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1. 第一目標は人材確保
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死霊術師──死者を現世へ蘇らせ、隷属させる魔法を得意とする魔術師の一種である。
彼らは生者から強く恐れられ、死霊術師の素質を持っているだけで、その他の要素を加味することもなく弾圧と加虐の対象となっていた。また、この扱いに疑問を呈する者は、死霊術師を除いてほとんどいない。神にあだなす悪魔のように、生者にとって死霊術師は相容れない存在だった。
魔術の才は、血によって受け継がれる。つまり死霊術師が子を産めば、その子は死霊術の素質を持つことになる。
そのため多くの死霊術師とその親類は、人里離れた場所に拠点を置き、ひっそりと暮らしていた。
だが、そのような生活に満足できず、隠れ里を飛び出し、弾圧と加虐の嵐の中で身を立てようとする死霊術師もいた。
荒野でひとり、たった数日分の食糧を背に歩むクローデン・ヨウ・ブラッドフォードという名の男も、二十歳になったのを機に故郷に別れを告げ、死霊術師を長とした死者の都市──ネクロポリス──を創るため、見知らぬ外の世界へ身を投げ出した。
クローデンは手書きの地図を片手に、とある要塞を訪れていた。千年以上前に建造され、今もその形を残している堅城である。
「ここか、死霊術師の要塞。すげぇ、あんな建物、里にはなかったな……もう、だめみたいだけど」
石造りの要塞は、多数の軍勢に取り囲まれていた。包囲軍のトレビュシェットが巨岩を投射し、城壁の一部が崩れ落ちる。巨岩は標的を城壁から兵士に変え、無数の火矢とともに、防衛軍の頭上に降り注いだ。
防衛軍も抵抗する。城壁に空いた穴から突いた蜂の巣のように歩兵が飛び出し、それを迎え撃つ槍兵や弓兵に恐れを抱くことなくトレビュシェットに突撃する。歩兵は次々と槍と矢の餌食になるも、後続がひるむことなく突撃を続け、槍兵を押しつぶし、多くが半ばで倒れながらも攻城兵器のひとつを破壊した。
「あれは、死霊術師の操る兵士か。生気がない、人形みたいだ」
要塞を防衛しているのは、死霊術師によって蘇った死者──グール──の軍勢だった。恐れという感情が欠落していたのは、あれらが死霊術によって強制的に動作しているからだ。貴族の領主が自らの領地と兵士を持つように、死霊術師はグールに畑を耕させ、兵士として戦わせる。
クローデンは戦いを遠くから食い入るように観察した。まだ一体のグールも使役できていないが、いつかは彼もああやって兵士を従えることになるのである。
「突撃ィーーー!!!!」
包囲軍の指揮官の号令で、遠距離からの攻撃でボロボロになった要塞へ兵士がなだれ込んだ。兵士たちは勝ち戦だといわんばかりに勝ち鬨をあげて城壁に空いた穴より侵入する。巨岩と火矢は十分に兵力を削っており、ほとんどの包囲軍は前へと足を進めるだけだった。
兵士たちが死霊術師を追い詰め、もはや大勢は決したかと思われたその時、要塞の中から強力な魔力が放出された。
「なんだ今の魔力は!?」
「死霊術師によるものです、すぐに解析を行います!」
指揮官は観測した魔力を配下の魔術師に調べさせた。祝勝会で飲むワインを頭の中で選んでいる最中だった彼は苛立ち、足元に転がっている死体のひとつを蹴りつけた。
「くそ、無駄な抵抗を──それで、なんの魔法だったんだ?」
「は! どうやら死者を蘇生させる魔術で……う、うわ、うわああ!!」
「しまった、死者どもが……! 許さんぞ、死霊術師ィイ!!」
指揮官の足元にあった死体が一斉に動き出し、野獣のように指揮官や魔術師の喉元にかみつき、血肉をむさぼった。死霊術師の最後の抵抗となったその奇襲は、見事な結果を残した。
グールと化してなお死んだ兵士は、死霊術によって三度目の生を受け、もはや死霊術師による支配も能わない──ロスト──と呼ばれる存在となる。二度も死ぬ苦しみを味わったロストは、周りのあらゆる生物を餌と認識し、食らいつくす。
そのうえ死した相手軍の生者すら、新たなグールとして蘇るのだ。死霊術師の絶滅という多くの生者の悲願が成就しないのは、この兵力の水増し能力によるところが大きい
死霊術が忌み嫌われる理由のひとつが、この命を在り方を否定したような魔術である。
