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剣を捨てた騎士の腕は、父の腕[かいな]になりて(2024)

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長く続いた戦争が終わり、国には平和が訪れた。

だが戦争によって国が被った傷痕は深く、土地は所々焦土と化し、貧しさに喘ぐ人々は他人を顧みる事も出来ぬ程に荒んでいた。
大人ですら自らに手一杯な中で、戦争で親を失くした子供らは寄る辺を失い生きる気力さえ無くし、路肩や瓦礫の陰で生を閉じて朽ちる者も居た。


戦争にて軍神とまで呼ばれた騎士のガインは、平和になった世にもう騎士としての自分は必要無いだろうと騎士の名を国王に返上した。


貴族でもあったガインは私財を投げ打って邸を改築し、孤児院を造った。

国を守る為とは言え、人を殺め続けた剣の道を捨てたガインは、これより剣を使わず子どもを守る道を歩もうと思ったのだ。

全てを救えるなどとは思っていない。
偽善者だとそしられても構わない。

だが、誰にも手を差し伸べられずに逝った幼子の亡骸を目にする度に、戦争で多くの武功を立てたガインは激しい悔恨に苛まれた。

あの戦争が、子供達を不幸にしたのだと。


だからせめて………
自分の目が、手が、届く範囲だけでも……

例えそれが、罪悪感から目を背ける為のただの自己満足に過ぎなかったとしても。

あの子らに慈悲を。



孤児院の院長となったガインだが、婚歴は無く幼い子どもと接する機会もそう無かった。
ガインに育児や教育は初めての経験で、それこそ保護した子ども達にも色々と教えて貰ったりしての育児となった。

保護した子どもは男女合わせて十人。

孤児院にはガインの邸に勤めていた年配の侍女と年老いた執事がそのまま残ってくれて、新米院長のガインを助けてくれた。

保護した子どもの中で一番年長の少年達3人が10歳で、後はもっと小さな子ども達。

この頼りになる年長の3人の少年達に助けて貰いながら、ガインの新米院長としての第二の人生が始まった。



1年を過ぎ、生きる気力を失い言葉も表情も無くしていた子ども達に笑顔が戻った。

僅かずつだが「明日のご飯」や「明後日のおやつ」など近い未来を口にする様になった。


中でも3人の少年達は、将来は騎士になりたいと言った。

院長であるガインが元は騎士であったと知っているがゆえかも知れない。

平和になったとは言え、国を守り城に勤める騎士は今でも少年達には憧れの仕事だ。

彼らはガインに剣の指導をお願いした。
ガインは自分を頼ってくれた彼らに、喜んで剣を教える事にした。

彼らは家事や育児の手伝いをしながら、執事により読み書き計算等をも学んでいった。


更に3年が過ぎた頃、復興も進んだ国は段々と豊かになってきた。

孤児院の子どもは15人ほどになり、他所にも国が支援した孤児院が出来るなどして、路肩で亡くなる子どもは見なくなった。

生活がままならなかった者たちも人間らしく生きていける世になりつつあり、他国に避難していた貴族らも国に戻って来た。


騎士として名を馳せたガインの孤児院は、縁者を失った貴族達からの養子縁組みを頼まれるようになった。



ガインは彼らの人となりを調べた上で子どもらにも選択を与え、双方の合意が成された場合に限り養子縁組みを引き受けた。

ガインの孤児院の子ども達は身綺麗で、ある程度の作法や教養も身についており、養子を求める貴族もガインが良識のある貴族だと名を知る者が多く、子どもらの幸せを約束して良縁に恵まれた子ども達は院を去って行った。


3人の少年達にも幾度となく養子縁組みの申し出はあったのだが、彼らは貴族の縁者としてではなくガインの孤児院出身として騎士になる事を強く希望しており、頑なに申し出を断り続けた。



