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51話◆ライオット子爵令嬢カテリーナ3
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「カテリーナ、私達も行きましょう。ロージン伯爵邸に。」
ジャンセンと名乗った黒髪の美青年は楽しそうに声を弾ませて言う。
まるで、今から街のお祭りに行こうと誘って言うかのように。
「…そうですね、見届けたいです。」
カテリーナは頷き、ジャンセンの後を付いて行く。
ジャンセンの傍らに残った若い兵士の一人が、ドレス姿にヒールのある靴を履くカテリーナが悪路を歩くのを補助しようと手を差し伸べたが、カテリーナはそれを断った。
「先に行ったサイモン達を追います。走りますよ?」
ジャンセンがニヤリと笑ってカテリーナを見ると、カテリーナは頷いてドレスの裾を剣で切り落とした。
「私には構わず走って下さい。付いて行きます。」
放たれた矢の様に、ジャンセンがロージン伯爵邸に向け駆け出した。
カテリーナは遅れを取らず、同じく駆け出す。
突風が吹いたかのように土煙を上げ瞬時に姿を消した二人に、小川の側に一人置き去りにされた若い兵士は、茫然とその場に立ち尽くしていた。
ジャンセンとカテリーナがロージン伯爵邸に着くと、もう既に殆どの者が捕縛されており、ジャンセンとサイモンの部下達によって連行される所であった。
そこには、カテリーナが林の中で姿を確認出来なかった遣り手の騎士達が五人程居た。
「剣を手に出来る者が殆ど居なくてな。ほぼ無抵抗だった。
……皆、手に傷を負っていて…。」
「ああ、私が手の甲を狙って斬りました。」
サイモンの言葉に、さらっとカテリーナが答える。
「……その、命を取らない一見優しく見えて陰険な遣り口は、アリエス先生の教えか?」
「ええ、そうです。
戦場でこれをすると士気が下がる上に、敵に狙い撃ちされる的になるという、アリエス先生の残酷なお勧め技です。
アリエス先生をご存知で?」
「ああ。俺に騎士としての基礎を叩き込んだのはアリエス先生だ。」
「サイモン様は私の先輩でしたか。」
サイモンとカテリーナが、アリエスという人を同時に思い出して、静かに苦笑し合う。
「あははははは!!サイコー!!!きったねぇケツ!!」
振り返ればジャンセンが腹を抱えて大爆笑しており、指差す方を見ると、担架に乗せられて運ばれる気絶中のロージン伯爵が居た。
尻にワインの瓶を咥えこんだまま。
ロージン伯爵や下男、雇われ用心棒達は街道にて待機していた連行用の幌馬車に詰め込まれ、保護された女性は座席付きの箱馬車に乗せられて王都に向かった。
カテリーナは馬を一頭借りて乗り、ジャンセン、サイモンと並んで会話をする。
「あー笑わせて貰いましたー…
今回、我々がロージン伯爵邸を急襲したのは、彼がグイザール公爵の子飼いだったからなんですよね。」
まだ目尻に涙を溜めて思い出し笑いをするジャンセンの話しに、カテリーナは思い出した。
最近、王太子殿下と王城の騎士によって罪が暴かれ、捕らえられた卿と呼ばれた公爵が居た事を。
その公爵とロージン伯爵に繋がりがあったのだと察した。
「……では、私の父も少なからず……ですね。」
「そうですね。投獄される事は無いかもしれませんが、爵位剥奪は確実でしょうね。
……嫌ですか?平民になり、貴族の令嬢でなくなるのは。」
ジャンセンが、カテリーナの答えを楽しげに待つ。
「まさか。元々、ライオットの名は棄てるつもりでいたので。
……私は剣士として生きて行くつもりです。
国に認められた騎士となるのは無理だとしても、剣士になれば傭兵や用心棒のような働き口位はあるでしょうし…。
何とか生きていけるでしょう…。」
「…カテリーナ嬢…女性でアリエス先生の授業を受けていたのも驚きだが、令嬢だった貴女が、そこまで身を落とせるものなのか?」
カテリーナの答えにサイモンが、尋ねた。
「私は自分を女だとは思っていないのです。
だから、その程度の事は大したことではないのです。
私には、これからも令嬢として生きろと言われる方が辛い…。死にたくなる程に…。」
ジャンセンがニンマリとほくそ笑む。
薄い唇が弧を描き、それはそれは楽しそうに笑む。
「サイモン、貴方の邸で彼女を雇いなさい。侍女として。」
「「はぁっ!?」」
唐突なジャンセンの命令に、サイモンとカテリーナの声が合わさった。
「師匠!何を言うんです!?子爵家令嬢を侍女として、俺の家で雇うなど…!
そもそも、伯爵当主の父に相談もなく!!」
「そうですよ!そんな、ご迷惑おかけする訳には…!」
混乱するサイモンとカテリーナの様子が楽しいのか、ジャンセンのニヤニヤが止まらない。
「彼女は騎士になれますよ。
そしてサイモン、貴方には…いいえ、近い未来の貴方の妻には彼女が必要です。
女性でありながら騎士である彼女が。」
「……俺の……未来の妻……ですか?……それは…メグミン?」
僅かながら遠慮がちに、小声で尋ねるサイモンに、ジャンセンは生暖かな笑顔で無言で頷いた。
「雇いましょう!
