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9. 客人は旧友
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脅威であるかどうかはともかく、かつて集落のあった場所でおおよそ二十人の作業員が同時並行で複数の家屋を建造していれば、来訪者のひとりは現れるものだ。
この開拓地にとって初めての客人が訪れた。
人手が充足することの決してない開拓地では来るもの拒まずの精神が共通認識だったので、作業員の誰もがこの客人を歓迎し、クローデンに通した。
壮齢の男だった。物静かではあるが、腰には護身用だろうか両刃の剣を差しており、それを扱うだけの筋力は備わっているようだ。
客人を迎え入れるための施設など用意できていないため何もない原っぱでの応対となったが、男はそんなことは気にしていない様子だった。
挨拶を交わしたクローデンは陰気で消極的な印象を持ったが、先に口を開いたのは客人の方だった。
「ここの村はなんというのですか」
男はなんてことはない質問をした。だが、開拓地はこの質問に対する答えを持ち合わせていなかった。
「えっと、ここの開拓を始めて間もないもので、まだ名前を付けていないんです」
クローデンの回答に、男は想定外の事態が降って湧いたようにしばらく体を静止した後、突然のように再び口を動かし始めた。
少々不自然な挙動に感じたクローデンだったが、まさか村に名前が無いとは思わなかったのだろうと自身を納得させた。
「ここには何人の人間がいるのですか」
「ああ、それなら。総勢で二十二人です。この間も新しい人員が加わって、盛り上がっているところですよ」
「そうですか」
男は質問をしておいて回答には興味が無いようだった。答えがいのなさにクローデンはむっとしたが、その態度は隠した。
その後も男は開拓地についての質問を繰り返した。だが、男が興味を示すことは一度たりともなかった。
クローデンはうまくいけばこの男を開拓のメンバーに加えられるかもしれないと期待していたが、だんだんとその期待は薄まっていた。そもそも男がグールであるかどうかも分かっていない。別に必ずグールである必要はないが、死霊術師にとっては住人はグールである方が望ましい。
人員の増加を諦めかけた時、クローデンと男のもとに休憩を取ろうとしたベルサリアが訪れた。
「客人か。……ん、お前……」
ベルサリアは男の顔をまじまじと見つめた。そして何かに気付いたように目を大きく開き、驚いたように大声を上げた。
「お前、スパルタクスじゃないか! どうしたんだ、一体」
「知り合いなのか」
「ああ、剣闘士だったこいつを私がスカウトしてな。それからは私の部下としてよく働いてくれていたものだ」
客人はベルサリアの知り合いだった。ならば人伝てにこの場所とベルサリアの話を聞いて訪れたのだろうと納得がいくかもしれない。だが、ベルサリアの知り合いは今頃みんな五百年前の地中に埋まっているはずなのである。
クローデンは警戒心を強めた。
「……それは、いつの話だ」
「いつ、か。たしかに、それは気にな──」
ベルサリアはクローデンに遅れながらも違和感に気付いた。しかし、かつての戦友の姿に絆されて生まれたその油断は致命的なものだった。
男は隠し刀のように魔力の刃を素早く前方に伸ばし、目の前にあったベルサリアの身体を貫き、そのまま刃を横にずらして胴体の半分ほどの切れ込みを入れた。どす黒い、彼女がアンデットであることの証左のような血が噴き出し、ベルサリアは怒りと驚愕の入り混じった顔をクローデンに向け、徐々に瞼を重くながら倒れた。
「ベルサリアッ!!」
