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2. 第一村人は天才剣士
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「死んでる、よな。じゃあ、蘇らせられる」
クローデンは女性の首筋に触れた。それは硬く、白く、冷たく、まるで副葬品として棺桶に安置されていた刀剣の刃のようだった。年齢は二十代前半くらいだろう。劣化を防ぐ魔術でもかけられていたのか、それは異様なほどに鮮やかで、生気すら感じた。しかし、贓物は機能を完全に停止しており、いくら揺すったりつねったりしても目を覚ますことはなかった。
ならば、死霊術師の本領が発揮できるというものである。クローデンは死霊術を女性の遺体に使った。
「来た!」
クローデンは体中の魔力がごそっと抜け落ちる感覚と、十秒くらい全力疾走したような疲労を覚えた。魔術が成功し、対象に影響を及ぼした証である。消費される魔力は対象の保持する魔力の量や質に依存するので、この女性が生前にかなり有力な魔術師であった可能性を示唆している。
「ん……んぅ、ふあぁ~ぁ」
女性は大あくびを晒し、棺桶の中からむくりと起き上がった。永遠であったはずの眠りから覚めたというのに、せいぜい十時間程度の眠りについた後のようである。クローデンの目には、女性が昨日まで生きていたかのようにも見えた。
「まだ夜なのか。……! 誰だ!」
女性は暗闇の中、手元にあった剣の柄をしっかりと握りしめ、クローデンの立てる気配の方向へ切っ先を向けた。クローデンはしりもちをつきつつ、女性をなだめようとした。
「て、敵じゃない! 君の……味方だ。君を生き返らせたんだよ」
「生き返らせただと? ならお前は死霊術師か」
「そうだ。死者のための都市を創る。そのために、君の力を借りたい」
「ならなぜ使役魔法を使わない。死霊術師は敵を殺して、その死体を操るんじゃないのか」
女性の訴えに、クローデンはうろたえた。蘇生魔法の使用で魔力が足りず、使役できるだけの魔力が残っていないのである。女性にとっては、死霊術は敵の死体に使うものという認識なので(だいたい合ってはいるが)、魔力不足に気付かれれば、容易な敵と認定され最悪殺されかねない。いくら死霊術師でも、自分を蘇生することは不可能だ。
クローデンは、使役魔法用の魔力の回復を待ち、それまでは女性の信頼を得る必要があった。
「外をうろついてる化け物を倒すのに力を温存しておくためだ。君の傷を治すこともできる。今はとにかく、ここを脱出しよう」
「その化け物とはなんだ。まさかロストじゃないだろうな」
「いや、ロストの大群だ」
女性はため息をつき、怒気をはらんだ声で
「なら倒さないとな」
とつぶやき、剣を握りなおした。
ロストに対して憤りを感じる人間は多いが、女性は特にそのきらいが強いようだ。クローデンはここぞとばかりに、女性に暗視魔法を使って信頼を勝ち取ろうとした。
「これで、暗くてもよく見えるはずだ。ロストを倒して、一緒にここを出よう。俺はクローデン。君は」
「ベルサリアだ。お前の話は信用ならないが、ロストをあらかた倒した後なら聞いてやる。お前は余計なことはせず、うしろに控えて、私の傷を癒しているだけでいい」
ベルサリアと名乗った女性は立ち上がり、少しの立ち眩みのあとすぐに歩き出し、鉄扉に向かって剣を上段に構えた。
「行くぞ!」
掛け声に呼応するように剣は赤い光を纏うと、縦に、そして続けざまに横向きに空間を薙ぎ、残像は十字の閃光を現した。その閃光は質量を持った斬撃であり、まっすぐに飛んで鉄扉に襲い掛かると、奥にたむろするロストごと複数に切り分けた。赤い閃光は斬撃であると同時に灼熱であり、鉄扉を溶かし、ロストの肉を焦がした。
「すごい威力だ。剣に込められた魔力か、君自身の魔力か、それとも、両方か」
「御託はいい、クローデン。右腕が焼けた。早く治療してくれ」
苦しそうな声を出すベルサリア。赤い刀身の剣を持つその右腕は、ロストたちと同じように炎に包まれ、パチパチと音を立てていた。
死霊術師が蘇生したグールやロストをまとめて──アンデット──というが、それらは熱や炎を弱点としている。ロストに対して炎を放ったベルサリアの考えは正解に限りなく近かったが、自身もまたアンデットであることを失念していた。
