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12年越しの野望を叶えるのが目的。

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嫉妬しているのかと問われ掛けたガインは、それ以上言わせたくないとばかりにキリアンの口を手で塞いで言葉を遮った。

その行動だけでもう、嫉妬していると肯定している様なものだろう。

国の頂点に君臨する者に対し、自分一人だけを愛し、自分一人だけを見ていて欲しいなどと願うのは分不相応だと頭では理解している。
君主に正妃以外の側妃や愛妃がいるのも普通だ。

だが、嫉妬と独占欲といった薄暗い感情が上手く制御出来ない。


━━俺は…皇帝陛下であるキリアンの愛を自分一人のものだと信じて疑わなかった。
そうではなかったからといって嫉妬するなんて間違っている━━


襲われていたキリアンの無事を知り安堵した途端、今度は嫉妬に駆られる自分。
この身勝手な胸の内に自己嫌悪に陥ってしまいそうになる。

そんな胸の痛みを知ってか知らずか、原因となった当の本人はヘラヘラと笑ってアホみたいな事をのたまいやがった。

ガインは苛立ちや不機嫌さを顔に出す前に、虚無感をあらわにした表情をしてしまい、思考せずに本音が口から漏れてしまった。


「………………………馬鹿?」






会話が止まり、しばし沈黙が続いた。
やがてキリアンが小刻みに震え出し、戸惑う様に口を開いた。


「が、ガインが…ガインが初めて俺を蔑んだ……」


大きなショックを受けた様に、キリアンが驚愕の表情を見せて一瞬膝を折って、よろめいた。

そんなキリアンを心配して駆け寄る事もなく冷めた視線を送り続けるガインには、キリアンの禍々しいオーラが見えていたのかも知れない。


「初めてだよ俺に向けたガインの、そんな冷めた顔を見るの……
何なんだろう…何なんだろう……

メチャクチャ可愛くて堪らないんだけど!
こう、慈しむとか愛おしむじゃなくて!
懐かない猫を無理矢理、愛でまくるみたいに揉みくちゃにして可愛がりたいんだけど!」


「黙れ。」


ガインが低く唸る様に一言を発した。

自分が嫉妬という感情を持つ事自体が間違っているのだと分かっている故に、こちらの気も知らないで、とは口が裂けても言えない。

だが仄暗い思いは拭い切れずに、この様な不遜な態度を取るに至る。


「とりあえずさ………
血を洗い流してから話を聞いて貰おうかな。」


野営場所が見えたキリアンは、テントを指差して苦笑した。
ガインの不機嫌な態度が嬉しくて喜びが隠せずキリアンは思わずニヤけてしまう。
それが更にガインに不信感を与える事となっていると分かってはいるが口元が緩むのを止められない。

ハタから見れば、ヘラヘラした血まみれの美青年と、ムスッとした巨体の血まみれ中年男が並んで歩いているという気味の悪い状況である。



野営場所としてテントを張った場所は川の源流近くにある。
大きな川ではないが小さな滝があり、その下には大浴場の浴槽ひとつ分程の広さの、膝丈位の浅い滝壺があって身体の汚れを洗い流すにも都合が良い。

この場所はキリアンが幼い頃に何度かガインと共に来た思い入れのある場所だが、成人してから来るのは久しぶりだ。

子どもの頃は寝袋と大差ない小さなテントを使っていたが、今回は大人二人が並んで寝る事が可能な大きさのテントを張った。

テントに入って替えの衣服を用意し、2人は川に向かった。
到着するとキリアンは川に入り、滝壺の方に向かいながら血まみれの衣服を脱ぎ捨てポイポイと滝壺に放り込んでゆく。

