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夜明けに落つる国。亡国の女騎士レミアーナ。(2023)

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【前書き】前ページとは繋がっておらず、全くの別作品です。
前置きが長くなったので、元旦より先に出しました。





旧き時代より賢帝と呼ばれた祖の血を脈々と繋ぐ皇帝により治められたこの大国は、紛う事無く大陸一の強国である。


他の国々から脅かされる事も無く大陸随一の国の頂点に立つ若き皇帝は人も財も誉れをも手にしており、果ては神の寵愛や望む未来など人智を超えた力まで含め、総てをその手に納めているのだとまで言われた。


人の手には届かない、神に近い高みに居られるとまで言われた皇帝が城内にて暗殺された。


神の寵愛を受けた者とまで謳われた麗しき皇帝の命を守れなかった国は神に見放され天の庇護を失ったかの様に、国は血に塗れて地に墜ちる様に衰退の一途を辿って行く。


皇帝の暗殺に続き、平和だと言われたこの国の貴族籍の者の命までもが何者かに狙われる様になっていった。



皇帝を暗殺した者も、それを指示した者が誰かも分からないまま国は混乱に陥り、首謀者不明なまま貴族達は互いに疑心暗鬼となり精神を追い詰められていく。


誰を何を警戒して良いのか分からぬまま、やがて心を病みかけた貴族達は国を捨て始めた。


国を捨て隣国へと逃げる、豊かな国の貴族達は野盗らにとって良い獲物となった。

持てるだけの財産を持つ者も、見目麗しい妻や娘を持つ者も。

私兵だけでは守り抜く事が難しく護衛を雇うのだが、日を重ねるごとに腕の立つ騎士や兵士も雇われ国を出て行き、質も下がり数も減ってゆく。



国や領民を思うがゆえに国を出る時期を遅らせてしまったラーヴァッハ公爵は、愛娘の令嬢レミアーナを先に隣国へと亡命させる事とした。

ラーヴァッハ公爵夫妻に促されたレミアーナは、幼い頃から姉妹の様に育った侍女のララを伴い、後ろ髪を引かれる思いで先に国を発つ事にした。


「気をつけて行くのだよ、レミアーナ。
私達もすぐにお前の後を追って隣国へと向かう。」


「お父様…お母様!
隣国にてお待ちしております。
どうか、どうかご無事で……!」


平民女性の旅装束に身を包み貴族の身分を隠したレミアーナは、侍女のララと共に隣国との国境行きの質素な乗り合いの幌馬車に乗った。

椅子もない板張りの床からの冷気と振動を感じにくくする為か、羊の皮を繋ぎ合わせた白く毛足の長い大きめのラグが敷いてある。


ラーヴァッハ公爵が、旧友だという腕の立つ貴族の騎士に娘達の護衛を依頼し、彼もまた貴族の身分を隠すように平民上がりの傭兵の様な格好をした。

この3人のみを乗客として乗せた幌馬車が国境に向け出発した。


「貴方様が父の旧くからの友人であり、わたし達の護衛をして下さるとは思いませんでした。
皇帝陛下の懐刀とも呼ばれていた…軍神ガイン様。」


「……懐刀、軍神などと呼ばれるには値しません。
私は、皇帝陛下をお守りする事が出来なかった。
自身の死地さえ見失った、ただの出来損ないですから。」


皇帝はガインが持ち場を離れた僅かな間に、自室にて首を斬り落とされて亡くなっていた。

落とされた首は証拠として持ち去られたのか、首の無い遺体だけが皇帝の部屋に遺されていた。


ガインと共に皇帝陛下を護衛していた騎士も行方知れずとなり、責を問われるはずだったガインだったが、

誰もがガインを責めている余裕など無かった。

犯人探しをする間も無く次はお前らだとばかりに直ぐ様他の貴族達がその命を狙われ始め、貴族達は自身を守る事に手一杯となり国は混乱に陥ったのだ。


「私は陛下のご遺体を近くで見る事も触れる事も許されなかった。
証拠隠滅を図るかの様に、陛下のご遺体は葬儀を待たず、すぐ様荼毘に付されてしまった。
此度の事件は不可解な事が非常に多い。
私は再び国に戻り、ラーヴァッハ公爵と共に真相を突き止めるつもりです。
とは言え、私が至らぬばかりにレミアーナ様にもご迷惑を……」



