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8. 開拓は命がけ
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クローデンとベルサリアは偵察員の案内で、開拓地の近場にあった湖を訪れていた。
水場とは常に人間の生活基盤に欠かせない物であり、それはネクロポリスにおいても例外ではない。アンデットなら雨雲に向けて口を開いているだけでも生命機能は維持できるが、日常生活や産業のあらゆる場面で登場する水を大量に確保しないで都市は成り立たないのだ。
「あれだ。広いだろう」
荒野の小高い丘から見下ろしたは、街ひとつよりも広大な湖だった。水は生物が棲める程度には澄んでおり、その周辺には廃れた小屋が点在している。
「おっ、見ろ、クローデン。魚が跳ねたぞ。活きがいいな」
「ああ、近いうちに食卓に魚が並びそうだ。それに湖も、生活用水にでもできればと思ってたけど、あれだと飲料水にもできそうだな」
魚が生きているということは、それが死霊術師によって蘇ったのでない限り水も生きているということだ。ここ数日は雨水に頼っていたクローデンは、ようやくまともな水を口にできると歓喜した。
「ここは寝殿のある場所より標高が高い。水道を引けば簡単に水を引けるな」
「偵察をしてもらってから一番の素晴らしい発見だったよ。これからも周辺の探索を張り切ってくれ」
クローデンは感謝を欠かさない。何故だかグールたちが支配術式がなくとも開拓に協力してくれるおかげで魔法を使わず人員を確保できているが、野放しにしている以上、数少ない人員が勝手にどこかへ逃げてしまう恐れもあるのだ。
そんなクローデンの心配をよそに、グールは握り拳を掲げて笑顔で答えた。
「おう! 今度は嬢ちゃんのために温泉を見つけて来るぜ!」
「本当だろうな。期待しているぞ」
冗談を間に受けたベルサリアの期待のこもった眼差しを受け、偵察員のグールは未探索の森の中へ消えていった。
二人は再び湖へ目を移した。
湖の周りには森と呼ぶには及ばないほどの植生があり、その枝のいくつかは鳥の羽休めに湾曲している。また水面には水鳥が少数泳いでいて、それを威嚇するように魚たちが水面を尾びれで叩いている。
様子をよく見ようと、丘から水辺へ降りて近づいた。
すると早速ベルサリアは湖に何か見つけたようで、クローデンの肩を揺らして大慌てで伝えた。
「おい、あそこ! 水面を見ろ、クローデン! 何か上がってくるぞ」
「! でかい影だな。大物か」
水中から気泡が浮上し、その後を追うように推定1メートル以上の生き物の影が水面を目掛けて昇ってくる。
気泡は時間と共に増えていき、同様に影も数を増やした。
「多いぞ!」
十以上はある影が水面に到達した。
──魚ではない。すぐにそう確信したベルサリアは剣を構えた。
それは人の形をしていた。背を上に向けて水に浮かび、波に揺られる以外の動きは見せなかった。
「死んでるのか……」
「俺たちが来たタイミングでいきなり浮かんできたのか? 怪しすぎる」
「そうだな。待て、クローデン、もうひとり上がってくる!」
湖から一際大きな気泡が出現し、死者よりも高い速度でなにかが水中から急浮上してくる。それは水中から死者の腕を掴み、引き摺り込んだ。影はやはり人の形をしているが、先に上がってきた死者とは違い手足を動かしている。
「気をつけろ、クローデン」
ベルサリアは剣の柄を握りながら最大限の警戒心をもって水面を注視した。
そして水中にいるなにかは顔を出した。長い栗色の髪、若い女性、漆黒のドレス……たった一瞬で得られた情報を、ベルサリアは順番に整理する。
人影は二人に既視感を抱かせた。
「あれは……」
「見覚えがあるな。ベルサリアもそうか?」
「ああ。だが、自分の目を疑っている。どうしてあいつがあんなところに?」
その人影は、フラッと寝殿から姿を消していたリッチキングの少女ユスティナの特徴と合致していた。その少女は水を吸って重くなったドレスに引き摺られるように沈んでは、手足をバタバタと不規則に激しく動かして多少浮上するのを繰り返していた。餌を待つコイのように真上に向けられている口には次々と水が流れ込んでいた。
