【完結】悪役令嬢に転生した私はヒロインに求婚されましたが、ヒロインは実は男で、私を溺愛する変態の勇者っぽい人でした。

DAKUNちょめ

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第四章【神の御子と月の聖女ディアーナの旅】

65#執事ジャンセン。

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「…知らんがな?面白い響きだが、どこの言葉だい?それは。」


初めて聞く言葉に興味をそそられたらしい、ヒールナー伯爵がディアーナに尋ねるが、ディアーナは一歩下がって笑って誤魔化す。


「い、いえ…知りませんわと申しましたのよ?
言葉を噛んだだけですわ!それに…
父と母には会ってませんの、邸には入らなかったのですもの。
……気持ち悪い男が居たので。」


叔父のヒールナー伯爵は渋い表情をし、ううむと唸って間を置いて口を開いた。


「それは、リジィンの事だな?
そのリジィンが邸に来てから、兄夫婦と連絡が取れなくなったのだよ。…リジィンが自分を兄夫婦の実子だと言い張っていてな。
ディアーナが生まれる前、兄夫婦がまだ夫婦ではなかった頃に愛し合って出来た子どもなので、世間体が悪く出生を隠していたと。」


「ハッ!とって付けたような理由ですこと。
何年、出生を隠してたんですかね。バカバカしい。
それを信じる人は少ないのじゃありません?まだ、父の隠し子とか言った方が回りは納得いくのではないかと。あ、それも無理か。」


ディアーナは思わず素が出て、思い切り鼻で笑ってしまった。

ディアーナの父は自尊心ばかり高く、人から好かれるタイプではなかったが、逆に言えば父自身も人を好くタイプではなかった。
なので、母以外の女性と関係を作る甲斐性も無かったので隠し子もいるはずがない。


「回りの者も納得…してはいないが、否定も出来ん。
…何しろ卿が、後見人だからな。……グイザール卿が…。」



出たよ!日本の時代劇で言う所の悪代官!

悪の権化みたいな、最後に殿様に成敗される的な人!


む?ならばリジィンは越後屋か?仲間か?お主もワルよのぅのワルか?


「ディアーナ…目を輝かすのは、やめとこうか…。
後ろで泣き崩れそうなサイモンが居て、父さん母さんの安否を心配しなきゃならない、この状況で…。」


レオンハルトがキラキラな笑顔のディアーナの肩に手を置いて首を振っている。


「だって…それって…リジィンが、悪代官…の手先で、お父様とお母様に何かしたかも知れないって事でしょう?」


キラキラの目をしてレオンハルトを見詰めるディアーナに、レオンハルトがフッと笑う。


「そうだな、ディアーナの母さんが父さんを殺そうとしていたワケじゃなかっ……」
「って事は、あの気持ち悪い男をブン殴っても許されるのよね!」


レオンハルトの言葉は、ディアーナの声にかき消された。
母親が父親を殺す計画ではなかったこと、どうでも良いらしい。


「……そうだな、ボコボコにしていいと思う……俺も今、俺をこんな気持ちにさせた元凶に、すごくムカついたわ。」


ヒールナー伯爵と、サイモンがディアーナを凝視している。

彼らが知る、ディングレイ家の侯爵令嬢はもう居ない。

姿形は同じでも、侯爵令嬢ディアーナの記憶を持っていても、本来の自分を取り戻したディアーナは、彼らが知るディアーナとはもうまったくの別人だ。


「……殴る…のか?ディアーナが……男を…?
平手打ちで叩く…ではなく?」


ヒールナー伯爵が確認するかのようにディアーナに尋ねれば、ディアーナは自信満々に答える。


「拳でぶん殴りますけど?何だったら蹴りも入れます。
私、そこいらの男には負けませんよ?強いです。」


レオンハルトは腕を組んでウンウンと頷いている。
よく考えたら、今のディアーナだったらサイモンが拐うのも無理かも知れない。


「叔父様が、ご心配なら実家に参りまして、ブッとば…いえ、
父と母の様子を見て来ますけど?
あの気持ち悪い男なら、わたくしを簡単に邸に入れそうですし。」


「そんな危険な事を…!ディア、ディングレイ侯爵夫妻に何らかの危険が及んでいるのだとしたら、邸にはどんな奴が雇われているか分からないんだ!
いくら…君が、俺の知るディアではなく、強い少女だとしても……」


