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行き違う信頼と愛情。
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「じゃあ行って来る。夜には戻るから。」
「ああ、気を付けてな。」
元は伯爵邸だった孤児院の入り口に立ち、3人の息子達が仕事に出たのを見送ったガインは院長室に向かった。
執務用の大きな机の前に座り、引き出しから取り出した借用書の束に目を通す。
金額が多いのはもとより、返済期日がすぐ近くまで迫っている。
返す当ての無い多額の借金を抱えたガインは、一つの決断を迫られていた。
「あいつ等が孤児院を巣立って行く姿を見たかったが…そうも言ってられない。
取り立てがあいつ等にまで及ぶ前に、この邸と土地を売るしかないな。
帰る場所が無くなっても、あいつ等ならきっと自分達の居場所、帰る場所を作れるだろう。」
ガインは引き出しに借用書をしまい、院長室をあとにした。
夜になり、仕事を終えたキリアン、カーキ、フォーンの3人が孤児院に帰って来た。
夕食当番のフォーンが厨房に向かい、ガインとキリアンとカーキは食堂に向かった。
いつもの様に長テーブルの席に着いた3人は、食事が運ばれるのを待つ。
「今日も仕事、お疲れ様だったな。」
共に席に着いたキリアンとカーキに、ガインがねぎらいの言葉を述べた。
キリアンはテーブルに片肘をついて拳に顎先を乗せ、ガインを見て訊ねた。
「俺達が何の仕事をしているのか聞かないんだね。
気になったりしない?
…………俺達さ、結構稼いでいるよ?」
「俺は、お前等を信用しているからな。
悪事に手を染めてるとは思わんし。
稼いでいるなら、良い事じゃないか。
将来の為に大事にとっておけ。」
やがて、食事を作り終えたフォーンが配膳用のワゴンに4人分の食事を乗せて運んで来た。
それをテーブルの上に並べてゆく。
「またシチューか。
フォーンに飯を任せるとシチューばかりだな。」
「あはは~嫌ならカーキは食うなよな。」
じゃれ合う様なカーキとフォーンのやり取りを見たガインがフッと微笑んだ。
ガインの笑顔を見たキリアンは、テーブルの上にあるガインの手に自身の手を重ねる。
「ねぇガイン、俺達結構稼いでいるよ。
………俺達を信用しているんだろう?
…だったら相談してよ。ガインの悩みを聞かせて欲しい。
俺達、ガインの力になれるかも知れない。」
名だたる騎士であったガインからあらゆる戦う術を学んだ3人は、王城の騎士達からも一目置かれる存在となっていた。
兵士に志願しないかとの声掛けも一度や二度ではない。
3人は寮に入りたくないとそれを断り続けているが、ガインからすれば孤児院が無くなっても兵士になり兵舎に入る事になれば住む場所と食事は確保出来る。
息子達が受け入れて貰える場所があるのはガインにとって救いだった。
「悩み事なんて、本当に無いって言ってんだろ。」
自分が背負った物を3人には背負わせたくない。
負担を一切かけたくない。
だから3人には借金の話は隠し続けた。
父親として身軽なままの息子達を突き放す事で、彼等の新しい道を指し示してやる。
それがガインが導き出した最適解だった。
「悩み事は無いんだが………実はな……
俺は、この孤児院を売って旅に出ようかと思っている。」
「…………………」
食事を始めた3人はガインの告白に、驚くより先に表情を冷たく強張らせた。
孤児院という帰る場所を失わせる3人に対し、後ろめたさを持つガインは3人の顔が見れず、彼等の表情の変化にも気付かなかった。
「お前達も立派な大人に成長したんだ。
それぞれで嫁さんを見つけて家族を持つ事だって出来る。
だから俺は旅先で、お前達の幸せを祈り続けるよ。」
「嫁さん見つけて新しい家族を持つ。
それが、ガインの言う俺達の幸せなんだ?