「あいつ、溺れているのか!?」
「ベルサリア、すぐに救出を! リッチは人間とは違う『魔法生物』だ! 死霊術では蘇生できない!」
「ああ、わかっている!」
クローデンは上着を脱ぎ棄てて湖へ飛び込んだ。一方ベルサリアは剣で小ぶりな木を切り倒し、手ごろな大きさの幹を泳ぐクローデンのもとへ投げ込んだ。身体能力向上魔法を併用した投擲は正確にクローデンの前方へ幹を送った。
「助かる! ベルサリア!」
「おぼれている奴にはに近づきすぎるなよ! 遠くからその木で──」
──ヒュン、と、一瞬のこと。クローデンへ注意を促すベルサリアの視線を、一筋の閃光が横切った。その残像を彩るように、朱い椿の花びらが舞った。あとから水面に足跡代わりの波紋が広がった。
その閃光は広い湖を一直線に横切った。その経路には、おぼれるユスティナがいた。クローデンが閃光を追って視線を動かし、ユスティナの方へ向き直ると、ユスティナの姿は消えていた。
「クソッ! 何者だ!?」
視力強化魔法を使用したベルサリアは、その閃光の尻尾をかろうじて掴むことができた。それはユスティナを担ぎ、他から姿を見られないよう亜音速で飛び回っていた。
(女、レイピア、奴の後ろで舞う椿はなんだ、ユスティナをどうするつもりなんだ)
ユスティナを担ぐ女性の特徴を抑えながら眺めていると、目があった。閃光の主は自らの速さについてこられるベルサリアに驚いた表情を見せる。
しばらく距離を保ったまま見合った後、亜音速のレイピアがベルサリアを襲った。ベルサリアはそれを剣で受け止めた。
「はじめまして、アタシはミトラ」
「……殺すつもりがないなら剣を納めるべきだ」
クローデンは流れ星でも見るように呆然と眺めていたが、ともかく治療魔法の準備だけは整えていた。
ベルサリアと剣を交える襲撃者ミトラは、自らの唇に舌をそわせ、クスリと笑った。
「アナタ、野良のグールね? いいわ、このアタシのモノにシテあげる……」
艶やかな風貌のローブの女性は、触れ合った剣を伝ってベルサリアに魔力を押し込んだ。
「死霊術……! お前!」
「ウフフ、カワイイ顔……。すぐに楽になりゅうぅぅ…………」
ミトラは突如白目をむき、力が抜けたように地面に倒れ込んだ。体中の魔力がすっからかんになったのである。ミトラの放った死霊術は大量の魔力を消費した挙句、ベルサリアを支配することもできなかった。生半可な魔術では、大量の魔力を保持するベルサリアに影響を及ぼすこともできない。
「なんなんだ、お前……。ともかく、こいつは返してもらうぞ」
ベルサリアは倒れこんだミトラの背中の上で伸びているユスティナを拾い上げ、肩に担いだ。肩には腹部の伸縮する感触があり、ユスティナがきちんと呼吸していることが分かった。ひとまずの安心感を得たベルサリアは、それをより堅強にするべくレイピアを取り上げて湖に投げ捨てた。
ほっと一息つこうとしたベルサリアだったが、近くの茂みが不自然に揺れた。
「誰だ」
茂みからは、敵意のないことを示すために両腕を掲げた大男が現れた。
「彼女の仲間だ。不躾な行動をここに詫びる。では」
そう言って大男はミトラの首根っこをつかんでその場を去った。
二度と会うことがないよう祈りながらその後ろ姿を見送ったベルサリアは、少しずり下がっていた肩のユスティナを抱え直し、今度こそ一息を吐こうとした。
しかし、またベルサリアに近づく気配があった。それも、次は複数である。
「……誰だ」
大層面倒そうなベルサリアの声に、気配の中のひとりが応えた。
「俺だよ。無事だったんだな、ベルサリア。ユスティナの方も」
そこにいたのはずぶ濡れのクローデンと、同じくずぶ濡れの男の集団だった。彼らは皆グールだった。ユスティナとともに水中から浮かんできた死体をクローデンが蘇生したのだ。
男たちはかつて石切り場の事故で閉じ込められてしまった作業員たちだという。
放棄された石切り場は、長い年月をかけて湖となっていたのである。
