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大風車と答え合せ

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一度、歩いただけだけど、見覚えのある通りに戻ってくる。番所の前に、寄り道一軒。さっき寄った、鍛冶屋さん。暖簾をくぐって、殿が呼ぶのは

「鋼~、おるかの~ぅ」
「あ、美郷の殿様らっしゃいっ。やぁ、ねえちゃん」
「お仕事大変だね、コウ君」

火焚き棒を手に、火加減を見ていたコウ君、顔を上げる。と、ある人に目配せする、コウ君

「済まぬの、御師殿(おしどの)二言三言(ふたことみこと)で、すぐに済むで、の」

殿もあいさつしたのは、鍛冶屋さんを仕切るちょっと恐そうな、お師匠さんだった。そっかコウ君、殿と話して良いか、目で伺ってたんだ。お師匠さん、口の端を上げ『話してこい』って風情

「殿様、どうしたの。あ、宴会の場所かな。大変だけど、やりがいあるよ、ねえちゃん」
「うむ、明日のぅ、天歌屋で執り行うの。刻限は、丁度昼じゃの」
「すごいなぁ」

最初に来た店だったので、まだ時間と場所を告げてなかった。駆け寄ってきた、コウ君に、笑顔で告げる殿。わたし、お世辞抜きの感想を言う

「やったぁ、美味しいの食べられるねっ。午前で仕事終わらせとくよっ。ねえちゃんの宴会だもんね」

小さくガッツポーズの、コウ君

「では、また明日のぅ。コウ、明日アカネを家族に『迎えよう』の」

微笑んでいた、殿。わたしの件(くだり)で、真剣な顔になる

「―殿様『迎える』んだ」
「うむ、共に『迎えて』欲しいの」

コウ君、眉がさがって、複雑そうな笑顔。殿、優しさと悲しさが、入り交じった表情

「わかった。ねえちゃん『また明日』だよっ」
「あ、うん、またね、コウ君」

コウ君、そのままの顔で、わたしに手を差し出す。おもわず握手する、わたし。握手した時、痛いほどに笑ってくれた、コウ君。さっきから、どうしたんだろう

「では、お邪魔したのう、お師殿。またの、コウ。参ろうか、アカネ」
「「またねっ」」

殿、頭を下げてあいさつ、出口に歩き出す。さいごの『またね』がかぶる、わたしとコウ君。急いで仕事に戻っていく、コウ君。今度こそ番所に向かう、殿とわたし

「殿、迎えるって言うんだね」

少し気になった。それを言う度、ちょっと違う空気になったから

「うむ、アカネを迎えるわけじゃからの」

殿の顔に曇りは無い。そうか、迎えてくれるんだ、歓迎会を開いて。何か深い意味とか、あるかと思った。考えすぎだったのかな。店からほど近い、番所の御成門をくぐる

「よくお戻りくださいやした上様。これから城へお戻りで」
「いや、もう一人合わせたくての。大風車へ参る、の」
「科学者先生、ですか」

早速迎えてくれる、ミメイさん。番所で言葉を殿と交わす。科学者さんって聞こえたけど、そこに居る人の事だろうか

「御命、宴は天歌屋で、昼より行なうでの。では、行くとするかの、アカネ」
「了解よ、上様っ。何か解ると良いでさぁね」

白鷹号に跨がる。今度は、着物、大股開けない。わたしは跨がることができない。殿の前、横座りでのる。さっきより、殿の顔が近い。ちょっ鼓動が早くなる。大柄の殿の腕に収まって、街を迂回し、目指すのは大風車。流れる景色は本当に綺麗。緑の香りが強い。丘の上へと、砂利道が一筋のびている。ゆっくり歩く、白鷹号

「凄く綺麗な世界だね、殿」
「苦労した甲斐があるの、そう言ってもらえると、のぅ。幾たびの天災を乗り越えて、御先祖様もワシ等も、励んだのぅ。だからこそ、この恵を伝えていかねばならん。それが、ワシらの務めじゃの」

殿の力強いこえ。強い夏の日の下、見上げる殿の顔。恐ろしいほど格好いい。と、気付く。うっすらとよぎり傷。右えらから、鼻にかけて。腕にも、ミミズ腫れの大きな傷。そこかしこに傷がある

