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第三章【オフィーリア追憶】37#後
52#瀧川香月という少女2
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「香月…お前はノックもせずに部屋に入って来るんじゃない」
いきなり部屋に入って来た妹に、兄の瀧川廉は溜め息を漏らす。
「彼女連れ込んでたら困るとか?」
彼女なんて居ない事を知っていて言う。
彼女を作らない主義かどうかは知らないが、兄の回りに女の影を見た事が無い。
一方的に想いを寄せられている様を見た事はあるが、冷たいを通り越して無関心。
その存在すら無視されてしまう女性を何人も見た。
申し訳無く思いつつ、自分が特別扱いされている事に優越感を感じてしまう。
ふ、と廉の視線に気付く。少し驚いたような、それでいて甘い視線。
「どうせ居ないんだから、いーじゃん!ちなみに、お兄ちゃんがノック無しで部屋に入って来たら、ラリアットだから」
照れ隠しもあって、香月は元気な自分をアピールした。
歯を見せてニカッと笑う。
その時に、兄の…
泣きそうな程に潤んだ目と、何かを掴もうとして諦めたかのように空を掴む指先を… 見てしまった。
「ミァちゃんからゲーム借りたんだけど、コントローラー無くてさ」
見てはいけない物を見たような気がして、香月は廉から視線を外して話しをすり替え、部屋の中を探し始める。
━━━ヤバい!お兄ちゃんの顔を見れない!なんて…なんて顔をすんの!?初めて見たよ!あんな顔!
…やだ、何か…私が恥ずかしい!顔が熱い!━━━
顔を見られたくなくて廉に背を向け、椅子に乗って高い位置にある棚を探し始める。
「ミァちゃん?…そんな友達いたっけ?…俺はゲームなんかしないから、コントローラーなんて持ってるワケ無いだろ?」
━━━そういえば…お兄ちゃんとミァちゃん、会った事無い…ミァちゃんと私は長く親友やってんのに…あれ?そういえば、お兄ちゃんてゲームしないのに…何で私、コントローラーがお兄ちゃんの部屋にあるなんて思ったんだろう…━━━
香月の手に在るハズがないコントローラーが触れると、不安定な椅子に乗った香月の身体がバランスを崩し、高い位置から身体が宙に浮いた。
「香月!」
落下した瞬間、兄の胸に抱き留められる。
香月の背中に回された逞しい腕が強く自分を抱き締め、
兄の唇が首すじに触れたのを感じた。
━━━私…心臓スゴいバクバクいってる!恥ずかしい!やだ、私今、お兄ちゃんに抱きしめられてる!?
…お兄ちゃんは…私のドキドキに気付いてる…?━━━
そうっと身体を離して兄の顔を見たら……泣いていた。
━━━…うん、ごめんなさい…かなり激しく、ぶつかったよね?
痛かったの、我慢してくれてるんだね…お兄ちゃん、ホント頼りになるよ。━━━
「あいたたた!ゴメーン!お兄ちゃん!じゃあね!」
照れ隠しもあり早々と兄の部屋を出た香月は、コントローラーを持って自室にこもる。
ミァに渡された乙女ゲーム『聖女の祈り─月の輝く夜の帳に─』をとりあえず少しだけ、とプレイし始めた。
「バトル無いゲームつまんない~!でも、ミァちゃんと約束したから…話し相手になってあげれる位にはしとかないと~!」
律儀な香月は、嫌々でもゲームを始める。
台詞は作業のようにボタンを連打してほぼスルー。ゲームを進行させながら、時々突っ込んでみたりする。
「あはは!王子うぜぇ!スティーヴンうざいわ!」
「ディアーナ、ムカつく女だな!高飛車だし!美人だけどね!」
やがて、断罪の場面になり、悪役令嬢のディアーナの国外追放のシーンが終わると画面がバグったかのようにおかしくなり、深く考えるのが苦手な香月はゲームを中断した。
少し…頭が重い…。眠い…。
明日、ミァちゃんに聞こう…眠いもん………。
あ…私………呼吸止まっ………え?…死ぬ……?
「………ねぇ香月ちゃん…香月ちゃん…知らない世界に行くのは、怖いよね……」
白い白い世界に、香月は漂っていた。
身体が…無い…意識だけ。
耳元でミァちゃんの声が聞こえる気がする。
「でも、怖がらないで…そこには、香月ちゃんが絶対に絶対に幸せになれる未来があるの!」
━━違う世界に…行く…?お兄ちゃんが…居ない?…居ない…!
