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魔の親書に振り回され右往左往。
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ミーシャはガインの部屋の前の廊下に神出鬼没に現れる。
城で働く他の侍女達の様に決められた時間に決められた仕事をするのではなく、なぜ、そのタイミングで?え、今それやる?的に現れるのだ。掃除しているフリをしに。
なのでミーシャと会うのは、いつ目に出来るか分からない貴重な現象に遭遇するに近い。
夕食の時間も近付いており、他の侍女達や給仕の者がその準備に慌ただしく動き始める中、ミーシャはガインの部屋の前にホウキを持って立っていた。
ノーザンは、自身の運の良さに心の中でガッツポーズを取る。
「会えて良かったミーシャ嬢、君を探していたんだ。」
にこやかに、眼鏡の奥の目を細めて微笑むノーザンがミーシャに近付こうとした。
「近付かないで。止まって下さい。
殿方が、わざわざ私を探して会いに来るなんて…気味が悪いです。」
ミーシャは持っていたホウキをノーザンに向け、槍の様に構えた。
ぬぼーん。
ミーシャの表情は緊張感の無い、相変わらずのボンヤリ顔。
なのにホウキを構えたミーシャには一分の隙もない。
「槍術か?フッ…さすが隊長の娘御だ…なかなかやるじゃないか!
…………いや、それどころでは無くてだな!助けて欲しい!
隊長の御息女である、貴女に相談したい事がございます!」
ホウキを構えたミーシャは、すぐホウキを下ろした。
そしてボソッと小声で呟いた。
「え、めんどう。
パパの近くに私が居なかったってアリバイ作りの為に部屋を離れたのに…こんな事なら部屋で寝たフリしていたら良かった。」
ミーシャの呟きを聞き逃さなかったノーザンは、ほぼ確信した。
隊長が今している事を、知らない事にする為にミーシャがわざわざこの場に来ている事を。
………それってもう、知ってるって意味だよな!!
「面倒な事を言って申し訳無いが頼む……
婚前の女性を私の部屋に招く訳にはいかないのだが、この話は人の耳に入っては困るのだ。」
「……仕方が無いですね。では、礼拝堂にて…。
あそこならば誰か来ればすぐ分かりますし…。」
あからさまに気が乗らないと、めんどくさそうに礼拝堂の方に歩き出したミーシャの前にノーザンが立ち、先に進む。
侍女の立場でノーザンの後を数歩下がって歩くミーシャが背後でブツブツと文句を垂れだした。
「麗しの陛下と私の変な噂があるっておっしゃってましたよね。
ノーザン様だって、女性に人気あるじゃないですか…。
こんなとこ誰かに見られて変な噂が増えたら、すごい面倒な事になる…。」
「それは…申し訳無いが、君にしか相談出来なくて…。
逢い引きに見られたら私が訂正しておくから。」
王城内にある礼拝堂に着いた二人は、広さのある室内の中央辺りに座る。
ここならば礼拝堂に誰か来ればすぐ分かるし、小声であれば話を聞かれる事も無い。
ノーザンはミーシャの前に親書を出した。
見慣れない物を出されたミーシャは首を傾げる。
「隣国の国王陛下から皇帝陛下に宛てての親書なのだが、どういうワケか、ガイン隊長の一存で親書の存在を無かった事にされたらしい。
これが、どういう事か…分かるね?」
「…………パ……義父が陛下に親書をお渡しする事を懸念したという事ですか?
国王陛下からの親書を隠してまでも陛下に見せたくない親書の内容…戦争のきっかけになりそうとか?
