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帝国編

第94話 アルスの塔・End chapter

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 復讐に燃える悪鬼ハルトはロイと激戦を繰り広げていた。

 ハルトの剣に纏わり付く、漆黒の炎が鼻先を掠める。

 ……ちっ、間合いが見切れない。前よりも上手くなってる上にパワーも格段に向上している。これに対して剣の巧さだけでどれほど対抗できるだろうか。

「どうしたロイ! 逃げてばかりじゃないか! グレンツァートの時みたいに、僕を倒してみろよ!」

 ロイはハルトの剣を避けながら周囲を確認する。ユキノ達は取り巻きの騎士と戦ってる、リディア達は俺が切断したケーブルの修繕に向かってる、もたもたしてたら解析魔道具を修理されてしまう。

 時間がない、一刻も早くこの状況を打破しなくては。

「はは、避けるので精一杯か? さっきの威勢はどうしたんだ?」

 ハルト、調子づいてるな、仕方ない……少しだけ反撃してみるか。

 チャンスはハルトが剣を振り上げた時だ。以前よりマシになったとはいえ、奴の剣に理はない。ただ子供のように棒を振ってるだけだ。

 その上、上段からの振り下ろしだけはグレンツァート攻防戦から進歩していない、それは命取りだ!

 狙い通りハルトは剣を振り上げた。ロイは大きくバックステップして地面に両手をついた。

「そろそろ喋り疲れただろ? 休憩の時間だ……"シャドープリズン"!」

 ロイの影は不規則に伸びてハルトを取り囲み、そこから出た黒い帯が腕を中心に巻き付いていく。

「クソッ! 放せ、放せっ!!」

 さすがは勇者と言ったところか、腕以外は拘束されまいとただの魔力放出で防いでいる。
 拘束時間が長引けば強度が落ちてしまう、仕方がないな……腕だけでも潰しておくか。

「さあ、血煙となれ! "シャドーメイデン"!」

 シャドーメイデンは拘束した対象に向けてシャドーポケット内にある武器を任意の数射出するスキル。

 ロイが貯蔵していた無数の短剣がその腕に牙を剥こうとしたその時、ハルトが咆哮を上げた。

「"絶対防御《アムレートゥム》"!!」

 1週間に1度だけ大ダメージを無効にする効果を持つ、聖騎士の奥義とも言えるスキル。
 複合ジョブでもある勇者なら、いずれは使えるようになる……だが、まさかこのタイミングで習得するとは、なんて強運なんだ。

 ロイの黒い帯は、刺さりきらない短剣により膨張したあと塵となって消えた。

 ──カランカラン。

 短剣の落ちる音が聞こえる。時間がゆっくり流れているような感覚だ。

 顔を上げると、ハルトが不気味な笑みを浮かべて剣を振り上げていた。まるで勝利を確信したかのような表情……それもそのはず、ハルトの持つ剣には今までで最も長大な魔力が込められていたからだ。

