【完結】悪役令嬢に転生した私はヒロインに求婚されましたが、ヒロインは実は男で、私を溺愛する変態の勇者っぽい人でした。

DAKUNちょめ

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第六章【異世界にて悪役令嬢再び。】

99#隣に在る遠い世界。

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リュシーはお花畑に居た。



……アホの頭の中の様な。

何だろう、此処は……と、言うか俺も夢を見ているんだな…

リュシーはそう、理解する。



「リュシー!リュシー!逢いたかった!!」



頭の上に狼の耳をピンと立てた少女が駆け寄って来る。

そしてリュシーに飛び付いて来た。



「……シャル……」



すっぽりと胸に収まった少女に、リュシーの顔がひどく歪む。

憎しみを込めた瞳で少女を見下ろすリュシーの頬を、止めどなく涙が溢れ濡らして行く。

少女はリュシーの胸に収まったまま顔を上げ、輝く笑顔を見せた。



「リュシー兄さん!」



これを……殴り飛ばす?

ディアーナ様の様に躊躇わず、容赦なく、殴り飛ばす?



……妹を……

妹の姿をしたコイツを……殴りたい。殺したい…。

妹はコイツに殺された!!殺したコイツが妹の姿をしている!

憎い!憎い!



だが、その妹の姿でいるコイツを…妹を…殴り飛ばす事が出来ない。



「ああああ!!」



リュシーは悲痛な叫びをあげ、足元の花に拳を振り下ろした。

花びらが舞い散り、吹雪のように視界をかげらせて行く。

その向こう側に立つ、愛しい妹の姿をしたソイツは、口元に気味の悪い笑みを浮かべていた。



「そう、愛しい姿の者をいたぶるのは、そう簡単な事ではないのよ……それが本人では無いと分かっていたとしても……。」



リュシーは殴った地面の花をむしるように掴み、握り、地面にうずくまるようにして嗚咽を漏らす。



「うぐっ…!逢いたかった…!もう一度逢いたかった!だが、貴様じゃ無い!なぜ貴様なんだ!!妹じゃないんだ!!」



感情のままに吐き出した言葉は意味をなして綴られず、叫びになる。



「お前を殺したい!!!妹になるな!!シャルをやめろ!!妹を……ああああ!!!」



地面に額を擦りつけ、花をむしり握り潰す。

リュシーの叫びを聞いて、シャルの姿をしたソイツは興味無さげにため息をつく。



「男の生気なんて、食べる気にならないわ。……それよりリュシー、あの女を食べるのを手伝って。」



妹の姿をしたソイツは、妹の口調で話す。

望みを打ち砕こうとする言葉を。



「っ……ディアーナ……様…ディアーナ様を食うのを手伝えと言うのか!!ふざけるな!!!あの人は、お前を…!」



「なぁに?あの女が私を倒せるかもとか、まだ思ってんじゃないでしょうね?もう!兄さんたら!そんなの無理よ。」



困った様な顔で苦笑する…かつては、飽きる程見ていた妹の表情。

「もう!兄さんたら!」

妹の口癖。

それを妹を殺した者に見せつけられている。

まるで、「守れなかったくせに」と責められているような錯覚に陥りそうになる。

逃げたくなって、思考が止まる。



「無理…無理か…やはり…無理か……シャル……。」



「ね、兄さん!助けてくれたら、お礼するわよ?……あの人を抱かせてあげる。……欲しいんでしょ?あの人が。」



助けてくれたら……シャルの姿で言われる「助けてくれたら」は、リュシーの頭に、守れなかった妹への贖罪の機会を与えられた様な錯覚を与える。



「あの人自身が忘れている大事な人の姿を、思い出させてあげて?そうしたら、私…救われるのよ…。リュシー兄さん、お願い…。」



「思い出させる……レモンタルト……を?」



「そんな面白い名前なの?やだぁ、兄さん!うふふ!その姿が心に現れたら、私、兄さんがその人に見えるようにしてあげるわ!」



「……………」



俺がレモンタルトの姿になってディアーナ様の目に映るようになる。

だからレモンタルトとして、ディアーナ様を抱けと?