「殿、この怪我はどうしたの」

思わずよぎり傷に触れてしまう、わたし。傷の感触に驚き、吃驚して、手を引っ込めてしまう

「ふふ、驚かせてしまったかの。これは、野獣との戦いでつけられた傷跡じゃの」
「さっきも言ってたね、お城出るとき。ヤジュウって、そんなに恐いんだ」

そうかと納得しかけて、え、待って。今、殿、戦いでって言った、さらっと。じゃあ

「殿が自分で戦ったの。配下の人や、岡っ引きさんはどうしたの。お城のサムライさん達は」
「はは、自分の国じゃ。治めておる、ワシが出撃(で)ずしてなんとするかの」

信じられない言葉。わたしの居た世界では、考えられない話し。殿のように、街に降り、自分で闘う。そんなことはありえないから

「『民を飢えさせるな、民を死なせるな、民のために生きよ。お前のために民が生きておるでない。民を生かすために、お前がおる』ワシが、生涯越えることができんじゃろう、お人の言葉じゃの」

誇らしげに話す殿

「誰の言葉なの。殿、すっごく良い顔してる」

誰の言葉か気になって訊く。良い顔とか、偉そうなことを言うわたし。でも、他に例えようがない『良い顔』の殿

「うむ、召されていった、ワシの父上のお言葉じゃ」
「~、お父さんの言葉だったんだ」

殿のお父さんもまた、みんなのことを考える人だったということを知る

「でもすごいね、殿。やっぱりなかなか出来ないよ、思っていても。皆のためにって。ちょっと恥ずかしいな。わたし、自分の事ばっかり言ってて」

殿の言葉に、自分の姿勢を反省させられる。でも殿は

「アカネは、今まで生きることで精一杯、生きていく場所を求めることで余裕がなかっただけじゃ。これから少しずつ探せば良いのぅ。皆のために何が出来るか、の」

優しく『これから』だと言ってくれる。だからわたし

「うん。そうする。そうやって生きていく」
「見上げた心音じゃアカネ。それでこそ、ワシの家族じゃ」

これから少しでも、みんなの役に立てるよう、努力を決意。前は『いらない子』だったけど、大江戸ではちょっとは、役に立とう。話しながら丘を登る。塔の前、白鷹号を止める殿。巨大な風車。と、殿に横抱きにされる。姫だっこをされた事なんて記憶に無い。心臓が飛び跳ねる

「横乗りで、馬上に一人は危ないからの」

白鷹号から、飛び降りる殿。颯爽と。降ろしてくれる。心拍がもとに戻らない

「いかがしたかの、アカネ」
「んなんっ、何でも無い」

不思議そうな殿。すぐに『そうかの』とつぶやく。わたし、心拍を戻すように、胸を撫でる。深呼吸、深呼吸。よし、なんとかなる。その間に白鷹号の手綱を、柵にくくりつける、殿

「お、大きいね~」
「大江戸の電力を賄うには、これだけの大きさが必要じゃったそうだの」

何かの気を逸らすため、変な会話をしだす、わたし。実際大きいから、感想なんかを言ってみる。塔の大きな扉をあける、殿。重い音が響く

「アカネ、おいでおいでじゃ、の」
「ん」

今度は殿の後ろをついて行く。殿の後ろ姿、背中広いな、とか思う。改めて、大きな塔の中を見やる。ゲームのダンジョンみたい。木製の箱が並ぶ、フロアを進む

「~、なんか色んなのがあるね。何コレ、殿」
「さて、ワシにも、とんと解らんの」

箱の中身は、殿にも解らないみたい

「ただまぁ『触るんじゃない』モノが入っておるらしいの。故にアカネ、触ってはいかん、の」
「ん、わかった~」

多分、何か、機械が入っているのだろう。箱から小さくうなり音が聞こえる。天井が高い。塔そのものは木造。幾重にも柱と梁が通っている。薄暗いけど、通気が良いのか、湿気っぽさやかび臭さはない。埃っぽさも。壁伝いに作られた、螺旋階段を上っていく

「今日は此処ではない、の。では、上じゃの。ついて参っての、アカネ」
「ん」

二階、一階と同じように、色んな箱が並ぶ部屋。窓からだけ、光が差し込んでいる殿は見渡して、何か探していたみたい。この部屋では無かったようで、また階段を上っていく。上がって行くにつれ、だんだん、光度が上がる。たどり着いた、三階