クローデンはなけなしの魔力を消費して冷気を放ち、炎を消し去った。続いてアンデット用の回復魔法でドロドロになったベルサリアの右腕を修復した。支配魔法は遠のいたが、目の前の危機を取り除くのに仕方のないことだと割り切った。
「私は……グールなんだな」
ベルサリアはシワのよった目で綺麗に元通りとなった腕を眺め、そうぼやいた。
「いやか? 俺は、グールでもなんでも、生きられてりゃ嬉しいけど」
「生きている……アンデットが? 確かに、こうやって自分の頭で考え、話している。これは、生きているのと変わらないのかもしれない。お前が生き返らせる側の人間じゃなければ、一理ある意見だな」
クローデンはベルサリアの毒を真っ向から受け、ロストを蹂躙しながらずんずん前へ前へと進んでいく背中を追った。ベルサリアの傷を修復しながら必死に後ろを食らいついていると、気付けば辺りのロストはみんな灰になっていた。地上へ上がると必要以上に明るい陽光を浴び、もはや必要のなくなっていた暗視魔法を解除した。
乱戦の最も激しかった地点には、体の部位を欠損し動けなくなっているアンデットがまだ多数地面を這っていた。
「ひどい戦いがあったんだな。アンデットの将はお前か?」
「いいや、別の死霊術師だ。この要塞はもともとその死霊術師が占拠していて、それを帝国の軍が征伐しようとしたんだよ。結果は、この通りだ」
「双方、全滅……私も残党に手を下したとはいえ、気分が悪いな」
繰り手のいなくなった攻城兵器が数基、荒野にたたずんでおり、人影はない。荷車を引いていた馬は逃げ出し、半分以上崩れ落ちた要塞の周辺には、死骸を食いに来たハゲワシやカラスや小さな虫くらいしか生物はいなかった。
陽は傾いており、東の空は暗くなっていた。
「野営するしかないな。ちょうど、雨風を凌げる場所がある」
「ここで野営するのか? 気味が悪いし、まだロストがうろついてるかもしれないけど」
「いやか? 私は、壁と天井があれば満足だが」
ふたりは要塞の崩れていない箇所を探し、司令室にその場所を見つけた。特別頑丈に造られていた司令官は、トレビュシェットによる巨岩投射の直撃を回避し、損傷は一部の石レンガが欠けているのみで、居住空間の体を成していた。
ベルサリアは壁にかけてあったタペストリを何枚か剥がし、がれきをどかしてそこの硬い床に重ねて置き、急造の夜具をひとつだけ作った。決して見た目と寝心地を褒めることはできないが、棺桶に横になるよりは体が痛くならなくていい。
しかし当のベルサリアはその夜具を使おうとしなかった。
「寝ないのか?」
「寝たければ勝手に寝ろ。私は、さすがに眠たくない」
「ああ、さっきまで寝てたんだったな、棺桶で。じゃあ、俺のために作ってくれたのか」
「勘違いするな。グールの傷を癒せるのは死霊術師だけだから、お前がぶっ倒れたら私が困るんだ」
ベルサリアはぶっきらぼうにそう説明し、卓上に腰を下ろして指令室の出入り口を見張った。
好意に甘え、眠りにつこうとしたクローデンだったが、周りから漂う死臭になかなか寝付けなかった。
匂いが気になっていたのは、クローデンだけではなかった。
「風呂に入りたいな……」
「風呂か。それって、大昔の帝国にあったやつだろ。暖かい泉で水浴びするやつ」
「ああ、そうだ。……大昔の帝国にあった? じゃあ、今はどこにもないのか? 待て、大昔とはなんだ?!」
クローデンは狼狽するベルサリアに、公衆浴場の文化が廃れてから五百年以上が経過していることを明かした。ベルサリアははじめはその説明を疑っていたが、知人がまるで歴史上の偉人のように語られ、自身の知る歴史と整合するものだから、信じざるを得なくなった。説明を飲み込んだベルサリアは剣から手を離し、大きくうなだれた。目覚めたら五百年後だったのだから無理もないだろう。
「まさか、ここは遠い未来だということか。なにより、風呂がないとは」
「そんなに好きなのか、風呂」
「当たり前だ。一日に一回は必ずつからないといけない。まさか現代人は風呂に入らないのか?」
「ああ、俺は入ったことないな」
「お前の話の中で一番信じられん」
ベルサリアはよほど風呂が好きなようなので、クローデンはひとつ提案を申し出た。
「俺、死者のための都市を創るって言ったろ? 君が俺に協力してくれるなら、その都市に公衆浴場を造るよ」
計画を語るクローデンに対し、ベルサリアは目を見開いた。自分を風呂でたぶらかそうとしているクローデンの態度への不満と、魅力的な提案への興味がせめぎあっているのである。
