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97話◆神にとっては人も蟻も大差無い。
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宿屋に戻ったメイは中庭で鍛練中のスチュワートとカチュアの所に急いで向かった。
ミランダの耳には入らない様にと、ミランダの居ない場所で先ほど見たサイモンとエリーゼの事を報告する。
カチュアは驚きの表情をしたが、スチュワートは小さく頷く程度であった。
「反応うすっ!
スチュワート様、サイモン様が心配じゃないのですか!?
こんなの、奥様が知ったら!!」
「奥様にはお伝え出来ません。ですから、早急に何とかしなければとは思います。」
慌てふためくメイに対し、スチュワートは冷静な態度を崩さない。カチュアも特に慌てる様子は無い。
「二人とも何でそんな、落ち着いてるんですかぁ!!」
「メイ、落ち着け。我々が慌てた所でどうしようも出来ないのだ。
我々は国の兵士ではない、旅に出た奥様の護衛だ。
サイモン様に何か起こったのならば、それはラジェアベリアの騎士に任せるしかない。」
メイを宥める様に言うカチュアだが、カチュアの内心も穏やかではない。
サイモン自身の身を案ずるのではなく、ミランダがこの事実を知れば大変な事になると。
「メイは、顔に出やすいからな…
奥様にバレないよう気をつけてくれ。
バレたら…敵地に乗り込むとか言いかねないからな。」
カチュアの予想に、メイが「うっ…確かに」と同意せざるを得ない表情をした。
「恐らく、エリーゼ嬢はサイモン様から銀狼鬼の情報を得たのでしょう。邸から警戒の報せが届いてます。
賊がヒールナー邸に来たのでしょうな。
ですが、緊急の報せは来て無いので特に何も起こらなかったようです。」
スチュワートは自身の袖の内側に巻かれた植物のツルをチラリと見て小さく頷く。
「こちらも急がなくてはなりませんね。」
スチュワートがカチュアに視線を送り、スチュワートと目が合ったカチュアが複雑な表情をした。
「スチュワート様、お話がございます。」
鍛練が終わった後、ボロボロの姿のカチュアが部屋に入ろうとしたスチュワートを呼び止めた。
「話ですか?まずは、着替えてからにしましょう。
カチュアも身体の汚れや、ケガの手当てを先にした方が良いでしょうし。」
「はぐらかさないで下さい!今、ここで!お話願いたい!
……大奥様は……銀狼鬼なのですね?
しかも、私に後を継がせようとしている…。なぜ私に?」
カチュアの質問にスチュワートは目を細め、少し困った顔をする。
「うーん…まぁ、間違いではないですね…。
半分は当たり、半分ハズレでしょうか…。
グレイスが貴女を後継者にしたいと望んだのは確かですが、決して誰でも良かったワケではありません。」
求めていた答えを貰えたと思ったら、何か釈然としないあやふやな回答で誤魔化された気がして、カチュアが訝しげな顔をする。
どこに重点を置いて聞いたら良いか分からない。
「スチュワート様は…銀狼鬼は魔法を使えなかったと仰いましたが、大奥様が銀狼鬼ならば魔法を使えたのでは?
植物魔法は攻撃魔法ではないから魔法から除外したのですか?」
「いいえ。私の知る銀狼鬼は魔法を一切使えませんでしたよ。」
カチュアはスチュワートによって、のらりくらりと真実からはぐらかされる。
ただひたすら強さを求めるカチュアにとって、この真実を知る必要が在る訳ではない。
銀狼鬼の後継者になろうが、なるまいが、スチュワートの教えにより強い騎士になれるなら、それで良いのだ。
だが、隠したいなら最初から何も話さずに、ただ強くなれと稽古をつけてくれたら良かった。
なのに、真実を暴けと誘導するかの様に中途半端な情報を与えて疑問を持たせてくる。
「スチュワート様と大奥様は!!
私に何をお求めなのですか!?何をさせたいのです!?」
スチュワートは微笑みだけ浮かべ、返事はしなかった。
カチュアにはそれが、まだ真実を知るには力が足りないと言われている様で、力不足を自覚しているカチュアには、それ以上の追及が出来なかった。
▼
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「ねえカニ頭くん、気付いていたかな?」
「何が。」
捕虜という名の来客としてラジェアベリアの城に居座ったマグスは、ラジェアベリアの厨房でスティーヴンの菓子作りを手伝わされていた。
男二人でフリルの付いたエプロンを着け、スティーヴンはクレープを何枚も焼いており、隣でマグスが延々とイチゴを薄く切っている。
「ここ最近、この城の中に変な男達が現れているの。」
「は?不審者が城内に?何だそれ、警備がザルかよ。」
スティーヴンはクレープに薄くクリームを塗り、マグスの切った薄いイチゴを並べていく。
「いいや。君が持っていた石の能力を使えば簡単だろ?