サイモンが、最後の方の言葉を自身の胸の辺りを掴むようにして言った。

胸が痛いと、苦しいと…でも、突き放された現実を飲み込んだのだと。


「…意外に聞き分け良かったわね、前世設定レオンハルトは…。
まあ、お兄様を物理的に叩き潰さなくて済んで良かったんだけど。」


「そっくり、そのまま俺のコピーだったら無理だったろうな。
その時は俺が決闘する事になっていたかな。……俺、対、俺か……
国が無くなるわ。」


「乙女ゲームの舞台が、元ヒロインと攻略対象の一人との決闘で滅ぶとか…駄目でしょ?…笑えるから。いや、笑ったら駄目か。」



レオンハルトと楽しげに話すディアーナの姿を見たサイモンが呟く。



「彼女は、あんな表情をして、あんな風に笑うんだな…。
本当に…俺の知らないディアーナなんだな…。」



「サイモン……」



父のヒールナー伯爵がサイモンの肩に手を置き、優しい笑みを浮かべる。

彼の中の立ち止まっていた時が動き出したのを知って。











一時間後



ディアーナは実家、ディングレイ侯爵邸の前に居た。

仕事は早く、きっちりと。

それがモットー。



「お兄様!!たのも……!」
「だから、道場破りに来たんじゃないからな、ディア。」


背後からレオンハルトに腰を抱かれ口を塞がれるディアーナ。


「お嬢様!!お戻り下さい!
ここは、貴女様が帰る家ではございません!貴女様まで…」


門の内側で、年老いた執事が鉄の門扉を閉めたまま言う。

ディアーナは少し困り顔で微笑んだ。


この邸に勤める者達にとって、愛された主人ではなかった自覚はある。

そんな主人にでも、危険が及ばないようにしてくれている。

その気持ちが嬉しい。



「何を言っているんだ、せっかく妹が帰ってきてくれたのに。」

邸から門の前まで駆け付けたリジィンが門扉を開く。



「ディアーナ、お帰り!君と話したい事がたくさんあるんだよ。
さあ入って!……ディアーナだけ、ね。
卑しい身分の怪しいヤツを邸に入れられるワケ無いだろ?」


「リジィン様!ディアーナ様の護衛の者も共に…!」


執事が言った言葉に、護衛?あ、俺の事か、と閉め出されたレオンハルトが自身を指差す。


「あなた!待っていてね!
お父様とお母様にご挨拶してすぐ戻るから!」


鉄の門扉で遮られた状態で、門越しにディアーナがレオンハルトの手を握る。何か、小芝居が始まった。


レオンハルトは後が怖いので、妻の遊びに乗る事にした。


「ああ、我が妻ディアーナ!
愛しいお前が帰って来るのを待とう!早く帰っておいで!」


「ああ、あなた~!」


後ろ髪を引かれるように、何度も何度もレオンハルトを振り返りながら、長いアプローチを歩いて行くディアーナの姿に、その姿が見えなくなるまで手を振るレオンハルト。


「……いやぁ、見るに耐えない三文芝居でしたね…
姫さん、芝居下手くそ過ぎるだろ。」


「親父…急にわいて出るな…。また、あんた絡みか…。
ワケの分からない格好しているな…
無邪気に人の記憶を弄る少女の次は、魔法使いの仮装でもしてんのか?」


黒いローブを纏ったジャンセンはレオンハルトの隣で目を細めて笑う。


「ちょっとね」








ディアーナとリジィンは長いアプローチを歩いて邸に向かう。

かつては歩き慣れた、生家の敷地。

だが、今のディアーナにはそれを懐かしむ事も無い。


「どうだい、懐かしいだろう?久しぶりの実家は!」


ディアーナの隣を歩いていたリジィンが明るい顔をして言うので、ディアーナは返事をせずにニコリと微笑んだ。


口を開いたら『はぁ?ぶぇええつにぃい?』と悪態をついてしまいそうな自分を抑える為に無口なまま微笑んだ。


『つか、テメェが偉そうに言うんじゃねぇ!』と、喉の奥まで出掛かるのを我慢した。


玄関の前に着くと、邸に勤める者達が並んでリジィンとディアーナを迎える。


「「お帰りなさいませ。お嬢様。」」



見知った顔が多いが、見知らぬ顔もチラホラ。

見るからに、胡散臭い顔もチラホラ。

どう見ても、あんた、なんでここに居るの?な顔も…。


師匠…どうしたんです?なぜここに?
それは執事のコスプレですか?