クローデンはダメ押しの一手を打った。
「好きな時に好きなだけ入れる。一日に一回だけとは言わず、何度でも」
クローデンは手を伸ばした。
「協力を約束しよう」
ベルサリアはその手を食い気味に握った。
クローデンは女性の首筋に触れた。それは硬く、白く、冷たく、まるで副葬品として棺桶に安置されていた刀剣の刃のようだった。年齢は二十代前半くらいだろう。劣化を防ぐ魔術でもかけられていたのか、それは異様なほどに鮮やかで、生気すら感じた。しかし、贓物は機能を完全に停止しており、いくら揺すったりつねったりしても目を覚ますことはなかった。
ならば、死霊術師の本領が発揮できるというものである。クローデンは死霊術を女性の遺体に使った。
「来た!」
クローデンは体中の魔力がごそっと抜け落ちる感覚と、十秒くらい全力疾走したような疲労を覚えた。魔術が成功し、対象に影響を及ぼした証である。消費される魔力は対象の保持する魔力の量や質に依存するので、この女性が生前にかなり有力な魔術師であった可能性を示唆している。
「ん……んぅ、ふあぁ~ぁ」
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女性は暗闇の中、手元にあった剣の柄をしっかりと握りしめ、クローデンの立てる気配の方向へ切っ先を向けた。クローデンはしりもちをつきつつ、女性をなだめようとした。
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「生き返らせただと? ならお前は死霊術師か」
「そうだ。死者のための都市を創る。そのために、君の力を借りたい」
「ならなぜ使役魔法を使わない。死霊術師は敵を殺して、その死体を操るんじゃないのか」
女性の訴えに、クローデンはうろたえた。蘇生魔法の使用で魔力が足りず、使役できるだけの魔力が残っていないのである。女性にとっては、死霊術は敵の死体に使うものという認識なので(だいたい合ってはいるが)、魔力不足に気付かれれば、容易な敵と認定され最悪殺されかねない。いくら死霊術師でも、自分を蘇生することは不可能だ。
クローデンは、使役魔法用の魔力の回復を待ち、それまでは女性の信頼を得る必要があった。
「外をうろついてる化け物を倒すのに力を温存しておくためだ。君の傷を治すこともできる。今はとにかく、ここを脱出しよう」
「その化け物とはなんだ。まさかロストじゃないだろうな」
「いや、ロストの大群だ」
女性はため息をつき、怒気をはらんだ声で
「なら倒さないとな」
とつぶやき、剣を握りなおした。
ロストに対して憤りを感じる人間は多いが、女性は特にそのきらいが強いようだ。クローデンはここぞとばかりに、女性に暗視魔法を使って信頼を勝ち取ろうとした。
「これで、暗くてもよく見えるはずだ。ロストを倒して、一緒にここを出よう。俺はクローデン。君は」
「ベルサリアだ。お前の話は信用ならないが、ロストをあらかた倒した後なら聞いてやる。お前は余計なことはせず、うしろに控えて、私の傷を癒しているだけでいい」
ベルサリアと名乗った女性は立ち上がり、少しの立ち眩みのあとすぐに歩き出し、鉄扉に向かって剣を上段に構えた。
「行くぞ!」
掛け声に呼応するように剣は赤い光を纏うと、縦に、そして続けざまに横向きに空間を薙ぎ、残像は十字の閃光を現した。その閃光は質量を持った斬撃であり、まっすぐに飛んで鉄扉に襲い掛かると、奥にたむろするロストごと複数に切り分けた。赤い閃光は斬撃であると同時に灼熱であり、鉄扉を溶かし、ロストの肉を焦がした。
「すごい威力だ。剣に込められた魔力か、君自身の魔力か、それとも、両方か」
「御託はいい、クローデン。右腕が焼けた。早く治療してくれ」
苦しそうな声を出すベルサリア。赤い刀身の剣を持つその右腕は、ロストたちと同じように炎に包まれ、パチパチと音を立てていた。
死霊術師が蘇生したグールやロストをまとめて──アンデット──というが、それらは熱や炎を弱点としている。ロストに対して炎を放ったベルサリアの考えは正解に限りなく近かったが、自身もまたアンデットであることを失念していた。
クローデンはなけなしの魔力を消費して冷気を放ち、炎を消し去った。続いてアンデット用の回復魔法でドロドロになったベルサリアの右腕を修復した。支配魔法は遠のいたが、目の前の危機を取り除くのに仕方のないことだと割り切った。