「光里~おるかの~ぅ」

それまでの部屋と違い、ちょっと生活感がある部屋だと思った。整えられた本棚や、整った寝床がそう感じさせる。タバコのにおいがするのは、此処の主(あるじ)が吸うからだろうな

「~お~」

殿の問いかけに返答する声がする。部屋の奥の机、気だるげに腰掛けていた女性がいた

「や~あ、殿君。めずらしいね、何の用だい。こんな所で油を売っていないで、民のため、馬車馬のように働きたまえよ」

身体を起こし、わたし達に向き直る。灰色の作務衣に、実験とかで使う、白衣というスタイル。ぼさぼさの髪を、適当に分けている。後ろ髪も、ブッキラッボウに結んだ感じ。袂(たもと)が空いためずらしい白衣。丸めがねを鼻にかけている。短めの眉、眠たそうな目。そして、目の下にクマ。あまり『活き活き感』が無い肌の色

「ははは。相変わらず手厳しいの、光里」

薄く微笑み、立ち上がって、白衣の袂に両手を入れてやって来る。殿に対して、結構ズケズケ、モノを言う印象

「陣中見舞いにの。甘州屋の葛桜じゃ、食してのぅ」

最後まで持っていた、葛桜を渡す、殿。そうか、この人への差し入れだったのか

「ありがたく頂こうじゃないか。うん、見ない顔を連れているね」

殿から包みを受け取ると、すぐ、わたしに視線を移す、女の人。包みと殿を見て、おもむろに

「なるほど、この手土産の真意はその子のことか、殿君。また何か、厄介ごとでもあったのかい」

ちょっと悪いわらいで、殿を見る、女の人。殿の考えを『見透かしてる』と言わんばかりの物言い

「半分はそなたへの見舞いじゃよ。ここで何時も調整をありがとうの、光里」
「ふふふ、まぁ、本心だと思ってやろうじゃないか。でも、顔に書いてあるぞ。その子のことで、聞きたいことがあると」

砕けた感じで話し合う、殿と女の人。多分、遠慮無く言い合える仲なんだろうなぁ

「やれやれ、勝てんのう、お主には」
「何年の付き合いだと思ってるんだ、殿君の考えなどお見通しさ」

ひらひら手を振った後、その手をおでこに当てる。こんな殿、初めて見た。口の端をつり上げる、女の人

「ならばもう、本題に入ろうかの。此方はアカネ、時を超えて参った。昨晩の、ワシの上に降って来た、の」

真顔の、殿。わたしの身の上をストレートに話す。エチゴノyouもつけないのは、ハジメテだ。

「ほ~う、降ってきた。正気かい、殿君。と、茶化す顔ではないね」

女性も真顔になる。眼鏡を、中指で上げつつ、わたしをなめ回すように、見る。ち、ちょっと怖い、いかにも『悪の科学者』風

「これこれ、悪戯に見回すモノ出ない、の。アカネが怯えておる、の」
「ふふふ、すまんすまん。科学者のクセというやつだ。過去の人間が、どんな人類か気になってね。しかし、我々と変わらんようだ」

殿が苦笑いで、注意喚起。わたしを気にかけてくれたみたい。女の人、腰に手を当て、やっぱりちょっと、悪い顔で笑う

「アカネ、此方は光里(ひかり)大和一の科学者じゃの。ワシとは最もつきあいの長い、幼なじみじゃの」

わたしに向き直って、ヒカリさんを紹介してくれる、殿。ちょっとだけ苦笑いなのが、なんだか新鮮

「大和一かどうかは知らんが、科学者の光里だ。よろしく、アカネ君」

口の端をつり上げ、歩み寄ってくるヒカリさん。おもむろに片手を差し出してくる。ちょっと気圧されるけど

「ア、アカネです。よろしくお願いします」
「ふふふ、怯えなくてもいいよ。取って食うわけじゃないさ」

握手をかわす。漂ってくる、タバコのにおい。ただ、不思議と不快にならない。あんなに嫌いだったのにな、タバコのにおい

「で、殿君。時を超えたとい与太話は何だい。この子を『迎える』理由に、変な尾ひれをつける必要でもあるのか。大体、殿君は嘘が吐けない性分なんだ、下手な―」
「それが方便ではないのじゃよ、光里」