ディアーナ様が俺自身に身を委ねる訳ではなく…。



それは、気分のいい話ではない。



「だったらずっと、あの人、兄さんの手には入らないわよ。どうせ死ぬのよ?別れるのよ?だったら、どんな形でも思いを遂げたら?最期に素敵な夢を与えてあげて?」


愛しい妹の姿をしたコイツは、どれだけディアーナ様の絶望した顔を見たいのだろうか。

愛する男に抱かれる、そんな幸せを与えてから地獄に突き落としたいのか。



コイツは………人の命、生気を喰らう未知の生命体。



中でもコイツは、女の生気を好む。



俺の居た世界は、ある日突然現れたコイツの餌場にされてしまった。













俺の居た世界は、ディアーナ様の居る世界とは別の異なる世界。

異なる世界ではあるが、2つの世界はとても近い。



行き来する事は出来ないしディアーナ様の世界では俺達の世界の存在すら知られていないが、俺達の世界にはディアーナ様の世界に僅かな干渉を出来る者も居た。



それは夢に入って一緒に遊んだり、こちらの世界にしかない物を向こうの世界に置いてみたり。

妖精の悪戯のようだと、そんな例えをされるような小さな干渉。



ディアーナ様の世界より小さく種族も多様だったが、小さな世界ゆえか争い事は少なく、ディアーナ様の世界よりは平和だったと思う。



異世界に干渉出来る、僅かな道を作れる、そんな者が居る世界だったからだろうか…



出来上がった細い道を抉じ開けて流れて来たかのように、突然どこかの世界からソイツは俺達の世界に現れた。



夢に現れるのではなく、目の前に、現実に現れる。

狙った人物の前に立ち、その人物の魂だか生気だかを、いきなり吸い尽くす。



最初は手当たり次第、目に付いた人を襲っていた。



だが、ある日、嗜好が生まれてしまった。



男を襲うのをやめ、女ばかり狙うようになり、更に若い女を好むようになり、いつしか、人の記憶を読み取って、獲物にする人物の心の奥に在る大切な人の姿を模倣するようになった。



最初は、大切な人の姿でただ現れ、ただ生気を吸い取っていた。



それが何かの拍子に、大切な人に命を奪われる悲しみや驚愕、絶望を感じた女性の深く傷付いた心が美味である事を知ってしまった。



心を覗きながら生気を吸うソイツは、初めて口にした酒に酔うように、絶望に落とされた女性のその味に酔ってしまった。



大食漢な上に美食家なソイツは若い女性ばかり狙うようになり、俺の居た世界の女性の人数が、見る見る減っていった。



女性の数が減ってしまった俺達の世界は、生まれて来る子供の数も減っていき、緩やかに、だが確実に、俺達の小さな世界は滅亡へと向かっていっていた。



男達は集まって、皆でソイツを倒そうとした。

だが、ソイツは神出鬼没で、複数人数の前に現れる事が無い。



集まった男達が一人で居る時を狙って大切な人の姿で現れ、一人ずつ命をむしり取って行かれた。



ソイツの本当の姿を誰も知らない。



どれくらい知能があるのか、会話は出来るのか、会話が出来れば交渉も出来るかも知れない。

だが、どうすればヤツと話す機会を作れるかも、誰も知り得なかった。



それは、不幸の中に起こった千載一遇のチャンスだった。



俺は、涙を流しながら事切れた妹のシャルと、その前に立つ俺の姿をしたソイツが居る場所に出くわした。



妹の死を嘆くより先に、俺は俺に話し掛けた。逃げられる訳にはいかなかった。



「もう、これ以上この世界を食い尽くすのをやめてくれ!!」



「……腹が減っても喰うなと言うのか?お前らだって食事はするだろう?俺だって飢えるのはゴメンだ。」



俺の姿のソイツが、俺の口調で話す。

俺の妹の亡骸の前で。



泣き叫びそうになるのを、堪える。

殴りかかりたい自身を抑える。

今が、神出鬼没のコイツと交渉出来る唯一の機会だ。



「俺は!異世界を渡る能力がある!……隣の世界に行く事は出来ないが、そこに住む人の夢に干渉する事が出来る……心に潜り込めるアンタなら、それでも…何とかならないか……」



俺は、ディアーナ様の世界を身代わりに差し出す提案をした。



「なるほど…面白い、試してみる価値はありそうだな…。上手くいくようなら、こちらの世界での食事はやめよう。」






俺の世界での、最期の餌食になった妹の亡骸を抱き締め、だが嘆く暇も無く

俺は事の次第を自国の王に報告し、王は他国の王と話を進め

アイツが隣の世界を餌場としている内に、何とか倒す方法を考えようと…それまでの時間稼ぎに、隣の世界を生け贄として使わせて貰おうと決まった。



俺は、俺の世界を救う英雄となった。

実質的には、ヤツの餌を運ぶ係にすぎない。



考えるのが苦しい。考えても、どうしようもない。



妹のシャルが最期に見た俺は、彼女にどんな絶望を与えたのかを知るのも嫌だ。

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