 ロイの立ち位置は壁際、背後にはダンジョンの壁しか存在しない。加えて大技を使ったばかりのロイは動きも緩慢で、とても避けられるはずもない。

「くくく……ふははははは! この時を待っていた! あとはこれを振り下ろすだけだ、これでユキノとサリナが戻ってくる!」

「……くっ!」

 明らかにオーバーキルレベルの魔力、最早ここまでか。

「僕の前から消え失せろ! 秘奥義《ミスティックアーツ》──"混沌剣《カオティクブレード》"!」

 ハルトの剣から放たれた極大の闇が、ロイを飲み込んだ。

 ☆☆☆

 視界が黒一色に染まって死を覚悟した。時間がさらにゆっくりに感じる。しかも色々思い出した……オーパーツを奪われ、一族は壊滅して、旅に出た。

 本当は死ぬつもりでハルトを追っていた。自暴自棄というか、日常を壊されて生きる意味を失ったんだ。

 だから死ぬ意味を見出だす為に聖剣を手にとって、格好つけて、これで満足だって演出しようとした。

 観客はユキノだ。彼女は心優しいからきっと目の前で死んだらずっと心に刻まれるはず……死んで消えようとしてたのに、誰かの心に残ろうとしてたんだぜ? 笑っちまうよな。

 ハルトに裏切られて戻ってきたユキノは泣いていた。その涙を見たとき、少しだけユキノの力になろうって思ったんだ。

 ソフィア、サリナ、マナブと合流してからはパーティが安心して暮らせるところまで送ったら死のうって先に延ばした。

 だけど段々とそれは変わっていって、オーパーツやら復讐やらを生きる理由にし始めた。

 なんだかんだでみんなと旅をするのは楽しかったんだ。いざ目の前に死が迫ると、その……怖いもんだな。

 今は"生きたい"ってどうしても思っちまうんだ……。


 ロイは死の奔流に対して"シャドーシールド" で対抗していた。本職のシールドではないため、10秒も持たないだろう。

 ──パキパキ。

 少しずつヒビが入ってきた。聖剣を地面に突き刺して膝をつく。

「知ってるか? 俺、お前の諦めるなって言葉、守ってるんだぜ? 一応は足掻いたしな……」

「いいえ、まだ足りませんよ」

 …………えっ!?

 声のした方向に視線を向けると、そこにいたのはロイの仲間達だった。
 巨大な白銀の盾の裏に隠れて徐々にこちらへ向かってくる。

「ロイ! あなたにはまだ言ってないことがありますわ!」とソフィアが。

「ロイ、あんたが死んだらユキノが……悲しむから、だから仕方なく来てやったの」とサリナが。

「私の居場所はそこにしか無いんだから、勝手に消えないでよ!」とアンジュが。

「ボス! 僕はあなたの舎弟です! どこにだってついていきます!」とマナブが。

「お前ら……!」

「ロイさん、手を掴んで!」

 ──ガシッ!

 ユキノの手を掴むと思いっきり盾の中に引きずり込まれた。

「私の盾でもそんなに長くは持ちません、ですのでロイさん、作戦お願いします!」

「……打開策なしで突っ込んで来たのかよ。まぁ、取り敢えず聞いてくれ。放出系スキルをこれほど長時間放ち続けてるってことはそれほど俺を殺したいことの証だ。作戦はいたってシンプル、ハルトの乾坤一擲を俺達の持ちうる最強で打ち砕く、以上!」

 パーティ一同が頷いて準備に入る。

「あ、ロイさん。少しでも突破力を上げるためにお願いします」

 ユキノは服のボタンを4つ外してロイの対面に立った。ちなみにマナブは両目を塞いで外を向いている。

 ぎこちなく肯定したロイはそっと首元から手を差し入れる。「……ぁン」ユキノが声を漏らすが、ロイは気にしない。

 ソレイユ砦以降、浄化行為は一切していなかった。故に蓄積された経験値が一気に流れ込んでくる。

 そして何故か光が全員に流れていった。

「……まぁいいか、行くぞ」

 ユキノが盾を消す合図を送る。

 3

 2

 1

 最初はソフィアが突破口を切り開いた。

「突き抜けろ! 光槍《ハスタ・ブリッツェン》!」

 聖槍ロンギヌスから放たれた極光の槍が道を作った。

 次はマナブが。

「突破して! フェオ・ストーンランス!」

 マナブの放った石槍は通常の術者のそれよりも一回り大きく、それでいて回転が加わっている。ソフィアの開けた道を更に広げた。

 次はサリナが。

「顕現せよ、ケラウノス! あたしが貫くのは標的の更に向こう! 刺し穿て"ライトニングストライク"!」

 "纏雷《てんらい》"によってケラウノスの姿へ変化した隕石の槍。魔力を流されることで所持者に雷の加護を与える。

 サリナは加速した。ただただ速く、未来を掴みとるために──。

 ☆☆☆

 突如、闇の奔流から飛び出てきた光にハルトは驚いた。しぶとく生きるロイの元に、何やら異物が紛れ込んだまでは感覚でわかる。

 それがこっそり回り込んでいたロイの仲間達とまでは理解できなかった。

 ──バシュッ!

 その光はハルトの肩を貫いた。

「ぐぅっ!! ……な、何が起きてるんだ!?」

 続けて、石でできた槍が飛んできたためハルトは体を捻ってそれを避けた。だが、その際にハルトはある物を失ったことに気づいた。

 ──パリンッ!