孤児院を始め5年経った頃、ガインを助け孤児院で働いてくれていた老齢の執事が亡くなった。

ほどなくして、孤児院では母親役となり働いてくれていた侍女も老いた身体を弱らせ、娘家族の居る田舎へと行く事が決まった。

二人の大きな戦力を失った孤児院は、皆の兄として働いてくれる3人の少年達に助けられながら何とか運営を続けて来られたのだが━━



それから5年

3人の少年以外の全ての子どもが養子に、あるいは孤児院を出て独り立ちしていった。

3人の少年達は見目も良い青年に成長し、王城に勤めてはいないが立派な剣士となった。

そんな彼らの成長を喜ぶガインではあったが、大きな問題を抱えていた。



孤児院の運営には多大な費用がかかり、孤児院を運営したばかりの頃は潤沢であると思われた私財も5年を過ぎる頃には底をついていた。

国からの支援の申し出も、最初の頃に他の場所に回す様に言ってしまった為に受ける事が出来ておらず、資金繰りは孤児院となった邸を担保として借金をする様な有り様だった。


生前執事はガインに、改めて国に支援を申し入れるなり、養子を縁組みした貴族に援助を求めるなりする様にと言っていたが、ガインのプライドが邪魔をするのか断り続けていた。


「ガイン、悩み事があるなら俺達に相談してよ。」


孤児院に来た少年達の中ではリーダー格にあたるキリアンが、院長室の机で書類と睨み合うガインに話しかけて来た。

幼い頃から、こまっしゃくれた態度を直さなかったキリアンは、ガインを院長ではなくガインと呼び捨てで呼ぶ。


「き、キリアン!
ノックもせずに勝手に部屋に入って来るな。
悩み事なんて何もない、年だから疲れ易いだけだ。」


ガインはキリアンの目から遮る様に借用書の束を掴んで引き出しに片付けた。

ガインはこの孤児院が火の車である事を子ども達には伝えなかった。

余計な不安を抱かせたくないとの思いからであったが、既に大人となった3人の元少年達にも隠し続けてしまった。


「ノックはした。
居るハズなのに何の返事も無かったから。
……本当に?何も悩んでないの?」


院長室の机に座るガインの頬にキリアンの手が当てられ、顔をキリアンの方に向かされた。

路傍の石の様に人に見向きもされず、泥に塗れ骨と皮だけの子猫の様だった少年は、誰もが目を引かれる程美しい青年に育った。

父親代わりとして長くを共に過ごしたガインですら、キリアンが間近に顔を寄せるとたじろいでしまう。


「いや…本当に何でも無くて………
それより、キリアン達は王城の騎士として務めないのか?
城の兵士長らが、有能なお前達を登用したいと言ってると聞いたぞ。」


頬にキリアンの手を当てられたまま、ガインが目だけをキリアンから逸らした。

キリアン達には、城の兵士として登用したいとの話の他に、貴族達から養子にしたい、娘の婿にしたい、私兵として雇いたいなど多くの申し出があった。
果ては、愛人として囲いたいと優雅なマダムからの申し出も。


