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Another Story(2025)
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━━前書き━━
前作の、孤児院院長ガインと戦争孤児3人の話の別ルートです。
「今年も厳しい冬が来るな。」
「生きて春を迎えられたらいいんだが。」
雪がチラチラと舞う身を切る様な寒さの中、荒涼とした岩場で作業する者達の会話が耳に入ったガインはツルハシから手を離し、揃えた両手を口の前に運び温かな息を吹き掛け、かじかむ指先だけに暖を取りながら雪を撒く灰色の空を見上げた。
━━そうか…もう冬か━━
王都から遠く離れた大陸北の果ての地にある鉱山は、本来はかろうじて処刑を免れた重犯罪者が送られる場所だ。
極寒の地にある鉱山はその厳しい環境ゆえ冬に命を落とす者もおり、多額の負債を持つとは言え本来ならば普通の借金奴隷が来る様な場所ではない。
だがガインは敢えてこの場所を選び、王都から逃げる様にこの場に辿り着いた。
この場に至る旅路の中でガインは、思い付いた様に名を変え過去を偽り、自身をゼロと名乗る様になった。
大きな体躯を持つガインが髪を無造作に伸ばしてボロ切れの様な服を纏い、醜い怪我を隠す為だと両眼を隠す様に黒い布を巻いて自身を犯罪者だと名乗れば、誰もがその見た目から『ゼロ』を暴虐の限りを尽くした犯罪者だと疑う事は無く━━
私財を投げうって孤児院の院長をしていた、元は貴族であり国王にも戦争での功を認められた騎士であった者だと誰も気付きはしなかった。
自身をゼロと名乗る様になってからのガインは人との交流も避け自ら喋る事も無く、見た目も相まって皆からも距離を置かれていた。
「おい、聞いたか?
お貴族様が奴隷を買いに来るらしいぞ!」
夜になり、夕食を終えた後の労働者達で賑わう地下の食堂で誰かが声を上げた。
この場に居る者は殆どが犯罪奴隷でかろうじて処刑を免れた重犯罪者も多く終身刑の者が多いが、奴隷でもある彼等は労働力として稀に買われる事もある。
買い付けられた先も厳しい労働が待っている場合が殆どだが、それでも生きてこの場を出て娑婆の空気とやらを拝める機会が手に入るのだ。
その恩恵に預かりたいと誰もが浮足立つ。
「ホントかよ、貴族が奴隷商を使わずにわざわざこんな場所に来てまで?
かなりヤバい仕事でも、させられんじゃねーか!?」
「貴族様の機嫌を損ねたら、即処刑されるんだぜ。
生殺与奪の権利は主人が握るからな、ちょっとした事で死ぬとか、おっかないだろ。」
「痛めつける為に丈夫な奴隷が欲しいって変態も居るらしいが…ここを出られるってのはイイよな。」
「娑婆の太陽が拝めるならオレは何だってするぜ!
こんなクソ寒い場所で死ぬ位なら、ご主人とやらに尻尾を振り続ける方がマシだ!」
買われるならば自分が、と盛り上がる皆を尻目に興味が無いとガインは席を立ち、食堂を出ようと扉に向かった。
「オイ!お前ら動くな!その場に居ろ!」
不意に、がなる様な鉱山の管理者の大きな声が頭上から食堂に響いた。
食堂に居た者は全てがピタリと動きを止め、声がする方に傾注する。
採掘場の岩場に掘られた収容施設の地下部分はアリの巣を模した様な奴隷達の居住スペースであり、地下一階には広い食堂がある。
食堂を囲う様に高い位置に一階部分の通路があり、それが地下一階からの吹き抜けの様な造りとなっている。
食堂の上にある、その一階部分から管理者が手すりに手を掛け身を乗り出し声を上げ、100人近くは居る食堂内の労働奴隷達をぐるっと見回した。
「夕食が終わったばかりで全員揃っておりますな。
この通り、奴隷紋を刻んでありますんで「動くな」など瞬間的な命令は言う事を聞きますが、「静かにしていろ」みたいな持続性のある命令は聞けやしません。
ご要望の奴隷は確か、王都までの旅に同行する頑丈な体の男…でしたかね。」
「ああ、探し物をしながら王都を出て最北端まで来たので、折り返して王都に帰るんだ。」
管理者の命令に従い一旦は傾注し静かだった労働奴隷達が、聞こえた貴族の声にざわざわと段々と騒がしくなり、管理者の後ろから現れた三人の見目の良い青年達の姿にワァッと歓声を上げた。
「物好きな貴族が、どんなジジイかと思ったら!