「私は……グールなんだな」
ベルサリアはシワのよった目で綺麗に元通りとなった腕を眺め、そうぼやいた。
「いやか? 俺は、グールでもなんでも、生きられてりゃ嬉しいけど」
「生きている……アンデットが? 確かに、こうやって自分の頭で考え、話している。これは、生きているのと変わらないのかもしれない。お前が生き返らせる側の人間じゃなければ、一理ある意見だな」
クローデンはベルサリアの毒を真っ向から受け、ロストを蹂躙しながらずんずん前へ前へと進んでいく背中を追った。ベルサリアの傷を修復しながら必死に後ろを食らいついていると、気付けば辺りのロストはみんな灰になっていた。地上へ上がると必要以上に明るい陽光を浴び、もはや必要のなくなっていた暗視魔法を解除した。
乱戦の最も激しかった地点には、体の部位を欠損し動けなくなっているアンデットがまだ多数地面を這っていた。
「ひどい戦いがあったんだな。アンデットの将はお前か?」
「いいや、別の死霊術師だ。この要塞はもともとその死霊術師が占拠していて、それを帝国の軍が征伐しようとしたんだよ。結果は、この通りだ」
「双方、全滅……私も残党に手を下したとはいえ、気分が悪いな」
繰り手のいなくなった攻城兵器が数基、荒野にたたずんでおり、人影はない。荷車を引いていた馬は逃げ出し、半分以上崩れ落ちた要塞の周辺には、死骸を食いに来たハゲワシやカラスや小さな虫くらいしか生物はいなかった。
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「野営するしかないな。ちょうど、雨風を凌げる場所がある」
「ここで野営するのか? 気味が悪いし、まだロストがうろついてるかもしれないけど」
「いやか? 私は、壁と天井があれば満足だが」
ふたりは要塞の崩れていない箇所を探し、司令室にその場所を見つけた。特別頑丈に造られていた司令官は、トレビュシェットによる巨岩投射の直撃を回避し、損傷は一部の石レンガが欠けているのみで、居住空間の体を成していた。
ベルサリアは壁にかけてあったタペストリを何枚か剥がし、がれきをどかしてそこの硬い床に重ねて置き、急造の夜具をひとつだけ作った。決して見た目と寝心地を褒めることはできないが、棺桶に横になるよりは体が痛くならなくていい。
しかし当のベルサリアはその夜具を使おうとしなかった。
「寝ないのか?」
「寝たければ勝手に寝ろ。私は、さすがに眠たくない」
「ああ、さっきまで寝てたんだったな、棺桶で。じゃあ、俺のために作ってくれたのか」
「勘違いするな。グールの傷を癒せるのは死霊術師だけだから、お前がぶっ倒れたら私が困るんだ」
ベルサリアはぶっきらぼうにそう説明し、卓上に腰を下ろして指令室の出入り口を見張った。
好意に甘え、眠りにつこうとしたクローデンだったが、周りから漂う死臭になかなか寝付けなかった。
匂いが気になっていたのは、クローデンだけではなかった。
「風呂に入りたいな……」
「風呂か。それって、大昔の帝国にあったやつだろ。暖かい泉で水浴びするやつ」
「ああ、そうだ。……大昔の帝国にあった? じゃあ、今はどこにもないのか? 待て、大昔とはなんだ?!」
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「まさか、ここは遠い未来だということか。なにより、風呂がないとは」
「そんなに好きなのか、風呂」
「当たり前だ。一日に一回は必ずつからないといけない。まさか現代人は風呂に入らないのか?」
「ああ、俺は入ったことないな」
「お前の話の中で一番信じられん」
ベルサリアはよほど風呂が好きなようなので、クローデンはひとつ提案を申し出た。
「俺、死者のための都市を創るって言ったろ? 君が俺に協力してくれるなら、その都市に公衆浴場を造るよ」
計画を語るクローデンに対し、ベルサリアは目を見開いた。自分を風呂でたぶらかそうとしているクローデンの態度への不満と、魅力的な提案への興味がせめぎあっているのである。
クローデンはダメ押しの一手を打った。
「好きな時に好きなだけ入れる。一日に一回だけとは言わず、何度でも」
クローデンは手を伸ばした。
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