男はすぐに標的をクローデンに変えた。クローデンは咄嗟に死霊術を使い、開拓地のグールたちの脳裏に微弱な信号を送った。それは危機信号であり、開拓地を襲う危険への対応策として取り決めたものだった。この命令を受ければ作業を中止し、近場にある斧や槌や包丁を手に取って戦いに備えなければならない。
横に薙ぎ払われた刃を、クローデンはかがんで避けた。視界に入ったベルサリアに視線を送るが、返ってくることはなかった。
後方から斧が投げ込まれ、男がそれにひるんだ隙に距離を取る。しかし、その距離は男が一度地を蹴っただけですぐに埋まってしまった。
グールのひとりが魚をさばいていた包丁を男にあてがおうと吶喊して立ちふさがるが、魔力の刃は包丁を簡単に跳ね飛ばし、男は子供が気に入らないおもちゃを扱うようにグールの髪を掴み遠くに投げ捨てた。
「気をつけろ、クローデン! こいつ強えぞ!」
グールたちは開拓地のリーダーたるクローデンを守るように男の前に立ちふさがった。その背中はベルサリアを切り伏せた男への怒りに震えていた。頼もしかったが、圧倒的な武力を誇る脅威には無力だった。身体能力向上魔法を使った男は、目にも止まらぬ速さでグールたちに何もさせないまま吹き飛ばしていった。
グールたちは死んではいないようだが、クローデンの盾を務める者はいなくなってしまった。
(ベルサリア以外のグールは生かしておいて、俺は殺す……。ベルサリアの知り合いが生きているはずがないから、きっとこいつもグールだろう。間違いない、死霊術師の襲撃だ……!)
死霊術師がグール集めをするのに有効な手のひとつが、別な死霊術師を殺害し、その支配下にあるグールを自らが支配しなおすというものだ。この方法の欠点は、厳重な守りを突破してネクロポリスの最奥に潜む死霊術師を、敵味方問わず最小限の被害で倒さなければならない点だが、小規模な村ならその欠点はほとんど無視できる。
最大の戦力だったベルサリアも、不意打ちに倒れてしまった。
おそらく死霊術の支配下にある男は、無感情に刃をクローデンに向けた。迷いも自我も一切なく、死霊術師の命令に従ってクローデンを切り伏せようと一気に接近した。
(ここまでかよ、くそっ!)
音よりも速く近寄る死の気配にクローデンは心臓の収縮を感じ、迫り来る恐怖から逃れようと目を閉じた。瞼の裏には、クローデンが夢見た将来が映し出された。
死霊術師が社会の一員として弾圧されずに生きられる世界。その夢がクローデンの命と共に儚く潰えようとしたとき、ひとりの老人が刃の前に身を投げ出した。
クローデンが目を開けると、胸に空気の通る穴を開けた黒衣の老人がいた。ユスティナの父親である。
「……っ」
突然の出来事にクローデンは声を出せなかった。しかし、何かが沸き立つような感覚に体が震えた。
ほとんど無意識に、クローデンは死霊術を使った。その魔術は今に倒れ込もうとしている老輩のリッチの体を紐で操るように動かした。修復魔法で胸に空いた穴を塞いで刺さった剣が抜けないようにし、両腕を繰って男の体に掴みかからせた。
(なんだ……魔法が、いくらでも使える……気がする。これは……)
クローデンは死霊術のひとつである攻撃魔法を、自身の扱える最高出力で放った。ほとばしる魔力が黒き光線の形を成し、男の腹を突き抜ける。周囲の「死」に応じて威力を増すこの魔法は、ベルサリアの高い魔力に反応し、男を簡単に葬り去った。
「こ、殺したか……」
その剣闘士は地に倒れてから、二度と動くことはなかった。クローデンは注意深く観察しながら、攻撃を受けたグールたちに修復魔法を使い戦力を立て直した。だが、ベルサリアは立ち上がらなかった。
攻撃を受けたといえばリッチの老人もそうだが、彼の身体は修復魔法を受け入れず、細かい塵のようになって空間へ溶け込もうとしていた。
「おい、爺さん。どうしたんだ、これは一体……」
魔法生物の一種であるリッチの事をあまりよく知らないクローデンとグールたちは、だんだんと透明に近づいていく老人に困惑し、あまりよくない兆候だと察しながらも為すすべがなかった。