彼らはネクロポリス建造の話を聞くや、すぐに協力を申し出た。熱心な神のしもべでもない限り、二度目の生を受けて感謝しないものは少ないのだ。
新たな仲間とともに開拓地へ戻ったクローデンたちは、水場の発見と人員の増加を祝って丸々一匹の焼き魚をほおばり、清水を喉ヘ流し込んだ。
その一方で、襲い掛かる脅威に対する対抗策も講じなければならないことを強く実感していた。
水場とは常に人間の生活基盤に欠かせない物であり、それはネクロポリスにおいても例外ではない。アンデットなら雨雲に向けて口を開いているだけでも生命機能は維持できるが、日常生活や産業のあらゆる場面で登場する水を大量に確保しないで都市は成り立たないのだ。
「あれだ。広いだろう」
荒野の小高い丘から見下ろしたは、街ひとつよりも広大な湖だった。水は生物が棲める程度には澄んでおり、その周辺には廃れた小屋が点在している。
「おっ、見ろ、クローデン。魚が跳ねたぞ。活きがいいな」
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「偵察をしてもらってから一番の素晴らしい発見だったよ。これからも周辺の探索を張り切ってくれ」
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そんなクローデンの心配をよそに、グールは握り拳を掲げて笑顔で答えた。
「おう! 今度は嬢ちゃんのために温泉を見つけて来るぜ!」
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二人は再び湖へ目を移した。
湖の周りには森と呼ぶには及ばないほどの植生があり、その枝のいくつかは鳥の羽休めに湾曲している。また水面には水鳥が少数泳いでいて、それを威嚇するように魚たちが水面を尾びれで叩いている。
様子をよく見ようと、丘から水辺へ降りて近づいた。
すると早速ベルサリアは湖に何か見つけたようで、クローデンの肩を揺らして大慌てで伝えた。
「おい、あそこ! 水面を見ろ、クローデン! 何か上がってくるぞ」
「! でかい影だな。大物か」
水中から気泡が浮上し、その後を追うように推定1メートル以上の生き物の影が水面を目掛けて昇ってくる。
気泡は時間と共に増えていき、同様に影も数を増やした。
「多いぞ!」
十以上はある影が水面に到達した。
──魚ではない。すぐにそう確信したベルサリアは剣を構えた。
それは人の形をしていた。背を上に向けて水に浮かび、波に揺られる以外の動きは見せなかった。
「死んでるのか……」
「俺たちが来たタイミングでいきなり浮かんできたのか? 怪しすぎる」
「そうだな。待て、クローデン、もうひとり上がってくる!」
湖から一際大きな気泡が出現し、死者よりも高い速度でなにかが水中から急浮上してくる。それは水中から死者の腕を掴み、引き摺り込んだ。影はやはり人の形をしているが、先に上がってきた死者とは違い手足を動かしている。
「気をつけろ、クローデン」
ベルサリアは剣の柄を握りながら最大限の警戒心をもって水面を注視した。
そして水中にいるなにかは顔を出した。長い栗色の髪、若い女性、漆黒のドレス……たった一瞬で得られた情報を、ベルサリアは順番に整理する。
人影は二人に既視感を抱かせた。
「あれは……」
「見覚えがあるな。ベルサリアもそうか?」
「ああ。だが、自分の目を疑っている。どうしてあいつがあんなところに?」
その人影は、フラッと寝殿から姿を消していたリッチキングの少女ユスティナの特徴と合致していた。その少女は水を吸って重くなったドレスに引き摺られるように沈んでは、手足をバタバタと不規則に激しく動かして多少浮上するのを繰り返していた。餌を待つコイのように真上に向けられている口には次々と水が流れ込んでいた。
「あいつ、溺れているのか!?」
「ベルサリア、すぐに救出を! リッチは人間とは違う『魔法生物』だ! 死霊術では蘇生できない!」
「ああ、わかっている!」