喧嘩でも売られてたんですかね。」
ぬぼーんと答えるミーシャに、重い溜め息をついたノーザンが額に手を当て頭を左右に振る。
「ガイン隊長は隣国の姫君の婿にと国王陛下に望まれているそうだ。
それをなぜだか分からないが陛下に知られたくない隊長は、なぜだか分からないが、親書を隠匿しようとした。
子どもの玩具じゃないんだから、隠してすむモンじゃない。
だが、ガイン隊長は親書を陛下に見られたくなかったようなのだ。
なぜだか知らないが!」
「………………わざとらし」
ミーシャは無表情でポツリと呟いて、ノーザンの手から親書を受け取った。
「正当な理由も無く同盟国からの親書を皇帝陛下に渡して無い事を義父が追求されれば、義父が賊として捕らえられるかも知れません。
そんな厄介事は、持ち込んだ義父自らが身をもって責任を取ればいいんですよ。」
ミーシャは親書を持ち礼拝堂を出て行こうとして、ドアの前で止まり振り向いた。
「知らない分からないって言って、どうせ知ってるんでしょ?
誰にもバレないようにして下さいよ。陛下がキレるから。」
女性らしい可愛げを見せる気が皆無のミーシャは、無表情なままで礼拝堂を出て行った。
普段、女性から無下な態度を取られる事がほとんど無いノーザンの目にミーシャの態度は新鮮に映った。
「ふむ…父娘で面白いな……。」
▼
▼
▼
▼
深夜になり、フラフラになったガインがキリアンの私室から出て来た。
「陛下……失礼致します。」
昼前に隣国から帰国、軽く物を食べて浴場に向かい……
陛下の部屋に走り、そのまま睡眠を取らせてもらったが……
起きてから、それはもう………無茶をされた。
夕飯は食堂に行かせて貰えず、陛下の私室に運ばれて来たので二人で夕食を取り。
で、食事が終わればまた無茶が始まり………。
やっと今、解放された。
━━俺はな!俺はな!それなりに身体を鍛えているから、そんなすぐ潰れたりはしねぇし、今だって体力も腕力も若い奴らに負けないと自負しているし、そう簡単にバテやしねえ!
だがな……コッチに関しては別なんだよ!
俺はそこまで若くないって!枯れつつあるんだって!
バテバテだわ!ぶっ倒れるわ!
若いキリアンの情欲を全ては受け止め切れんって!
なんでお前、そんな人間離れしてんだよ!精力が!━━
ガインはキリアンに頭を下げ退室し、キリアンの私室と3部屋離れてミーシャの部屋が並ぶ廊下から離れようと別階にある自室の方に歩き出した。
「待て、ガイン。」
歩き始めたガインの腕をキリアンが優しく掴んで微笑む。
「……な、何でしょうか…陛下。
明日は早いので、もう自室に戻って休みたいのですが…。」
「うん、だから自室。そこに引っ越しさせたから。」
キリアンがにこやかに微笑みながら、皇帝の私室とミーシャの部屋の間にある2つのドアを指差した。
「…………………は?」
「二部屋を中の壁ぶち抜いて一部屋にしといた。
ドアは2つのままなんだけどね。」
「……………………………は?」
「その内、俺の部屋とガインの部屋の間にある壁を抜いて、中で行き来出来る様にドアを造ろうと思う。」
「……………なんで…………俺の部屋……ここに…」
「夫婦なんだから、部屋が隣にあっても不思議ではないだろう?」
━━おかしいに決まってんだろうが!!ナニ言ってやがる!!━━
「俺っっ…!私ごときが皇帝陛下の隣に自室を持つなどっ…!