その時、開拓地に悲鳴のような声が轟いた。
「父様ッ!!!!」
寝殿から飛び出してきたユスティナの声だった。
この開拓地にとって初めての客人が訪れた。
人手が充足することの決してない開拓地では来るもの拒まずの精神が共通認識だったので、作業員の誰もがこの客人を歓迎し、クローデンに通した。
壮齢の男だった。物静かではあるが、腰には護身用だろうか両刃の剣を差しており、それを扱うだけの筋力は備わっているようだ。
客人を迎え入れるための施設など用意できていないため何もない原っぱでの応対となったが、男はそんなことは気にしていない様子だった。
挨拶を交わしたクローデンは陰気で消極的な印象を持ったが、先に口を開いたのは客人の方だった。
「ここの村はなんというのですか」
男はなんてことはない質問をした。だが、開拓地はこの質問に対する答えを持ち合わせていなかった。
「えっと、ここの開拓を始めて間もないもので、まだ名前を付けていないんです」
クローデンの回答に、男は想定外の事態が降って湧いたようにしばらく体を静止した後、突然のように再び口を動かし始めた。
少々不自然な挙動に感じたクローデンだったが、まさか村に名前が無いとは思わなかったのだろうと自身を納得させた。
「ここには何人の人間がいるのですか」
「ああ、それなら。総勢で二十二人です。この間も新しい人員が加わって、盛り上がっているところですよ」
「そうですか」
男は質問をしておいて回答には興味が無いようだった。答えがいのなさにクローデンはむっとしたが、その態度は隠した。
その後も男は開拓地についての質問を繰り返した。だが、男が興味を示すことは一度たりともなかった。
クローデンはうまくいけばこの男を開拓のメンバーに加えられるかもしれないと期待していたが、だんだんとその期待は薄まっていた。そもそも男がグールであるかどうかも分かっていない。別に必ずグールである必要はないが、死霊術師にとっては住人はグールである方が望ましい。
人員の増加を諦めかけた時、クローデンと男のもとに休憩を取ろうとしたベルサリアが訪れた。
「客人か。……ん、お前……」
ベルサリアは男の顔をまじまじと見つめた。そして何かに気付いたように目を大きく開き、驚いたように大声を上げた。
「お前、スパルタクスじゃないか! どうしたんだ、一体」
「知り合いなのか」
「ああ、剣闘士だったこいつを私がスカウトしてな。それからは私の部下としてよく働いてくれていたものだ」
客人はベルサリアの知り合いだった。ならば人伝てにこの場所とベルサリアの話を聞いて訪れたのだろうと納得がいくかもしれない。だが、ベルサリアの知り合いは今頃みんな五百年前の地中に埋まっているはずなのである。
クローデンは警戒心を強めた。
「……それは、いつの話だ」
「いつ、か。たしかに、それは気にな──」
ベルサリアはクローデンに遅れながらも違和感に気付いた。しかし、かつての戦友の姿に絆されて生まれたその油断は致命的なものだった。
男は隠し刀のように魔力の刃を素早く前方に伸ばし、目の前にあったベルサリアの身体を貫き、そのまま刃を横にずらして胴体の半分ほどの切れ込みを入れた。どす黒い、彼女がアンデットであることの証左のような血が噴き出し、ベルサリアは怒りと驚愕の入り混じった顔をクローデンに向け、徐々に瞼を重くながら倒れた。
「ベルサリアッ!!」
男はすぐに標的をクローデンに変えた。クローデンは咄嗟に死霊術を使い、開拓地のグールたちの脳裏に微弱な信号を送った。それは危機信号であり、開拓地を襲う危険への対応策として取り決めたものだった。この命令を受ければ作業を中止し、近場にある斧や槌や包丁を手に取って戦いに備えなければならない。