「俺達が毎日帰る家はここだから。
王城の騎士になったら兵舎暮らしになるし、ここに帰れなくなる。」


ガインは、成人した彼らが日々どの様な仕事をしているのかを知らない。
彼らを信じるが故に彼らの自主性に任せ、余計な詮索は一切しなかった。

毎日孤児院を出て『仕事』に行く彼らは、どんなに遅くなろうとも必ず毎日帰って来る。


孤児院の食堂に置かれた長テーブルは、かつては大勢で賑わっていた。

今は孤児院に残った4人だけで使用する食卓となったが、家族が揃って食卓を囲む事は彼らにとって生活の安寧を象徴するものなのかも知れない。


━━だがキリアン達には、それぞれが新しい家庭を作り、新しい家族と食卓を囲む幸せな人生を送って貰いたい。
ここは……いずれ無くなってしまうのだから。━━


そんな考えが、ガインの表情を一瞬かげらせた。

勘のいいキリアンが目の前に居る事を思い出し、ガインがすぐに表情を取り繕う。


「ガイン……やっぱり何か……
俺達、家族だろ?隠し事なんかしないでよ。」


「何も無いって言ってるだろ。」


家族としてキリアンを信用してないワケではない。
ガインは父親の様な立場で、息子であるキリアン達に余計な心配を掛けたくなかった。

それがキリアン達に、ガインが壁を作って距離を置かれているように思える事にも気付かずに。


「院長、食事の用意が出来…………どうした?
二人で深刻なツラをして。」


食堂に食事の用意が整ったと、今日の料理当番をしているカーキが院長室のガインを呼びに来た。


「カーキ、ドアをノックしろと…」


「ノックはした。
何の返事も無かったからドアを開いた。
心配するだろ?中で倒れていたりしたらと。」


悪びれる様子も無くカーキは自分の行動の正当性を口にする。

ガインはハァー…と諦めた様に溜め息をついて軽く首を横に振った。


「ホントにもう…お前らときたら……
元々がこまっしゃくれた子どもだったが……
色んな意味で逞しく立派に育ったモンだ。」


「別に俺は、屁理屈を言ったつもりは無いぞ。
院長は最近疲れ気味だし、歳も俺達の倍以上だし心配して当然だろう。
そもそもノックはしたんだ。
歳のせいで耳まで遠くなったのか、気付かなかった院長が悪い。」


開いたままのドア前に立つカーキの後ろから、フォーンが顔を出して院長室を覗き込んだ。


「ちょっとぉ!3人とも遅いよ!
俺、腹減ってるんだけど!」


院長室に集まった3人の息子達に、ガインが思わず破顔した。

血は繋がってなくとも、愛しく大切な息子達だ。
悩む事など何も無いのだ……
ただ、彼らの幸せだけを願って行動すれば良いだけだ。

もう自分が居なくとも、逞しく育った彼らはしたたかに、そして自由に

自分達の思うままに生きていける。


「待たせて悪かったな、フォーン。
さぁ、キリアンもカーキも食堂に行こう。」












ブチッ…ブチッ………

王城にある兵舎近くの庭の一角。

陽を遮る様に枝葉を広げた木の下に座り込んだミーシャは、芝生から長く飛び出て生える雑草を摘んでは毟り千切っていた。


「………えーと、ミーちゃん………怒ってる?」


木の下に座り込んだミーシャの隣には、木の幹を背にして立つ、この国の君主である皇帝キリアンが居た。


「怒ってないわ。呆れてるだけよ。
今までも、パパじゃないパパと、キリお兄ちゃんじゃないキリお兄ちゃんだったけど、一応は騎士と皇帝だったじゃない。
孤児院院長のパパと戦争孤児のキリお兄ちゃんなんて、もう完全に別モンよね。
なのに相変わらずカーキとフォーンは付いて来るし……
二人が出たらもう…なんか…先も読めたとゆーか……」


暖かい日だったとは言え新年早々に皇帝陛下にこの様な場所に呼び出され、また嫁が寝取られた夢を聞くハメになったミーシャは、ただもう無表情で草を毟るしか自分を保てなかった。

だって、キリアンが寝取られちゃう嫁ってのは自分の父親だもん。


「じゃあ、言わない方がいい?」


「聞くわよ……
良い夢は人に話さない様にして叶うのを待つ、悪い夢は人に話して叶わない様にする。
それが初夢のジンクスだものね。」


ベルゼルト皇国は、内戦とは言え戦争があったばかりの国だ。
戦争孤児も居るため、国が支援して建てた孤児院もある。

年末辺りに皇帝自らが、それらの孤児院を慰問を兼ねた視察に赴いた。


「………何を見たのか知らないけど、変なインスピレーション涌いちゃったわね……。」






後書き
早いですが、前置き的な話だけでも。

続きは多分…年末辺りに…
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