わたしを『観察』しながら、愉快そうに話す、ヒカリさん。と、殿の声色が低くなる

「~、まさか何の証もなしに、過去から降ってきたなんて話を信じろと。否定はしないが、肯定もできんさ」

こんな話を、信じろって方が難しい。ややカラカウように聞き返すヒカリさん。科学者だからか、殿の話を信じない。勝手なわたしのイメージだけど、科学者は『堅物』な感じがある

「光里は『科学の限界を知っている』と申しておった、の」
「当然さ、科学は万能じゃない。神仏の足下にも及ばんさ」

殿の『科学限界』に、ヒカリさん、怒るかと思った。でもヒカリさん自身がソレを言ってたのか『科学は万能じゃない』そう言ったヒカリさんの顔は、どこか無力感に満ちていた。以外だった。何となく科学者は『神様仏様』とか信じてないと思ってた『証拠』だとか『計算』だとか『数式』だとか、そんなものしか信じないと思ってたから

「どうやら、科学を超える事象が、起こったようじゃの。昨晩、清徒の導き出した答え通りなら、の」
「ほう、清徒大先生が。じゃあ殿君、降ってきたってのも」

殿がセイト先生の名を告げると、見る間に真剣な顔つきになる、ヒカリさん

「紛れもない事実じゃ。どうやらヘイセイとやらからやって来たと見える、の。呼密の水晶もそう映し出したようじゃの。ああ、しもうたの、携帯とやらを持って来なかったのぅ」

刀に腕を置いて、話す殿。その顔が、恐い感じにまで真剣だ

「肝心なものを忘れるとは、間抜けだねぇ。しかし、今携帯と言ったね。ヘイセイの元号は、約200年前だったかな」

殿を茶化し薄く笑う、女の人。だけど『携帯』の辺りから、腕組みし、考えるように話し出す

「ヘイセイ、携帯。ふむ、そんな言葉が出る時点で、もう決定だろうな。清徒大先生、呼密君も認めるのだ。自分が口を挟まなくても良いのではないかね」

メガネを中指で上げながら、薄く笑う、ヒカリさん。あ、この笑い方は『クセ』なんだな

「そなたの知恵も拝借したくて、の。それ故にこの大風車に参じたが、肝心の『証(あかし)』をわすれるとは、の」
「まったく薄ら馬鹿だねぇ」

殿、苦笑い。アカリさん、なんだろう。わたしが降ってきたことを、もう疑ってない感じ。さっき、あ、でも『否定も肯定もできない』って言ってた。じゃあ初めから『肯定』する気もあったのか

「さてさて、光里にも鑑定してもらわんと、の。戻って携帯を取ってくるかの。昨晩の手帳も、アカネの部屋にあるかの」

一人、戻ろうとする殿。連れて行っては貰えないのだろうかと声をかける

「白鷹で早駆けするから、一緒では危ない故のぅ。今からじゃと、急がんと夜になる。夜は、野獣活発になるからの。しばし待っておって欲しいの」
「わかった。部屋、まだ何にも無いから。携帯と生徒手帳、畳んだ、ふとんの上においてあるよ、殿」

『あいわかった、の』と駆けていく殿。残される、わたし。どうしよう、ヒカリさんと間が持つだろうか。思っていると、ヒカリさん、鼻だけで笑う

「相変わらずだな、殿君、人の心配ばっかりして。アカネ君と言ったね、ちょっとつきあってくれ」

ヒカリさんは、魔法瓶と茶碗を一つ、棚から取る。階段へ歩き出す

「付いてきたまえ~」
「あ、は、はい」

ついて行くのを躊躇って、立ち尽くす、わたし。ヒカリさんに再び呼ばれて、今度は慌てて付いていく。階段を昇って四階。見知らない機械の部屋を抜けて、その上の屋上へ

「特等席ってヤツさね。殿君もほとんど来た事の無い場所だ。アカネ君を招待しよう」

扉の鍵を開けながら、アカリさんが呟く。軋む音と共に、開く扉。差し込んでくる光と風。まぶしさで眩む

「どうだい、この眺めは」

少しずつ、目が慣れる。音もなく回る、風車の前、広がる景色。丘に囲まれた一帯。彼方に大江戸城、手前に街。お城の右、牧場だろうか。左には木、果樹園に見える。城のさらに後ろ側、ミホ姉達の畑と田んぼが広がっている。この塔に来て、初めて分かった。丘の上、並んでいるソーラーパネル。自然と科学が、一体になってる感じ