俺達の意思も聞かずに無視した上での。」
キリアンは手にしたスプーンで、シチュー皿の縁をカンと叩いた。
左手で頬杖をつき無表情になったキリアンは、右手に持ったスプーンを上下に揺らし、そのままカンカンカンと皿の縁を叩き続けた。
無表情は変わらないまま皿を叩くスプーンの勢いが強くなり、傾く皿からシチューが跳ねてゆく。
「キリアン、落ち着け。」
キリアンの向かい側に座るカーキが、静かな声でキリアンを止めた。
キリアンは無言のままスプーンから手を離し、両手で顔を覆って項垂れる。
キリアンとカーキのやり取りを見ていたフォーンは席を立ち、キリアンの皿の周りに飛び散ったシチューを布巾を使って黙々と拭き始めた。
ガインは初めて見るキリアンの態度に驚いたが、軽く咳払いをして見なかった事にした。
汚れたテーブルを拭いたフォーンが、にこやかな表情でクルッとガインの方を向き、汚れた布巾を持った手を楽しげに上下に振りながら明るく弾んだ声音で訊ねた。
「ね、院長!旅って、どこに行くつもりなの?
それ、俺達も一緒に行けないかなぁ?
4人の方が楽しそうじゃない?」
「すまないが、俺は1人で旅に出たいんだ。
いつ帰れるかも分からない。
お前達には、子どもの頃に憧れていた『お城の騎士』になって貰いたい。」
明るい顔のフォーンに向け、ガインは緩く首を左右に振った。
フォーンは「あー…」と小さく声を出してガインに背を向け、汚れた布巾を手に食堂を出て行ってしまった。
長テーブルに着いたままフォーンの背を見送ったガインは、同じくテーブルに着いたままのキリアンに目を向けた。
キリアンは両肘をテーブルに付いた状態で、苦悩するかの様に俯かせた顔を両手で覆い隠したまま動かなくなった。
隠されたキリアンの表情が悲しみなのか怒りなのかが見えず、どう声を掛けたら良いか分からないガインは、戸惑う様にカーキに目を向ける。
ガインの視線に気付いたカーキは、ハァッと大きな溜め息をつき両腕と足を組んだ。
「院長、俺達が『お城の騎士』に憧れていたのはガキの頃の話だ。
今の俺達がなりたいものとは違う。
俺達は……院長と家族になりたかった。
互いを信頼し互いを必要とし、常に側に居り寄り添い合える絶対に離れる事の無い家族に。」
「俺はお前達を信頼しているし、大切に思っている。
それに…子どもってのは親元を離れて巣立って行くもんだ。
遠く離れたとしても家族に違いはないだろ?
心は繋がってるんだからな……。」
ガインは、家族として常に側に居ると言うカーキの言葉を、離れる事を前提にしてやんわりと否定した。
腕を組んだまま顎先を上げたカーキは、侮蔑を孕んだ目でガインを睨んだ。
日頃、滅多に感情を表に出さないカーキの侮蔑の表情を見たガインは、そこで初めて自身が息子達に言い放った選択が間違っていたのではないかと考えをよぎらせた。
だがガインの決意は固く、今さらそれを覆す事は出来ない。
「俺達が求める家族の在り方を、院長の唱える家族の在り方とやらに勝手に当て嵌めるな。」
ガインを睨め付けたカーキが低い声音で脅す様にガインに答えたタイミングで、汚れた布巾を持ち食堂を出て行ったフォーンが4人分の茶をトレイに乗せて戻って来た。
「ちょっとちょっと、雰囲気悪いなぁ!