なんだオイ!すげー上玉ばかりじゃねーか!」
「オレを買え!可愛がってやるからよ!」
食堂から歓声にも近い下卑た声が上がり始めると、管理者はヤレヤレと肩をすくめた。
「ここに居るのは、こんなろくでも無い奴らばっかですよ?
寝首をかかれたりしないか心配ですな。
追加料金を頂けましたら、従順になる奴隷紋を刻む事も出来ますが。」
「ふふ…躾けるのも愉しみのひとつさ。
誰が主なのかを、しっかりと刻み付けるよ。
もう逃げ出したりしない様に。」
食堂を出ようと扉の前に立ったガインは、管理者の傾注の命令から解放された後も突っ立ったまま後ろを振り向く事が出来なかった。
遠くとも、聞き覚えのある声がハッキリと耳に届いていた。
「では、何人か条件に合いそうなのを呼びますか?」
「いや…ここに立った時に、もう決まった。
我々はあそこの奴隷を買いたい。」
「ゼロですかい?詳しい素性は知りませんが、たくさん人を殺した凶悪犯だと噂されている奴ですよ?」
「ふぅん……ゼロ…か。」
貴族の青年が管理者と話す声が微かに聞こえてくる。
内容までは聞き取れなくとも、ガインは目の前のドアに手を掛け、今すぐその場から逃げ出したい衝動に駆られていた。
だが、ガインはその場に縫い付けられた様に身体が動かず、うっすらと冷や汗が額に滲み始める。
「ゼロ!!!!」
不意に大声で呼ばれ、ガインは反射的にビクッと身体を跳ねさせて後方を振り返ってしまった。
目を隠す様に覆う布越しでも見える、高い位置に並んで此方を見るのは、会いたくて堪らなかった愛しい3人の息子達。
そして、もう二度と会いたくなかった自ら手を離し棄てた3人の息子達━━
「ゼロ、今日から我々が君の主人だ。
我々と共に王都の邸に来て貰う。」
貴族の青年━━キリアンの声が蜘蛛の糸の様にガインの身体に纏わり付き、絡み、縛り付ける。
抗い、逃げ出す事は叶わずガインは項垂れた。
「ゼロ……君がその名前を得る為に棄てた者達の話を我々に聞かせて貰いたい。
さぞ……面白い話なのだろうな。」
自分の罪と向き合う辛さは、戦場で多くの人を殺した時以上で、冷ややかな視線を向けられて後ずさったガインはよろけた拍子にドアに背を預け、そのままずるずるとその場に座り込んだ。
前作の、孤児院院長ガインと戦争孤児3人の話の別ルートです。
「今年も厳しい冬が来るな。」
「生きて春を迎えられたらいいんだが。」
雪がチラチラと舞う身を切る様な寒さの中、荒涼とした岩場で作業する者達の会話が耳に入ったガインはツルハシから手を離し、揃えた両手を口の前に運び温かな息を吹き掛け、かじかむ指先だけに暖を取りながら雪を撒く灰色の空を見上げた。
━━そうか…もう冬か━━
王都から遠く離れた大陸北の果ての地にある鉱山は、本来はかろうじて処刑を免れた重犯罪者が送られる場所だ。
極寒の地にある鉱山はその厳しい環境ゆえ冬に命を落とす者もおり、多額の負債を持つとは言え本来ならば普通の借金奴隷が来る様な場所ではない。
だがガインは敢えてこの場所を選び、王都から逃げる様にこの場に辿り着いた。
この場に至る旅路の中でガインは、思い付いた様に名を変え過去を偽り、自身をゼロと名乗る様になった。
大きな体躯を持つガインが髪を無造作に伸ばしてボロ切れの様な服を纏い、醜い怪我を隠す為だと両眼を隠す様に黒い布を巻いて自身を犯罪者だと名乗れば、誰もがその見た目から『ゼロ』を暴虐の限りを尽くした犯罪者だと疑う事は無く━━
私財を投げうって孤児院の院長をしていた、元は貴族であり国王にも戦争での功を認められた騎士であった者だと誰も気付きはしなかった。
自身をゼロと名乗る様になってからのガインは人との交流も避け自ら喋る事も無く、見た目も相まって皆からも距離を置かれていた。
「おい、聞いたか?
お貴族様が奴隷を買いに来るらしいぞ!」
夜になり、夕食を終えた後の労働者達で賑わう地下の食堂で誰かが声を上げた。
この場に居る者は殆どが犯罪奴隷でかろうじて処刑を免れた重犯罪者も多く終身刑の者が多いが、奴隷でもある彼等は労働力として稀に買われる事もある。
買い付けられた先も厳しい労働が待っている場合が殆どだが、それでも生きてこの場を出て娑婆の空気とやらを拝める機会が手に入るのだ。
その恩恵に預かりたいと誰もが浮足立つ。
「ホントかよ、貴族が奴隷商を使わずにわざわざこんな場所に来てまで?
