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火種
13. 救出
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「重要人物?」
「ああ。司祭の娘を拐ったバカな傭兵団があるらしい」
「え、それって──」
帝国において、教職者やその親族の身柄は下級貴族と並ぶかそれ以上の価値を持つだろうが、まさか教団と喧嘩をしようなどという組織があるとは思えない。そんなことをすれば、ただの傭兵団など情状酌量の議論もなされぬまま数日で討滅される末路に立たされることだろう。
そんな中で、司祭の娘が誘拐されたなどという事件を私はひとつしか知らなかった。
「──カーヤ、なの」
「ああ、そうなるな。報告があった地点は俺たちが出会った街道だ。同時に、君を追っていた兵の正体も明らかになった。そのバカな傭兵団だ。これはすごいことになるぞ、ギネヴィア。君の話が事実なら、皇家があの傭兵団を送り込んだことになる」
「皇家が……教団の関係者を」
「そうだ」
私は高揚の限りを尽くし、音が聞こえるほどに心臓を高鳴らせていた。カーヤが生きている、カーヤとまた会える、皇家を陥れることができる、ヨハンの信頼を失墜させることができる……!
エンフェルト領の陥落を見せつけられた私にとって、これは全スレイ教徒が受けるべき女神の寵愛を一手に引き受けたような報告だった。
「すぐに行こう! 早く助けなきゃ……!」
「バカ言え。傭兵団のアジトに突っ込むんだぞ。それなりの時間と工夫は必要だ」
「…………」
エレミアスに言い含められる。私の気がいくら急いても、私にできることはない。剣と盾を背負って敵を討ち倒す話なら尚更だ。
敵は賊ではなく、傭兵。それに街から遠ざかった地点に本拠を置いているのなら、そこに彼らの生活の基盤があるということであり、数人規模の傭兵団ではないことが伺える。
「この街に散らせた騎士を集めてもせいぜい十人……頭数が足りない」
「グラウスタイン領からの応援は?」
「時間が足りない。君の……従者が司祭の娘だと、エンフェルトを支配した奴らならすぐにわかるはずだ。今に回収部隊が送られる」
カーヤと思しき人を救出するために、兵も時間も足りない状況だった。有り余っているのは私のやる気くらいだ。
「皇帝軍に引き渡されて護送されれば、もう俺たちに手出しはできない」
「そんな……」
十人そこらで傭兵団のアジトに殴り込む方法なんて……。
「だが、俺としてはカーヤ嬢の身柄はなんとしてでも確保したい。それは君も同じだろう」
「うん」
私は力強く頷いた。こんなチャンスを無碍にするにはいかない。
「そうだ、交渉は? いくらかお金を積めば……」
「司祭の娘だぞ。傭兵団としてもそこは慎重に……──」
「……あれ?」
私たちは顔を見合わせた。エレミアスの丸くした目が、私の丸くした目に写る。何かしら、人が気付きを得たときの顔だ。鏡写のように同じ顔をしているから、おそらく私たちは同じことに思い至っている。
「傭兵団は、カーヤのことを知ってるの?」
それは疑問に似た確信だった。標的の私とカーヤを間違えるような傭兵団にカーヤの素性が割れていることはないだろう。傭兵団はカーヤの価値に気付いていない。
「修道女の服装をしたり、高価なロザリオや女神を模したものを持っていれば分かるだろうが……」
「じゃあ、カーヤが司祭の家族だってこと、あいつら知らないかも」
あのときカーヤはドレス姿であり、持っていたロザリオはコンスタンツェの手にある。捕まえた女が教職の家系であることを示すものは何ひとつないのだ。
「騎士を集め次第すぐに向かおう。エンフェルト領内だから、皇家に遅れをとることはないはずだ」
街中に散らばった騎士の集合に三時間とかからなかった。修道女に扮した女は教会にもよらず司祭に挨拶もせずに街を後にしたが、これからその娘を助けにいくのだから糾弾される謂れはない。
馬車に揺られながら期待に胸を膨らませる私は、弦の張りを確認するエレミアスを眺めていた。
「ああ。司祭の娘を拐ったバカな傭兵団があるらしい」
「え、それって──」
帝国において、教職者やその親族の身柄は下級貴族と並ぶかそれ以上の価値を持つだろうが、まさか教団と喧嘩をしようなどという組織があるとは思えない。そんなことをすれば、ただの傭兵団など情状酌量の議論もなされぬまま数日で討滅される末路に立たされることだろう。
そんな中で、司祭の娘が誘拐されたなどという事件を私はひとつしか知らなかった。
「──カーヤ、なの」
「ああ、そうなるな。報告があった地点は俺たちが出会った街道だ。同時に、君を追っていた兵の正体も明らかになった。そのバカな傭兵団だ。これはすごいことになるぞ、ギネヴィア。君の話が事実なら、皇家があの傭兵団を送り込んだことになる」
「皇家が……教団の関係者を」
「そうだ」
私は高揚の限りを尽くし、音が聞こえるほどに心臓を高鳴らせていた。カーヤが生きている、カーヤとまた会える、皇家を陥れることができる、ヨハンの信頼を失墜させることができる……!