知っている人間の前に転移出来るアイテム。
城内に顔見知りの多いエリーゼ嬢が連れて来ているんだろ?
国王か私かディアーナ嬢を捕らえさせるつもりなのかな。」
「……無理だろ?それ。あのスベタ、ディアーナも、あんたも侮り過ぎだ。」
鼻唄混じりにクレープ、クリーム、イチゴを何層にも重ねてミルクレープを大量に作ったスティーヴンは、満足げに微笑んだ。
「うん、無理だね。男達は全員捕らえて牢に入れた。
彼女の持つ力が我々には通用しないっての、エリーゼ嬢は認めたくないみたいだね。
ちなみに、送り込まれた男達は全員、隷属魔法らしきものを掛けられていたけど、半分は正気を取り戻したよ。
ディアーナ嬢の平手打ちで。」
にこやかに話すスティーヴンに対し、真っ青な顔でひきつり笑いを浮かべるマグス。
絶対解けないと言われていた隷属魔法をビンタで解除って、何だそれ、おっそろしい!
「カニ頭くん、改めて聞きたいのだが神聖国は本気で戦争を起こす気なのかな?国王である君の兄上はどう思っている?
場合によっては、此方から仕掛けて国を潰すよ?」
スティーヴンは微笑みながら、一つのミルクレープにナイフを入れ、切り分けていった。
スティーヴンの表情は柔らかいのに、身体全体からマグスに向け強い威圧を放ってくる。
「兄貴は…あのスベタの色香に惑わされて言いくるめられただけだ。
……争いが無く退屈な日常に、戦争が起こったら面白いと思っていたのは俺の方だよ…。
あの女の口車に乗って。」
マグスはスティーヴンの方を向き、深く頭を下げた。
「神聖国は、戦争をしない!兄貴にもそう誓わせるから!
頼む、俺の国を潰さないでくれ!この通りだ!!」
スティーヴンは皿に切り分けたミルクレープを一つ乗せてマグスの前に差し出した。
「刃を入れたら元の形には戻らない。子どもでも分かる常識だよね。
君の国は、この平和な世界に既に刃を入れたんだろう?」
皿に乗ったミルクレープを見てマグスの顔に冷や汗が浮かぶ。
「君は頭が悪いんだな。
私の国が自国より強いと思ったから、戦争をしないと言ったんだろう?
そうでなかったら戦争を起こしていたんだろう?
戦争が起こったら面白いと言ったな。
戦争が起これば必ず人が死ぬ。それが面白い?
もう、既に何人か命を落としている。
エリーゼと言う悪女の魔法に操られて。
正当な理由も無く戯れに始めようとした戦だ。
君はそんな遊びの犠牲になった彼らの屍に、向き合えるのか?」
マグスはスティーヴンの顔を見る事が出来ない。
静かに語るように話しているのに、スティーヴンから放たれる怒気はあまりにも激しく、マグスは小さく震え始めた。
「城に来た男達、半分は正気を取り戻したと言ったね?
半分は、もう…人には戻らなくなっていたよ。
よく聞く隷属魔法ってのは、思考や意思を縛るものらしいのだが、エリーゼ嬢のは魂を縛るらしい。
一度掛けられたら、もう人には解く事が出来ない。
掛けられた人は魂を消費しながら身体が機能しなくなるまで命令に従う。手足がもげても。」
マグスはゾクッとした。
自分と国王である兄にはエリーゼの魔法が効かなかったが、効いていたら…………。
「カニ頭くん。
君の国は戦争を始める前に国王を失い、無くなる。
エリーゼ嬢は捕らえて処刑する。君の兄上と共に。
これが一番、亡くなる人の数が少なく平和に事が済む解決方法だ。」
「あ、兄貴は国王だ!!
国民や、捕虜が百人、千人死んだって兄貴の命の方が重いハズだ!!」
「そんな理由、神には通用しないでしょ?