まわりが、どう思う事か!!おかしいでしょう!?」
キリアンは今、夫婦だから部屋が隣でも当たり前みたいな言い方をしたが、ガインはそんな関係を周知させる気も無ければ、むしろ二人の関係を誰にも知られたくはない。
キリアン皇帝のガインに対する度が過ぎた贔屓は、その関係を知られるきっかけになり得るのではないかとの不安しかない。
「そうか?ガインは俺の専属の近衛兵であり、側近。
他の近衛兵が役立たずで、ガインの代わりになる者が居なかったのだから、ガインが俺の警護をする。だから、側に居て貰う。
それだけの話だろう。それに……な。」
キリアンは、ふわりと金糸の髪をなびかせながらクルリと一回まわり、ガインの頬に手を当てて顔を下に向かせると、そっと触れるだけの口付けをした。
「っっへっ、陛下!!」
「……幼い頃から私を守ってくれていた大切な人……ガイン。
……貴方が側に居て守ってくれていると思うだけで、私は不安無く穏やかな夜を過ごせるのです……」
か弱き美しい乙女の様に、屈強な騎士に守られるべき儚げで麗しい皇帝の顔を見せたキリアンはガインの胸に手を当て、そっと身を寄せる。
「この国で最強の騎士であるガイン隊長に側に居て貰い、皇帝の私を守ってもらう事……それに異を唱える者など………おりますでしょう
か?…」
━━居るんだったら、俺がぶっ潰すけど?━━
女神の様な慈悲深い微笑みを浮かべながら、そんな無言の圧をガインに送るキリアン。
もう、こうなったキリアンに意見出来る者など、この国には居やしない。
「…………わ、分かりました。」
女性の立場のキリアンの相手をガインがしている。
この噂は前々からあるし、ガインも知っている。
その様に思われるならば、まだマシなのか……
ガインは諦めて、新しく用意された自室に入った。
部屋の中には既にガインの私物も持ち込まれており、ガインの私室と同じ配置で物が置かれているが、それでもまだ持て余す程の広さがある。
「うああ……ここ皇妃殿下の部屋じゃねえかよ……グレアムのカミさんの……」
ガインは新しい部屋に置かれた自分のベッドの上で寝転び、両手で顔を押さえる。
よく考えれば、キリアンの部屋の反対側の部屋はミーシャの部屋だ。
目が届く場所に愛娘が居るのは良いのだが………
━━コンコン
部屋の扉がノックされ、ベッドに寝ていたガインが身体を起こした。
ベッドから扉までが以前より遠い。
ガインは早足で扉に向かい、扉を開いた。
「はいはい、今開けます!どなたで………お?ミーシャか。こんな夜更けにどうした。」
「ご挨拶が遅くなりましたわ。お義父様、おかえりなさいませ。
隣国でのお勤め、ご苦労様でした。」
ガインは久々に会う愛娘のミーシャの顔を見て、照れ臭そうに顔を綻ばせた。
「ですがお義父様。何か混乱なさる様な事がございましたのでしょうが、親書を無かった事には出来ませんですわよ。
これでは、親書を託された交渉人の方が隣国より親書を隠匿したと罰せられてしまいます。
ちゃんと陛下にお渡しして下さい。」
ミーシャはガインの前にノーザンより預かった親書を出した。
ガインは忘れたかった、煩わしい物を目の前に出されて「うっ」と声を詰まらせた。
「だ、誰に聞いて……い、いや、しかしだな…ほら、陛下もお疲れだろうし…」
「…………隣国から返答の催促が来たら、どう誤魔化すおつもりで?
