新人領主は死霊術師

タタクラリ

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10. 死の反対は生

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 老人は仰向けに寝そべりながら、頭だけを動かしてユスティナの方を向いた。

「隠れていなさいと、言っていたじゃないか……。お前は、リッチを統べるリッチクイーンとして生き残らなくては……いけないのだから……」
「私の心配なんかしてる場合じゃないでしょ!」
「ユスティナ、爺さんはどうなってるんだ」

「死にかけてるのよ!!」

 ユスティナは一息おいた後、嗚咽を堪えて叫んだ。
 老人の体はもう奥の地面が見えるほどに透けていた。その体から大気に溶け出している光の粒子は、実のところ魔力の塊である。
 魔法生物というのは体が魔力で形成された生物のことであり、つまりこの粒子は魔法生物の死を意味している。

「死霊術を……! 修復魔法を! クローデンも手伝いなさい!!」

 ユスティナは父に、死霊術を何度も何度もかけ続けた。しかし、粒子の放出は治るどころかその速度を激化させている。

「やめろ、ユスティナ! 逆効果だ!」
「うるさい! ここままじゃ父様が死んじゃうのよ!」
「それを君が早めてしまってるんだ!」
「っ、…………」

 クローデンの説得に、ユスティナは「救助活動」の手を止めた。
 魔法は基本、体内の魔力を使うことになるが、近くに魔力の塊があればその魔力が優先的に消費される。魔法生物はその体内で魔力を循環させ、魔力を外に出さないようにしているが、その機能が消え失せ放出が始まれば、魔法生物はあと少しの間だけ動けるただの魔力の塊と化す。
 修復魔法の使用は、この状態になってしまった魔法生物にとっては魔力、すなわち命の浪費に過ぎなかった。
 魔法生物の一員であるユスティナにとって、これは常識だった。冷静さを取り戻したユスティナは、父の死に直面して当惑した自分の犯した失敗をすぐに省みることとなった。

「ごめん、なさい……ごめんなさい、父様……父様……!」

 修復魔法の魔法陣が消えると、粒子と化す速さも元通りとなった。決して粒子が止まらなくなったわけではないが。
 ユスティナは死にゆく父に対して自分に出来ることが何もないことに気づくと、凪のように押し黙った。
 しかしその直後には、

「うわあああぁああぁああああ!!!!!!」

 父のために出来ることを考えていた頭が空っぽになると、ユスティナは決壊した水門のように大粒の涙を流し、声量の割に弱々しく叫びを上げた。少し前まで言葉で文章を紡ぐことのできた者とは思えない絶叫だった。

「おい、クローデン! ベルサリアが、ベルサリアが……!!」

 ベルサリアを抱えたグールが、クローデンに被害を報告した。
 支配が現実的ではないと判断されたのか、グールのうちベルサリアだけが殺害されていた。

「クローデン! どうにか蘇らせてやれねぇのか!? ベルサリアがいなけりゃ外敵に立ち向かえねぇぞ!」
「どうにかって、次に蘇らせたら、ロストだぞ……?」
「……くぞっ!」

 クローデンは死んだグールに対してどうにも出来なかった。

(グールは死んだら、ネクロポリスにも居場所がなくなる。ようは使い捨てだ。だが、代わりなんてどうやって……。大昔のネクロポリスはもっと勢力が強かった。使い捨てを繰り返して保てる勢力じゃなかったはず……。なにか、やりようがあるのか)

「ユスティナ……」

 消えゆく老人が、かろうじて機能の残っている声帯を震わせ、虫の羽音のような声でユスティナに声をかけた。
 ユスティナはその声を少しも聞き逃すまいと、涙が頬を伝う音すら立たせんとばかりに、歯を食いしばって降涙を堪えた。

「お前の手で逝けるなら悪くはなかったが……まだ出来ることがある……」
「出来ること?」

「禁呪を……」
「禁呪?」
「……生者にとって死霊術は、金と天秤に乗せられる程度の脅威だが……とある術を扱える死霊術師は、何よりも優先して討伐された……グールを蘇生する際、ロストではなくまたグールとして蘇らせる魔術だ」

 皆の視線がベルサリアの死体に集中した。グールとして死ねば、次に蘇生されたときには感情も意思もないロストとなり、術による支配を受け付けなくなる。敵の近くに投げ込めば戦力として機能はするが、風呂好きの彼女はもうこの世から消えているはずだ。
 しかし、老人の言葉はクローデンらに希望を抱かせた。クローデンはいまだ知らぬ死霊術が存在したことへの驚きと、ベルサリアが復活するかもしれない可能性に胸を熱くした。

「この魔術を扱える者は、いつしか私だけになっていた。伝えれば、必ずお前たちは消されていった同胞のように目を付けられることとなる。楽な人生を歩むことはできなくなるだろう。それでも、この禁呪を知る覚悟が、ユスティナ、クローデン君、あるかね……」