騎士になれるよう、俺がアリエス先生にも掛け合いますよ!」
話が見えて来ないカテリーナは、馬の背に揺られながら首を傾げる。
「カテリーナ、貴女に私からプレゼントです。
一つは名前。ライオット子爵令嬢カテリーナはロージン伯爵の仕打ちによって亡くなった事にします。
貴女は今日よりカチュアと名乗りなさい。そして…もう一つは……」
カテリーナの手に、ジャンセンが薄い本を乗せる。
「何ですか…?本…?……こ、これは!!!」
「限定配布のうっすい本ですが、貴女の生きる気力を僅かに奮い起たす手助けにでもなれば。」
「こ、これは……サイモン様と…アリエス先生…?
抱き合って口付けを……ええっ…?」
「それは現実に起こった事の記録ではなく、メグミン先生という方の妄想により描かれた世界です。
……素晴らしいでしょう?妄想だけで、これを描くのですよ。」
「妄想!?………ああ……アリエス先生と、こんな風に口付けしている私を見たい…私も描いて欲しい……メグミン先生……いつか、お会いしたい…。」
「甘いですね…口付けだけで満足するなんて。
メグミン先生が大人の階段を登った暁には、繋がった所も描いて貰う予定ですよ。
そりゃもう、根元までズッポリ。」
「!!!!!根元!!ズッポリ!?……私、生きる希望が湧いて来ました!メグミン先生にお会いしたい!!
そして、根元ズッポリの私を描いて戴く!!戴いたこの本は、私の宝物にします!!」
▼
▼
▼
▼
「そして私はヒールナー伯爵邸で雇って戴き、サイモン様のお力添えにより騎士となり…今の私があるのです。」
「わぁ…良かったね、カチュア!生きる希望が湧いて来て!
…って、何なの!?その根元ズッポリって!!
そんなのを、わたしに描かせる気なの!?あの黒い人!!」
どこまで人をエロ作家にしたいんだ!!
女子高生の時は、そこまで描いてないだろ!
頭の中でノンストップ妄想はしていたけど!!
わたしはカチュアの話しを聞きながら、手元の原稿用紙にたくさん落書きをしていた。
一人一人思い出しながら、ヒールナー邸に居るわたしが顔を覚えた使用人達の似顔絵を描いていたのだ。
なぜかメイの似顔絵にはワンコ耳を付けてしまった。
「………この人と絡ませて欲しいです。侍女ではなく、男として。」
マジで?
カチュアが指差す先に描かれた似顔絵は、ロマンスグレーの執事さん。スチュワートさんが描かれていた。
ジャンセンと名乗った黒髪の美青年は楽しそうに声を弾ませて言う。
まるで、今から街のお祭りに行こうと誘って言うかのように。
「…そうですね、見届けたいです。」
カテリーナは頷き、ジャンセンの後を付いて行く。
ジャンセンの傍らに残った若い兵士の一人が、ドレス姿にヒールのある靴を履くカテリーナが悪路を歩くのを補助しようと手を差し伸べたが、カテリーナはそれを断った。
「先に行ったサイモン達を追います。走りますよ?」
ジャンセンがニヤリと笑ってカテリーナを見ると、カテリーナは頷いてドレスの裾を剣で切り落とした。
「私には構わず走って下さい。付いて行きます。」
放たれた矢の様に、ジャンセンがロージン伯爵邸に向け駆け出した。
カテリーナは遅れを取らず、同じく駆け出す。
突風が吹いたかのように土煙を上げ瞬時に姿を消した二人に、小川の側に一人置き去りにされた若い兵士は、茫然とその場に立ち尽くしていた。
ジャンセンとカテリーナがロージン伯爵邸に着くと、もう既に殆どの者が捕縛されており、ジャンセンとサイモンの部下達によって連行される所であった。
そこには、カテリーナが林の中で姿を確認出来なかった遣り手の騎士達が五人程居た。
「剣を手に出来る者が殆ど居なくてな。ほぼ無抵抗だった。
……皆、手に傷を負っていて…。」
「ああ、私が手の甲を狙って斬りました。」
サイモンの言葉に、さらっとカテリーナが答える。
「……その、命を取らない一見優しく見えて陰険な遣り口は、アリエス先生の教えか?」
「ええ、そうです。
戦場でこれをすると士気が下がる上に、敵に狙い撃ちされる的になるという、アリエス先生の残酷なお勧め技です。
アリエス先生をご存知で?」
「ああ。俺に騎士としての基礎を叩き込んだのはアリエス先生だ。」
「サイモン様は私の先輩でしたか。」
サイモンとカテリーナが、アリエスという人を同時に思い出して、静かに苦笑し合う。
「あははははは!!サイコー!!!きったねぇケツ!!」
振り返ればジャンセンが腹を抱えて大爆笑しており、指差す方を見ると、担架に乗せられて運ばれる気絶中のロージン伯爵が居た。
尻にワインの瓶を咥えこんだまま。
ロージン伯爵や下男、雇われ用心棒達は街道にて待機していた連行用の幌馬車に詰め込まれ、保護された女性は座席付きの箱馬車に乗せられて王都に向かった。
カテリーナは馬を一頭借りて乗り、ジャンセン、サイモンと並んで会話をする。