大量のロストが生み出された戦場は、地獄の乱戦と化した。生者、ロスト、そして死霊術師を欠いたグールは互いに攻撃しあい、ろくに見分けもつかず同士討ちが多発した。
「なんて戦いだ……いや、待てよ、今ならあの要塞に乗り込んで、街一個作れるくらいのグールを確保できるんじゃないか?」
戦いに見入っていたクローデンは、本来の目的を思い出した。彼の目的は観戦ではなく、戦闘で倒れた兵士を彼の配下のグールとして支配することだった。そのために、わざわざ攻城戦の現場にやってきたのである。
「元兵士なら、畑とか家を作らせるのにぴったりだ。物資も残ってるだろうし。街づくりも意外と楽なもんだな!」
クローデンは意気揚々と乱戦を迂回しながら要塞へ忍び込んだ。乱戦の最中に死者を蘇らせても戦いが長引くだけで意味がないので、沈静化を待ち、その間に主を失った要塞を物色する目論見だった。
だが、ほかの町から略奪したであろう物品やわずかな食糧が残されているだけで、クローデンの目にかなう魔法の杖や宝石は見当たらなかった。
酷い血の臭いに一刻も早く要塞を去りたくなった彼は、窓から外の様子を確認した。どうやら勝負は決したようで、そこに立っていたのは無数のロストだけだった。
「ロストは死霊術が効かないんだったな。グールも蘇らせたらロストになるし、生者の死体じゃないと。えっと、生者は……」
クローデンは積みあがった死体の山を見渡し、損傷の少ない物を探した。しかし損傷の多寡に関わらず、ただの一体も見つからなかった。かろうじて見えるのは、ロストの口元から垂れる赤い何かや、散らばる骨だけだ。
「ああ! お前ら、勝手に食うなよ!」
大声で文句を言うクローデン。血肉を食らいつくすのはロストの本能であり、意思のない彼らには神の声も届かないので意味のない訴えである。ただしそれは、ロストが聴覚機能を失っている場合の話だ。クローデンの口から発せられた音は、確かにロストの耳に入った。無論、ロストたちは音の方を向いた。
無数の視線が、ひとりの死霊術師に集中した。感情のないはずのロストの瞳は、クローデンに意思を伝えた。「お前も食ってやる」と。
「あれ、この要塞で生きてるのって俺だけ? ま、まずい……!」
クローデンが行先も決めないまま走り出したのと、ロストたちがクローデンめがけて一直線に走り出したのはほぼ同時だった。
「どうしよう!? 誰か! ……くそ、こんな時安全なところは……地下、そうだ、要塞の地下になら頑丈な扉に守られた部屋かなんかがあるだろ! あってくれ!!」
ロストに追われながら、クローデンは探索中に見かけた地下へ降りる階段を五段飛ばしで下った。歩数が合わずに最下段で盛大に転んだが、その先にいかにも頑丈そうな鉄の扉を発見した。なんとそれはクローデンを待ち受けていたように開いていた。罠にしか見えないが、クローデンはその扉の奥へ逃げ込むほかなかった。重い扉を力任せに閉じ、閂をかけた。すぐにロストたちは全身を扉に打ち付ける激しいノックで入室を請うたが、クローデンは一蹴した。
「なんとか逃げ切れた……けど、これからどうするんだ」
先の見通しが立たないクローデンを誘い込んだ地下室は実際暗かった。食糧は数日分、たとえ誰かがロストを討伐し、この地下室を訪れたとして、クローデンは弾圧を受ける死霊術師である。
涙をぐっとこらえ、代わりに目に暗視魔法を使った。いかなる暗闇の中でも、満月の昇る夜くらいは明るく見える代物だ。
「なんだここ、あれは──棺桶?」
真っ暗な部屋にポツンと不自然におかれた棺桶。砂埃が指の形を残しており、最近誰かが触れたことを示している。槍で突いた痕も見受けられ、どうやら力尽くでも開かなかったらしいことがわかった。
棺桶なので、中身が空でなければ入っているのは誰かの亡骸である。
棺桶の蓋は押しても引いても開かない。まるで、死んでいる貝のように。
一縷の望みをかけ、クローデンは棺桶に蘇生魔法を使った。すると、棺桶は一瞬命が宿ったようにガタッと音を立て、蓋は簡単にずらせるようになった。
「……やってみるもんだな。それで、中身は。俺の救世主でも入ってるのか?」
千年も前の要塞である。この棺桶がいつ作られたものなのかはクローデンには知り得ないが、特殊な施錠のされた棺桶の中で眠る者に期待を寄せないというのなら嘘に決まっている。
クローデンは腕に力を籠め、蓋を取り外した。
「これは……剣と、女性?」