エンフェルト領の陥落を見せつけられた私にとって、これは全スレイ教徒が受けるべき女神の寵愛を一手に引き受けたような報告だった。
「すぐに行こう! 早く助けなきゃ……!」
「バカ言え。傭兵団のアジトに突っ込むんだぞ。それなりの時間と工夫は必要だ」
「…………」
エレミアスに言い含められる。私の気がいくら急いても、私にできることはない。剣と盾を背負って敵を討ち倒す話なら尚更だ。
敵は賊ではなく、傭兵。それに街から遠ざかった地点に本拠を置いているのなら、そこに彼らの生活の基盤があるということであり、数人規模の傭兵団ではないことが伺える。
「この街に散らせた騎士を集めてもせいぜい十人……頭数が足りない」
「グラウスタイン領からの応援は?」
「時間が足りない。君の……従者が司祭の娘だと、エンフェルトを支配した奴らならすぐにわかるはずだ。今に回収部隊が送られる」
カーヤと思しき人を救出するために、兵も時間も足りない状況だった。有り余っているのは私のやる気くらいだ。
「皇帝軍に引き渡されて護送されれば、もう俺たちに手出しはできない」
「そんな……」
十人そこらで傭兵団のアジトに殴り込む方法なんて……。
「だが、俺としてはカーヤ嬢の身柄はなんとしてでも確保したい。それは君も同じだろう」
「うん」
私は力強く頷いた。こんなチャンスを無碍にするにはいかない。
「そうだ、交渉は? いくらかお金を積めば……」
「司祭の娘だぞ。傭兵団としてもそこは慎重に……──」
「……あれ?」
私たちは顔を見合わせた。エレミアスの丸くした目が、私の丸くした目に写る。何かしら、人が気付きを得たときの顔だ。鏡写のように同じ顔をしているから、おそらく私たちは同じことに思い至っている。
「傭兵団は、カーヤのことを知ってるの?」
それは疑問に似た確信だった。標的の私とカーヤを間違えるような傭兵団にカーヤの素性が割れていることはないだろう。傭兵団はカーヤの価値に気付いていない。
「修道女の服装をしたり、高価なロザリオや女神を模したものを持っていれば分かるだろうが……」
「じゃあ、カーヤが司祭の家族だってこと、あいつら知らないかも」
あのときカーヤはドレス姿であり、持っていたロザリオはコンスタンツェの手にある。捕まえた女が教職の家系であることを示すものは何ひとつないのだ。
「騎士を集め次第すぐに向かおう。エンフェルト領内だから、皇家に遅れをとることはないはずだ」
街中に散らばった騎士の集合に三時間とかからなかった。修道女に扮した女は教会にもよらず司祭に挨拶もせずに街を後にしたが、これからその娘を助けにいくのだから糾弾される謂れはない。
馬車に揺られながら期待に胸を膨らませる私は、弦の張りを確認するエレミアスを眺めていた。
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