「アグネイトが……割れた……」

 首から下げていたアグネイトが、マナブの放った魔術に貫かれてしまったのだ。

 こうなると闇の奔流を止めなくてならない。何が起きてるかわからない、混乱の極みにあるハルトを置き去りにするようにその横を紫の光が通り過ぎた。

 ──それはサリナだった。

 ハルトの横を抜け、その先へ突き進んでいく。

「はぁぁぁぁぁぁっ! これで終わり! 死にたくなかったら、どきなさい!」

 ハルトは紫電サリナが突き進む先に何があるのか、それに気付いて声を上げた。

「やめろぉぉぉぉぉぉっ!!!」

 サリナの向かう先は、解析魔道具。リディアも駆け寄ろうとするが、あまりの速さに追い付かない。

 そして……遂にそれは砕かれてしまった。

 ハルトの奥義が止まったことに気付いたサリナは、少しだけ軌道を変えて直線上にある解析魔道具へと進路を変えていたのだ。

 こうなると解放の間の結界を解除することはできない。中に入れないということはオーパーツを使うこともできないということだ。

 ──ガコンッ! ガラガラガラガラ……。

 戦意喪失、敵の騎士達が膝をつく中、大地の怒りグランドバニッシュが動き始めた。

「何故だ! 起動できないはずだろ!?」

 狼狽えるロイに、リディアが言った。

「ええ、そうね。帝都を破壊するのはもう無理よ……だけどね。せめてあなた達くらいは消させてもらうわ。本来の威力からしたら塵みたいなものだけど、私の全魔力を注ぎ込んだら、それくらいはできる」

 砲塔がこちらを向いた。ハルトは痛む体を引きずりながらもなんとか射線から逃れている。

「…………ユキノ」

「私だけ逃げろってのは無しですよ?」

「何言ってるんだよ。ただ指示を出そうとしただけだぜ?」

「わっかりましたぁ! どうぞご指示を!!」

祝福盾ブレスシールドに俺を乗せろ。避けたらソフィアやマナブにあれが放たれる、だから前に進むんだ」

 ユキノは頷き、盾を横向きにしてロイと共にその上に乗った。

「では──行きます!」

 ロイとユキノを乗せた祝福盾ブレスシールドはグングンと速度を上げて大地の怒りグランドバニッシュへと突き進む。

 古来より、この手の砲塔は長距離から運用するのが定石だ。色々と理由はあるが、俺の狙いは耐久面だ。

 魔力が臨界に達した砲塔に、聖剣を撃ち込まれたらさてどうなるか。

 敵も味方も、ロイの狙いに気付いて防御体勢に入り始めた。

「いっけぇぇぇぇぇぇ!! "聖剣射出シュート"!!」

 ──ドゴォォォォォォンッッ!!!

「リディアぁぁぁぁ!」
「──ハルト!?」

 砲塔から内部に入った聖剣の影響により、大地の怒りグランドバニッシュは大爆発。
 ロイとユキノは着地後すぐに足場だった盾をそのままシールドとして使った。

 土煙が晴れると、そこには大地の怒りグランドバニッシュやハルト、リディアまでも存在していなかった。

 腕の中のユキノがぎゅっとロイの服を握った。

「ユキノ、爆発する瞬間にハルトがリディアと共に壁の穴から飛んでるのが見えた。やつの耐久力なら大丈夫なはずだ」

「私、ハルトが心配で……」

「わかってる。幼馴染みなんだろ? 俺はその……お前のそういう優しいところは、良いと思ってる……」

「ロイさん!」

 ──がばっ!

 恋人ではない、それでも同郷の幼馴染みを心配する申し訳なさ、そしてロイがそれを良い部分だと言ってくれたことで感情が溢れて抱き付いた。

 周囲が勝利の歓声を上げる中、ロイはそっとユキノを抱き締めて、その頭を撫でていた。

 カラカラカラ──コンッ!

 何かが靴に当たった。抱擁そのままに手探りでそれを拾って確認する。

「ん? これは……オーパーツか!」

 偶然か、リディアに預けられたオーパーツは爆発の衝撃でその手を離れ、ロイのところへと転がってきたのだ。

 これによって王国は塔の解放ができなくなり、ロイはオーパーツの回収という1つの使命を完遂したのだった。
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