全裸になり、滝の下に向かったキリアンに不機嫌なままのガインが声を掛けた。


「陛下。森の中に潜ませてる奴らが居るんでしょう。
その、お綺麗な身体を見られても良いんですかね。」


「野営場所の周囲には誰も近付かせない様に言い付けてある。
ここには、俺達2人だけだよ。」


「そうかよ」と呟いたガインは自分も衣服を脱いでいき、全裸でそれらを抱えて滝の下に入って行った。

ザッと身体に付いた汚れを洗い流したガインは、脱ぎ捨てられてふわふわと滝壺に漂うキリアンの衣服を掴んで集め、無言で洗い始めた。


「ガイン、この場所懐かしいよね。
俺が子どもの頃は、ここで野営の方法や森林での戦い方、食料の調達とか生き延びる術を教えて貰った。」


「…………洗濯の仕方も教えとけば良かったがな。」


脱ぎ散らすだけで何もしないキリアンに不満げに呟いたガインは、ザブザブと水の中で布を擦り続け黙々と衣服に染み付いた血を洗い流してゆく。


「この森はね、俺とガインの思い出の地であり聖地なんだ。
無法者がたむろしていて良い場所ではない。
だから……ヴィーヴルの者達に頼んで駆除しようと思ってね。」


「へーそうなんですか。ワカリマシタ。
では、お先に。」


おざなりな返事をしたガインは、洗った2人分の衣服を日当たりの良い岩の上に並べてから川から出ようとした。


「待って。まだ話は終わってないよ、ガイン。」


キリアンは川から上がろうとしているガインの手首を掴んで引き止める。

掴まれた腕側の肩越しに振り返り、「あぁ?」と睨み付ける様な眼差しを向けるガインにキリアンが微笑み掛けた。


「もう他に話す事なんか無いだろうが。」


「そうかな。
ガインは聞きたい事があるって顔をしているけど?」


手首を掴むキリアンの手を軽く振り払ったガインはハァッと大きな溜め息を吐いた。


「別にもういい。聞きたくない。」


「さっきは聞いたじゃないか。
誰とここでヤったんだって。」


「もう聞きたくなくなった。」


知った奴だろうが、知らない奴だろうが、男だろうが、女だろうが。
聞いた所で何かが変わるワケじゃない。

どんなに心苦しく思おうとも、そもそもが皇帝陛下のなさった事に配下である自分が嫉妬する事自体が烏滸がましい。

そう考えたガインが言い直した。


「………聞きたく無くなりました。」


「いや、聞いてよ。
むしろ、その為にガインをこの森に連れて来たんだから。」


睨み付けたかと思えば、生気が無くなったかのようにズンっと意気消沈状態になり、冷たい川の水に浸かっていたせいかガインは、唇まで血色が悪く紫色に染まって死人の様になってしまった。


「そうやって、2人きりなのにガインが距離を置いた言葉遣いになる時は、胸の内にドロッとした気持ちを持ってて吐き出せない時なんだよな。」


キリアンは再びガインの手を掴んで引っ張ると、ザブザブと滝壺の縁に連れて行った。

滝の真下では無いが水飛沫が霧の様になって掛かり、膝から下が水に浸かった状態。
血の気が引いた様に心身共に冷たくなっているガインには、この場に居るだけで身も心もただただ寒い。


「陛下、メチャクチャ寒いんで、もう上がらせて欲しいんですが。」


「らしくないですね、師匠。
もっと寒い季節にだって共に水浴びしたでしょう?
気合いだとか、根性だとか言って。
水から上がった後は、暖を取るならば人肌が一番だとも言ってましたっけ。」


水の中に立つガインの鎖骨に唇を寄せ、キリアンがガインを正面から抱き締めた。

ガインと同じ様に水を浴び続けていたキリアンの身体は、何故かほんのりと熱を帯びていて温かい。


「それは、鍛錬をしていたからだろうが。
今は鍛錬も何もしていない。
俺はもう上がらせてもらう。」


とは言ったが、ガインは自分を抱き締めるキリアンのホールドが強過ぎて解けない。

それどころか、キリアンから伝わる熱が段々と高くなって来ている気がする。

と言うか腿の辺りに、より高熱のナニかが当たっている気がするのは何なんだ。


「師匠が………ここまで嫉妬心をあらわにしたのって初めてですよ。
師匠との思い出の地に連れて来たのは、俺の恋の始まりを師匠に聞いて貰いたかったからで……でも…まさか……
俺の呟きを立ち聞きして、師匠が嫉妬するなんて!
そんな思いもよらない一面を見せて貰えるだなんて!
想定外過ぎて、嬉しさが止まらないんですが!」


心身共に冷え切ったガインを抱き締めて離さない、なんか分からないが熱を帯び興奮状態のキリアン。

あまりの激しい温度差にどうしたものかと一旦距離を置きたいガインだが、キリアンがガインを離す気配が一向に無い。


「恋の始まりだと?
誰を相手にだか知らんが、俺には関係無いだろう!
離せ…!」


「皆も知ってる、ガインあるあるだね。
話は最後までしっかり把握しない、1を聞いて10を知った気になる。
しかも明後日の方向に解釈して。
ガインのそんな所も、お茶目で可愛くて大好きだ。」