「それは、おっしゃらないで下さい。
此度の事はガイン様のせいではありませんわ。
それに父も、この事件は不可解だと言っておりますし…
キャッ!!」



馬が急に足を止め、幌馬車が大きく傾いた。

何者かに馬車を強引に止められたと気付いたガインは剣を手にし、御者の背に向け声を掛ける。


「何ごとだ!」


「と、盗賊です!!囲まれております!!」


レミアーナとララが、声を詰まらせ怯えた様に互いの手を握り身を寄せ合った。
若い娘は、それだけで価値がある。
盗賊などに捕らえられれば、どんな辱めを受け不幸な身に堕とされるかが容易に想像出来る。

ガインは幌の隙間から外を覗き見、敵の数を確認した。


「視認出来るだけでは10人ほど…
だが、それとは別にとんでも無く強そうな奴が数人身を潜めている様だな。
盗賊に見せかけた統率された兵士かも知れん。」


いかに強い騎士であろうと、二人を守りながら一人で多勢を相手にしての戦いは不利となる。

自分の存在がガインの足枷となってしまう。

レミアーナは自身の脆弱さを悔やんだ。


「レミアーナ様、私が斬り出て道を開きます。
林を抜ければすぐ国境があり、警備隊が保護してくれるでしょう。
貴女様はララと共に隣国へお逃げ下さい。」


「お待ち下さい!ガイン様!
それでは、貴方は…」


ガインはレミアーナの手に、自身の手荷物にあった意匠の美しい細身の剣を差し出した。

皇帝より賜った紋章入りの剣をレミアーナに渡したガインは、厳めしい表情に一瞬柔らかな笑みを浮かべた。



「レミアーナ様。
力を身に付け…この国を元の良き国に…。
貴女にはその力がある。」



ガインは剣を構えると幌馬車の入口に掛かる幕を開いて外に躍り出た。



「今です!ララ!レミアーナ様をお守りしろ!」



ガインに激を飛ばされた侍女のララは力強く頷き、レミアーナの手を掴んで共に幌馬車から飛び降りる。

追手を振り切って逃げるべく、二人は深い林に入った。



「ガイン様!ララ、待って!ガイン様が!」



「戻った所で今のレミアーナ様にはガイン様をお助け出来ません!
ガイン様だけではありません!
レミアーナ様が力を蓄えなければ、誰も、何も救う事など出来ないのです!」