「すごい。すご~い。綺麗です、ヒカリさん」
「ようやく、自分たちはここまで来た。先代や殿君達と、天災を乗り越えて」

そうだ、殿は言っていた。この地には天災があったと

「さて、アカネ君が、過去から来たと仮定して、だが」

唐突に無表情で話す、ヒカリさん。あ―

「まだ、信用してくれたわけじゃ―」
「ふふふ、そんな目で見ないでくれたまえよ。ま、ほぼ信用してるさね。殿君が、あれだけ正直に話すんだ」

自分がどんな目で、ヒカリさんを見てたかは解らない。ただ信じてくれないことに、もどかしさは感じていた

「キミが殿君の上に降った、それは事実なんだろう。過去から来たことを、清徒君は、知恵を使って『導き出した』呼密君は水晶玉で『映し出した』なら自分は、科学を使って『答え合せ』をするだけさ」
「答え合せ、ですか」

手のひらを見つめ、話すヒカリさん。答え合せとは

「そう、答え合せさね。キミはヘイセイから来たんだろう」
「はい、ヘイセイから来ました」

わたしが生きていた時代の、元号を訪ねられる

「では質問だ。○○9年、の事を言ってみてくれ。なんでも良い」

聞いた事も無い元号と年を言われ、混乱する、わたし。そんな時代があったこと、知らない

「これが答え合せ、さね」
「え」

悪い笑顔で告げてくる、ヒカリさん

「キミは○○という時代を知らないようだ」
「知りません」

ポケットに両手を入れ、話し出すヒカリさん。これが答え合せ、とは

「今、大和で生きている人間で、○○9年を知らない人間は少ないだろう。なにせ引き金の天災が起こった年の事だ、寺子屋一年生だって知ってることさ。習わない学生など居ないからね。ということは殿君、清徒くん、呼密くんが導き出した答えに極めて近い状況にある人間だ。過去から殿君の上に降ってきた、そして今、大江戸で確かに存在している。これが科学的な答え合せさ。回りくどいものだろう」
「はいっ―っ、いいえっ」
「はははははっ、いいさいいさ。回りくどいんだ、科学ってヤツは」

ヒカリさんの言う通りだ。全部理にかなってる、気がする。でも回りくどいと、返事を勢いよくして、慌てて訂正する。も、時すでに遅し。ヒカリさんに、大笑いされる

「回りくどく、面倒くさく、そして正確に。自分は科学に基づいて、少しでも正確に答えを合わせに行くだけさ」

悪戯っぽく笑う、ヒカリさんの顔を初めて見る。あ、さっき『悪の科学者』なんて思ったけど、全然印象が違って見える

「そうやってアカネ君、キミが過去から来たことを証明していくわけさ。これで殿君が『携帯』を持ってくれば、可能性が確信に変わるだろうさ。科学者の現金なところさね」
「可能性、ですか」

葛桜や魔法瓶を床に置き、腰を下ろすヒカリさん

「そう、キミはまだ、過去から来た『可能性』がある人間だ」
「むぅ~、結局信じてくれないんですねっ」
「ははは、むくれないでくれたまえ。これから話を聞いていけば、その段階で『確信』に変わるかもしれんさ」