院長もカーキも、キリアンもさ、お茶を飲んで落ち着こうよ。
それから、改めて今後を話そう?」
テーブル上のそれぞれのシチュー皿の隣に淹れたばかりの熱い茶の入ったカップを置いたフォーンは、自分の席に戻ると冷めたシチューを食べ始め、熱い茶をゴクッと飲み干した。
「改めて話す事など無い。
孤児院は売り払って俺は1人で旅に出る。
お前達は、それぞれが自分の思う将来を目指していけばいい。」
ガインはフォーンの様に、熱い茶をゴクッと飲み干した。
喉を通り胃に到達した茶のせいか、全身がブワッと急激に温かくなり、同時に強い酒を一気に飲み干した後の様にクラリと視界が揺れ動き始めた。
「…………………なんだ……これ………」
瞼が重くなり、強制的に思考が閉ざされ意識が遠退いて行く。
ガインはテーブルにガンッと顔面をぶつける様にして深い眠りに落ちた。
「これで良かったんだろう?キリアン。」
足を組んだままのカーキがキリアンに向け問うと、両手で顔を覆っていたキリアンがユラリと席から立ち上がり頷いた。
「ああ、もうガインを説得するのは無理だと分かった。」
キリアンはテーブルに顔をくっつけたまま意識を失ったガインの頬を撫で、髪を手櫛で梳く。
「それにしてもこの薬、良く効くねぇ。
痛みを伴う治療にも使われるとは聞いていたけど。」
フォーンがガインの顔を横から覗き込み感心した様に呟いた後、ハッと何かを思い出した顔を見せて指を2本立てた。
「この薬、2時間で完全に効果が切れるらしいから早めに準備しなきゃだよ。」
「2時間あれば充分だ。寝室まで運ぶか?」
カーキはテーブルに突っ伏したガインの椅子を引き、頬だけをテーブルに張り付かせた状態で両腕がダラリと下に降りた不安定なガインの大きな身体を椅子から抱き上げた。
カーキの質問に対し、キリアンが揃えた指先でタンタンとテーブルを叩く。
「ここでいいだろ。
食卓は家族で揃って囲むべきだ。………まぁ
俺達は家族としてガインに認められなかったワケなんだが。」
「分かった」と頷いたカーキによって、ガインは長テーブルの上に寝かせられた。
ガインの頬や髪を撫でつつ眠るガインの顔を見ていたキリアンは、ガインの顔の横に借用書の束を置いた。
一番上の紙を手に取り、ガイン個人名での借用書の一枚に目を通したキリアンは、「はぁ…」と無気力な溜め息をついた。
「……全く……馬鹿げている。こんなモノの為に……
いいさ…俺達の父親で居続ける事よりコッチを選んだのはガインだ。」
「って言うかさ、俺達3人ともが院長に同じ想いを持ってたって分かった時点で遅かれ早かれ━━って気はしたけどさ。」
フォーンが「あはは」と楽しげな困り顔を見せて言えば、ロープを手にしたカーキが軽く頷いた。
「だが傷付ける事無く、時間を掛けてでも俺達を理解して貰うという選択もあった。
そんな悠長な事を言ってられない程に俺達を追い詰めたのは院長本人だ。」
キリアンはフォーンとカーキの会話を聞き、テーブル上のガインを冷たく見下ろした。
「そうだね。
悩みを共有したいって俺達の気持ちは無視されたんだから、もう優しくなんて出来ないし。
これからのガインは俺達の父親ではなく━━
俺達が所有する性奴隷なんだから…。」
フォーンはガインの衣服を脱がせ始め、カーキは全裸になったガインの両腕を上に拡げて伸ばした格好でテーブル脚と繋いだ。
右足も両腕と同じ様に真っ直ぐ伸ばした状態でテーブル脚に繋ぎ、左足は足を伸ばせない様に膝を曲げた状態で腿と脛を括った。
キリアンは長テーブルの上に拘束され横たわるガインの首に、最後の仕上げとでも言うかのように、逃亡不可となる奴隷紋が刻まれた細い首輪を取り出して嵌めた。
「絶対服従なんて、つまらない事はしない。
抵抗したって構わない。
でも……逃さないから。」
▼
▼
▼
ブチッ
雑草を毟っていたミーシャの手が止まり、隣に立つキリアンに不満げな顔を向けた。