 脅しだった。一人娘の事を想えば一方的に禁呪を伝えることはできなかったが、死霊術の未来を想えば今すぐにでも伝えたい。
 だが老人に残された時間は悩むことを許してはくれなかった。それはユスティナもクローデンも承知していた。
 決断を急がなければならないこの状況で、クローデンは自分の夢を、そしてベルサリアがかつて話した望みを思い返し、すぐに答えを出した。

「教えてください、俺は死者の望みを本人に叶えさせたい。何度でも、チャンスを与えたい」
「リッチキングが知らない死霊術なんてあっていいはずがないわ。教えて、父様」

 ユスティナも右に倣った。それが、父の形見のように思えたのた。
 娘が禁呪を知りたいと言っているのだから、父も腹を括らなければならない。老人はもっと幼かったころのユスティナを頭に思い浮かべ、それから焦点が定まらなくなってきた目でしっかりと今の成長したユスティナの姿を捉えた。
 見ない日のなかったはずの娘の成長を、老人は改めて実感した。

「では、伝授しようか……。時間は長くかけられないが、しっかりと覚えるんだ」

 老人の魔法により、地面に魔法陣が映し出された。
 魔術師は脳内に魔法陣を描き、対応した魔法を使う。その魔法陣の文字や絵柄が鮮明であればあるほど魔法の効果は高くなる。ゆえに、今老人が使ったような壁や地面に魔法陣を映し出す魔法を併用することも多い。
 古代語の記された魔法陣の形を、二人は集中して頭に叩き込む。かけらでも忘れたりすれば、この禁呪は世界から存在を消すこととなる。魔導書に記されない魔術が時と共に風化することも少なくない。

「覚えたわ、父様」

 ユスティナは父と同様に、地面に禁呪の魔法陣を映し出した。
 一定以上の実力を持つ魔術師であれば、一から魔法を作ることができる。「禁呪の魔法陣を映し出す魔法」を、ユスティナは新たに生成したのだ。その魔法に必要な魔法陣も、同時に魔術師か作る。こちらを忘れれば元も子もないが、ユスティナは絶対に忘れることのない者の笑顔を、魔法陣に設定した。

「なら、早速使うといい……。時間は、魔力は……あまり残されていない」

 そう言う老人の体は、魔力の放出が進んでおり、もう手足の先から完全に消え始めていた。

「……ええ。クローデン、やり方はわかるわよね。相手はあのベルサリアよ。出来るだけ多くの魔力を使いたい。私とクローデンと、父様とここにいるグール全員の魔力を私に全て預けて」

 グールたちはみな賛成し、ひとりひとりユスティナと魔力を同期させていく。これでもかなりの量だが、まだ足りない。魔術師でない兵士二十人と少しでは、ユスティナとクローデンを合算したものにも及ばなかった。
 魔法生物の魔力は、やはり必要なようだった。
 次に、クローデンの魔力を同期させる。

「クローデン君……君の家名を教えてもらっても、いいか」
「はい、ブラッドフォード、といいます」
「ブラッドフォード……そうか、懐かしいな……」

 老人はどこか嬉しそうな表情を見せた。クローデンはおそらく自分の先祖を知っているであろう老人と話がしたかった。
 しかし、一度したことのある者同士の魔力の同期は、非常に速く済まされた。
 最後に、ユスティナの父の魔力を同期させる番となった。

「父様……いいのね」
「ああ」

 同期が済めば、「魔法生物を形成する魔力」は完全に「魔法に使用されるただの魔力」に変わる。ユスティナは父を手にかけなければならなかった。

「ユスティナ……。私の代わりに蘇る……ベルサリア君を、恨んではいけない……わかるね」
「……うん」

 老人は最期に表情筋を力強く動かし、娘に笑顔を見せた。
 ユスティナはポロポロと涙を流しながらも、笑顔を返そうとした。しかし、体が震えてどうにもならなかった

「前を向いて、生きなさい……。そこには……お前の仲間が、いてくれる……。後ろを振り返っても、私は……もうお前に笑顔を見せて、やることは、できないよ……」
「うん……うん」
「達者でな……ユスティナ。リッチクイーン……」

 ユスティナは体温が急上昇するのを感じた。ユスティナもまた魔法生物。魔力が高まれば、それは生命を維持するエネルギーとなる。
 魔力の同期が終わったのだ。それは父の遺物だった。

「私は、リッチクイーン。もう父様の代わりのキングじゃない。いくわよ、ベルサリア。父様の魔力を使うのに相応しい活躍を期待してるわ」

 莫大な魔力が支払われ、父から引き継がれた禁呪が行使された。
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