かなりヤバい仕事でも、させられんじゃねーか!?」
「貴族様の機嫌を損ねたら、即処刑されるんだぜ。
生殺与奪の権利は主人が握るからな、ちょっとした事で死ぬとか、おっかないだろ。」
「痛めつける為に丈夫な奴隷が欲しいって変態も居るらしいが…ここを出られるってのはイイよな。」
「娑婆の太陽が拝めるならオレは何だってするぜ!
こんなクソ寒い場所で死ぬ位なら、ご主人とやらに尻尾を振り続ける方がマシだ!」
買われるならば自分が、と盛り上がる皆を尻目に興味が無いとガインは席を立ち、食堂を出ようと扉に向かった。
「オイ!お前ら動くな!その場に居ろ!」
不意に、がなる様な鉱山の管理者の大きな声が頭上から食堂に響いた。
食堂に居た者は全てがピタリと動きを止め、声がする方に傾注する。
採掘場の岩場に掘られた収容施設の地下部分はアリの巣を模した様な奴隷達の居住スペースであり、地下一階には広い食堂がある。
食堂を囲う様に高い位置に一階部分の通路があり、それが地下一階からの吹き抜けの様な造りとなっている。
食堂の上にある、その一階部分から管理者が手すりに手を掛け身を乗り出し声を上げ、100人近くは居る食堂内の労働奴隷達をぐるっと見回した。
「夕食が終わったばかりで全員揃っておりますな。
この通り、奴隷紋を刻んでありますんで「動くな」など瞬間的な命令は言う事を聞きますが、「静かにしていろ」みたいな持続性のある命令は聞けやしません。
ご要望の奴隷は確か、王都までの旅に同行する頑丈な体の男…でしたかね。」
「ああ、探し物をしながら王都を出て最北端まで来たので、折り返して王都に帰るんだ。」
管理者の命令に従い一旦は傾注し静かだった労働奴隷達が、聞こえた貴族の声にざわざわと段々と騒がしくなり、管理者の後ろから現れた三人の見目の良い青年達の姿にワァッと歓声を上げた。
「物好きな貴族が、どんなジジイかと思ったら!
なんだオイ!すげー上玉ばかりじゃねーか!」
「オレを買え!可愛がってやるからよ!」
食堂から歓声にも近い下卑た声が上がり始めると、管理者はヤレヤレと肩をすくめた。
「ここに居るのは、こんなろくでも無い奴らばっかですよ?
寝首をかかれたりしないか心配ですな。
追加料金を頂けましたら、従順になる奴隷紋を刻む事も出来ますが。」
「ふふ…躾けるのも愉しみのひとつさ。
誰が主なのかを、しっかりと刻み付けるよ。
もう逃げ出したりしない様に。」
食堂を出ようと扉の前に立ったガインは、管理者の傾注の命令から解放された後も突っ立ったまま後ろを振り向く事が出来なかった。
遠くとも、聞き覚えのある声がハッキリと耳に届いていた。
「では、何人か条件に合いそうなのを呼びますか?」
「いや…ここに立った時に、もう決まった。
我々はあそこの奴隷を買いたい。」
「ゼロですかい?詳しい素性は知りませんが、たくさん人を殺した凶悪犯だと噂されている奴ですよ?」
「ふぅん……ゼロ…か。」
貴族の青年が管理者と話す声が微かに聞こえてくる。
内容までは聞き取れなくとも、ガインは目の前のドアに手を掛け、今すぐその場から逃げ出したい衝動に駆られていた。
だが、ガインはその場に縫い付けられた様に身体が動かず、うっすらと冷や汗が額に滲み始める。
「ゼロ!!!!」
不意に大声で呼ばれ、ガインは反射的にビクッと身体を跳ねさせて後方を振り返ってしまった。
目を隠す様に覆う布越しでも見える、高い位置に並んで此方を見るのは、会いたくて堪らなかった愛しい3人の息子達。
そして、もう二度と会いたくなかった自ら手を離し棄てた3人の息子達━━
「ゼロ、今日から我々が君の主人だ。
我々と共に王都の邸に来て貰う。」
貴族の青年━━キリアンの声が蜘蛛の糸の様にガインの身体に纏わり付き、絡み、縛り付ける。
抗い、逃げ出す事は叶わずガインは項垂れた。
「ゼロ……君がその名前を得る為に棄てた者達の話を我々に聞かせて貰いたい。
さぞ……面白い話なのだろうな。」
自分の罪と向き合う辛さは、戦場で多くの人を殺した時以上で、冷ややかな視線を向けられて後ずさったガインはよろけた拍子にドアに背を預け、そのままずるずるとその場に座り込んだ。
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