「あー笑わせて貰いましたー…
今回、我々がロージン伯爵邸を急襲したのは、彼がグイザール公爵の子飼いだったからなんですよね。」
まだ目尻に涙を溜めて思い出し笑いをするジャンセンの話しに、カテリーナは思い出した。
最近、王太子殿下と王城の騎士によって罪が暴かれ、捕らえられた卿と呼ばれた公爵が居た事を。
その公爵とロージン伯爵に繋がりがあったのだと察した。
「……では、私の父も少なからず……ですね。」
「そうですね。投獄される事は無いかもしれませんが、爵位剥奪は確実でしょうね。
……嫌ですか?平民になり、貴族の令嬢でなくなるのは。」
ジャンセンが、カテリーナの答えを楽しげに待つ。
「まさか。元々、ライオットの名は棄てるつもりでいたので。
……私は剣士として生きて行くつもりです。
国に認められた騎士となるのは無理だとしても、剣士になれば傭兵や用心棒のような働き口位はあるでしょうし…。
何とか生きていけるでしょう…。」
「…カテリーナ嬢…女性でアリエス先生の授業を受けていたのも驚きだが、令嬢だった貴女が、そこまで身を落とせるものなのか?」
カテリーナの答えにサイモンが、尋ねた。
「私は自分を女だとは思っていないのです。
だから、その程度の事は大したことではないのです。
私には、これからも令嬢として生きろと言われる方が辛い…。死にたくなる程に…。」
ジャンセンがニンマリとほくそ笑む。
薄い唇が弧を描き、それはそれは楽しそうに笑む。
「サイモン、貴方の邸で彼女を雇いなさい。侍女として。」
「「はぁっ!?」」
唐突なジャンセンの命令に、サイモンとカテリーナの声が合わさった。
「師匠!何を言うんです!?子爵家令嬢を侍女として、俺の家で雇うなど…!
そもそも、伯爵当主の父に相談もなく!!」
「そうですよ!そんな、ご迷惑おかけする訳には…!」
混乱するサイモンとカテリーナの様子が楽しいのか、ジャンセンのニヤニヤが止まらない。
「彼女は騎士になれますよ。
そしてサイモン、貴方には…いいえ、近い未来の貴方の妻には彼女が必要です。
女性でありながら騎士である彼女が。」
「……俺の……未来の妻……ですか?……それは…メグミン?」
僅かながら遠慮がちに、小声で尋ねるサイモンに、ジャンセンは生暖かな笑顔で無言で頷いた。
「雇いましょう!
騎士になれるよう、俺がアリエス先生にも掛け合いますよ!」
話が見えて来ないカテリーナは、馬の背に揺られながら首を傾げる。
「カテリーナ、貴女に私からプレゼントです。
一つは名前。ライオット子爵令嬢カテリーナはロージン伯爵の仕打ちによって亡くなった事にします。
貴女は今日よりカチュアと名乗りなさい。そして…もう一つは……」
カテリーナの手に、ジャンセンが薄い本を乗せる。
「何ですか…?本…?……こ、これは!!!」
「限定配布のうっすい本ですが、貴女の生きる気力を僅かに奮い起たす手助けにでもなれば。」
「こ、これは……サイモン様と…アリエス先生…?
抱き合って口付けを……ええっ…?」
「それは現実に起こった事の記録ではなく、メグミン先生という方の妄想により描かれた世界です。
……素晴らしいでしょう?妄想だけで、これを描くのですよ。」
「妄想!?………ああ……アリエス先生と、こんな風に口付けしている私を見たい…私も描いて欲しい……メグミン先生……いつか、お会いしたい…。」
「甘いですね…口付けだけで満足するなんて。
メグミン先生が大人の階段を登った暁には、繋がった所も描いて貰う予定ですよ。
そりゃもう、根元までズッポリ。」
「!!!!!根元!!ズッポリ!?……私、生きる希望が湧いて来ました!メグミン先生にお会いしたい!!
そして、根元ズッポリの私を描いて戴く!!戴いたこの本は、私の宝物にします!!」
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「そして私はヒールナー伯爵邸で雇って戴き、サイモン様のお力添えにより騎士となり…今の私があるのです。」
「わぁ…良かったね、カチュア!生きる希望が湧いて来て!
…って、何なの!?その根元ズッポリって!!
そんなのを、わたしに描かせる気なの!?あの黒い人!!」
どこまで人をエロ作家にしたいんだ!!
女子高生の時は、そこまで描いてないだろ!
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わたしはカチュアの話しを聞きながら、手元の原稿用紙にたくさん落書きをしていた。
一人一人思い出しながら、ヒールナー邸に居るわたしが顔を覚えた使用人達の似顔絵を描いていたのだ。
なぜかメイの似顔絵にはワンコ耳を付けてしまった。
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