横に薙ぎ払われた刃を、クローデンはかがんで避けた。視界に入ったベルサリアに視線を送るが、返ってくることはなかった。
後方から斧が投げ込まれ、男がそれにひるんだ隙に距離を取る。しかし、その距離は男が一度地を蹴っただけですぐに埋まってしまった。
グールのひとりが魚をさばいていた包丁を男にあてがおうと吶喊して立ちふさがるが、魔力の刃は包丁を簡単に跳ね飛ばし、男は子供が気に入らないおもちゃを扱うようにグールの髪を掴み遠くに投げ捨てた。
「気をつけろ、クローデン! こいつ強えぞ!」
グールたちは開拓地のリーダーたるクローデンを守るように男の前に立ちふさがった。その背中はベルサリアを切り伏せた男への怒りに震えていた。頼もしかったが、圧倒的な武力を誇る脅威には無力だった。身体能力向上魔法を使った男は、目にも止まらぬ速さでグールたちに何もさせないまま吹き飛ばしていった。
グールたちは死んではいないようだが、クローデンの盾を務める者はいなくなってしまった。
(ベルサリア以外のグールは生かしておいて、俺は殺す……。ベルサリアの知り合いが生きているはずがないから、きっとこいつもグールだろう。間違いない、死霊術師の襲撃だ……!)
死霊術師がグール集めをするのに有効な手のひとつが、別な死霊術師を殺害し、その支配下にあるグールを自らが支配しなおすというものだ。この方法の欠点は、厳重な守りを突破してネクロポリスの最奥に潜む死霊術師を、敵味方問わず最小限の被害で倒さなければならない点だが、小規模な村ならその欠点はほとんど無視できる。
最大の戦力だったベルサリアも、不意打ちに倒れてしまった。
おそらく死霊術の支配下にある男は、無感情に刃をクローデンに向けた。迷いも自我も一切なく、死霊術師の命令に従ってクローデンを切り伏せようと一気に接近した。
(ここまでかよ、くそっ!)
音よりも速く近寄る死の気配にクローデンは心臓の収縮を感じ、迫り来る恐怖から逃れようと目を閉じた。瞼の裏には、クローデンが夢見た将来が映し出された。
死霊術師が社会の一員として弾圧されずに生きられる世界。その夢がクローデンの命と共に儚く潰えようとしたとき、ひとりの老人が刃の前に身を投げ出した。
クローデンが目を開けると、胸に空気の通る穴を開けた黒衣の老人がいた。ユスティナの父親である。
「……っ」
突然の出来事にクローデンは声を出せなかった。しかし、何かが沸き立つような感覚に体が震えた。
ほとんど無意識に、クローデンは死霊術を使った。その魔術は今に倒れ込もうとしている老輩のリッチの体を紐で操るように動かした。修復魔法で胸に空いた穴を塞いで刺さった剣が抜けないようにし、両腕を繰って男の体に掴みかからせた。
(なんだ……魔法が、いくらでも使える……気がする。これは……)
クローデンは死霊術のひとつである攻撃魔法を、自身の扱える最高出力で放った。ほとばしる魔力が黒き光線の形を成し、男の腹を突き抜ける。周囲の「死」に応じて威力を増すこの魔法は、ベルサリアの高い魔力に反応し、男を簡単に葬り去った。
「こ、殺したか……」
その剣闘士は地に倒れてから、二度と動くことはなかった。クローデンは注意深く観察しながら、攻撃を受けたグールたちに修復魔法を使い戦力を立て直した。だが、ベルサリアは立ち上がらなかった。
攻撃を受けたといえばリッチの老人もそうだが、彼の身体は修復魔法を受け入れず、細かい塵のようになって空間へ溶け込もうとしていた。
「おい、爺さん。どうしたんだ、これは一体……」
魔法生物の一種であるリッチの事をあまりよく知らないクローデンとグールたちは、だんだんと透明に近づいていく老人に困惑し、あまりよくない兆候だと察しながらも為すすべがなかった。
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