も今となっては申し訳無いと思う。……………たがな!
こいつら連れて今、この場に現れてしまった事!
何よりも、すまんかったと思う!ゴメンな!!」
マグスはダッと駆け出す様にして転移石により姿を消し、その場から一人で逃亡した。
メイとスファイを真っ最中の二人の前に置き去りにして。
「ギャー!!グリーンヤンキー、あいつ逃げやがった!!
こ、この状況、どうしろってんだぁ!!あっ!あん!」
下から突き上げられながらパニックに陥っているミランダに反し、サイモンは全く動じる様子も無く、メイとスファイに対して舌打ちした。
「……チッ……厄介払いが出来たと思ったのに…余計な事をしやがって……。
お前らは一足先に城から出ろ。邸に帰りたくなければ、何処でも行ってくれて構わん。
とにかく俺の邪魔をするな。」
シッシッと追い払う様に部屋を出るよう促され、メイは憎々しげにサイモンを睨みながらペコッと軽く頭を下げ、ブスっとした表情でミランダの仕事部屋を出た。
侍女が主にして良い態度ではない。
スファイが慌ててメイの代わりにか何度も頭を下げ、メイを追うように部屋を出た。
メイは既に廊下を歩き出しており、スファイが小走りで後につく。
「雇い主のご主人様とはいえ、サイモン様ムカつく。
そして奥様を独り占めして、クッソ羨ましい…。」
「ねぇ…マメシバは……これからどうするの?邸に…帰るの?」
不安そうに尋ねるスファイに、メイはフンッと鼻息で返事をする。
「当たり前じゃない。
ラジェアベリアに帰って来れたんだから、お邸に帰るわよ。
城に居たって仕方が無いもの。」
「…………そっか…じゃあ、俺はもうマメシバとは居られないんだね…。」
ミランダの仕事部屋を出た二人は、王城には不釣り合いな旅人のいでたちのまま、広い城の中を玄関を目指して歩いて行く。
初めて来た城の中は広く、何処に何があるのかサッパリ分からない。
勘だけを頼りに何となく城内を練り歩く二人は、ポツリポツリと会話を交わした。
「そうね。私はヒールナー邸の侍女に戻るだけなんだけど。
そういうお前はどうすんのよ。」
「……下町に戻る。あとは…また、誰かが声を掛けてくれんの待つだけかな。何か仕事をくれんのを。」
「私が言うのも何だけどさー下町で、あんたみたいなチョロい若造に回ってくる仕事なんてロクな仕事じゃないでしょ?
あのエリーゼみたいに犯罪まがいの仕事よこされたらどうすんのよ。
今度こそ、命が無くなるかも知れないじゃん。」
言葉を交わしながら、なんとなく城の中を歩き回った二人は迷いながらもやがて、王城の玄関エントランスに辿り着いた。
この城を出れば、スファイは再びラジェアベリアの下町に住む平民の中でも下層に位置する「宿無し」のゴロツキに近い者となる。
貴族家に侍女として勤めるメイとは、スファイの意思で逢う事は出来なくなる。
「お前、頭悪いから絶対にいい様に利用されてしまうわよ。」
「…そうかな。」
二人は王城の玄関エントランスで歩みを止めたまま、その場から動く事が出来なくなった。
正確には、メイがその場を離れる事が出来なくなってしまった。
スファイがメイの袖口を摘んで離さない。
振り払えば済む話なのだが、袖口を摘んだまま俯いてしまったスファイをメイは振り払う事が出来なかった。
「そうだ、サイモン様がくれた旅の資金をお前にあげるわ。」
「何のために?いらないよ。」
「何のためって…そのお金でボロくても良いし部屋を借りて住む場所を決めてさ、何かちゃんとした仕事探しなよ。」
旅の資金という言い方をしたが、実際には「お前ら二人で所帯を持て」と、サイモンに勝手に押し付ける様に渡された祝い金。
それをスファイに渡そうと手にしたメイは、受け取りを拒否する様に首を振ったスファイにキィーッ!と苛立ち、歯噛みした。
「このボケ!
お前のタメを思って言ってやってんじゃんよ!!」
「俺のタメだって言うなら俺を見捨てないで!マメシバ!」
王城の玄関エントランスにスファイの大きな声が響く。
多くの貴族や、国の有力者、その令息や令嬢の視線がスファイとメイに集中した。
「………げ」
自分よりも身分が上の者達からの注目を浴び、メイが焦った。
分不相応な身分の自分達が、きらびやかな王城のエントランスでこ汚い旅人の格好のまま騒ぎを起こしている。
これはマズイ。そのうち兵士が来て捕まるかも知れない。
「す、スファイ、一回城を出よう…何かヤバい。」
「誰も僕を愛してくれない、好きになってくれない!
僕を置いて離れていく!父上が死んで…母さまも死んで…!」
ザワザワと人が集まり始め、遠巻きに二人に注目が集まる。
こんな場所で目立つなんて、と焦るメイも混乱しており、目立ちたくない筈が思わず声を張ってしまった。
「まるで私がイジメてるみたいじゃないの!
このボケが!いきなり子ども返りしてんじゃないわよ!
お前、ナニが「僕」だ!」
「僕を一人にしないで!もう一人はヤダぁ!」
スファイはメイの足元に膝をつき、駄々っ子の様にメイの腰にしがみついた。
去ろうとする小柄な少女に、みっともなく子どもの様に泣いて縋る青年の姿は、より注目を集めて遠巻きに人だかりを作ってしまった。
「クッソ目立つ!いい大人が泣き喚くんじゃねーよ!!
ああ、もう!早く出るわよ………」
「あのオッドアイの青年、処刑されたグイザール卿の……」
「ああ、スティーヴン殿下暗殺を企てた…何でそんな国賊の血族が城に……」
「母親は下町の売女でしょう?厚顔無恥も良い所だ。」
貴族ではないメイはスファイの身の上を詳しくは知らなかった。
何となくカチュアから聞いた位で、へー、そー位にしか考えてなかった。
まわりの貴族から聞こえて来たスファイを揶揄する声に、メイは初めて、スファイが優しさを欠いた世界で生きるしかなかった事を知った。
だから、優しくしてくれたミランダを好きになり、邪険に扱うけど手を焼いてくれるメイから離れたくない。
メイは歯を食いしばり、ギギギギと苦しみに堪える顔をした。
メイに、大きな決断をする時が来てしまった。
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