どんな内容の事が書かれているのか、私は存じ上げませんが陛下に見せるべきですわ。
私が今、お渡しして参ります。」
「だ、駄目だ!!ミーシャ!!やめなさい!待ちなさい!!」
ミーシャはくるりと身を翻し、ガインが止めるより早く隣のキリアンの部屋のドアを叩いた。
やがて、ゆっくりとドアが開かれ、優しく微笑むキリアンが顔を出す。
「ミーシャではないか。こんな夜更けに何か用でもあったのか?」
「はい陛下。こちらの親書を義父が交渉人様より預かっておりましたのを失念していたらしく、急を要するものではないかと憂慮致しまして…。お渡しに参りました。」
「ふむ、では今夜中に目を通しておこう。」
親書を渡すミーシャと、にこやかに受け取るキリアン。
この二人の姿を少し離れて見ていたとガインの顔が青ざめていく。
そんなガインの表情に気付いてキリアンが微笑んだ。
「今夜目を通し、隣国へはどのように返答をするべきかを明日、皆で考えよう。」
━━……戦争が……始まったりしねぇよな…━━
城で働く他の侍女達の様に決められた時間に決められた仕事をするのではなく、なぜ、そのタイミングで?え、今それやる?的に現れるのだ。掃除しているフリをしに。
なのでミーシャと会うのは、いつ目に出来るか分からない貴重な現象に遭遇するに近い。
夕食の時間も近付いており、他の侍女達や給仕の者がその準備に慌ただしく動き始める中、ミーシャはガインの部屋の前にホウキを持って立っていた。
ノーザンは、自身の運の良さに心の中でガッツポーズを取る。
「会えて良かったミーシャ嬢、君を探していたんだ。」
にこやかに、眼鏡の奥の目を細めて微笑むノーザンがミーシャに近付こうとした。
「近付かないで。止まって下さい。
殿方が、わざわざ私を探して会いに来るなんて…気味が悪いです。」
ミーシャは持っていたホウキをノーザンに向け、槍の様に構えた。
ぬぼーん。
ミーシャの表情は緊張感の無い、相変わらずのボンヤリ顔。
なのにホウキを構えたミーシャには一分の隙もない。
「槍術か?フッ…さすが隊長の娘御だ…なかなかやるじゃないか!
…………いや、それどころでは無くてだな!助けて欲しい!
隊長の御息女である、貴女に相談したい事がございます!」
ホウキを構えたミーシャは、すぐホウキを下ろした。
そしてボソッと小声で呟いた。
「え、めんどう。
パパの近くに私が居なかったってアリバイ作りの為に部屋を離れたのに…こんな事なら部屋で寝たフリしていたら良かった。」
ミーシャの呟きを聞き逃さなかったノーザンは、ほぼ確信した。
隊長が今している事を、知らない事にする為にミーシャがわざわざこの場に来ている事を。
………それってもう、知ってるって意味だよな!!
「面倒な事を言って申し訳無いが頼む……
婚前の女性を私の部屋に招く訳にはいかないのだが、この話は人の耳に入っては困るのだ。」
「……仕方が無いですね。では、礼拝堂にて…。
あそこならば誰か来ればすぐ分かりますし…。」
あからさまに気が乗らないと、めんどくさそうに礼拝堂の方に歩き出したミーシャの前にノーザンが立ち、先に進む。
侍女の立場でノーザンの後を数歩下がって歩くミーシャが背後でブツブツと文句を垂れだした。
「麗しの陛下と私の変な噂があるっておっしゃってましたよね。
ノーザン様だって、女性に人気あるじゃないですか…。
こんなとこ誰かに見られて変な噂が増えたら、すごい面倒な事になる…。」
「それは…申し訳無いが、君にしか相談出来なくて…。
逢い引きに見られたら私が訂正しておくから。」
王城内にある礼拝堂に着いた二人は、広さのある室内の中央辺りに座る。
ここならば礼拝堂に誰か来ればすぐ分かるし、小声であれば話を聞かれる事も無い。
ノーザンはミーシャの前に親書を出した。
見慣れない物を出されたミーシャは首を傾げる。
「隣国の国王陛下から皇帝陛下に宛てての親書なのだが、どういうワケか、ガイン隊長の一存で親書の存在を無かった事にされたらしい。
これが、どういう事か…分かるね?」
「…………パ……義父が陛下に親書をお渡しする事を懸念したという事ですか?
国王陛下からの親書を隠してまでも陛下に見せたくない親書の内容…戦争のきっかけになりそうとか?
