上 下
183 / 225
混沌による侵食編

第183話 改良案と調査員

しおりを挟む
 ロイはソフィアに連れられて、王城のとある一室へと案内された。

 数ある国賓用の部屋と同じで、贅を尽くされた豪華絢爛な部屋。その中心にあるソファに腰かけていたのは、紫のローブを身に纏った怪しげな男……伝承保管機関から調査員として派遣されてきたアウリスだった。

 ロイの視線が冷たいものに変わるのを感じて、ソフィアが訝しげな表情を浮かべた。

「もしかすると、ううん……もしかしなくても知り合いだったりするかしら?」

 ロイは静かに頷いた。特に何かされたわけでもなく、むしろ情報の横流しをしてくれた存在なのだが、どうにも怪しさが拭えない。

 一見すると、フレミーと同じ文官に見えなくもないけど、クリミナルについて語る時の眼光は今も覚えている。憎しみと侮蔑、それらが入り交じった漆黒の光を宿していた。

 今は鳴りを潜めたその視線はロイへと向けられており、片手を上げて「やぁ」と軽く応対してきた。

「俺とこの人は一度会っている。名前はアウリス、だったよな?」

「はい、覚えて頂けたとは、光栄の至りにございます」

「てか、ソフィアが知り合いだったことの方が意外だったぞ」

「ロイが部屋にこもっている間、食堂で私達と会うことが多かったから、少しだけ世間話をした程度よ。ロイこそ、アウリスさんと面識があったのね」

「……俺がまだパルコの死を引きずってる時に、無遠慮にも今回の経緯を聞きに来たんだよ」

 思わぬ繋がりに少しだけ驚いていたソフィアだったが、すぐに本題へと話を移した。

「アウリスさん、私達のテスティードについて改良案があると仰っていたでしょう? 今日はロイの体調も良いから連れてきたのだけれど、話をお聞かせ願えないかしら?」

「ええ、そのつもりです」

 そう言い切ったあと、一枚の紙をテーブルに置いた。

「これは異界に存在する【装甲車】という戦車を書き写したものです。外見を再現することは出来ても、その性能を再現することは叶わなかった……。しかし、聖王国グランツ防衛戦の報告書に目を通していた私は、テスティードの存在を知って驚きました」

「伝承保管機関より先に異界の物を再現した例なんて無いもんな」

「そうです。発展改良はよくあることですが、再現は今までに無かったことです。そこで私は"何故?"という疑問に対して追及することにしました。これが出来るとすれば、異界の文字を読めて、尚且つその知識を正しく理解する存在が不可欠。思い当たるに、一年前に起きた異世界召喚が関係するのではないか? 私はそう考えたのです」

 ほぼ当たっている。別に隠してるつもりはないが、ユキノ達が異世界人なのはバレているな、これは。
 話が脱線し始めたので、話を逸らす意味も込めて先を促すことにした。

「それで、改良案ってのは?」

「改良案と言えるかはわかりませんが、これをご覧下さい」

 アウリスはもう一枚の紙をテーブルの上に置いた。

 手に取って確認してみると、青銀色の装甲に黄色のラインが入ったテスティードが描かれていた。
 オリハルコンの部分使用により強度を向上させ、一部の金属を敢えてランクダウンさせ、市場で手に入りやすく軟性の強い物へ変更。

 他にも細かな部分について、吹き出しで事細かに記載されていた。

「ロイ殿、いかがでしょうか?」

「テスティードはサスペンションを搭載して悪路を走行しやすくなった。それでもマシになったレベルだ。これを採用すれば、移動が今まで以上に楽になるな……」

 ロイの隣で一緒に見ていたソフィアが口を挟んだ。

「ちょっといいかしら?」

「構いません、何か落ち度でもありますかな?」

「まず一点、オリハルコンは市場では滅多に出回らないはず。ドワーフの国に行くか、ドワーフを雇って未開の鉱山を堀当てるかしないと、見付からないはずだけど」

「……普通ならそうでしょう。ですが、我々は伝承保管機関です。世界中のあらゆる伝承と技術、さらには遺物までもが我等の下へ集まってきます。オリハルコンを持ち出すことはできませんが、ドワーフを派遣することなら容易いかと」

「つまり、ドワーフを派遣するから自分達で掘ってこいってことかしら?」

「その通りです。聖王山ソーテリアで採掘された遺物の中に、オリハルコンを使われたものが多く、恐らく大昔はあの山で採掘されていたのでしょう」

 ソフィアは顎に手を当てて少し考え込んだあと、続けて質問をした。

「メリットは? あなた方のメリットがないと思うの。あまりにも話が良すぎるし、何か裏があるんじゃないかと勘繰ってしまうのも無理ないと思うの」

「ごもっともです。ですが……我々はギルド職員と同じくお金には屈しない存在、それ故に目的が一般人のそれとは大きく異なるのです」

「テスティードの更なる発展、それ自体があなた方の目的ということ?」

 ソフィアの問いかけにアウリスは静かに頷いた。言外に、これ以上の詮索は困る、そういう雰囲気を漂わせてくる。

 ロイは「最後に」と付け加えて言った。

「テスティードの内部を公開しろっていう話は聞かないからな? あれはマナブとパルコが共同で作り上げた技術の結晶、易々と見せるわけにいかないし、あれを量産されて戦争そのものが激化することを俺達は望まない」

「正直な話、見てみたい気持ちはありますが、ロイ殿がそういうのでしたら控えさせて頂きます。我々も戦争を激化させたいわけじゃありませんからね。貴重な遺物が戦争で失われるのは……我々としても心が痛いのです……」

 アウリスはどこまでいっても遺物の事しか考えてなかった。その思想を少し危険だと思いつつも、テスティードが強化されれば、乗り手が死亡する確率も大きく低下する。

 リスクとリターンを天秤にかけた結果────。

「背に腹は代えられない、か」

「ご英断、ありがとうございます」

 アウリスが恭しくお辞儀をする。遺物の伝承、そして発展……この手の人間は目的のためなら手段を選ばない傾向にある。

 アウリスの行動には逐一気を配っておかないといけないな。

 翌日、ロイ一行は聖王山ソーテリアに向かうこととなった。


Tips
聖王山ソーテリア
かつて巡礼の地であったフォルトゥナ教の崇める山。女神フォルトゥナが姿を消してからソーテリアで行われていた託宣も無くなり、わざわざ険しい道を通って巡礼する必要がなくなった。

新たな巡礼の地として現在の聖王国を建国し、子供から老人まで誰もが楽に巡礼を行うことが出来るようになった。

聖女だけは一年に一回、頂上にある旧大聖堂まで足を運んでいる。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

処理中です...