「ちょっと待って、キリお兄ちゃん。
その、逃亡不可となる便利魔法アイテムみたいなのはナニ?」
世の中にはまじない師や自称魔法使い、自称魔女を名乗る者は大勢居るが、魔法は本物だと明言出来る様な事象を起こせる者はベルゼルト皇国内には居ない。
過去には魔法と偽って研究費目当てに手品を見せに来た者もいたが、キリアンは、その場で簡単にタネを見破った。
「キリお兄ちゃんは徹底した現実主義者で、魔法なんて非現実的な物を受け入れないタイプかと思っていたけど。」
「受け入れないワケじゃなくて、まだ見た事が無いから信じてないだけだよ。
あったらイイよな、便利だなーとは思ってる。」
「あったらいいなって考えた魔法アイテムが夢の中で具現化されて……それが逃亡不可になる首輪って何でよ。
せっかく魔法アイテムを登場させたんだから、空を飛べるとかもっと夢のある物を思い浮かべたら良かったのに。」
既に見終わった夢の内容にケチをつけても仕方が無いと分かっているミーシャではあるが、言わずには居られなかった。
今回の夢は人質も居らず、拘束した状態のガインが逃げられなくする縛りを魔法アイテムに頼らざるを得なかったのだろう。
「………ミーちゃん、俺の話の続き…聞く?」
木の幹に寄りかかって腕を組み、真剣な面持ちでキリアンがミーシャに訊ねた。
ミーシャは、雑草をちぎり終えた手に付いた砂や草をパンパンと叩いて払う。
「聞くわ。
私が聞いてあげないと、キリお兄ちゃん誰に話すか分からないんだもの。」
ミーシャは眼鏡をクイと持ち上げ、キリッとした表情をキリアンに見せる。
「フフッ…それでこそ、ミーちゃんだ……」
ミーシャは、何がそれでこそなんだか…とモヤッとしたが、あえて何も言わず、続けて妄想初夢の話を聞く事にした。
「まぁ、一応は聞き慣れてるからね……。」
「ああ、気を付けてな。」
元は伯爵邸だった孤児院の入り口に立ち、3人の息子達が仕事に出たのを見送ったガインは院長室に向かった。
執務用の大きな机の前に座り、引き出しから取り出した借用書の束に目を通す。
金額が多いのはもとより、返済期日がすぐ近くまで迫っている。
返す当ての無い多額の借金を抱えたガインは、一つの決断を迫られていた。
「あいつ等が孤児院を巣立って行く姿を見たかったが…そうも言ってられない。
取り立てがあいつ等にまで及ぶ前に、この邸と土地を売るしかないな。
帰る場所が無くなっても、あいつ等ならきっと自分達の居場所、帰る場所を作れるだろう。」
ガインは引き出しに借用書をしまい、院長室をあとにした。
夜になり、仕事を終えたキリアン、カーキ、フォーンの3人が孤児院に帰って来た。
夕食当番のフォーンが厨房に向かい、ガインとキリアンとカーキは食堂に向かった。
いつもの様に長テーブルの席に着いた3人は、食事が運ばれるのを待つ。
「今日も仕事、お疲れ様だったな。」
共に席に着いたキリアンとカーキに、ガインがねぎらいの言葉を述べた。
キリアンはテーブルに片肘をついて拳に顎先を乗せ、ガインを見て訊ねた。
「俺達が何の仕事をしているのか聞かないんだね。
気になったりしない?
…………俺達さ、結構稼いでいるよ?」
「俺は、お前等を信用しているからな。
悪事に手を染めてるとは思わんし。
稼いでいるなら、良い事じゃないか。
将来の為に大事にとっておけ。」
やがて、食事を作り終えたフォーンが配膳用のワゴンに4人分の食事を乗せて運んで来た。
それをテーブルの上に並べてゆく。
「またシチューか。
フォーンに飯を任せるとシチューばかりだな。」
「あはは~嫌ならカーキは食うなよな。」
じゃれ合う様なカーキとフォーンのやり取りを見たガインがフッと微笑んだ。
ガインの笑顔を見たキリアンは、テーブルの上にあるガインの手に自身の手を重ねる。
「ねぇガイン、俺達結構稼いでいるよ。
………俺達を信用しているんだろう?