私の知っている神はね、この世界に住む人間が全て同じ蟻にしか見えないらしいから。
消える命は少ない方がいいじゃない。
私もね、敵国の王なんて蟻一匹と同じだと思ってるよ。」
エプロンを外して畳むスティーヴンは、大量のミルクレープのホールを大皿に乗せた。
王太子妃のウィリアが侍女を連れて来て、ミルクレープを運んで行き大量の取り皿を用意し始める。
マグスはフリルエプロンを身に着けたまま床に膝をついて、項垂れていた。
「ねぇ、マグス殿下。
もうじきお腹を空かせた女神が参りますわ。
……人の身では、どうも出来ない悩みがお有りでしたら、神に祈るのも手ですわよ?」
ウィリアは慈母のような笑みを浮かべ、マグスに語りかけた。
▼
▼
▼
▼
神聖国の礼拝堂、オフィーリアを象った大きな神像の前にオフィーリアは立っていた。
毎日朝晩欠かさず行っている礼拝の為に、国王が多くの者を従えて礼拝堂に来た。
「め、女神オフィーリア様!!」
女神が降臨したのだと、オフィーリアの姿を見た国王、他側近や衛兵、全てがオフィーリアの前に頭を下げひれ伏した。
オフィーリアは、スゥと息を吸い込み声を出そうとする。
ひれ伏した皆は女神のお言葉を聞き逃すまいと、真剣な面持ちでオフィーリアを見詰めた。
「……………いや、うっとーしーわ。やめてくれ。
時代劇じゃあるまいし。」
あまりに砕けた口調の女神に、ひれ伏した全員が驚いた様にガバッと勢い良く上体をあげる。
口をパカンと開けた皆の視線がオフィーリアに集まった。
「それに俺、女神じゃねーしな。」
「俺!!??」
頭を掻いてぶっきらぼうに答えるオフィーリアに、全員が同時に声を上げる。
「女神じゃねぇが、国を滅ぼす位の力は持ってるぞ?
平和主義の俺様は、戦争をおっぱじめようとしているこの国を跡形も無く消し去る事が出来る。」
国を跡形も無く消し去る事が出来る神が言う平和主義とは!?
平和主義だから、焦土にするの!?
そんな疑問を抱きつつ、神聖国の国王がオフィーリアに尋ねる。
「お待ち下さい!!
で、では…女神オフィーリア様は、我が国を滅ぼすつもりで降臨なさったと仰有るのか!?
我が国を勝利に導くのではなく!!」
オフィーリアは腕を組んで不敵な笑みを浮かべた。
「そうだよ。
だから、滅ぼしても良いかどうか、聞きに来たんだよ。
お前らに。
戦争なんてなぁ、それぞれの国がそれぞれの国の立場で正当な理由を語るもんだ。
やれ自由の為にだとか、国民を裕福にさせる為に土地を奪い国土を拡げたいだとか。
それぞれが正当だと思う理由を掲げる以上、アリンコ共の縄張り争いに俺達神は関与しねぇ。
だがアリンコを無意味に減らす遊びなら話しは別だ。
さぁ、聞かせろ。お前らが戦争を起こしたい理由は何だ?」
ミランダの耳には入らない様にと、ミランダの居ない場所で先ほど見たサイモンとエリーゼの事を報告する。
カチュアは驚きの表情をしたが、スチュワートは小さく頷く程度であった。
「反応うすっ!
スチュワート様、サイモン様が心配じゃないのですか!?
こんなの、奥様が知ったら!!」
「奥様にはお伝え出来ません。ですから、早急に何とかしなければとは思います。」
慌てふためくメイに対し、スチュワートは冷静な態度を崩さない。カチュアも特に慌てる様子は無い。
「二人とも何でそんな、落ち着いてるんですかぁ!!」
「メイ、落ち着け。我々が慌てた所でどうしようも出来ないのだ。
我々は国の兵士ではない、旅に出た奥様の護衛だ。
サイモン様に何か起こったのならば、それはラジェアベリアの騎士に任せるしかない。」
メイを宥める様に言うカチュアだが、カチュアの内心も穏やかではない。
サイモン自身の身を案ずるのではなく、ミランダがこの事実を知れば大変な事になると。
「メイは、顔に出やすいからな…
奥様にバレないよう気をつけてくれ。
バレたら…敵地に乗り込むとか言いかねないからな。」
カチュアの予想に、メイが「うっ…確かに」と同意せざるを得ない表情をした。
「恐らく、エリーゼ嬢はサイモン様から銀狼鬼の情報を得たのでしょう。邸から警戒の報せが届いてます。
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スチュワートは自身の袖の内側に巻かれた植物のツルをチラリと見て小さく頷く。
「こちらも急がなくてはなりませんね。」
スチュワートがカチュアに視線を送り、スチュワートと目が合ったカチュアが複雑な表情をした。
「スチュワート様、お話がございます。」
鍛練が終わった後、ボロボロの姿のカチュアが部屋に入ろうとしたスチュワートを呼び止めた。
「話ですか?まずは、着替えてからにしましょう。
カチュアも身体の汚れや、ケガの手当てを先にした方が良いでしょうし。」
「はぐらかさないで下さい!今、ここで!お話願いたい!