クローデンは上着を脱ぎ棄てて湖へ飛び込んだ。一方ベルサリアは剣で小ぶりな木を切り倒し、手ごろな大きさの幹を泳ぐクローデンのもとへ投げ込んだ。身体能力向上魔法を併用した投擲は正確にクローデンの前方へ幹を送った。
「助かる! ベルサリア!」
「おぼれている奴にはに近づきすぎるなよ! 遠くからその木で──」
──ヒュン、と、一瞬のこと。クローデンへ注意を促すベルサリアの視線を、一筋の閃光が横切った。その残像を彩るように、朱い椿の花びらが舞った。あとから水面に足跡代わりの波紋が広がった。
その閃光は広い湖を一直線に横切った。その経路には、おぼれるユスティナがいた。クローデンが閃光を追って視線を動かし、ユスティナの方へ向き直ると、ユスティナの姿は消えていた。
「クソッ! 何者だ!?」
視力強化魔法を使用したベルサリアは、その閃光の尻尾をかろうじて掴むことができた。それはユスティナを担ぎ、他から姿を見られないよう亜音速で飛び回っていた。
(女、レイピア、奴の後ろで舞う椿はなんだ、ユスティナをどうするつもりなんだ)
ユスティナを担ぐ女性の特徴を抑えながら眺めていると、目があった。閃光の主は自らの速さについてこられるベルサリアに驚いた表情を見せる。
しばらく距離を保ったまま見合った後、亜音速のレイピアがベルサリアを襲った。ベルサリアはそれを剣で受け止めた。
「はじめまして、アタシはミトラ」
「……殺すつもりがないなら剣を納めるべきだ」
クローデンは流れ星でも見るように呆然と眺めていたが、ともかく治療魔法の準備だけは整えていた。
ベルサリアと剣を交える襲撃者ミトラは、自らの唇に舌をそわせ、クスリと笑った。
「アナタ、野良のグールね? いいわ、このアタシのモノにシテあげる……」
艶やかな風貌のローブの女性は、触れ合った剣を伝ってベルサリアに魔力を押し込んだ。
「死霊術……! お前!」
「ウフフ、カワイイ顔……。すぐに楽になりゅうぅぅ…………」
ミトラは突如白目をむき、力が抜けたように地面に倒れ込んだ。体中の魔力がすっからかんになったのである。ミトラの放った死霊術は大量の魔力を消費した挙句、ベルサリアを支配することもできなかった。生半可な魔術では、大量の魔力を保持するベルサリアに影響を及ぼすこともできない。
「なんなんだ、お前……。ともかく、こいつは返してもらうぞ」
ベルサリアは倒れこんだミトラの背中の上で伸びているユスティナを拾い上げ、肩に担いだ。肩には腹部の伸縮する感触があり、ユスティナがきちんと呼吸していることが分かった。ひとまずの安心感を得たベルサリアは、それをより堅強にするべくレイピアを取り上げて湖に投げ捨てた。
ほっと一息つこうとしたベルサリアだったが、近くの茂みが不自然に揺れた。
「誰だ」
茂みからは、敵意のないことを示すために両腕を掲げた大男が現れた。
「彼女の仲間だ。不躾な行動をここに詫びる。では」
そう言って大男はミトラの首根っこをつかんでその場を去った。
二度と会うことがないよう祈りながらその後ろ姿を見送ったベルサリアは、少しずり下がっていた肩のユスティナを抱え直し、今度こそ一息を吐こうとした。
しかし、またベルサリアに近づく気配があった。それも、次は複数である。
「……誰だ」
大層面倒そうなベルサリアの声に、気配の中のひとりが応えた。
「俺だよ。無事だったんだな、ベルサリア。ユスティナの方も」
そこにいたのはずぶ濡れのクローデンと、同じくずぶ濡れの男の集団だった。彼らは皆グールだった。ユスティナとともに水中から浮かんできた死体をクローデンが蘇生したのだ。
男たちはかつて石切り場の事故で閉じ込められてしまった作業員たちだという。
放棄された石切り場は、長い年月をかけて湖となっていたのである。
彼らはネクロポリス建造の話を聞くや、すぐに協力を申し出た。熱心な神のしもべでもない限り、二度目の生を受けて感謝しないものは少ないのだ。
新たな仲間とともに開拓地へ戻ったクローデンたちは、水場の発見と人員の増加を祝って丸々一匹の焼き魚をほおばり、清水を喉ヘ流し込んだ。
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