…だったら相談してよ。ガインの悩みを聞かせて欲しい。
俺達、ガインの力になれるかも知れない。」
名だたる騎士であったガインからあらゆる戦う術を学んだ3人は、王城の騎士達からも一目置かれる存在となっていた。
兵士に志願しないかとの声掛けも一度や二度ではない。
3人は寮に入りたくないとそれを断り続けているが、ガインからすれば孤児院が無くなっても兵士になり兵舎に入る事になれば住む場所と食事は確保出来る。
息子達が受け入れて貰える場所があるのはガインにとって救いだった。
「悩み事なんて、本当に無いって言ってんだろ。」
自分が背負った物を3人には背負わせたくない。
負担を一切かけたくない。
だから3人には借金の話は隠し続けた。
父親として身軽なままの息子達を突き放す事で、彼等の新しい道を指し示してやる。
それがガインが導き出した最適解だった。
「悩み事は無いんだが………実はな……
俺は、この孤児院を売って旅に出ようかと思っている。」
「…………………」
食事を始めた3人はガインの告白に、驚くより先に表情を冷たく強張らせた。
孤児院という帰る場所を失わせる3人に対し、後ろめたさを持つガインは3人の顔が見れず、彼等の表情の変化にも気付かなかった。
「お前達も立派な大人に成長したんだ。
それぞれで嫁さんを見つけて家族を持つ事だって出来る。
だから俺は旅先で、お前達の幸せを祈り続けるよ。」
「嫁さん見つけて新しい家族を持つ。
それが、ガインの言う俺達の幸せなんだ?
俺達の意思も聞かずに無視した上での。」
キリアンは手にしたスプーンで、シチュー皿の縁をカンと叩いた。
左手で頬杖をつき無表情になったキリアンは、右手に持ったスプーンを上下に揺らし、そのままカンカンカンと皿の縁を叩き続けた。
無表情は変わらないまま皿を叩くスプーンの勢いが強くなり、傾く皿からシチューが跳ねてゆく。
「キリアン、落ち着け。」
キリアンの向かい側に座るカーキが、静かな声でキリアンを止めた。
キリアンは無言のままスプーンから手を離し、両手で顔を覆って項垂れる。
キリアンとカーキのやり取りを見ていたフォーンは席を立ち、キリアンの皿の周りに飛び散ったシチューを布巾を使って黙々と拭き始めた。
ガインは初めて見るキリアンの態度に驚いたが、軽く咳払いをして見なかった事にした。
汚れたテーブルを拭いたフォーンが、にこやかな表情でクルッとガインの方を向き、汚れた布巾を持った手を楽しげに上下に振りながら明るく弾んだ声音で訊ねた。
「ね、院長!旅って、どこに行くつもりなの?
それ、俺達も一緒に行けないかなぁ?
4人の方が楽しそうじゃない?」
「すまないが、俺は1人で旅に出たいんだ。
いつ帰れるかも分からない。
お前達には、子どもの頃に憧れていた『お城の騎士』になって貰いたい。」
明るい顔のフォーンに向け、ガインは緩く首を左右に振った。
フォーンは「あー…」と小さく声を出してガインに背を向け、汚れた布巾を手に食堂を出て行ってしまった。
長テーブルに着いたままフォーンの背を見送ったガインは、同じくテーブルに着いたままのキリアンに目を向けた。
キリアンは両肘をテーブルに付いた状態で、苦悩するかの様に俯かせた顔を両手で覆い隠したまま動かなくなった。
隠されたキリアンの表情が悲しみなのか怒りなのかが見えず、どう声を掛けたら良いか分からないガインは、戸惑う様にカーキに目を向ける。
ガインの視線に気付いたカーキは、ハァッと大きな溜め息をつき両腕と足を組んだ。
「院長、俺達が『お城の騎士』に憧れていたのはガキの頃の話だ。
今の俺達がなりたいものとは違う。
俺達は……院長と家族になりたかった。
互いを信頼し互いを必要とし、常に側に居り寄り添い合える絶対に離れる事の無い家族に。」
「俺はお前達を信頼しているし、大切に思っている。
それに…子どもってのは親元を離れて巣立って行くもんだ。
遠く離れたとしても家族に違いはないだろ?