レミアーナは分かっていた。
ガインとは再び会える事が無いのだと。
ガインが命を賭して自分を逃してくれたのだと。
まだ何の力も無い自分に、国の未来を託したのだと。

レミアーナは涙を流しながらも両の眼をしっかりと開き走り続ける。

自分は絶対に捕らえられてはならない。
死んではならない、強くならなくてはならない。


林を抜け一瞬気が緩んだララの腕が追手に掴まれた。

ガインに渡された剣を手にしたレミアーナは、追手の胸を躊躇なく刺し貫いた。


そこには恐怖に打ち克ち、凛と立つレミアーナの姿があった。

強い眼差しは焔の様に揺らめき、その瞳はもう涙を流す事はなかった。


「ガイン様。貴方が守ってくれた、この命を無駄にはしません。
わたし……必ず強くなります。」



レミアーナはララと共に隣国との国境の門をくぐった。









「さぁ、次は誰が俺の相手をするんだ。」


林の前で停まった幌馬車の周りには、ガインに切り捨てられた盗賊の屍が転がっていた。

ガインが目視で「盗賊らしき」と言った者達は、レミアーナを追って林に入った3人以外、全て地面に伏した屍となっている。

後は姿を見せなかった、ガインに群を抜いて強そうだと言わしめた数人の伏兵のみである。


そやつらを倒さねば3人の追手に襲撃されているかも知れないレミアーナを助けに行く事も出来ない。

気持ちは急くが焦りは禁物だとガインは自身に言い聞かせる。

心を落ち着かせたガインは、幌馬車を背にして繁みに剣を向けた。


「ケリをつけようじゃないか。
さっさと出て来い!!」


林の繁みの中から騎士服を身に付けた二人の若い騎士が並んで姿を現す。

剣も構えずに現れた二人の姿を目にしたガインが我が目を疑った。


「お久しぶりです、隊長。」


「お元気そうで、何よりです~。」


ガインを隊長と呼ぶ二人の騎士は優秀な騎士であり、ガインの腹心の部下である。

皇帝暗殺当時、皇帝陛下の私室前にてガインと共に警護をしていた者達だった。

隊長であるガインが皇帝の私室前から離れる際に、その場を任せた二人でもある。



「カーキ…フォーン。
なぜ、お前らが此処に居る…。」



皇帝の斬首された遺体が見つかった際に姿を消した二人は、皇帝陛下暗殺の実行犯ではないかと疑われたままであった。


国の威信に掛けて二人を捕えるべきだと声が上がる中、皇帝陛下に強い忠誠心を持つ二人が陛下に刃を向けるなど有り得るハズが無いとガインだけが二人を擁護した。
どちらにしろ二人を捜し出して詳しい話を聞かなければと捜索が始まるより先に、上位貴族を中心に事件や事故が多発するようになり国内が混乱に陥ってしまった。


ガイン自身も国に忠義を尽くしたラーヴァッハ公爵と令嬢のレミアーナを護る為に尽力する為に動き始め、行方知れずとなった二人の所在を捜す事が後回しになっていた。


二人を部下として信用していたガインだったが、このタイミングで姿を現した二人に対して警戒を解く事が出来なかった。


「何処に隠れて、今まで何をしていた!
陛下を亡き者に、したのはお前らか!
一体、誰の差し金で動いている!!」


真面目を絵に描いた様に常に冷ややかな面持ちのカーキと、軽薄さを持ち味として常に明るい表情を持つフォーンが互いの顔を見合わせ、ククッと声を殺して笑った。


「何がおかしい!」



「だぁって隊長、俺達が忠誠を誓った皇帝陛下に逆らうハズが無いっての知ってるじゃん?
だから、バカばっかのアホ貴族から俺達の事を庇ってくれてたんでしょ?
隊長の優しい所、ちゃんと見て知ってるよ。」



「見て……姿を消して居たが王城に居たのか……?」



フォーンが両腕を頭の後ろに組んで半笑いを浮かべながらガインに一歩近付いた。

フォーンが語る通り、ガインはカーキとフォーンの皇帝陛下への忠義の厚さを良く知っている。

その二人が皇帝陛下を手に掛けるハズが無い。

だったら皇帝陛下を死へと追いやり、この二人を従えた人物とは誰なのだろう。


そもそもが━━皇帝陛下を亡き者にした輩に従う様な二人ではない。

二人が絶対的な忠誠を誓う人物など、この世に一人しか居ない。



「ならば導き出された答えは1つしか無いだろう?
隊長どの。
あんたは本当に、考えている事が顔に出易いな。」



カーキがガインに対して嘲笑する様な笑みを浮かべ、その場に片膝を付いた。

合わせてフォーンも、その場に片膝を付いて頭を下げる。

林の奥から闇に紛れる様な黒より深い、暗黒色のローブを纏った人物が現れ、傅く二人の間を縫う様にガインの前に歩み出た。



顔を隠す様にローブのフードを被った人物の背格好に立ち居振る舞い、歩く仕草など全てがガインの中に生まれた答えを肯定する。

顔が見えなくても声が聞こえなくても、間違えるハズが無い。


「キリアン皇帝陛下……!!
ご存命でいらしたのですね!!」


嬉しさの余り、ガインの目からボロボロと熱い涙が溢れ出した。

敬愛する皇帝陛下が生きていらした。

この国を導く大きな道しるべとなる、この方が居れば…!

ガインの前で、スルリとフードを脱いだキリアンはニコリと微笑んだ後

口元に笑みを浮かべたまま、冷たく凍て付いた目でガインを一瞥した。



「また国の為に、俺を殺すつもりなのか。
ガイン。」



「………は………?
な、何を言っておいで…………ッッん!?」



幌馬車の乗り込み口を背にして身構えていたガインは目の前に現れたキリアンに意識の全てを注いでおり、背後への注意を一切していなかった。



雇った幌馬車の御者が、幌の荷台の中からガインの背後に近付き、気を失う薬を大量に染み込ませた長い布でガインの鼻と口を塞ぎ、首を絞める要領で背後から強く引っ張り上げた。

ガインは咄嗟に暴れ出し、薬を含んだ布を取り払おうとしたが、肌に食い込む程強く引っ張り上げた布と肌の隙間に指を入れる事は出来ず、暴れれば暴れる程に薬を吸い込んでしまう。

泥沼に沈んで行くかの様に目の前が段々と昏くなり、ガインはキリアンの方に手を伸ばしたまま、意識を手放した。



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