……大奥様は……銀狼鬼なのですね?
しかも、私に後を継がせようとしている…。なぜ私に?」
カチュアの質問にスチュワートは目を細め、少し困った顔をする。
「うーん…まぁ、間違いではないですね…。
半分は当たり、半分ハズレでしょうか…。
グレイスが貴女を後継者にしたいと望んだのは確かですが、決して誰でも良かったワケではありません。」
求めていた答えを貰えたと思ったら、何か釈然としないあやふやな回答で誤魔化された気がして、カチュアが訝しげな顔をする。
どこに重点を置いて聞いたら良いか分からない。
「スチュワート様は…銀狼鬼は魔法を使えなかったと仰いましたが、大奥様が銀狼鬼ならば魔法を使えたのでは?
植物魔法は攻撃魔法ではないから魔法から除外したのですか?」
「いいえ。私の知る銀狼鬼は魔法を一切使えませんでしたよ。」
カチュアはスチュワートによって、のらりくらりと真実からはぐらかされる。
ただひたすら強さを求めるカチュアにとって、この真実を知る必要が在る訳ではない。
銀狼鬼の後継者になろうが、なるまいが、スチュワートの教えにより強い騎士になれるなら、それで良いのだ。
だが、隠したいなら最初から何も話さずに、ただ強くなれと稽古をつけてくれたら良かった。
なのに、真実を暴けと誘導するかの様に中途半端な情報を与えて疑問を持たせてくる。
「スチュワート様と大奥様は!!
私に何をお求めなのですか!?何をさせたいのです!?」
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カチュアにはそれが、まだ真実を知るには力が足りないと言われている様で、力不足を自覚しているカチュアには、それ以上の追及が出来なかった。
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「何が。」
捕虜という名の来客としてラジェアベリアの城に居座ったマグスは、ラジェアベリアの厨房でスティーヴンの菓子作りを手伝わされていた。
男二人でフリルの付いたエプロンを着け、スティーヴンはクレープを何枚も焼いており、隣でマグスが延々とイチゴを薄く切っている。
「ここ最近、この城の中に変な男達が現れているの。」
「は?不審者が城内に?何だそれ、警備がザルかよ。」
スティーヴンはクレープに薄くクリームを塗り、マグスの切った薄いイチゴを並べていく。
「いいや。君が持っていた石の能力を使えば簡単だろ?
知っている人間の前に転移出来るアイテム。
城内に顔見知りの多いエリーゼ嬢が連れて来ているんだろ?
国王か私かディアーナ嬢を捕らえさせるつもりなのかな。」
「……無理だろ?それ。あのスベタ、ディアーナも、あんたも侮り過ぎだ。」
鼻唄混じりにクレープ、クリーム、イチゴを何層にも重ねてミルクレープを大量に作ったスティーヴンは、満足げに微笑んだ。
「うん、無理だね。男達は全員捕らえて牢に入れた。
彼女の持つ力が我々には通用しないっての、エリーゼ嬢は認めたくないみたいだね。
ちなみに、送り込まれた男達は全員、隷属魔法らしきものを掛けられていたけど、半分は正気を取り戻したよ。
ディアーナ嬢の平手打ちで。」
にこやかに話すスティーヴンに対し、真っ青な顔でひきつり笑いを浮かべるマグス。
絶対解けないと言われていた隷属魔法をビンタで解除って、何だそれ、おっそろしい!
「カニ頭くん、改めて聞きたいのだが神聖国は本気で戦争を起こす気なのかな?国王である君の兄上はどう思っている?
場合によっては、此方から仕掛けて国を潰すよ?」
スティーヴンは微笑みながら、一つのミルクレープにナイフを入れ、切り分けていった。
スティーヴンの表情は柔らかいのに、身体全体からマグスに向け強い威圧を放ってくる。
「兄貴は…あのスベタの色香に惑わされて言いくるめられただけだ。
……争いが無く退屈な日常に、戦争が起こったら面白いと思っていたのは俺の方だよ…。
あの女の口車に乗って。」
マグスはスティーヴンの方を向き、深く頭を下げた。
「神聖国は、戦争をしない!兄貴にもそう誓わせるから!
頼む、俺の国を潰さないでくれ!この通りだ!!」
スティーヴンは皿に切り分けたミルクレープを一つ乗せてマグスの前に差し出した。
「刃を入れたら元の形には戻らない。子どもでも分かる常識だよね。
君の国は、この平和な世界に既に刃を入れたんだろう?」
皿に乗ったミルクレープを見てマグスの顔に冷や汗が浮かぶ。
「君は頭が悪いんだな。
私の国が自国より強いと思ったから、戦争をしないと言ったんだろう?