棺桶の中身は、装飾の施された美しい刀剣と、それを大事そうに抱えた、絵画にも劣らぬ美しい女性の遺体だった。
彼らは生者から強く恐れられ、死霊術師の素質を持っているだけで、その他の要素を加味することもなく弾圧と加虐の対象となっていた。また、この扱いに疑問を呈する者は、死霊術師を除いてほとんどいない。神にあだなす悪魔のように、生者にとって死霊術師は相容れない存在だった。
魔術の才は、血によって受け継がれる。つまり死霊術師が子を産めば、その子は死霊術の素質を持つことになる。
そのため多くの死霊術師とその親類は、人里離れた場所に拠点を置き、ひっそりと暮らしていた。
だが、そのような生活に満足できず、隠れ里を飛び出し、弾圧と加虐の嵐の中で身を立てようとする死霊術師もいた。
荒野でひとり、たった数日分の食糧を背に歩むクローデン・ヨウ・ブラッドフォードという名の男も、二十歳になったのを機に故郷に別れを告げ、死霊術師を長とした死者の都市──ネクロポリス──を創るため、見知らぬ外の世界へ身を投げ出した。
クローデンは手書きの地図を片手に、とある要塞を訪れていた。千年以上前に建造され、今もその形を残している堅城である。
「ここか、死霊術師の要塞。すげぇ、あんな建物、里にはなかったな……もう、だめみたいだけど」
石造りの要塞は、多数の軍勢に取り囲まれていた。包囲軍のトレビュシェットが巨岩を投射し、城壁の一部が崩れ落ちる。巨岩は標的を城壁から兵士に変え、無数の火矢とともに、防衛軍の頭上に降り注いだ。
防衛軍も抵抗する。城壁に空いた穴から突いた蜂の巣のように歩兵が飛び出し、それを迎え撃つ槍兵や弓兵に恐れを抱くことなくトレビュシェットに突撃する。歩兵は次々と槍と矢の餌食になるも、後続がひるむことなく突撃を続け、槍兵を押しつぶし、多くが半ばで倒れながらも攻城兵器のひとつを破壊した。
「あれは、死霊術師の操る兵士か。生気がない、人形みたいだ」
要塞を防衛しているのは、死霊術師によって蘇った死者──グール──の軍勢だった。恐れという感情が欠落していたのは、あれらが死霊術によって強制的に動作しているからだ。貴族の領主が自らの領地と兵士を持つように、死霊術師はグールに畑を耕させ、兵士として戦わせる。
クローデンは戦いを遠くから食い入るように観察した。まだ一体のグールも使役できていないが、いつかは彼もああやって兵士を従えることになるのである。
「突撃ィーーー!!!!」
包囲軍の指揮官の号令で、遠距離からの攻撃でボロボロになった要塞へ兵士がなだれ込んだ。兵士たちは勝ち戦だといわんばかりに勝ち鬨をあげて城壁に空いた穴より侵入する。巨岩と火矢は十分に兵力を削っており、ほとんどの包囲軍は前へと足を進めるだけだった。
兵士たちが死霊術師を追い詰め、もはや大勢は決したかと思われたその時、要塞の中から強力な魔力が放出された。
「なんだ今の魔力は!?」
「死霊術師によるものです、すぐに解析を行います!」
指揮官は観測した魔力を配下の魔術師に調べさせた。祝勝会で飲むワインを頭の中で選んでいる最中だった彼は苛立ち、足元に転がっている死体のひとつを蹴りつけた。
「くそ、無駄な抵抗を──それで、なんの魔法だったんだ?」
「は! どうやら死者を蘇生させる魔術で……う、うわ、うわああ!!」
「しまった、死者どもが……! 許さんぞ、死霊術師ィイ!!」
指揮官の足元にあった死体が一斉に動き出し、野獣のように指揮官や魔術師の喉元にかみつき、血肉をむさぼった。死霊術師の最後の抵抗となったその奇襲は、見事な結果を残した。
グールと化してなお死んだ兵士は、死霊術によって三度目の生を受け、もはや死霊術師による支配も能わない──ロスト──と呼ばれる存在となる。二度も死ぬ苦しみを味わったロストは、周りのあらゆる生物を餌と認識し、食らいつくす。
そのうえ死した相手軍の生者すら、新たなグールとして蘇るのだ。死霊術師の絶滅という多くの生者の悲願が成就しないのは、この兵力の水増し能力によるところが大きい
死霊術が忌み嫌われる理由のひとつが、この命を在り方を否定したような魔術である。
大量のロストが生み出された戦場は、地獄の乱戦と化した。生者、ロスト、そして死霊術師を欠いたグールは互いに攻撃しあい、ろくに見分けもつかず同士討ちが多発した。
「なんて戦いだ……いや、待てよ、今ならあの要塞に乗り込んで、街一個作れるくらいのグールを確保できるんじゃないか?」