イヤだ!イヤだ…!お兄ちゃんが居なきゃ…!━━━
香月は激しく泣く。白い空間に意識だけで漂っている香月には涙が流れているのかどうかも分からない。
だが、兄の居ない世界を受け入れたくない。
そんな世界に幸せなんてあるはずが無い。
香月の意識は大声をあげて泣いた。
「大丈夫だから!…香月ちゃんは…香月ちゃんでなくなるけど…
私の事も、自分の事も、大好きなお兄ちゃんの事も忘れてしまうけど…。
でも、大丈夫だから!私が、あなた達を守るから!
あなた達の想いを守るから!だから……怖がらないで……ディアーナ!」
香月の意識は白い世界に溶けた。
消えたのではない、溶けて交わって、本来の自分を取り戻す為に、大輪の花を咲かせる為に、小さな「私」を芽吹かせた。
香月は廉を求める。
それが、遥か昔からディアーナが半身であるレオンハルトを求めていた事だったと気付くのは…そう、遠くはない未来。
「なんです?人の顔をじろじろ見て…。」
「……ミァちゃん、優しかったのになぁ……香月死んだ時とか、凄い守るとか、大丈夫だとか…声掛け続けてくれたのに…」
「……だから何です?私は優しくないと?
守ってあげたし、大丈夫だったでしょう?」
「師匠の言う大丈夫は、半分以上が大丈夫くない。」
「変な言葉遣いするんじゃありませんよ…ったく……たまには、ミァになりましょうか?」
「…ううん、いい。私はディアーナで、香月ではないもの。
でも香月のかわりに言っておくわ…。ミァちゃん、つまらないゲームだったけど、貸してくれてありがとう。最高だった!」
「……どういたしまして…香月ちゃん、お兄ちゃんと会えて良かったね!!」
ディアーナは、突然聞こえたミァの声にジャンセンの方を見る。
ジャンセンは無言で茶を飲んでいた。
姿は見えなくても、心強い親友がここに居る。
「うん!幸せだよ!」
ディアーナは輝く笑顔で元気な返事をし、ニカッと歯を見せて笑った。
━━━終━━━
いきなり部屋に入って来た妹に、兄の瀧川廉は溜め息を漏らす。
「彼女連れ込んでたら困るとか?」
彼女なんて居ない事を知っていて言う。
彼女を作らない主義かどうかは知らないが、兄の回りに女の影を見た事が無い。
一方的に想いを寄せられている様を見た事はあるが、冷たいを通り越して無関心。
その存在すら無視されてしまう女性を何人も見た。
申し訳無く思いつつ、自分が特別扱いされている事に優越感を感じてしまう。
ふ、と廉の視線に気付く。少し驚いたような、それでいて甘い視線。
「どうせ居ないんだから、いーじゃん!ちなみに、お兄ちゃんがノック無しで部屋に入って来たら、ラリアットだから」
照れ隠しもあって、香月は元気な自分をアピールした。
歯を見せてニカッと笑う。
その時に、兄の…
泣きそうな程に潤んだ目と、何かを掴もうとして諦めたかのように空を掴む指先を… 見てしまった。
「ミァちゃんからゲーム借りたんだけど、コントローラー無くてさ」
見てはいけない物を見たような気がして、香月は廉から視線を外して話しをすり替え、部屋の中を探し始める。
━━━ヤバい!お兄ちゃんの顔を見れない!なんて…なんて顔をすんの!?初めて見たよ!あんな顔!
…やだ、何か…私が恥ずかしい!顔が熱い!━━━
顔を見られたくなくて廉に背を向け、椅子に乗って高い位置にある棚を探し始める。
「ミァちゃん?…そんな友達いたっけ?…俺はゲームなんかしないから、コントローラーなんて持ってるワケ無いだろ?」
━━━そういえば…お兄ちゃんとミァちゃん、会った事無い…ミァちゃんと私は長く親友やってんのに…あれ?そういえば、お兄ちゃんてゲームしないのに…何で私、コントローラーがお兄ちゃんの部屋にあるなんて思ったんだろう…━━━
香月の手に在るハズがないコントローラーが触れると、不安定な椅子に乗った香月の身体がバランスを崩し、高い位置から身体が宙に浮いた。
「香月!」
落下した瞬間、兄の胸に抱き留められる。
香月の背中に回された逞しい腕が強く自分を抱き締め、
兄の唇が首すじに触れたのを感じた。
━━━私…心臓スゴいバクバクいってる!恥ずかしい!やだ、私今、お兄ちゃんに抱きしめられてる!?