喧嘩でも売られてたんですかね。」
ぬぼーんと答えるミーシャに、重い溜め息をついたノーザンが額に手を当て頭を左右に振る。
「ガイン隊長は隣国の姫君の婿にと国王陛下に望まれているそうだ。
それをなぜだか分からないが陛下に知られたくない隊長は、なぜだか分からないが、親書を隠匿しようとした。
子どもの玩具じゃないんだから、隠してすむモンじゃない。
だが、ガイン隊長は親書を陛下に見られたくなかったようなのだ。
なぜだか知らないが!」
「………………わざとらし」
ミーシャは無表情でポツリと呟いて、ノーザンの手から親書を受け取った。
「正当な理由も無く同盟国からの親書を皇帝陛下に渡して無い事を義父が追求されれば、義父が賊として捕らえられるかも知れません。
そんな厄介事は、持ち込んだ義父自らが身をもって責任を取ればいいんですよ。」
ミーシャは親書を持ち礼拝堂を出て行こうとして、ドアの前で止まり振り向いた。
「知らない分からないって言って、どうせ知ってるんでしょ?
誰にもバレないようにして下さいよ。陛下がキレるから。」
女性らしい可愛げを見せる気が皆無のミーシャは、無表情なままで礼拝堂を出て行った。
普段、女性から無下な態度を取られる事がほとんど無いノーザンの目にミーシャの態度は新鮮に映った。
「ふむ…父娘で面白いな……。」
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深夜になり、フラフラになったガインがキリアンの私室から出て来た。
「陛下……失礼致します。」
昼前に隣国から帰国、軽く物を食べて浴場に向かい……
陛下の部屋に走り、そのまま睡眠を取らせてもらったが……
起きてから、それはもう………無茶をされた。
夕飯は食堂に行かせて貰えず、陛下の私室に運ばれて来たので二人で夕食を取り。
で、食事が終わればまた無茶が始まり………。
やっと今、解放された。
━━俺はな!俺はな!それなりに身体を鍛えているから、そんなすぐ潰れたりはしねぇし、今だって体力も腕力も若い奴らに負けないと自負しているし、そう簡単にバテやしねえ!
だがな……コッチに関しては別なんだよ!
俺はそこまで若くないって!枯れつつあるんだって!
バテバテだわ!ぶっ倒れるわ!
若いキリアンの情欲を全ては受け止め切れんって!
なんでお前、そんな人間離れしてんだよ!精力が!━━
ガインはキリアンに頭を下げ退室し、キリアンの私室と3部屋離れてミーシャの部屋が並ぶ廊下から離れようと別階にある自室の方に歩き出した。
「待て、ガイン。」
歩き始めたガインの腕をキリアンが優しく掴んで微笑む。
「……な、何でしょうか…陛下。
明日は早いので、もう自室に戻って休みたいのですが…。」
「うん、だから自室。そこに引っ越しさせたから。」
キリアンがにこやかに微笑みながら、皇帝の私室とミーシャの部屋の間にある2つのドアを指差した。
「…………………は?」
「二部屋を中の壁ぶち抜いて一部屋にしといた。
ドアは2つのままなんだけどね。」
「……………………………は?」
「その内、俺の部屋とガインの部屋の間にある壁を抜いて、中で行き来出来る様にドアを造ろうと思う。」
「……………なんで…………俺の部屋……ここに…」
「夫婦なんだから、部屋が隣にあっても不思議ではないだろう?」
━━おかしいに決まってんだろうが!!ナニ言ってやがる!!━━
「俺っっ…!私ごときが皇帝陛下の隣に自室を持つなどっ…!