まだわたしの話を信じてくれない、ヒカリさん。ちょっと腹が立つ。しかもどうやら、ヒカリさんは楽しんでるようだ、この会話

「ま、掛けたまえ、立ち話もなんだ。お茶でも飲みながら、ゆっくり話そうじゃないか」

意地を張って、立ったままいようかと思ったけど、バカらしくなってやめた。おとなしく腰を下ろす、わたし

「では本題に入ろう。アカネ君は、どのくらい、この世界のことを知っているかね」

この世界のこと、ほぼ何も知らない

「お菓子がおいしい、ごはんがおいしい。殿がやさしい、みんながやさしい。それくらいです」
「ははは、それは良い。一番大事なことは知ってるようじゃないか」

思いつくことを、言ってみる。我ながら頭悪いセリフだ。ヒカリさんに肩を軽く叩かれる

「その他さね。今が何年とか、何があったか、とかね」

のぞき込むように見てくる、ヒカリさん。今が何年も、何があったも、解らない

「えと、え~っと、あ、天災で陥没したって」
「うん、それが引き金の天災だ。それから何があったか、は」

少しヒカリさんから顔を背け、僅かに聞きかじった知識を言ってみる。ヒカリさん、身体をおこして、魔法瓶を取りつつ『その先』を聞いてくる。でも

「解りません」
「そう、か。なるほど、やはりキミは過去から来たのかもしれんね。では、これから話すこと、キミには刺激が強いかもしれんね」

魔法瓶を開け、わたしには茶碗、自分にはカップに、お茶を注ぐ

「引き金の天災、その後だ。太陽からの風が、この星を直撃した。自然の現象だ、太陽の風は。数百年に一度、太陽から強力な風が吹く。それが運悪くこの星を直撃したよ」

包みをあけるヒカリさん

「おお、葛桜を五つも。三つは取っておくか。後で冷蔵庫に入れておこう」

お菓子に、声が弾むヒカリさん。わたしにもクズザクラを促してくれる。葉っぱに包まれた、透明なぷるぷるの中に見えているのはあんこだろうか。これも初めて見るお菓子。今日、食べてばっかりだな。太陽の風、その後どうなったんだろう。だまって、事の顛末を聞く

「太陽の風の影響で、当時の通信網、発電網はすべてダメになった。永久汚染物質を、総て捨てた後でまだ良かったのかも知れないが、ね」

自虐的に嗤う、ヒカリさん。通信と発電って、じゃあ電話も電気も、使えなかったのか。汚染物質はよく解んない

「人間は万能だと奢っていた時代だ。驕慢(きょうまん)への警告と罰だったのかもしれん。各国の通信が途絶したからね。自分の国の事、自分が生きることで精一杯になったよ」

風車の方を見やりながら、髪を掻き上げる、ヒカリさん。その世界を想像すると恐ろしい。さっき殿に聞いた、陥没だって恐いくらいなのに

「そんなに、非道い災害だったんですか」
「ふふ、本当に知らないんだな。ああ、目を背けたくなるほど、ね。気温も低下して、一度文明は衰退した。そうして、ようやく知ったんだよ、人間は。自然と『仲良く』生きていくしかないってね」

仲良く。再び、クズザクラを促される。口をつける。ぷりぷりの表面が口の中をくすぐる。甘さ控えめこしあんがぎっしり。葉っぱは塩気を効かせている絶妙だ。おいしい。すごくおいしい

「っふふ、旨そうに食べるねぇ」
「~、美味しいですっ」

ヒカリさんに笑われる。どうも顔にすぐ出るらしい

「気楽に菓子が摘まめるようになった証しさね。今も天災はあるけどね、昔ほどの被害は無い。バカみたいに高い建物だの、要らない施設だの無いからね。文明だって、必要なものから復元された。農業や医療がその最たるものだ。逆に要らない技術は捨てられた。大自然に逆らうことをなるべくしない。少しは学んだわけだ。ま、そうして、この世界は今に至る」

仲良く生きる。大切なことなんだと感じた

「さて、一方通行で話してしまった。何か聞きたいことはあるかい。殿君のことでも、みんなの事でも、この世界の事でも。答えられる範囲で答えるよ。疑ってしまった、罪滅ぼしってやつさ」

世界の事は、多分清徒先生に聞くことが出来る、そう思った。それに、きっとヒカリさんは、殿のことを『知っている』と思った。だから

「殿について聞きたいです。ヒカリさんは、きっと殿を知ってる人、だから。殿のこと、聞かせて下さい。殿は、わたしの話しを、なんで信じてくれたのか。なんで、あんなに優しいのか」
「優しい、か」

わたしはそう答えた。目を閉じて、首を縦に二度振る、ヒカリさん。

「じゃあ、少し長い話しをしようかね」

そう言って、薄く笑むヒカリさん。その複雑な表情に『深い話になる』わたしはそう感じた
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