そうでなかったら戦争を起こしていたんだろう?
戦争が起こったら面白いと言ったな。
戦争が起これば必ず人が死ぬ。それが面白い?
もう、既に何人か命を落としている。
エリーゼと言う悪女の魔法に操られて。
正当な理由も無く戯れに始めようとした戦だ。
君はそんな遊びの犠牲になった彼らの屍に、向き合えるのか?」
マグスはスティーヴンの顔を見る事が出来ない。
静かに語るように話しているのに、スティーヴンから放たれる怒気はあまりにも激しく、マグスは小さく震え始めた。
「城に来た男達、半分は正気を取り戻したと言ったね?
半分は、もう…人には戻らなくなっていたよ。
よく聞く隷属魔法ってのは、思考や意思を縛るものらしいのだが、エリーゼ嬢のは魂を縛るらしい。
一度掛けられたら、もう人には解く事が出来ない。
掛けられた人は魂を消費しながら身体が機能しなくなるまで命令に従う。手足がもげても。」
マグスはゾクッとした。
自分と国王である兄にはエリーゼの魔法が効かなかったが、効いていたら…………。
「カニ頭くん。
君の国は戦争を始める前に国王を失い、無くなる。
エリーゼ嬢は捕らえて処刑する。君の兄上と共に。
これが一番、亡くなる人の数が少なく平和に事が済む解決方法だ。」
「あ、兄貴は国王だ!!
国民や、捕虜が百人、千人死んだって兄貴の命の方が重いハズだ!!」
「そんな理由、神には通用しないでしょ?
私の知っている神はね、この世界に住む人間が全て同じ蟻にしか見えないらしいから。
消える命は少ない方がいいじゃない。
私もね、敵国の王なんて蟻一匹と同じだと思ってるよ。」
エプロンを外して畳むスティーヴンは、大量のミルクレープのホールを大皿に乗せた。
王太子妃のウィリアが侍女を連れて来て、ミルクレープを運んで行き大量の取り皿を用意し始める。
マグスはフリルエプロンを身に着けたまま床に膝をついて、項垂れていた。
「ねぇ、マグス殿下。
もうじきお腹を空かせた女神が参りますわ。
……人の身では、どうも出来ない悩みがお有りでしたら、神に祈るのも手ですわよ?」
ウィリアは慈母のような笑みを浮かべ、マグスに語りかけた。
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神聖国の礼拝堂、オフィーリアを象った大きな神像の前にオフィーリアは立っていた。
毎日朝晩欠かさず行っている礼拝の為に、国王が多くの者を従えて礼拝堂に来た。
「め、女神オフィーリア様!!」
女神が降臨したのだと、オフィーリアの姿を見た国王、他側近や衛兵、全てがオフィーリアの前に頭を下げひれ伏した。
オフィーリアは、スゥと息を吸い込み声を出そうとする。
ひれ伏した皆は女神のお言葉を聞き逃すまいと、真剣な面持ちでオフィーリアを見詰めた。
「……………いや、うっとーしーわ。やめてくれ。
時代劇じゃあるまいし。」
あまりに砕けた口調の女神に、ひれ伏した全員が驚いた様にガバッと勢い良く上体をあげる。
口をパカンと開けた皆の視線がオフィーリアに集まった。
「それに俺、女神じゃねーしな。」
「俺!!??」
頭を掻いてぶっきらぼうに答えるオフィーリアに、全員が同時に声を上げる。
「女神じゃねぇが、国を滅ぼす位の力は持ってるぞ?
平和主義の俺様は、戦争をおっぱじめようとしているこの国を跡形も無く消し去る事が出来る。」
国を跡形も無く消し去る事が出来る神が言う平和主義とは!?
平和主義だから、焦土にするの!?
そんな疑問を抱きつつ、神聖国の国王がオフィーリアに尋ねる。
「お待ち下さい!!
で、では…女神オフィーリア様は、我が国を滅ぼすつもりで降臨なさったと仰有るのか!?
我が国を勝利に導くのではなく!!」
オフィーリアは腕を組んで不敵な笑みを浮かべた。
「そうだよ。
だから、滅ぼしても良いかどうか、聞きに来たんだよ。
お前らに。
戦争なんてなぁ、それぞれの国がそれぞれの国の立場で正当な理由を語るもんだ。
やれ自由の為にだとか、国民を裕福にさせる為に土地を奪い国土を拡げたいだとか。
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