まわりが、どう思う事か!!おかしいでしょう!?」
キリアンは今、夫婦だから部屋が隣でも当たり前みたいな言い方をしたが、ガインはそんな関係を周知させる気も無ければ、むしろ二人の関係を誰にも知られたくはない。
キリアン皇帝のガインに対する度が過ぎた贔屓は、その関係を知られるきっかけになり得るのではないかとの不安しかない。
「そうか?ガインは俺の専属の近衛兵であり、側近。
他の近衛兵が役立たずで、ガインの代わりになる者が居なかったのだから、ガインが俺の警護をする。だから、側に居て貰う。
それだけの話だろう。それに……な。」
キリアンは、ふわりと金糸の髪をなびかせながらクルリと一回まわり、ガインの頬に手を当てて顔を下に向かせると、そっと触れるだけの口付けをした。
「っっへっ、陛下!!」
「……幼い頃から私を守ってくれていた大切な人……ガイン。
……貴方が側に居て守ってくれていると思うだけで、私は不安無く穏やかな夜を過ごせるのです……」
か弱き美しい乙女の様に、屈強な騎士に守られるべき儚げで麗しい皇帝の顔を見せたキリアンはガインの胸に手を当て、そっと身を寄せる。
「この国で最強の騎士であるガイン隊長に側に居て貰い、皇帝の私を守ってもらう事……それに異を唱える者など………おりますでしょう
か?…」
━━居るんだったら、俺がぶっ潰すけど?━━
女神の様な慈悲深い微笑みを浮かべながら、そんな無言の圧をガインに送るキリアン。
もう、こうなったキリアンに意見出来る者など、この国には居やしない。
「…………わ、分かりました。」
女性の立場のキリアンの相手をガインがしている。
この噂は前々からあるし、ガインも知っている。
その様に思われるならば、まだマシなのか……
ガインは諦めて、新しく用意された自室に入った。
部屋の中には既にガインの私物も持ち込まれており、ガインの私室と同じ配置で物が置かれているが、それでもまだ持て余す程の広さがある。
「うああ……ここ皇妃殿下の部屋じゃねえかよ……グレアムのカミさんの……」
ガインは新しい部屋に置かれた自分のベッドの上で寝転び、両手で顔を押さえる。
よく考えれば、キリアンの部屋の反対側の部屋はミーシャの部屋だ。
目が届く場所に愛娘が居るのは良いのだが………
━━コンコン
部屋の扉がノックされ、ベッドに寝ていたガインが身体を起こした。
ベッドから扉までが以前より遠い。
ガインは早足で扉に向かい、扉を開いた。
「はいはい、今開けます!どなたで………お?ミーシャか。こんな夜更けにどうした。」
「ご挨拶が遅くなりましたわ。お義父様、おかえりなさいませ。
隣国でのお勤め、ご苦労様でした。」
ガインは久々に会う愛娘のミーシャの顔を見て、照れ臭そうに顔を綻ばせた。
「ですがお義父様。何か混乱なさる様な事がございましたのでしょうが、親書を無かった事には出来ませんですわよ。
これでは、親書を託された交渉人の方が隣国より親書を隠匿したと罰せられてしまいます。
ちゃんと陛下にお渡しして下さい。」
ミーシャはガインの前にノーザンより預かった親書を出した。
ガインは忘れたかった、煩わしい物を目の前に出されて「うっ」と声を詰まらせた。
「だ、誰に聞いて……い、いや、しかしだな…ほら、陛下もお疲れだろうし…」
「…………隣国から返答の催促が来たら、どう誤魔化すおつもりで?
どんな内容の事が書かれているのか、私は存じ上げませんが陛下に見せるべきですわ。
私が今、お渡しして参ります。」
「だ、駄目だ!!ミーシャ!!やめなさい!待ちなさい!!」
ミーシャはくるりと身を翻し、ガインが止めるより早く隣のキリアンの部屋のドアを叩いた。
やがて、ゆっくりとドアが開かれ、優しく微笑むキリアンが顔を出す。
「ミーシャではないか。こんな夜更けに何か用でもあったのか?」
「はい陛下。こちらの親書を義父が交渉人様より預かっておりましたのを失念していたらしく、急を要するものではないかと憂慮致しまして…。お渡しに参りました。」
「ふむ、では今夜中に目を通しておこう。」
親書を渡すミーシャと、にこやかに受け取るキリアン。
この二人の姿を少し離れて見ていたとガインの顔が青ざめていく。
そんなガインの表情に気付いてキリアンが微笑んだ。
「今夜目を通し、隣国へはどのように返答をするべきかを明日、皆で考えよう。」
━━……戦争が……始まったりしねぇよな…━━
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