心は繋がってるんだからな……。」
ガインは、家族として常に側に居ると言うカーキの言葉を、離れる事を前提にしてやんわりと否定した。
腕を組んだまま顎先を上げたカーキは、侮蔑を孕んだ目でガインを睨んだ。
日頃、滅多に感情を表に出さないカーキの侮蔑の表情を見たガインは、そこで初めて自身が息子達に言い放った選択が間違っていたのではないかと考えをよぎらせた。
だがガインの決意は固く、今さらそれを覆す事は出来ない。
「俺達が求める家族の在り方を、院長の唱える家族の在り方とやらに勝手に当て嵌めるな。」
ガインを睨め付けたカーキが低い声音で脅す様にガインに答えたタイミングで、汚れた布巾を持ち食堂を出て行ったフォーンが4人分の茶をトレイに乗せて戻って来た。
「ちょっとちょっと、雰囲気悪いなぁ!
院長もカーキも、キリアンもさ、お茶を飲んで落ち着こうよ。
それから、改めて今後を話そう?」
テーブル上のそれぞれのシチュー皿の隣に淹れたばかりの熱い茶の入ったカップを置いたフォーンは、自分の席に戻ると冷めたシチューを食べ始め、熱い茶をゴクッと飲み干した。
「改めて話す事など無い。
孤児院は売り払って俺は1人で旅に出る。
お前達は、それぞれが自分の思う将来を目指していけばいい。」
ガインはフォーンの様に、熱い茶をゴクッと飲み干した。
喉を通り胃に到達した茶のせいか、全身がブワッと急激に温かくなり、同時に強い酒を一気に飲み干した後の様にクラリと視界が揺れ動き始めた。
「…………………なんだ……これ………」
瞼が重くなり、強制的に思考が閉ざされ意識が遠退いて行く。
ガインはテーブルにガンッと顔面をぶつける様にして深い眠りに落ちた。
「これで良かったんだろう?キリアン。」
足を組んだままのカーキがキリアンに向け問うと、両手で顔を覆っていたキリアンがユラリと席から立ち上がり頷いた。
「ああ、もうガインを説得するのは無理だと分かった。」
キリアンはテーブルに顔をくっつけたまま意識を失ったガインの頬を撫で、髪を手櫛で梳く。
「それにしてもこの薬、良く効くねぇ。
痛みを伴う治療にも使われるとは聞いていたけど。」
フォーンがガインの顔を横から覗き込み感心した様に呟いた後、ハッと何かを思い出した顔を見せて指を2本立てた。
「この薬、2時間で完全に効果が切れるらしいから早めに準備しなきゃだよ。」
「2時間あれば充分だ。寝室まで運ぶか?」
カーキはテーブルに突っ伏したガインの椅子を引き、頬だけをテーブルに張り付かせた状態で両腕がダラリと下に降りた不安定なガインの大きな身体を椅子から抱き上げた。
カーキの質問に対し、キリアンが揃えた指先でタンタンとテーブルを叩く。
「ここでいいだろ。
食卓は家族で揃って囲むべきだ。………まぁ
俺達は家族としてガインに認められなかったワケなんだが。」
「分かった」と頷いたカーキによって、ガインは長テーブルの上に寝かせられた。
ガインの頬や髪を撫でつつ眠るガインの顔を見ていたキリアンは、ガインの顔の横に借用書の束を置いた。
一番上の紙を手に取り、ガイン個人名での借用書の一枚に目を通したキリアンは、「はぁ…」と無気力な溜め息をついた。
「……全く……馬鹿げている。こんなモノの為に……
いいさ…俺達の父親で居続ける事よりコッチを選んだのはガインだ。」
「って言うかさ、俺達3人ともが院長に同じ想いを持ってたって分かった時点で遅かれ早かれ━━って気はしたけどさ。」