━━お茶目!?
四十を過ぎたオッサンに、お茶目だと!?━━


中年のむさ苦しいオッサンである自分を相手に、可愛い女の子みたいな扱い方をするキリアンはいつも通りの偏愛じみた変人なキリアンのままで、ガインは僅かながら溜飲が下がる気がした。

キリアンが自分を愛しているというのは、嘘偽りなく本当なのだと良く知っている。

だからこそ生涯キリアン一人を愛し、その愛を裏切らないと誓いを立てたのだ。

例えキリアンの愛が、自分ただ一人に向けられたものでは無かったとしても。

自分がキリアンを好きだって気持ちは変わらない。



「お茶目では無い。
キリアンが俺を見る目は、いつも何かおかしい。」


キリアンを振り解く抵抗をやめたガインは、暖を取る様に自らもキリアンの背に腕を回した。
ピタリと濡れた肌を密着させ、キリアンの肩に顎を乗せる。
キリアンがガインの濡れた頭を「よしよし」とあやす様に撫でた。

落ち着きを取り戻したガインに、今ならばとキリアンが声を掛ける。


「ガイン、俺はこの場所をガインを初めて抱いた場所だと言った。
それを聞いて、ガインは別人と自分を間違えてるのだと思ったんだよな?」


キリアンの肩に顎を乗せたガインが、無言でコクリと頷いた。
その仕草がキリアンの琴線に烈しく触れた。
ガインを抱き締めたキリアンの腕に、逃さぬ様にと更に力が加わる。


「なんって、可愛らしい反応をするのかな、師匠。
俺の夢のひとつだったんですよ。
俺が初めて妄想の中で師匠を抱いたこの場所で、妄想ではなく現実で師匠を抱くのが。」


「……………妄想…………ッッえぁっ!?」


思わずキリアンの顔を見ようと、キリアンの肩から顔を上げようとしたガインだが、頭を撫でていたキリアンの左手が頭を固定しており、顔を上げる事を許されなかった。

ガインの大きな背に回されたキリアンの右手は、這う様に腰に下りていき、更に下の谷間を目指して進行する。


「初めての野営訓練の日、俺はこの野営地にて師匠と結ばれたんです。妄想の中で。
10歳の時でした。」


「じゅううう!?」


「そう10歳から12年間、ずっと夢見てましたよ…。
師匠のガインと、この場で本当に繋がる事を。」


ガインの腰下の谷間に辿り着いたキリアンの指先はゆっくりと谷奥の窪地を探り、ツンと窄みを突いて押さえた。


「ンあっ!!は…ぁ…っ」


「俺が師匠以外の誰かに触れるなんて有り得ませんよ。
それに師匠に俺以外が触れるのも許しません。」


ガクッと力が抜けそうな身体をキリアンに縋らせたガインが小さくくぐもった声を出す。

声と共に漏れる吐息は温かく、血の気を失い紫がかっていたガインの唇にうっすら赤みが差してきた。


「さあ師匠、冷えた身体を2人で熱くしましょう。
可愛らしい姿を幾つも見せつけられたんだから、簡単には終わりませんよ?ふふっ」


「ちょ……!ま、まさか、こんな所で……
誰かにっッ……!」


「大丈夫、誰も来ないし誰にも見られない。
ヴィーヴルの者はガインと俺の関係を正しく知っているから誤魔化す必要も無いし既に言ってある。
もう焦らされ続けてはち切れそうなんだ…

ガインの、とろける程の愛と身体で俺を慰めて…」



━━森の中、青空の下、滝に打たれながら??
こんな場所でヤるのか!?
しかもするって言っちまってんの?
ヴィーヴルの奴らに!?

マジで!?━━


そんな疑問よりも何よりも、キリアンが10歳の頃から妄想の中で自分を抱き続けており、キリアンの中には唯一自分しか存在しなかったと知ったガインの安堵感はとてつもなく大きい。

羞恥心をかなぐり捨て、箍を外すには充分な程に。


「俺も……キリアンに熱くして貰いたい……」


冷えたガインの身体が疼き始め、キリアンを受け入れたいのだと内側から浸透してゆく様に熱が拡がり始める。


「交わってひとつになろう……キリアン。」


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