…お兄ちゃんは…私のドキドキに気付いてる…?━━━
そうっと身体を離して兄の顔を見たら……泣いていた。
━━━…うん、ごめんなさい…かなり激しく、ぶつかったよね?
痛かったの、我慢してくれてるんだね…お兄ちゃん、ホント頼りになるよ。━━━
「あいたたた!ゴメーン!お兄ちゃん!じゃあね!」
照れ隠しもあり早々と兄の部屋を出た香月は、コントローラーを持って自室にこもる。
ミァに渡された乙女ゲーム『聖女の祈り─月の輝く夜の帳に─』をとりあえず少しだけ、とプレイし始めた。
「バトル無いゲームつまんない~!でも、ミァちゃんと約束したから…話し相手になってあげれる位にはしとかないと~!」
律儀な香月は、嫌々でもゲームを始める。
台詞は作業のようにボタンを連打してほぼスルー。ゲームを進行させながら、時々突っ込んでみたりする。
「あはは!王子うぜぇ!スティーヴンうざいわ!」
「ディアーナ、ムカつく女だな!高飛車だし!美人だけどね!」
やがて、断罪の場面になり、悪役令嬢のディアーナの国外追放のシーンが終わると画面がバグったかのようにおかしくなり、深く考えるのが苦手な香月はゲームを中断した。
少し…頭が重い…。眠い…。
明日、ミァちゃんに聞こう…眠いもん………。
あ…私………呼吸止まっ………え?…死ぬ……?
「………ねぇ香月ちゃん…香月ちゃん…知らない世界に行くのは、怖いよね……」
白い白い世界に、香月は漂っていた。
身体が…無い…意識だけ。
耳元でミァちゃんの声が聞こえる気がする。
「でも、怖がらないで…そこには、香月ちゃんが絶対に絶対に幸せになれる未来があるの!」
━━違う世界に…行く…?お兄ちゃんが…居ない?…居ない…!
イヤだ!イヤだ…!お兄ちゃんが居なきゃ…!━━━
香月は激しく泣く。白い空間に意識だけで漂っている香月には涙が流れているのかどうかも分からない。
だが、兄の居ない世界を受け入れたくない。
そんな世界に幸せなんてあるはずが無い。
香月の意識は大声をあげて泣いた。
「大丈夫だから!…香月ちゃんは…香月ちゃんでなくなるけど…
私の事も、自分の事も、大好きなお兄ちゃんの事も忘れてしまうけど…。
でも、大丈夫だから!私が、あなた達を守るから!
あなた達の想いを守るから!だから……怖がらないで……ディアーナ!」
香月の意識は白い世界に溶けた。
消えたのではない、溶けて交わって、本来の自分を取り戻す為に、大輪の花を咲かせる為に、小さな「私」を芽吹かせた。
香月は廉を求める。
それが、遥か昔からディアーナが半身であるレオンハルトを求めていた事だったと気付くのは…そう、遠くはない未来。
「なんです?人の顔をじろじろ見て…。」
「……ミァちゃん、優しかったのになぁ……香月死んだ時とか、凄い守るとか、大丈夫だとか…声掛け続けてくれたのに…」
「……だから何です?私は優しくないと?
守ってあげたし、大丈夫だったでしょう?」
「師匠の言う大丈夫は、半分以上が大丈夫くない。」
「変な言葉遣いするんじゃありませんよ…ったく……たまには、ミァになりましょうか?」
「…ううん、いい。私はディアーナで、香月ではないもの。
でも香月のかわりに言っておくわ…。ミァちゃん、つまらないゲームだったけど、貸してくれてありがとう。最高だった!」
「……どういたしまして…香月ちゃん、お兄ちゃんと会えて良かったね!!」
ディアーナは、突然聞こえたミァの声にジャンセンの方を見る。
ジャンセンは無言で茶を飲んでいた。
姿は見えなくても、心強い親友がここに居る。
「うん!幸せだよ!」
ディアーナは輝く笑顔で元気な返事をし、ニカッと歯を見せて笑った。
━━━終━━━
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