フォーンが「あはは」と楽しげな困り顔を見せて言えば、ロープを手にしたカーキが軽く頷いた。
「だが傷付ける事無く、時間を掛けてでも俺達を理解して貰うという選択もあった。
そんな悠長な事を言ってられない程に俺達を追い詰めたのは院長本人だ。」
キリアンはフォーンとカーキの会話を聞き、テーブル上のガインを冷たく見下ろした。
「そうだね。
悩みを共有したいって俺達の気持ちは無視されたんだから、もう優しくなんて出来ないし。
これからのガインは俺達の父親ではなく━━
俺達が所有する性奴隷なんだから…。」
フォーンはガインの衣服を脱がせ始め、カーキは全裸になったガインの両腕を上に拡げて伸ばした格好でテーブル脚と繋いだ。
右足も両腕と同じ様に真っ直ぐ伸ばした状態でテーブル脚に繋ぎ、左足は足を伸ばせない様に膝を曲げた状態で腿と脛を括った。
キリアンは長テーブルの上に拘束され横たわるガインの首に、最後の仕上げとでも言うかのように、逃亡不可となる奴隷紋が刻まれた細い首輪を取り出して嵌めた。
「絶対服従なんて、つまらない事はしない。
抵抗したって構わない。
でも……逃さないから。」
▼
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ブチッ
雑草を毟っていたミーシャの手が止まり、隣に立つキリアンに不満げな顔を向けた。
「ちょっと待って、キリお兄ちゃん。
その、逃亡不可となる便利魔法アイテムみたいなのはナニ?」
世の中にはまじない師や自称魔法使い、自称魔女を名乗る者は大勢居るが、魔法は本物だと明言出来る様な事象を起こせる者はベルゼルト皇国内には居ない。
過去には魔法と偽って研究費目当てに手品を見せに来た者もいたが、キリアンは、その場で簡単にタネを見破った。
「キリお兄ちゃんは徹底した現実主義者で、魔法なんて非現実的な物を受け入れないタイプかと思っていたけど。」
「受け入れないワケじゃなくて、まだ見た事が無いから信じてないだけだよ。
あったらイイよな、便利だなーとは思ってる。」
「あったらいいなって考えた魔法アイテムが夢の中で具現化されて……それが逃亡不可になる首輪って何でよ。
せっかく魔法アイテムを登場させたんだから、空を飛べるとかもっと夢のある物を思い浮かべたら良かったのに。」
既に見終わった夢の内容にケチをつけても仕方が無いと分かっているミーシャではあるが、言わずには居られなかった。
今回の夢は人質も居らず、拘束した状態のガインが逃げられなくする縛りを魔法アイテムに頼らざるを得なかったのだろう。
「………ミーちゃん、俺の話の続き…聞く?」
木の幹に寄りかかって腕を組み、真剣な面持ちでキリアンがミーシャに訊ねた。
ミーシャは、雑草をちぎり終えた手に付いた砂や草をパンパンと叩いて払う。
「聞くわ。
私が聞いてあげないと、キリお兄ちゃん誰に話すか分からないんだもの。」
ミーシャは眼鏡をクイと持ち上げ、キリッとした表情をキリアンに見せる。
「フフッ…それでこそ、ミーちゃんだ……」
ミーシャは、何がそれでこそなんだか…とモヤッとしたが、あえて何も言わず、続けて妄想初夢の話を聞く事にした。
「まぁ、一応は聞き慣れてるからね……。」
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