師匠にお帰りなさいませ、お嬢様とか言われた私は、記憶をイジられたムカつく今朝の事を思い出しても文句のひとつも言わずに、他人のふりをしてろと?全てスルーしろと。



そう言いやがるんですね!ムカつく!

クソかっこいいな!

執事の衣装を着た師匠、超萌える!!!



ディアーナの膝から、カクンと力が抜ける。


「どうしたんだい!ディアーナ!大丈夫か!?」


慌てて隣のリジィンがディアーナの身体を支え、自分の身体にディアーナの身体を寄せる。


「お兄様…何でもございませんわ…。
少し、疲れただけですの…だから、お離しになって…。」


師匠の執事スタイルが素敵過ぎてよろけただけだから、私に触るんじゃないわよオーラをリジィンに向け飛ばしまくる。

だがリジィンは尚もディアーナの身体を抱き寄せ、そのまま邸の中に入った。


「俺が支えていてやるよ。兄に任せておけ!」


任せておけ?何を?お前香水つけ過ぎて臭いわ。


「……うふふ…頼もしい、お兄様ですこと。」


ディアーナは貯金をする事にした。


苛立ちは、全て貯める。ムカつくのも、全て貯める。


後からパァッと発散して使う為にね!
テメェ後から覚えてろよ…。






懐かしい応接間に通されたディアーナは、ソファーに座らされた。

なぜか隣にベッタリくっついてリジィンが座っている。
いや、向かいに座れや。


抱き寄せるように肩に乗ったリジィンの手付きが何だかやらしくて気持ち悪い。


「俺に、こんなキレイな妹がいたなんて知らなかったよ。
父さんと母さんも、もっとディアーナの事をちゃんと教えてくれていれば、国外追放になっていても俺が帰れるようにしてやれたのに。」