戦いに見入っていたクローデンは、本来の目的を思い出した。彼の目的は観戦ではなく、戦闘で倒れた兵士を彼の配下のグールとして支配することだった。そのために、わざわざ攻城戦の現場にやってきたのである。
「元兵士なら、畑とか家を作らせるのにぴったりだ。物資も残ってるだろうし。街づくりも意外と楽なもんだな!」
クローデンは意気揚々と乱戦を迂回しながら要塞へ忍び込んだ。乱戦の最中に死者を蘇らせても戦いが長引くだけで意味がないので、沈静化を待ち、その間に主を失った要塞を物色する目論見だった。
だが、ほかの町から略奪したであろう物品やわずかな食糧が残されているだけで、クローデンの目にかなう魔法の杖や宝石は見当たらなかった。
酷い血の臭いに一刻も早く要塞を去りたくなった彼は、窓から外の様子を確認した。どうやら勝負は決したようで、そこに立っていたのは無数のロストだけだった。
「ロストは死霊術が効かないんだったな。グールも蘇らせたらロストになるし、生者の死体じゃないと。えっと、生者は……」
クローデンは積みあがった死体の山を見渡し、損傷の少ない物を探した。しかし損傷の多寡に関わらず、ただの一体も見つからなかった。かろうじて見えるのは、ロストの口元から垂れる赤い何かや、散らばる骨だけだ。
「ああ! お前ら、勝手に食うなよ!」
大声で文句を言うクローデン。血肉を食らいつくすのはロストの本能であり、意思のない彼らには神の声も届かないので意味のない訴えである。ただしそれは、ロストが聴覚機能を失っている場合の話だ。クローデンの口から発せられた音は、確かにロストの耳に入った。無論、ロストたちは音の方を向いた。
無数の視線が、ひとりの死霊術師に集中した。感情のないはずのロストの瞳は、クローデンに意思を伝えた。「お前も食ってやる」と。
「あれ、この要塞で生きてるのって俺だけ? ま、まずい……!」
クローデンが行先も決めないまま走り出したのと、ロストたちがクローデンめがけて一直線に走り出したのはほぼ同時だった。
「どうしよう!? 誰か! ……くそ、こんな時安全なところは……地下、そうだ、要塞の地下になら頑丈な扉に守られた部屋かなんかがあるだろ! あってくれ!!」
ロストに追われながら、クローデンは探索中に見かけた地下へ降りる階段を五段飛ばしで下った。歩数が合わずに最下段で盛大に転んだが、その先にいかにも頑丈そうな鉄の扉を発見した。なんとそれはクローデンを待ち受けていたように開いていた。罠にしか見えないが、クローデンはその扉の奥へ逃げ込むほかなかった。重い扉を力任せに閉じ、閂をかけた。すぐにロストたちは全身を扉に打ち付ける激しいノックで入室を請うたが、クローデンは一蹴した。
「なんとか逃げ切れた……けど、これからどうするんだ」
先の見通しが立たないクローデンを誘い込んだ地下室は実際暗かった。食糧は数日分、たとえ誰かがロストを討伐し、この地下室を訪れたとして、クローデンは弾圧を受ける死霊術師である。
涙をぐっとこらえ、代わりに目に暗視魔法を使った。いかなる暗闇の中でも、満月の昇る夜くらいは明るく見える代物だ。
「なんだここ、あれは──棺桶?」
真っ暗な部屋にポツンと不自然におかれた棺桶。砂埃が指の形を残しており、最近誰かが触れたことを示している。槍で突いた痕も見受けられ、どうやら力尽くでも開かなかったらしいことがわかった。
棺桶なので、中身が空でなければ入っているのは誰かの亡骸である。
棺桶の蓋は押しても引いても開かない。まるで、死んでいる貝のように。
一縷の望みをかけ、クローデンは棺桶に蘇生魔法を使った。すると、棺桶は一瞬命が宿ったようにガタッと音を立て、蓋は簡単にずらせるようになった。
「……やってみるもんだな。それで、中身は。俺の救世主でも入ってるのか?」
千年も前の要塞である。この棺桶がいつ作られたものなのかはクローデンには知り得ないが、特殊な施錠のされた棺桶の中で眠る者に期待を寄せないというのなら嘘に決まっている。
クローデンは腕に力を籠め、蓋を取り外した。
「これは……剣と、女性?」
棺桶の中身は、装飾の施された美しい刀剣と、それを大事そうに抱えた、絵画にも劣らぬ美しい女性の遺体だった。
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