「うふふ…頼もしいお言葉ですこと。
でも、わたくしに国外退去を告げたのは王太子殿下ですのよ?
いくら、お兄様でも殿下の意見を覆す、そんな権限など…」


「スティーヴン王子を憎らしく思わないか?
あの男が居なくなれば、ディアーナの国外追放も無かった事になる…俺と一緒に暮らせるよ?」

「まぁ…お兄様と」

ディアーナは肩に置かれたリジィンの手の甲に自分の手をそっと重ねる。

リジィンを顔を熱のこもった眼差しで見つめてから、さりげなく親指で弾くようにリジィンの小指をクイと持ち上げた。


「いっ!いてっいてて!ディアーナ、小指が折れる!」


「まぁお兄様、そんな大きな声をお出しになって…。
小指の一本や二本、折れた所で死にゃしませんわよ。
うふふ…痛いだけですわ。」


本気で痛がるリジィンに思わず笑いが込み上げて来てしまうディアーナは、リジィンの指を解放し、慌てて淑女の顔を取り繕った。


「ごめんなさい、お兄様。
…わたくしの国外退去が無くなるかもなんて、夢の様な事をおっしゃるものですから…つい…。」


伏し目がちに潤んだ目を見せて、消え入りそうな声を出す。


「そうだわ、お兄様わたくし、お父様とお母様のお顔を見に参りましたのよ?
また、旅に出てしまえば次はいつ、お会い出来るか分かりませんもの!」


痛む指を握って、痛みに堪えるリジィンは「うぅ…」と小さく呻いた後、ディアーナの身体を強引に引き寄せた。


「逢わせる事は出来ないな!もう、ディアーナは旅に出る必要も無い!
ずっと俺とここで暮らすんだよ!可愛がってや…ぐふっ!!」


「逢わせられない?なぁんでですの?お兄様。
急に抱き寄せたりなんかするから、みぞおちにグーパン叩き込んでしまったじゃありませんか。うふふ。」


腹部を庇うように前屈みになって、ソファーからずり落ちたリジィンが、ディアーナを睨みながら無理矢理口元に笑みを浮かべる。


「気の強い女は好きだぜ?屈服しがいがあるからな!」


『気が合うわね!私もお前みたいな奴を屈服させるのが好きよ!』

と、言いたいのを我慢して、ディアーナはソファーの前で前屈みになっているリジィンの隣に行き、リジィンの腕にそっと触れる。


「気が強いだなんて…わたくし、普通の女ですわよ?
それよりお兄様、お父様達に逢わせて下さいな…。」


「そんなに会いたけりゃ会わせてやるさ!ジャンセン来い!」


みぞおちを押さえたリジィンがジャンセンを呼び、執事姿のジャンセンが部屋に現れるとディアーナはヘナヘナと力が抜け、ジャンセンに身を預けるように倒れた。


「くっ!力が抜ける…!おのれ、どんな魔法を…!」


ジャンセンに寄りかかると、そのまましがみつき、ディアーナは悔しげに言ってみたりする。


「……おいジャンセン。部屋に来た早々何か魔法を使ったのか?」

リジィンが不思議そうに尋ねれば、ジャンセンはため息をついて呟く。


「変態に効く萌え魔法…?そういう事にしときましょうか。」





リジィンにディアーナを閉じ込めておくよう命令された執事のジャンセンは、ディアーナを片腕で抱いた状態で邸の中を歩いて行く。



「……自分で歩いてくれませんかね、お嬢様…。」


「無理だわ。こんな怪しい魔法を使われて監禁されるなんて…
令嬢のわたくしには、恐ろしくて足がすくみ立ってられませんの!」


「魔法なんて使ってないでしょ…なら小さい声で師匠、執事、師匠、執事を繰り返し呟きながらスーハースーハーするの、やめてくんない?
…レオンが知ったら俺が恨まれるんだから…。
あ、そうだ…サイモンの事、助かったよ。」


「…サイモン?私、何かした?思い切りフッてやっただけだけど?」


「うん、それ。俺が事を急ぎ過ぎて、姫さんにも迷惑掛けた。ゴメン。
サイモンがこの先、一人の人間として彼の人生を生きて行くのにディアーナへの想いを断ち切る事が必要だったんだよ。」


意味が分からないディアーナは、首を傾げてとりあえず笑う。
なんかエエ仕事したっぽい?


やがて、邸の中の一画に、見慣れない扉が現れた。



ディアーナが生まれ育った邸には無かった扉。

その扉の向こう側には部屋があるとは思えない。

ただ、壁に飾りのように付けられた扉は、おそらくジャンセンが造ったのであろう。

扉の向こう側に空間も用意して。


「……ここ、入ればいいの?」


「そ、入って。
……レオンハルトがサイモンに嫉妬したように、俺も嫉妬しているのかも知れない。」


「師匠が嫉妬?誰に?」


ジャンセンは答えないまま、ディアーナの背を押して部屋に入れた。


「久しぶりのご両親との対面、楽しんでおいで。」


別に楽しむような事じゃあ…と思いながらディアーナは部屋に入る。
入って来た背後の扉は消えて無くなった。


豪華で広い部屋。
そんな中でくつろぐ見慣れた中年の男女。


「ディアーナ!!」


先に気付いて声を上げたのは女の方で、その声に男の方もディアーナに気付いてこちらを向く。


「お父様、お母様、お久しぶりですわ……
どうして、こんな場所に監禁されてますの…? 」


ディアーナは自分でも驚く程、久しぶりに会う両親に感情が動かなかった。

懐かしむ事すら無かった。

改めて、自分はこの二人の娘だったディアーナとは別人なんだなと思った。


「ディアーナ!どうやって入って来た!?
出る方法を知らんのか!」


食い気味に尋ねる父親に、ディアーナは何となく納得した。


「元々、家族って言える程の関係じゃなかったわね…私たち。」



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